パーティから追放された天才神官の私はチヤホヤされる為に女の子になりました。 作:節山
精巧な彫刻が立ち並び、大理石の如く輝く石造りの大広間。
その中央に鎮座する棺の蓋をゆっくりとずらしながら、眼前の白衣の男――ダキアさんがんふふと笑みを溢しながら問いかけた。
「リガス君、迷宮とは何だと思う?」
「え?」
作業を横目に周囲を警戒していた俺の耳に、思いもよらない問いが飛び込む。
迷宮とは何か。
神々の作りし恩恵だとか、かつての魔王が作りし呪いだとか、はたまた誰が作った物でもなく、森や海のように自然に生まれ出でるものだとか、様々な説がある。
俺自身もいくらか、そういった話を聞いたことがあった為、漠然とそういった伝説や自然が生み出した『よくわからないけど凄い場所』くらいの認識でいたのだが……具体的に聞かれると言葉に詰まる。
なんとはなしに傍らに立つトゥーラさんに視線を向けるも、やはりトゥーラさんも俺と同程度の理解のようだ。
困ったように顔をふるふると横に振る。
そんな俺達がおかしいのか、ダキアさんは、ふふふと怪しげな笑みを浮かべて、棺の内部を何やらまさぐっている。
「不思議に思ったことは無いかい?地下にある筈の迷宮に木や森、高くそびえる城や塔、果ては火山や砂漠、湖までもが存在する」
「それは……」
言われてみれば不思議だが、そういうものだと受け入れていた。
ダキアさんは知識を披露できることが嬉しいのか、笑いながら尚も語る。
「思うに僕は、これらは土地の記憶なのだと考える」
「記憶?」
ダキアさんの言葉に、俺もトゥーラさんもポカンとした顔でそのまま言葉を返すと、ダキアさんは更に続ける。
「かつて、この地上には一人の強大な王があり、世界を統べる王国を築いていた、そんな話は知っているかな?」
「おとぎ話ですよね……その、聞いたことは……ありますけど……」
ボソリと返すトゥーラさんの言葉に、俺も頷いて肯定する。
大昔、この世界の全てを支配した王、だが神にも届き得る程に強大な力を誇った王はしかし、その力に溺れ、暴虐を繰り返し、それを見かねた女神ギアナによって追放されたという話だ。
その伝説が元になって、今でも女神ギアナは人々を守護する大地母神として崇められている。
確かカミラさんが神官として信仰しているのもそれだった筈だ。
「そう、だが王が滅んでも尚、かつて王が統べる大地、王の築いた都。それがある限り、王は再起する」
ダキアさんは、どこか寂し気な表情を浮かべ、そう呟くと、パッとこちらに向き直る。
「故に王は、自らの記憶、自らの統べた土地を情報として迷宮に押し込めたんだよ。いずれそれらを全て取り戻し、そして再び地上を統べる為にね」
そう言うと、あくまで一つの仮説だけどね、と付け加えてダキアさんは肩をすくめる。
この迷宮が、かつて地上に築かれた自然や建築物の記憶によって形作られたもの――
なるほど、言われてみれば納得できないことも無い。
形状としておかしく歪なこの第二階層の建築物に関しても、しきりに迷宮の一部が組み変わり、地形が変わる事象に関しても、それは虚ろいゆく記憶によるもの。
朧げな記憶、夢とでも言うべき不安定さがこの迷宮を形作っているのだ。と言われれば、なるほど、という気もしてしまう。
しかし――
「ダキアさんは、何でそんなことを……」
「知っているのかって?ふふ、昔は仲間と一緒に迷宮に挑むこともあったからね。その時に調べたんだよ。尤も、こことは違う迷宮だけど。あとは――」
と、言いかけたところで、ダキアさんは何か良い事を思いついた、とでも言うかのような、悪戯っぽい表情でなんとはなしに呟いた。
「僕がその王の部下で、魔族だから、かな?」
「――――は?」
何の気負いも無く、世間話のように、ダキアさんがそう告白した瞬間、轟音が辺りに響き、大地が激しく揺れた。
俺とトゥーラさんは慌てながらも、すぐさま戦闘態勢を取ってダキアさんに向き直る。
「っダキアさん!?何をした!?」
「んふふふふ、不思議に思わないかい?この階層のそこかしこに存在する棺、何故そんなものが不自然に広間の中央に鎮座しているのか」
それは――なんとなく、不思議ではあった。
置いてある割には何も入っていなかったりする、あの棺。
だが迷宮はそれ自体が不思議な物だ。それらをいちいち気にすることなどしていなかった。
唇を噛み締める俺に、ダキアさんは満足げにふふふと笑い、意気揚々と語り出す。
「あの棺はね、生贄の類だよ。何かを呼び出す為の供物、何かに願う為の生贄を捧げていたんだ。即ち――血をね」
言うと、ダキアさんは握り込んだ手を俺達に向けてパッと開いて見せる。
いつの間に傷つけたのだろうか、手の平についた切り傷から血がどばどばと噴き出し、その血を飲み込むかのように、棺に向かって零れた血が吸い寄せられている。
「ふふ、これだけじゃあ少し物足りないかもしれないが……眠っていた迷宮の化物を起こすには十分だろう。さて、今頃、君らの仲間達のところはどうなっているかな?」
「カミラさん達が……クソッ、トゥーラさん、急いで――!」
「リガスさん!」
慌てて俺が広間の出口に目を向けた瞬間、鋭い短刀が音も無く俺の頭に迫った。
トゥーラさんの声に爪を動かし、飛んできた短刀をすんでのところで防ぐと、ダキアさんは可笑しそうにくっくっと笑い声を漏らす。
「ふふ、いやぁ、惜しかったねぇ、もうあと少しだった」
「この……ダキアさん、どうして……!」
わけがわからない。
ダキアさんを信用してたのに何故、とかいう話でもない。
正直ちょっと胡散臭い人だなとは思っていたし、信用してたわけでもない。ましてや先日、悪魔ミキシンに騙されたばかりだ。俺だってある程度は警戒していた。
けれど――ダキアさんにはここで俺達を襲う理由が無い。
ましてや自身が魔族だと告白する理由も無ければ、懇切丁寧に迷宮の成り立ちを説明する必要も無い。
不可解なことだらけだ。
何を考えているのか、何の為に行動しているのか、それが全く分からない。
そんな疑問を浮かべている俺に気付いたのだろうか、また例の怪しげな笑みを浮かべながら、ダキアさんが言葉を返す。
「ふふ、なあに、大層な理由は無いさ。折角カンナちゃんも、ザッパも、みんなして楽しんでいるんだ。僕らも少しくらいは触れ合い、打ち解けるとしようじゃないか」
「……俺は打ち解けられるとは思わないけどな」
「おや、つれないね、だけど……んふふ、これを見れば少しは打ち解ける気になるんじゃないかなあ」
言いながら、ダキアさんが不意に天を仰ぎ、体の内側から絞り出すような――獣のような唸り声をあげる。
すると、次第に筋肉が盛り上がり、先程までの研究者然とした細腕からは考えられない程に、黒く、筋骨隆々な肉体へと変わり、黒々とした硬く荒々しい毛が全身を覆う。
加えて、それまで眼鏡をかけて理知的な雰囲気だった顔は縦に長く伸び、同じく黒々とした毛に覆われ、裂けるかのように大きく開いた口には鋭い牙が立ち並ぶ。
獣の――狼の如き醜悪な、凶暴な姿を現したダキアさんの姿、しかし、その姿は――
「――――狂戦士?」
俺にとってはひどく見覚えのある、獣の如き戦士の姿だった。