パーティから追放された天才神官の私はチヤホヤされる為に女の子になりました。 作:節山
「いやいやいや、トゥーラ!これは無い!布面積が……」
「ふへへ……大丈夫ですよ、大丈夫……カミラちゃん、いけますよ……!かわいい……!」
薄暗く雑多な品々が並ぶ店内とは似つかわしくない、女性同士の明るくはしゃぐ声が更衣室から漏れ出ている。
あの分だと水着を選ぶのにまだ時間がかかりそうだ。
しかし、トゥーラさんはカミラさんにどういう水着を選ぶつもりなのだろう……
俺としてはカミラさんはビキニとかより、布面積が多くてフリルとかついてるような可愛い系のやつが似合うと思……
「覗くなよリガス」
「のっ……ぞきませんけど!!!??」
「は、そうかい?顔赤くしてニヤニヤしてるように見えたがな。女の子の水着姿でも想像してたんじゃねえのか」
「そっ……や……んん……!」
俺がつい言葉を詰まらせながら、行き場のない手を遊ばせていると、ヘムロック翁はくっくっ、と意地悪な笑みを漏らす。
ヘムロック翁は基本はぶっきらぼうな偏屈老人ながらも、たまにこうして意地の悪い部分を見せる。
まあ、そこも店に通って打ち解けられた結果だと思えば、別に悪いことでは無いのかもしれない。
と、自身の顔をパチンと叩くと、カミラさんの水着についてはひとまず頭から振り払い、ヘムロック翁に向き直る。
「ヘムロックさん、聞きたいことがあるんですが」
「……どうした?」
「ダキア、っていう魔族――人狼に心当たりはありませんか?」
いつの間にか元のぶっきらぼうな表情に戻り、カウンターで帳簿か何かを睨んでいたヘムロック翁は、俺の問いかけに、ピクリ、と眉を動かすと、それからゆっくりと顔を俺に向けて、ふぅーっと大きな息を吐く。
「……懐かしい名前だな、会ったのか」
「はい」
「聞かせろ」
真剣な表情でカウンターに肘をつくヘムロック翁に、俺は迷宮であった出来事を語り始める。
特にダキアの語っていたこと、奴が昔、ヘムロック翁と冒険をしていたらしいこと、自らの血を与え、狂戦士としたこと。
諸々のことを語り終えると、ヘムロック翁は少し考え込むような素振りで顎髭を撫でながら、ぽつりと呟くように言った。
「……変わってねえな、あいつ」
「……実際、どうなんですか?ダキアの言ってたことは本当なんですか?」
「嘘じゃあねえな」
そう言いながら、ヘムロック翁は椅子に腰を深く沈めると、どこか遠くを見るかのような、優しい目つきでぽつぽつと語り出した。
「も20年と少し前のことだ。俺とダキア――それからもう一人でパーティを組んで、冒険をしていた時期があった」
「もう一人?」
登場人物が増えた。
俺はてっきりダキアとヘムロック翁だけで何かをしていたものだと……それでダキアに騙されたヘムロック翁が狂戦士となったのだと思っていたが……
そんな疑問が表情に浮かんでいたのだろう、ヘムロック翁は俺の顔をちらりと見ると、続けて口を開く。
「当時の俺は斥候、ダキアはまあ……魔族ってのは隠して、一応は魔術師って名目で着いてきてた。そんでもう一人ってのは…………勇者だ」
「勇者」
突如として出てきた言葉に、俺は思わず目を見開いた。
勇者。
俺やジョーさんのような戦士とも、カミラさんのような神官とも、トゥーラさんのような魔術師とも違う。
かつては人と魔族との戦で活躍した神に選ばれし特別な戦士であり、称号であったというが――
「勿論、戦で活躍したとか国に認められてたとか、そういう類の勇者じゃねえ、戦に行ってたら冒険なんざ出来ねえしな」
「それでも勇者ってヘムロックさんが認めてたってことは……」
「あいつは使えたんだよ。体術から神聖術から魔術まで、おおよそ人間に使える殆どの術をな」
通常、人間にはやれること、やれないことがある。
戦士であれば体術の習得が得意だし、迷宮に潜れば筋力はめきめき成長する、が、魔術や神聖術はほぼ使えない。
魔術師であればその逆、魔術を使える才能が有れど、力は成長しづらく、神聖術は決して扱えない。
一方、カミラさんのような神官も、魔術師の扱うような魔術は扱えない。
が、勇者と呼ばれる者達――生まれながらに神々に愛された彼らは違う。
戦士を凌ぐ武勇を誇り、魔術師に勝る魔力を持ち、神官よりも神に近い彼らは、努力次第で体術も魔術も神聖術も、全てを習得することが出来る。
とはいえ、実際そんな人間はそうそう生まれる物でも無いし、おとぎ話のようなものではあるが――
「ともかく、俺はその勇者……それからダキアと一緒に、しばらくの間、冒険してた。それは事実だ」
と、俺の考えを振り切るかのように、ヘムロック翁はぶらぶらと手を振りながら、過去のことを語り始める。
20数年前、既にそれなりにベテランの冒険者であったヘムロック翁は、酒場で仲間を募集していた若い冒険者に出会い、半ば無理矢理パーティに引き込まれたらしい。
それから冒険者が勇者としての素質を備えていることに気付いた後、その噂を聞きつけたのか、どうなのか、ダキアと出会い、共にパーティを組むことになった。
尤も、当然というか何というか、その時はダキアが人狼であるということには気付かなかったようだが――
「……とある迷宮でな、俺は最下層の魔物を相手に深手を負った。絶体絶命のピンチだったな、あの時は。」
「勇者に回復してもらうわけにはいかなかったんですか?」
「は、全部出来るってことは、全部やらなきゃいけないってことだ。あの時の勇者は魔物の攻撃を引き受けるのと自己回復で手一杯で俺の治療どころじゃなかった」
なるほど、勇者は万能だが、それ故に選択肢が多くなる。
強敵との戦いであれば、ジョーさんのように攻撃を引き受けるタンクも、カミラさんのように回復に回る神官も、魔獣に痛打を与えるアタッカーも全て必要だ。
勇者はその全てをこなせるからこそ、パーティの誰か一人が倒れた時、その全てを引き受けざるを得なかったのだろう。
「とはいえ、俺が死んだらジリ貧だったのは目に見えてた。そんな時だ、俺の横で控えてたダキアがこう問い掛けた」
『ヘムロック、化け物になって勝つか、そのまま死ぬかだったらどっちが良い?』
「それで血を……」
俺がぽつりと呟くと、ヘムロック翁はゆっくりと、肯定するように頷いた。
「結局、その場はそれでどうにかなったらしい。俺は覚えてないがな……とはいえ、狂戦士となった男がどうなるか、お前も分かっとるだろう」
今度は俺がこくりと頷く。
それは俺だって痛いほどに分かっている。
狂戦士は狂化すると理性が無くなる危険な人間――いや、半分は魔物のようなものと言っても良いのかもしれない。
何かしらの手段が無ければ、誰かとパーティを組んだりなどは出来よう筈もない。
「が――まあ、なんだ、勇者は俺をパーティから抜かすのが嫌だったらしくてな……それで神聖術を武器に付与して……それで出来たのがそいつだ」
そう言いながらヘムロック翁はゆっくりと、俺の腰に下げた爪を指差した。
精神異常耐性のある白銀の爪。
なるほど、これはヘムロック翁の為に、勇者が手ずから作った物だったのか。と、俺は改めて爪を手に取り、じっと見つめる。
「……道理で、こんな俺にピッタリの武器があるわけですね」
「は、でなきゃ狂戦士用の武器なんざ、そうそうあるわけがなかろう」
ごもっとも。
思わず俺とヘムロック翁は互いに見合い、にやりと笑う。
どうやら俺も知らず知らずのうちに勇者に助けられていたらしい。
しかし――
「それじゃあ、この爪を作ってからヘムロックさんはまたパーティに?」
「しばらくはな。だが狂戦士化とは関係なく、当時もう俺の体にはガタが出てきていた」
言うと、ヘムロック翁はどこか寂しそうな目付きで自身の皺だらけの手を眺めながら、言葉を続ける。
「……歳は取りたくねえもんだ。それでも5年ぐらいは連中と一緒にいたんだが――結局俺は一足先に抜ける羽目になった」
引退。
年齢を重ねる以上、仕方のないことではあるが、やはりやるせないものはあったのだろう。
ヘムロック翁はどこか悔しそうに、ぐっ、と力無く、皺だらけの拳を握ると、思い出したかのように俺に向き直り、口を開く。
「ああ、ダキアのことだったな。言っての通り、俺はパーティから一足先に抜けた。それから先、奴らがどうなったのかは知らん」
「……ダキアは、魔王の為に動いている、というようなことを言ってましたけど」
「さて、どうかな、奴なら勇者の下についてから続けざまに魔王に鞍替え、くらいのことは軽くやるだろうが――」
ヘムロック翁は少し考え込むような素振りを見せると、だが、と続ける。
「奴は自分にとって意味の無いことはしない。奴の本質は探究者だ。きっと何か知りたいことでもあるんだろうよ」
「知りたいこと……」
「それが何かまでは分からんがな……いずれにせよ、油断せんことだ」
そう言うと、ヘムロック翁は小さく溜息を吐きながら、過去を懐かしむかのように、窓から見える、赤く染まり始めた空を見上げるのだった。
などと、どこかしんみりした雰囲気に包まれた店内で、唐突にドタバタとした足音が響き、更衣室から鼻を鳴らしたトゥーラさんと顔を真っ赤にしたカミラさんが姿を現す。
「えへへ……へふぅ……で、出来ましたよリガスさん!見て下さい!このカミラちゃんの水着!可愛くないですか!ふふへへ……!」
「嫌だーーーーー!!!リガスも言ってやってくれ!私はこんなマイクロなやつよりもこう、せめてワンピースみたいな!!布の多いやつが良い!!!天才神官だぞ!!!!なぁ!!!?!??」
「いや、今ちょっと良いとこだったんだけど俺も確かにワンピースの方が良いと思います!!!!!!!」