パーティから追放された天才神官の私はチヤホヤされる為に女の子になりました。 作:節山
どんよりと分厚い雲が空を覆い、僅かな光が薄暗い部屋に差し込む中、あたしはベッドの上で呻き声を上げる。
まだ起きたくない。
外の時間は……まだ夕方くらいだろうか。
嫌だ、起きたくない、年中分厚い雲が差す闇に閉ざされたこの国にあっても尚、昼の光はあたしにとっては眩しすぎる。
せめて完全に日が落ちるまでは寝ていられないものだろうか、などと夢うつつで考えていると、不意に部屋のドアを叩く、コンコンという音が響く。
「カンナ、来い、仕事だ」
「むにゃ……ううん……はっ……!?し、師匠!?ええ!?早くないですかぁ!?」
ノックの音に続いて聞こえた、低く、くぐもった男の声に、慌ててあたしは飛び上がる。
目をこすりながらドアを開けると、そこにいたのは漆黒の鎧兜に全身を包んだ一人の騎士だ。
騎士の名はザッパローグ、あたし、カンナの師匠である。
師匠は寝起きのあたしを見るなり、兜の上からでも分かるくらいの溜息を吐いた。
「寝起きか……急いで準備しろ、カンナ、王が我らをお呼びだ」
「王様が?」
言うと、あたしはチラリと師匠の背後、純白の雪景色の中、ぽかりと空いた穴のように黒く浮かぶ城を見る。
雪深く、切り立った渓谷が立ち並び、暗澹たる雲が日の光を遮るこの国、フェロンドの王城。
そこに住まう鬼、悪魔、吸血鬼、数多の魔族をまとめ上げ、国を治める王――魔王様が住まう城だ。
王様があたし……や、師匠に何の用だろう、そんな疑問を浮かべながらも、あたしは兜の覗き穴ごしにこちらを見下ろす師匠の視線にハッとなり、慌てて身支度を整えるのだった。
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「おっ待たせしました!」
「うむ、では行くぞ」
あたしが金色に輝く髪を編み、いつもの仕事用の隊服を身に着けて外に出ると、師匠は先程までと寸分違わぬ位置に立ち、待っていた。
師匠はこういうところがちょっと怖い。
別にあまり激しく怒ったりはしないのだが、常に感情が薄いというか、何を考えているのか分からないところがある。
雪深い道を歩きながら、あたりはそんな師匠の後ろ姿に語り掛ける。
「王様の用事って何なんでしょうね、師匠、聞いてます?」
「いや」
「うーん、師匠を呼ぶくらいだからきっと面倒な魔物が出たから倒してくれ~とか、人間の軍隊が攻めてきたぞ~とか、そういうのだと思うんですけど、どう思います?」
「知らぬ、どのような任であれ、王が望むのであれば私はそれに従うのみだ」
これである。
師匠はこの国でも最高の腕を持つ騎士だ。
本来であれば、一国一城の主になってたっておかしくない。
なのにも関わらず、師匠はずっとこの王城近くで警備だの魔物退治だの、そういう仕事ばかりさせられている。
もっと自己主張しても良いと思うんだけど、そういうのは苦手なんだろう。
あたしは師匠のそういうところが好みであると同時に、世渡り下手だなあ、とか、不器用だなあと、ちょっと呆れる気持ちもある。
と、そんなことを考えながら歩いていくうちに、あたし達は王城へと辿り着く。
見るものに威圧感を与える漆黒の外壁、その中心の巨大な門の脇には、これまた巨大なガーゴイル達が侵入者を阻むかのように立ちはだかっている。
ガーゴイルはその冷たい石の瞳をこちらに向けると、師匠とあたしを認識したのか、ゆっくりと頷き、門を開く。
あたし達が礼をしながら門をくぐると、しかし、ギィ、と、金属の軋む音と共に、すぐさま再び門が閉ざされる。
警戒が厳しいのは当然だけど、もうちょい余韻とかあってもいいと思う。
ともあれ、ようやく暖か……でもないが、城内に入ると、また別のガーゴイル達があたし達を謁見の間へと案内する。
通された謁見の間は、やはり黒を基調とした、冷たくもどこか落ち着く建築になっており、ところどころに恐ろし気な悪魔の像が置かれてはいるものの、丁寧に磨かれ光り輝く床や、上品な装飾は、そこが高貴な者の住処なのだということを教えてくれている。
「おや、ザッパじゃないか、君も呼ばれていたとはね」
と、男――悪魔の証明たるねじれた二本の角に、ところどころ跳ねた頭髪を雑にまとめ、眼鏡をかけた男が、謁見の間に入ったあたし達に振り向き、声をかけてくる。
うっわ、あたしはその男の姿を見た途端、眉間に皺を寄せて師匠の背後に隠れる。
男はそんなあたしの姿を見て、何が可笑しいのか、意地悪く笑い出した。
「ンフフ、そう怖がられると僕も傷ついちゃうな、その奇麗な顔を見せておくれよ、カンナちゃん」
「うっさい、喋んな、変態のダキア」
男の名はダキア。
あたしはこいつが嫌いだ。
そんなあたしの態度に、傷つく素振りも見せず、ンフフと含み笑いを漏らしながらダキアは尚も続ける。
「良いね、カンナちゃん、すごく良いよ。ンフフ、しばらく見ないうちに随分強くなったみたいじゃないか、フフ、良い目付きだね、体の方も成長したんじゃないのかい?」
「っ~!」
思わずぞわりとした悪寒が背筋に走る。
本当に気持ち悪い、顔は端正で整っている部類なのだろうけど、舐めるような視線であたしの体を見回した挙句、セクハラめいたことを言ってくる。本当に無理だ。キモい。
が、これでもこいつは魔王様お抱えの魔術師……というより錬金術師?科学者?というやつらしく、国の発展の為にと魔王様に気に入られているらしい。
あたしからすると怪しい実験をしている気持ちの悪い男でしか無いのだが、あまり事を荒立てるわけにもいかない、そんなところが更にあたしを苛つかせるわけだが。
そんな自分の立ち位置を自覚しているのか、いないのか、堂々とあたしを舐め回すように視線をやるダキアに、師匠が一歩、踏み込んだ。
「あまり私の愛弟子をからかってくれるな」
「フフ、悪いねえザッパ、僕の悪い癖だ。でもほら、君の鍛え方が良いから僕も気になっちゃうんだよ。フフ、良いねえ、本当は今すぐにでも……」
「私の弟子に手を出すな」
「ンフフ」
決して叫びはしないものの、有無を言わさぬ口調で釘を刺す師匠に、ダキアの方は相変わらずのヘラヘラとした笑みで応える。
どことなくピリッとした緊張感が謁見の間に走るが――それを破ったのは微かな、力無く響く一言だった。
「やめい」
その言葉と同時に、あたし達はその場に跪く。
「面を上げよ」
やはり力無く、どこか気だるげに響くその声に顔を上げると、眼前の玉座に一人の老人が腰掛けていた。
頭頂部に生えた角は白く、僅かにひび割れており、髪の毛も同様に白く乾ききっている。
かつては見る者に威圧感を与えたであろう体躯は細く、肌はひび割れ、どこか枯木のような印象を抱かせる。
これが、あたし達の魔王様だ。
魔王様は跪く私達を見て頷くと、掠れた声で、ただただ淡々と言葉を紡ぐ。
「アドニスに潜入させていた悪魔……ミキシンという若造が、報告を入れてきた。鍵を見つけたそうだ」
「鍵を……」
鍵、その言葉に師匠とダキアが僅かに驚いたような声を上げる。
あたしは下っ端なので知らないけど、きっと重要な物なんだろう。
なんとなくあたしも頷いて見せていると、師匠が魔王様に対して問いかける。
「なれば、魔王様もアドニスにお向かいに?」
「否とよ、若造一人の言葉を鵜呑みにするわけにもいかぬ……まして我が身を見よザッパ、最早迷宮には潜れまい」
「は……」
師匠の問いかけに、僅かに魔王様が口元に笑みを浮かべながら答える。
それに応える師匠の声もどこか残念そうだ。
「さりとて無視するわけにもいかぬ、ザッパよ、そこのダキアを伴い、アドニスの迷宮を調べに向かうがよい」
うっわ、あいつも一緒か、最悪。
うんざりしながらチラリと横のダキアを見ると、あちらはむしろ嬉しそうな様子で気持ち悪い笑みを浮かべながら、あたしに視線を返す。キモい。
「して、その鍵を見つけたというミキシンなる若造は?」
「もう連絡がつかぬそうだ。鍵を手にする前に何者かにやられたか、あるいは…………まあ、生きておったら助けてやるが良かろう」
「御意」
「頼むぞ、ザッパよ、鍵を得るためにもし邪魔をしてくる者がおれば、殺しても構わぬ。既に鍵が誰かの手に渡っておるのなら、持ち主を殺して奪い返せ。あれは我らの物だ」
段々と、力無く、掠れていく魔王様の声に、師匠は全身で応えるかのように立ち上がると、胸に手を当て、堂々と言い放つ。
「承知いたしました、我らが王。このザッパローグ、命に代えてもその鍵、人間共より奪い返して見せましょうぞ」