パーティから追放された天才神官の私はチヤホヤされる為に女の子になりました。 作:節山
『冬虫夏草』
キノコの一種が昆虫などに寄生し、そのまま体に根を張り成長の糧としたものである。
地上にも珍しいキノコの一種として存在するソレだが……この迷宮においては些か毛色が違う。
マタンゴの一種と思われるキノコは、周辺に住み着く魔物との共生関係にあるのだ。
魔物の方は寄生されることでいずれは死に至るが、同時に寄生したマタンゴの胞子によって効率良く狩りを行うことが出来る。
マタンゴの方も、通常であれば動きが鈍く、キングマタンゴともなれば根を張った場所からは然程は移動できない。
「が――この虫共に寄生すれば、素早く静かに遠くまで移動できるってわけだ!クソが!」
などと説明しながら、ジョーが周囲に集る冬虫夏草達を斬り伏せる。
キングマタンゴとの戦闘で周囲に散っていた冬虫夏草達に気付かれたのか、はたまたキングマタンゴが呼び寄せたのか。
ともかく、ワラワラと集まる冬虫夏草に囲まれ、キングマタンゴどころの状況では無くなっていた。
数が多いだけであればまだ良い。しかし、こいつらは一体一体が鉄の如き甲羅と牙を持ち、背中から生えたキノコからは状態異常効果のある胞子を撒き散らす。
更には動きも素早く、地面から天井から、息つく間もなく攻撃を仕掛けてくるのだ。
当然、ジョーだけでなくこちらにも攻撃を仕掛けてくる為、私も適当に風の魔術で吹き飛ばし、切り裂き、自身に迫った虫を処理していく。
とはいえ、私一人であれば最悪、炎の魔術を用いてキノコも虫も焼き尽くすか、あるいは浮遊の魔術で逃げることはできる。
ジョーがここで虫共に食い殺されることも構わない。が、問題はもう一人……カミラの方だ。
叫び声を挙げてから、どうやら胞子か、単純なダメージか、ともかく動きを封じられて虫共に連れ去られてしまった。
鍵さえ無事であればまだ問題は無いが……私はジョーに問いかける。
「連れさらわれたカミラはどうなる?」
「すぐは殺されねえが、だからって安心できねえよ!普通なら虫共の巣に連れてかれて、キノコの苗床にされるか虫の餌にされるかのどっちかだ!」
「ならば、虫共の巣を見つければ問題は無いのだな?」
「見つかればな!こいつら迷宮の壁から地面から天井から、どこにでも細かい穴開けて巣穴作ってやがる!どこに連れてかれたか調べるだけでも困難なんだよ!」
「なるほど」
息を切らし、虫共の攻撃を躱し、受け流しながらも答えるジョーに、私も相槌を打ちながら、風の魔術で虫を吹き飛ばす。
その話が本当であれば、むざむざカミラを連れて行かれるわけにもいくまい。
私の観測範囲に鍵があるのならばまだ良い。だが、どこにあるのかも分からない虫の巣に持っていかれ、ましてやキノコの苗床になどされてしまっては、捜索するのも困難だ。
ここで虫共を逃がす理由は一つも無い。
「クソッ、こうなったらアレをするしか……いや、おいザッパ!お前なんか……」
剣を構え、息を切らせながらブツブツと呟くジョーを見やると、私は浮遊の魔術を使い、ふわりと空中に舞い上がる。
高所からであれば、獲物を運ぶ虫の動きもすぐに把握できる。
カミラを運ぶ虫の群れを見つけると、私は下方のジョーに一言告げる。
「見つけた、カミラの救出は私に任せよ」
「あっ!?いや、ちょっと待てザッ――だぁっ!」
言うと、私の眼下で、一人となったジョーに虫共が群がり、その姿が黒々とした甲羅に埋まり、覆いつくされた。
さて、死ぬだろうか、これで死んでくれれば苦労は無いのだが……いずれにせよ、すぐには動けまい。
私は虫共から視線を外すと、そのまま風を巻き起こし、カミラ目掛けて空中を駆けた。
――――――――――――――――――
ジョーの馬鹿野郎め!!!
っは~!最悪だ!警戒心が足りないんじゃないか、あいつ!
キングマタンゴがいる場所なら、冬虫夏草への警戒もしておくべきだろう!
二層だからって気を抜いたのか!?雑だ!これでもA級冒険者か!?
全く、普段こういった索敵やアイテムの管理をロフトに任せていたツケだな!っは~!愚物!
などと、心中で激しく憤りながらも、私は体を動かせないまま、冬虫夏草の背に乗せられ、運ばれていく。
……ジョーは確かに警戒心が足りなかったが、私もほんのちょっぴり油断していた。
いや、だが、頭上から急に巨大な虫が降ってきたら誰であろうと面食らうのではないだろうか。
まして私は天才だが、神官だ。
ゾンビやスケルトン、悪魔が相手ならともかく、ただデカいだけの昆虫への対処は本職ではない。
故にうん、まあ、仕方ない、仕方あるまい!
確か、この手の冬虫夏草は獲物を毒で痺れさせ、巣に持ち帰ってキノコの苗床にする筈だ。
だが、ふふん、残念だったな!私の新調した法衣には状態異常を軽減する効果がある!
恐らくだが、多少の時間を置けばギリギリ動ける程度には回復するはずだ。
そして、神聖術さえ唱えられるようになればキュアで状態異常は解除できる。
そうしたら、後は虫共の群れの中から逃げ……
……あれ?逃げられるか?
いや、いやいや、大丈夫だ。私は天才だぞ?
こんな知性の欠片も無い虫共から逃げるなど、赤子の手を捻るようなもの、楽勝!楽勝の筈だ!
だって私だぞ!天才神官カミラ様だ!その私がこんなところでキノコの苗床にされて冒険終了など、そんなことが――
などと、思わず頭を過ぎる嫌な想像を振り切ろうとする私の顔に、不意に激しい風が吹きつける。
風は激しく、強くぶつかり、私のみならず、周囲の虫共も纏めて吹き飛ばし、転倒させた。
「あっ……ぶっ……」
私はそのまま風で吹き飛ばされ、地面に背中を打ち付けて思わず唸る。
が、麻痺している為に上手く声が出ない。
くそっ、なんだなんだ、立て続けにこの私にこんなことを……
私は僅かに動く目を動かし、周囲の状況を把握する。
ごろごろと吹き飛び、ひっくり返り、周囲を警戒する虫共。
そうして、その虫共の頭上、朽ちた中庭の中空に浮かぶ、黒い影が一つ。
「ここであれば、遠慮する必要は無いな」
影はそう呟くと、牙をカチカチと鳴らし、胞子を撒き散らす冬虫夏草を見下ろしながら、落ち着いた動きで掌を突き出し、下方へと向ける。
その掌に濃密な魔力が集まり、やがて、収束した魔力はそこに燃え盛る火球を出現させる。
火球が両手で抱える程の大きさにまで燃え上がると、呟いた。
「業火球」
声と同時に、指をパチンと鳴らすと、火球はふわりと手を離れ――バチンと弾けた。
弾けた炎は雨の如く辺りに降り注ぎ、地上で牙を鳴らす虫共の甲殻を焼き、キノコを燃やし尽くしていく。
キィーと、金属音のような甲高い鳴き声を放ちながら、あっという間に私を運んでいた虫の群れの全てが焼き尽くされ、炎の中にその体を沈めていった。
全ての虫が焼き尽くされたことを確認すると、中空の影はすう、と音も無く地に降り、表情の読めない鉄仮面を私に向ける。
「無事だったか」
「あっ……か……!」
ザッパローグ、私達と一緒に落とし穴に落ちてきた護衛の男だ。
ともあれ、助かった!流石だ!やっぱりジョーとは違うな!私の価値を正しく理解して真っ先に助けに来たと見える!
しかし、炎の魔術が使えるなら最初からキングマタンゴを焼き尽くしてくれれば良かったのに……何故使わなかったんだ?
私がほんの僅かな疑問を覚える中、ザッパは苔むした地面を踏みしめ、私に向かって歩みを進める。
「どうやら、まだ麻痺が効いているらしい、好都合だ」
「あ、え……?ろう……」
私が呂律の回らない口で問いかけようとすると、その前にザッパローグは私の首元に手を伸ばし――呪いの首飾りを力任せに引っ張った。
「あぐっ……!」
首飾りの紐が首に食い込み、思わず唸り声が漏れる。
どうやら引きちぎるつもりだったらしいザッパローグは、怪訝そうに首飾りを外そうとするものの、不思議と紐は千切れず、普通に外そうにも不思議な力で押さえつけられたかのように動かない。
にしても苦しい、紐をあっちにこっちに捻られるたびに、私の首に強く食い込む。
なんだこいつ、私を助けに来たんじゃないのか!?
これでは、まるで野盗か山賊か、あるいはこの間の悪魔のような――
「祝福……いや、人間にとっては呪いか…………仕方あるまい」
私がまさか、と、想像していると、ザッパローグは首飾りの紐を更に強く絞り、私の首を締め上げる。
「かっ……あ……!」
息が出来ない。
紐が食い込み、私の呼吸を塞ぐ。
思わず私の口から叫び声が飛び出そうになるが――それすらも、発するのを塞がれ、声にもならない声がカヒュッと僅かに漏れ出るのみだ。
まずい、こいつ、本当に私を殺すつもりで……!
「ッ……ヒッ…………ッ!」
私は慌てて抵抗しようと体を動かすが――まだ麻痺の効果が残っている。
手足に力を込めたところで、僅かに足をばたつかせるのが精々だ。
神聖術も唱えられない。
息が詰まる。
馬鹿な、そんな、私は、私は天才だぞ。
こんなところで、こんな惨めな死に方をして良い人間じゃない。
「ァ……ッ……!」
何か無いか、何か……!
朦朧とする頭で、せめて、と、力無く手足を地面に這わせる。
ザッパローグは、憐れんでいるのか、それとも歓喜しているのか、鉄仮面の下から淡々と呟く。
「すまぬな、少女よ、恨んでくれるな」
「ッ……」
恨んでくれるな、だと、は、ふざけ、ふざけるなよ。
このクソ鉄仮面、私を誰だと思っている。
私は天才だ!天才神官カミラ様だぞ!
その私が、こんなところで、やられるわけが……ないだろうが!
必死に動かした手の指が、僅かに盛り上がった地面に触れる。
私は今込められる渾身の力を腕に込めその盛り上がった地面に振り下ろすと――ぼふん、と音を立てて、緑色の粉がザッパローグ目掛けて噴き出した。
「む……!」
「っはひっ……っ……はぁ……!」
火事場の馬鹿力というやつか、粉が噴き出し、僅かにザッパローグの手が緩むと同時に、私はごろんと転がり、這うようにして逃れる。
ザッパローグは冒険者じゃない。
マタンゴのいる地面と、いない地面の違いをわかっていなかったのが功を奏した。
しかも、地面に押さえつけられてたせいで、粉の直撃は喰らわなかった!ラッキーだ!
だが――
ぼん、と、何かが燃え上がるような背後から響く。
恐らく……というか十中八九、あのマタンゴが燃やされたのだろう。
くそ、もう少し粘ってもらいたかった。アンラッキーだ。
まだ炎が残る地面を背に、ザッパローグが溜息を吐き、反省するかのように口を開く。
「ふむ……鍵に万が一のことがあっては、と、魔術を使わず殺すつもりだったが……失策だったな……すまぬ、少女よ」
言うが早いか、ザッパローグは再び掌を突き出す。
「やはり、油断なく、速やかに焼き尽くすべきであった」
掌にまた魔力が集まる。
さっき冬虫夏草をやったあの炎か、はたまた別の術なのか、ともかく私を殺すに足る魔術なのは明らかだ。
万事休すか――と、ザッパローグが魔術を放つか否か、その刹那、どこからか鋭く放たれた水の刃がザッパローグ目掛け、襲い掛かった。
「何……?」
あわや直撃かというところ、ザッパローグも咄嗟に水の刃を飛んで躱し、そのまま空中に浮かび上がる。
「は……おそい、ぞ……ジョー……」
私は呂律が回らない口でそう呟きながら、立ち塞がるようにして私の前に立った男に笑みを浮かべる。
「っせぇな、馬鹿、こっちも色々あったんだよ、色々」
ジョーは呆れたように溜息を吐くと、こちらを向かずにそう言い捨てる。
実際、背中や腕には切り裂かれたような傷跡がいくつもある。
それなりにダメージを受けている筈だ。
だが、ジョーはそんなダメージなど無いかのように堂々と立ち、空中のザッパローグに剣を向けると、叫んだ。
「さぁて……うちのギルドのクソ生意気な新人冒険者によォ……何してくれてんだァ、このクソ鉄仮面野郎!!」