パーティから追放された天才神官の私はチヤホヤされる為に女の子になりました。   作:節山

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クリティアス

「ついにここまで来たんだね……」

 

「長かったですね……」

 

「しんどかったなあ……」

 

「何か月かかかった気すらするね!」

 

 俺、トゥーラさん、カンナさん、そして前方をふよふよと浮かんでいるシヴさんは、思い思いに呟くと、前方に広がる空間へと目を向ける。

 

 迷宮第三層、淵の海。

 

 カミラさんと別れ、行方を追うべく海底神殿内部を進んでいった俺達は、道中でマーマンやサハギン、セイレーンといった海の怪物との戦闘を重ねつつ、ようやく海底神殿の最奥部まで辿り着いた。

 瓦礫で崩れ、狭い道を縫うようにして辿り着いた神殿最奥部――広々とした天井に、荘厳さを称えた巨大な柱がいくつも立ち並び、中央には朽ちた祭壇のようなものが置かれている。

 どれだけ昔かは知るべくもないが、恐らくは本来ここで祭祀などを行っていたのだろう。

 そして、現在はダゴンが住処としていたのだと思う。

 思う、というのは、俺達がここに辿り着いた時には、既にダゴンも配下のマーマンも姿が無く、祭祀場自体がもぬけの殻だったからだ。

 代わりに、と言うべきだろうか、祭壇よりも更に奥、どこか神々しさすら感じさせる巨大な門。

 人ならざるものが作ったのではないか、そういった錯覚を覚えるほどに雄大にそびえる巨大門はしかし、その荘厳さに似合わず雑に押し開かれ、あたかも不用心な民家の扉が如く開けっ放しにされていた。

 

「そしてこの先が……」

 

 言いながら俺は一歩前に進み、開け放たれた門から顔を覗かせる。

 不思議なことに、門の先には道は続いておらず、中空にぽっかり空いたように開かれた門からは、迷宮内部だというのに白く輝く都の街並みが広がっていた。

 

「白冠都市……め……迷宮第四層、ですね……」

 

 恐る恐る、といった表情で俺の後ろから覗き込むトゥーラさんが口を開く。

 ジョーさんのパーティが僅かに踏み入って以降、未だ詳細が分からない迷宮最下層。

 俺達は今まさにそこに辿り着こうとしているのだ。

 

「で、どうするの?行く?」

 

 眼下に広がる光景にごくり、と唾を飲み込む俺とトゥーラさんに、カンナさんがさも興味無さげな様子で声をかける。

 

「行くさ、カミラさんが待ってる」

 

「……別に尻尾巻いて逃げ帰っても良いと思うけど?」

 

 眼下の都市から目を逸らさず言い放つと、カンナさんはどこかバツの悪そうな様子で、長い三つ編みをいじりながらそう言う。

 短い付き合いだが、何となく分かってきた。きっとこれはカンナさんなりの優しさなのだろう。

 俺達の目的はカミラさんを救出し、迷宮最下層を目指すこと。

 だがカンナさんの目的は、彼女が師匠と呼ぶザッパローグとの合流だ。

 ザッパローグは俺達と出会ったらきっと容赦しないだろう。カミラさんを手に入れようとしている彼とはきっと戦闘になる。

 カンナさんはきっと、それが分かっているのだ。

 互いに敵同士に戻る前に関係を断とうと言うのだろう。

 だが、それでも。

 

「それでも俺は、カミラさんを助けに行かなきゃいけない」

 

「……はぁ、それならそれで良いけどさ、あたしは」

 

 立ち上がり、今度はしっかりとカンナさんに向き直ってそう言うと、カンナさんも観念したように深いため息を吐き、苦笑交じりに答える。

 

「うーん、良いね、リガス君!勇者の素質あるよ!僕の跡継がない!?」

 

 俺達のやり取りを見ながら、うんうん、と満足気な笑みを浮かべて頷いていたシヴさんがそう口にする。

 勇者か。

 憧れないわけでもないけど、俺には少し重すぎるかもしれない。

 勇者が己の勇気で戦い、人に勇気を与える人だとしたら、俺よりももっとずっと似合う人がいるだろう。

 そんなことを考えていると、不意にカミラさんの明るく自信に満ちた表情が頭を過ぎる。

 そうだ、彼女ともう一度笑って話す為にも俺はここで止まっていられない。

 

「それじゃ、もうちょっとだけ付き合ってあげるよ。準備良い?」

 

「いつでも」

 

 問いかけるカンナさんと視線を交わし、頷き、そして――

 

 ぎゅるるるるるるる。

 

 ――俺の決心は突如として響いた間抜けな音に遮られる。

 

 音の元は……と、俺は顔をゆっくりと後ろへ向け――トゥーラさんが顔を赤くして抑えているお腹に目をやる。

 

「あっ、あのっ……す、すいません、お腹が……」

 

「お腹空いた!?それとも下痢かな!?大丈夫だよトゥーラちゃん!生理現象は恥ずかしくないから!なんなら僕なんて死んでるからお腹鳴らないしね!お腹鳴るの羨ましいなあ!なんてね!あはは!」

 

「それクソ追い打ちかけてない?」

 

 顔を真っ赤にするトゥーラさんと、それを励ますシヴさんを眺めながら、俺はゆっくりと息を吐く。

 やれやれだけれど、確かに生理現象である以上は仕方がない、腹ごなしでもして万全の準備を整えてから――そう考えたところで、先程まで赤くなっていたトゥーラさんの顔が一転、青ざめていることに気付く。

 

「トゥーラさん……?」

 

「はっ……あ……う……すみません……変なんです……さっきからお腹が……」

 

 言うと、トゥーラさんはがくりと床に膝をつき、倒れ込む。

 尋常な様子ではない。

 

「トゥーラさん!」

 

 毒か?呪いか?いつの間に?誰に攻撃を受けた?

 狼狽える俺を他所に、トゥーラさんのお腹から、じわりと赤い光が漏れ出すのが見える。

 カミラさんを助けに行く以前にトゥーラさんまで失うなんて、考えただけで背筋が凍る。

 俺はわき目もふらずにトゥーラさんの方へと駆け出し、そして――

 

「うっ、ああっ!」

 

 光の奔流が走り、トゥーラさんの腹部どころか、全身が光り輝いているのではないかと錯覚するほどの光が祭祀場を覆う。

 俺は思わず腕で顔を覆うと、次の瞬間、どしり、とした重たい感触が腕を伝わり――

 

「ぶわっ!」

 

 どすどすどす。

 重く鈍い衝撃と共に、俺の体にいくつもの肉体がのしかかる。

 一体何が起きたのか、何が出てきたのか、それを確認する為にうっすらと目を開け――息が止まる。

 いつの間にか、抱え込むようにして支えていた白く、柔らかな体。

 プラチナブロンドにきらきらと光る髪がさらりと俺の頬を撫で、閉じた瞼から生えた睫毛もまた、白馬の鬣の如き気品ある輝きを見せている。

 何度この顔を見ただろう。

 けれど、一体どれだけこの顔を見ていなかったのだろう。

 俺は思わず、抱え込んだその女性に向けてポツリと呟く。

 

「……カミラさん?」

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 暖かな日差しが白亜の街並みを照らし、気持ちよく吹く風がふわりと私の髪を撫でる。

 同じように風に揺れる草花から漂う香りが尾行をくすぐり、どこかで小鳥が囀る声が辺りに響く。

 

「……ん?どこだここは?」

 

 ふと我に返った私が辺りを見渡すと、そこは宮殿の中庭のようだった。

 辺りに植えられた木々は手入れが行き届き、歩きやすいように敷き詰められた石畳は光を反射してきらきらと輝いている。

 どこか迷宮二層に似ているだろうか。まあ、あそこはもっと薄暗いし汚いし不潔な場所だったが、辺りに立ち並ぶ柱の意匠などはどこか近しいものを感じる。

 そんなことを考えながら石畳の道を歩いていくと、道の先に円形のテラスだろうか、簡素ながらも気品漂う屋根の下、やはり白く輝く上品な円形のテーブルと椅子。

 そして、それに腰掛ける一人の女性――美しく整えられたプラチナブロンドの髪に、純白のドレスに身を包んだ女性が座っていた。

 

「ほほう、なかなか美しい女性じゃないか、私みたいだ!」

 

「逆ですよ」

 

 私が思わず女性の容姿を褒める言葉を口にすると、それまで目を閉じていた女性がゆっくりと瞼を開き、どこか愁いを帯びた瞳で私の顔を見つめ、答える。

 

「あなたが私に似ているのです。カミラさん……いえ、カシミールさんとお呼びした方が良いですか?」

 

「……ほほう?」

 

 くすり、と、僅かに笑みを浮かべながら答えると、彼女は私にテラスに置かれたもう一つの椅子に腰かけるように促す。

 この女が誰かは分からないが、まずは対話をということなのだろう。

 うん、文明人としては当然の態度だ。ちゃんと対等に向き合う、というのなら私も対応してやるのもやぶさかではない。

 私は促されるまま、椅子に深く腰掛けると、テーブルを挟んで私と同じ顔の女に向き合い、問う。

 

「で、貴様は誰だ?」

 

「私の名はクリティアス、かつてこの地を統べた大国の王妃、そして――あなた達が魔王と呼ぶ彼の妻だった女です。」

 

 クリティアス、と名乗った女は淡々とそう告げると、こちらに穏やかで優し気な笑みを向ける。

 思わず見とれてしまう程の美しい笑顔だ。まあ私と同じ顔だしな。

 だが親の顔より見た私の美少女フェイスに今更絆される私ではない。

 クリティアスの微笑みをフフン、と一笑に付し、次なる疑問を口にする。

 

「大した肩書じゃないか。それで?その魔王様の奥様がどうしてこんなところ――いや、というか、そうだ、ここはどこだ?」

 

 そうだ、なんとなくしれっと会話をしているが、ここがどこだったか分かっていない。

 そんな私の疑問に、クリティアスはやはり淡々と、怯むことなく言葉を返す。

 

「ここは心の中の世界、言うなればあなたの心象風景のようなものですよ、カシミールさん」

 

「カミラで良い。しかし心象風景?私はこんな場所に覚えが無いが……」

 

「それはそうでしょう、あなたの精神は私に乗っ取られかけていますし」

 

「ふうん…………はぁ!!!!!!????」

 

 クリティアスが事も無げに放った言葉に、思わず驚いて立ち上がる。

 

「我が夫……魔王様が仰っていたでしょう?彼は地上の人間をかつての王国民の魂を入れる器にしたいのですよ」

 

「それは言っていたが……いや、思い出してきたぞ!そうだ、あのクソ魔族が私の頭にアイアンクロー決めて何か流し込んで来ただろう!」

 

 それが貴様か、貴様の魂か、と合点がいって問い詰めると、クリティアスはくすりと笑って頷く。

 

「はい、その通りです」

 

「は~ん、なるほど、なるほど?それで私の美少女天才大神官ボディを乗っ取ろうという腹か、だが残念だったな!この私がそう易々と天才頭脳を凡夫に渡すと思ってか!」

 

「あ、ご安心を。そもそも私はカミラさんの体を乗っ取るつもりはありませんから」

 

「ん?」

 

 私の体は私の物、私の頭は私の物だ、そう宣言する私に、クリティアスはやはり淡々と言い返すと、困惑する私に向けて更に言葉を続ける。

 

「この私、そして私達の王国は滅びたのです。今を生きる人間を犠牲にしてまで復活して良いものではありません」

 

「魔王はそう思ってないようだが?」

 

「ええ、困った人ですね」

 

 あはは、と、それまでの淡々とした会話とは違った調子でクリティアスが声を上げて笑う。

 

「ですからカミラさん、この体はカミラさんにお返しします」

 

「ふむ、まあ当然だな!私の体だし!が、そうなると貴様はどうなる?」

 

 所詮は迷宮の中に残った魂、ゴーストのようなものだろう。

 このまま霧散するのか、それとも迷宮に囚われたままでいるのか。

 そう問いかけると、クリティアスは優雅な所作で立ち上がり、ゆっくりと私の胸――いや、そこから下がる首飾りを指差す。

 

「その為の鍵です。これは魔力の、魂の集積器、迷宮に遺され、解放を望む魂の力が寄り固まり力となった物」

 

 クリティアスの指がとん、と置かれると、首飾りはそれに応えるようにちゃりん、と、音を立てて揺れる。

 

「これを使い、この迷宮を解放してください、カミラさん。私もまた、その時まで首飾りの中でお待ちしております」

 

 クリティアスがそう言うと、辺りの景色が揺らぎ、光り輝くテラスのテーブルは木製のくすんだ、どこか古臭いテーブルに、太陽の暖かな日差しは薄暗い屋内を明々と照らすランタンの光に、囀る小鳥の声は野太く活気に満ちた酒場の喧騒へと変わる。

 私にとって馴染みの深い、冒険者のいる光景だ。

 うるさく、下品で、優雅の欠片も無い無骨な光景ながら、どこか安心する私の心の光景。

 それを眺めながら、クリティアスはゆっくりと私の髪を掻き上げ、耳元に口を寄せる。

 

「最後にあの人……魔王様に通用する呪文をこっそり教えてあげます」

 

「私は神官だから魔術は使えないが?」

 

「大丈夫、大丈夫ですよカミラさん、その呪文はね……」

 

 クリティアスがその言葉を口にした刹那、首飾りが輝きを放ち、周囲の光景がまた大きく歪む。

 

 世界が歪み、崩れ落ちる衝撃に思わず目を閉じた私だったが、不意に背中に暖かな、けれどもごつごつとした感触を感じる。

 小鳥のさえずりも、男達の喧騒も消えた世界で、目を開き、そこにある顔を見上げると、どこか安心した気持ちが満ちるのを感じながら、ゆっくりと口を開く。

 

「ただいま、リガス」

 

「おかえり、カミラさん」

 

 薄暗く朽ち果てた海底神殿の祭祀場、どこか生臭いこの場所で、私達はそう言って互いに微笑みを交わしたのだった。

 

 

 

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