パーティから追放された天才神官の私はチヤホヤされる為に女の子になりました。 作:節山
重く、のしかかるような威圧感を感じさせる鉄の扉がゆっくりと開き、岩肌に擦れる振動が水中に伝わる。
少しずつ開かれた門扉の間から見えるそれは、人のような体躯を持ちながらも、しかし、一目で人間とはまるで違う存在だと私達に認識させる。
何せ見上げる程の巨躯に、それを覆うぬらぬらと艶めく鱗、背中に立ち並ぶ透き通る鰭と尾鰭のような尻尾、ぎょろりと不気味に光る丸く大きな瞳と、緩く開いた口元からはいくつもの鋭い牙が立ち並んでいる。
この怪物こそ――
「ダゴン……!」
私が口を開くのとほぼ同時、感情の見えないぎょろりとした目を私達に向けたダゴンは、ぼこりと一つ、首筋の鰓から空気を吐き出すと、そのまま凶悪な口元を大きく広げ、叫ぶ。
「■■■■■■■――――!」
耳をつんざくような甲高い音、言葉とも悲鳴ともつかない金属音のような不気味な咆哮が水中に響き渡ると、ダゴンはゆっくりと首を前に傾かせ、構える。
「来るぞ!」
私が言うが早いか、ダゴンの巨体が恐るべき速さで水中を駆ける。
が、私の指示のおかげだろうな。巻き上げられた水流に流されながらも、パーティ一同は皆、なんとか攻撃を避ける。
一方でダゴンは勢いそのまま、神殿の外壁にぶつかると、轟音と共に海底の砂を巻き上げながらようやく制止する。
なるほど、神殿の入口の柱やら何やらが崩れていたのは経年劣化だけではなく、こいつの戦闘によるものだったのかもしれない。
などと私が考えを巡らせていると、カンナの慌てた声が私の耳に響く。
「あいつ、こっち狙ってきてるんじゃない?その灯もう消したら!?」
「馬鹿を言え、貴様みたいな吸血鬼じゃないんだぞ!ヒーリングトーチの灯を消したら海底神殿の中で何も見えなくなる!」
「クッソ……人間って無能!」
お、なんだ?やるか?
悪態をつきながらダゴンへ向き直るカンナに一言なにか飛ばしてやろうと思う私だったが、しかし、そんな場合ではない。
突進で距離が取れたのも束の間、ダゴンはすぐさまこちらへ向かって泳ぎ始める。
水中での単純なスピードは私達とダゴンでは比べるべくもない。素直に逃げ切るのは不可能だろう。
「素直には、な!トゥーラ!」
「は……はい!ブレイク!」
私が声を掛けると、トゥーラがそれに合わせてすぐさまブレイクの魔術を唱えると、炸裂した魔術はダゴンの右腕を一瞬にして石の塊へと変える。
さしものダゴンも突如として石化した右腕にバランスを崩されると、そのまま海底神殿の床へ転がるように沈み、ぶつかる。
そしてその隙を逃す私達ではない。
「よーし!やれ、リガス!」
「カンナさん、行くよ!」
「えっ、ちょっ、ああもう!了解!」
私の指示でリガスが水中を駆けると、カンナもそれに続くように泳ぐ。
リガスは素早く泳ぎ、転倒したダゴンへと近寄ると、腕に装備した鋭い爪をダゴンの首筋に突き立てる。
「せー……のっ!!」
「■■■――!!!」
掛け声と同時に、リガスが突き立てた爪を振るい、肉を裂くと、再びダゴンの悲鳴のような咆哮が辺りに轟く。
「まだまだ!」
リガスに続いて接近したカンナがダゴンに手をかざすと、水中に混じるようにしてどろりと漂った血液が、瞬く間にねじれ固まり、赤い血の銛へと姿を変える。
カンナがかざした指先を弾くと同時、周囲に生み出した血の銛がダゴン目掛けて襲い掛かり、ダゴンの晒した腹部へと突き刺さる。
「■■■■■――――!!!」
またしてもダゴンの咆哮が響くと、ダゴンは突き刺さった銛を引き抜こうと身をよじる。
着実にダメージを与えてはいるのだろう。
辺りの海水に混じり、ダゴンの緑色の体液が滲んでいる。
「これなら……!」
苦しむような素振りを見せるダゴンに、追撃を仕掛けようとリガスが爪を突き出す。
石化で動きを封じた上で、おおよそ生物の弱点であろう首筋と腹部へダメージを与えたのだ。
このまま倒し切れれば文句は無いのだが――
「――――下がれリガス!」
私が指示を出すよりも早く、ダゴンが動き出す。
まさか、と言うべきか、自らに攻撃を仕掛けるべく爪を突き出したリガスに対しダゴンは身をよじり、石化した右腕を構えたのだ。
「なっ……!」
リガスの突き出した爪は、巨大な石の塊と化したダゴンの腕に当たると、僅かに表面に切り込みを入れるにとどまり、弾かれる。
そして、敵の隙を逃がさないのは私達だけではない。
「う……がぁっ!!」
攻撃が弾かれ、リガスの体が水中に浮かんだ一瞬、ダゴンの突き出した左拳がリガスの体を捉え、弾き飛ばす。
水中では石化した腕にバランスを崩され、泳ぎのスピードが鈍くなる――少なくとも、この第三層において出会った魔物達の大半はそうだった。
だが、失念していた。
ダゴンは魚ではなく、魚人であり、手足がある。
で、あれば、必ずしも遊泳に拘る必要は無いのだ。
あたかも大地を踏みしめるが如く、両脚で海底を踏みしめ、拳を突き出すことが出来る。地を跳ねることが出来る!
「リガス!」
「っ……たくもう!人間ってこれだから!」
弾かれるようにして吹き飛ばされたリガスの体だったが、幸い、リガスの後方で控えていたカンナが再び血を凝固させ、網のような形を作り出すと、それでもってリガスの体を受け止める。
が、しかし――
「安心するなカンナ!」
「え――わっ!」
無事にリガスを受け止めたカンナだったが、それを見てダゴンも動き出す。
泳ぎではない、海底神殿の床を蹴り、跳ねるようにして石と化した右腕を武器のように振るう。
幸いにして、今回は私の指示が早かった。
すんでのところでカンナが血の盾を作り出すと、巨石の右腕を防ぎ、逆に吹き飛ばされる衝撃を利用して後方に控える私達の元へと戻る。
「カンナ、リガスは!?」
「気絶してる!人間って軟弱じゃない!?」
「オッケー!治療する!」
見ると、気を失った様子のリガスは、口元からごぽりと血を吐き出している。
死んでこそいないが、ダゴンの攻撃で内臓にダメージを受けたのだろう。
私は状況を把握すると、手早くリガスの腹部に手をやり、ヒールをかける。
「わ……私の石化のせいで……」
と、血を吐きながら呻くリガスの様子をトゥーラが青ざめた表情で見ながら呟く。
トゥーラのせいではない。私もリガスも、道中トゥーラの石化魔術に頼りっぱなしだった。
水中であれば、例え体の一部でも石化させさえしてしまえば相手の動きを封じることが出来る、心のどこかでそんな油断があったのだ。
直接攻撃して反撃食らったのはリガスだから、まあ、リガスが一番悪いんだが、その油断が無ければ私ももうちょっと早く指示を出せたかもしれない。
いずれにせよ、気を失った戦士を抱えての戦闘継続は困難だ。
後はもう何とかして逃げるしか――
「■■■■■■―――――■■■――!!!!!」
そんな私達の思惑を断ち切るように、耳をつんざくような咆哮が轟く。
「うっさ……!何やってんのあいつ!?」
「はっ、負け惜しみだろう!バーカバーカ!今のうちに逃げるぞ!」
「待っ……か、カミラちゃん……あ、あれ……!」
威嚇で吼えてるだけなら結構。
その間に距離を取って――などと考える私に、トゥーラの震える声が届く。
トゥーラが指差したのは私達の後方、先程開いた神殿の大扉の奥から、ヒーリングトーチの光に照らされた影がゆらゆらと揺らめいているのが見えた。
小さい、私達と同じくらいの大きさしかない影は、しかし、一つ、二つ、三つ、十、二十、三十、幾多もの影となり、光の元へ姿を現す。
影の正体はダゴンと同じく全身を鱗に覆われた魚人の群れ――マーマンだ。
単体では大したことの無い魚人の魔物、だが、その群れが今――ダゴンと対峙する私達の周囲を、ぐるりと囲んでいた。