パーティから追放された天才神官の私はチヤホヤされる為に女の子になりました。 作:節山
――懐かしい。
幾年月ぶりだろうか。
若く、血が巡り、滾る体。
はっきりと物が見え、聞こえる体。
逞しい手足でじっくり大地を踏みしめることの出来る体。
新しく――いや、旧きを取り戻した肉体で、眼前の少女を改めて見つめる。
白く、柔らかな肌にきめ細かいブロンドの髪を輝かせる少女。
――懐かしい。
再びそう感じると、記憶の奥底から我が妻の、愛すべき声が蘇る。
彼女は優しい人だった。
人間でありながら余を、魔族を、自分以外の全てを、慈愛を以て分け隔てなく愛する人だった。
我が国が女神に、勇者に敵視されても尚、逃げずに留まる強い人でもあった。
「――いいのです、■■■■様。私はやりたいようにやっているだけ。貴方と共にいたいだけなのです」
はにかみながらそう語る彼女の表情を思い出す。
眼前の少女の少し驚いたような、愛らしい表情とついつい見比べてしまう。
思わず少女に手を伸ばし、その頬に手を触れ――
――――――――――――――――――――――――
「だらああああああああっ!!!」
ゆっくりと、私の頬に向けて手を差し出した魔王の足元目掛けて、私はスライムの張り付いたままの脚をそのまま思い切り突き出した。
「っ……!?」
無論、か弱い神官の蹴り程度でダメージにはならないだろうが、魔王は僅かに驚いたような表情を見せて後退ると、自分の手と私に交互に視線を向ける。
「ふっ……魔王だか何だか知らないが、勘違いするんじゃないぞ!私は天才神官カミラ様だ!そう!女神ギアナに愛されし天才!魔王といえども魔族如きが軽率に手を触れられると思うなよ!!バァーカめ!!!」
私はそう、至極真っ当な意見を正面から述べる。
何が魔王だ?確かに魔族を統べる王!なるほど偉いのだろうさ!
でも私は天才だぞ!?
将来的には魔王なんかよりよっぽど偉く、凄くなる素質を持った大神官様だ!
まあ今は美少女になったからな、この汚れ無き美少女のもちもち素肌に触りたいという欲求はわからないでもない!私だって元は男だからな!目の前にこんな可愛い女の子がいたらそりゃもうテンション上がるとも!
だが、だからこそ軽率に触れさせるわけにはいかない!
そう、美少女の肉体は財産なのだ!汚れの無さ!純潔!神はそれを愛するし私もそんな軽々に人にこのパーフェクトボディを預けるものか!
まして魔族相手なんかが私の体に触れるに相応しいか!?いやいや、そんな筈は無いだろう!
「この私を好きにしたいのなら、力づくでどうにかしてみせるんだなあ!!」
そう、この手足を縛りつけているスライムのようにな!!!
手足を縛られたまま、どうにか体を起こして魔王にそう言ってのけると、魔王は何か言いたそうに口を開け、驚いた様子を見せたものの――
「――左様か、貴様は、彼女ではないのだな」
そう言うと、魔王は再び先程同様の威圧感、そして先程以上の敵意――僅かながらの憎悪を込めて、私をぎろりと睨みつける。
……少しマズいことを言ってしまったのだろうか?
いや、でも私の言ったことは正論だぞ!逆ギレするあっちが悪い!
ともあれ、啖呵を切ってしまった以上は戦わざるを得ないわけだが、さて、どうするか。
手足を縛るスライムを見つめつつ、反撃すべく思考を巡らせている中、私の背後からくっくっと不気味に笑う声が響いた。
「ンフ、フフフフ、振られてしまったようですねえ、魔王様」
「……ダキアか」
息を荒く、肩を上下させながら、血の吹き出す左肩を抑えるダキアを魔王が一瞥すると、然程の興味も無さそうに口を開く。
「余を呼び出したこと、大儀である。その功績に免じ、今であれば余の人形を破壊したことは不問とするが?」
「フフ……許していただかずとも結構ですよ……いずれにせよ、貴方の願いには賛同できない……迷宮を地上に顕現させようという話には……」
「……迷宮を顕現?」
ダキアの言葉に、魔王は少し考え込むように顎に手を当てて答える。
「行き違いがあるな。迷宮を顕現させること、それ自体は余の目的に在らず」
魔王の言葉に、今度はダキアが驚いたように目を見開く。
「余の目的は、過去に栄えた余の王国の復活……無論、この迷宮の地、思い出深き都、海、塔、森、それらを地上に戻すのも目的の内には含まれるが、尤も重視すべきは国民だ」
「……国民?」
ダキアが怪訝そうな表情で問いかけると、魔王はまるで教壇に立つ教師が答え合わせでもする風につらつらと語り出す。
「この迷宮は余の魔術で生み出したものだ。なれど、余の魔力のみではこれ程の大魔術、地表の記憶をそのまま残し、保存する術など使える筈も無い……が、余のみの力で無ければ如何か?」
「……まさか」
淡々と語る魔王に、ダキアが何かを察した様子で、震える声を返す。
話の内容を考えるのなら、魔王以外の魔力、他人の魔力を借りたということだろう。
だが――私は第二階層の攻略後、トゥーラが師から聞いたという言葉を思い返す。
魔力とは即ち魂の力。
それを他人から補ったということはつまり……私達が見つめる中、魔王がまた静かに口を開く。
「当時の我が国民、幾千万人。余は彼らの魂を一つ所に集め、その魂の力で以てこの迷宮を創り出した」
「――――――」
驚愕の表情を浮かべ、魔王を見つめるダキアを横目に見ながら、私は魔王の言葉に問いを返す。
「……魂の力、ってことは、国民を全員殺したっていうことか?」
「……ふっ、ふふ、馬鹿なことを申すな。我が愛する臣民を殺す、等と言う事があるものか。彼らは今なおこの迷宮で息づいている」
魔王は私の問いに僅かに笑い声を溢し、どこか上機嫌な様子で語る。
さて、さっきもそうだったが、私を相手にすると妙に嬉しそうな表情をしている気がする。
「迷宮は魂の保管庫……魂、そして魔力が循環する場だ。ここに閉じ込めた我が国民の魂は――あるいはマンイーター、あるいはバジリスク、あるいはダゴン、それらの迷宮を守る魔物へと姿を変じ、生きている」
「……!?」
今度は私が驚愕の声を上げる。
迷宮の魔物がかつてのこの国の国民。
いや、言われてみればそれっぽい覚えは無くはない、第二層のアンデッド達は死してなお宝物塔を守る番人であったし、第四層のダゴンに至っては正気こそ失っている様子だったが、明らかに意思があった。
だが、しかし――
「自分の国民を、魔物に変えて、冒険者と戦わせていたのか!?」
「然り。それにより迷宮はここで死んだ冒険者の魂を捕らえる。迷宮は幾多もの強い魂、更に多くの魔力が循環し、成長していく。そうして十分な力を蓄えた時――ようやく、鍵が生み出される」
言いながら魔王は私の首飾りを指差した。
「それこそは迷宮の溜めた魔力を解放する為の鍵、かつて勇者に滅ぼされかけた我が国、我が臣民を蘇らせる為の鍵だ」
「……蘇らせる?」
私の問いに、魔王はまた、薄く微笑みを浮かべながら、どこか誇らしげに言い放つ。
「迷宮を解放し、我が臣民の魂と地上の者共の魂を入れ替える」
「……はぁ!?」
「魂のみと化した臣民たちには最早、かつての肉体は無い、だが代わりに今の地上には幾多もの人間達、幾多もの新たな魔族が生まれ育っている。彼らは実に良い……良い器になるであろう。そこの枯木の如くな」
言うと、魔王は先程ダキアに粉砕された老人の肉体を一瞥すると、得心がいった様子のダキアが口を開く。
「そうか、他の国民はともかく、王がかつての肉体、旗印となるべきシンボルを失うわけにはいかない……だから逆か……!魔王様、貴方はかつての国民を魂だけにして迷宮に封じる一方、自身は肉体のみを迷宮に封じ、魂を地上に置いた!地上を監視しつつ、いずれこの都に帰るべく!」
「然り」
「そして、それと同様に今度は……その国民達幾千万の魂を地上の者達に乗り移らせ、かつての王国、そして国民を復活させると……くふ……はは、なんて馬鹿げた……!懐古にも程がある!」
ダキアはそう言うと、今にも倒れそうにふらつきながら、嘲るような笑い声を漏らす。
かくいう私も、呆れるのを通り越して何も言えずに溜息だけが漏れる。
かつて自分が統べた王国、かつての国民を復活させる為だけに、国民すべての魂を迷宮に閉じ込め、何百、何千年の後に、地上の者達の体を依り代にして復活させる?
あまりにも馬鹿げている。過去に囚われているなんてどころじゃないぞ。
だが、そんな私達の気持ちを知ってか知らずか、魔王は自信に満ちた表情で手を差し出し、語る。
「ダキア、貴様の体は良い依り代になる。改めて、私に従う意思は無いか?従うのなら貴様の魂も保存し、来るべき時に新たな器に移し替えてやる」
「……魔王様、一つ、質問してもよろしいでしょうか」
「許す。言ってみるが良い」
「魔王様のその願いで復活するのは、臣民のみですか?この迷宮で果てた冒険者は、迷宮を成長させる為の礎となった冒険者は救済されないのですか?」
ダキアが絞り出すように、僅かな希望に縋るように、言葉を放つと、魔王はどこか不思議そうな表情を浮かべ、不可解な様子で答えを返す。
「される筈が無かろう?余が救済させるべきは余の臣民のみ、愚かにも迷宮に踏み込んで勝手に死んだ冒険者の魂は、ただただ魔力を蓄える燃料としてしか使えぬ。迷宮を解放したとて、そのまま消え去るのみであろうよ」
「……そうですか」
言うと、ダキアはゆっくりと前に足を踏み出し、魔王へ向けて跪き、頭を下げる。
「ならば魔王様、私は――」
残った右腕を胸にやり、恭しく首を垂れるダキアを見下ろし、僅かに魔王の威圧が薄れたその瞬間、人狼の荒々しい牙が素早く魔王の右足目掛けて突き出される。
「愚かな」
が、魔王は突き出した牙をなんともないようにするりと躱すと、空を切ったダキアの顎目掛け、先程下げた足を思い切り突き出し、蹴り飛ばす。
「ぐっ……が……!」
勢いよく吹き飛んだダキアが城の床に叩き付けられ、鞠のように跳ね上がると同時、再び閃光が瞬くと――次の瞬間、哀れな人狼は胸から鮮血を噴出し、純白の床に倒れ伏すのだった。