パーティから追放された天才神官の私はチヤホヤされる為に女の子になりました。   作:節山

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赤い糸

 純白の城下に稲光が走り、辺りに焦げ臭い黒煙が立ち込める。

 白く輝く石畳の一部は雷撃が直撃したことで、あたかも絵画に垂らされた一滴のインクの如き場違いな印象を醸し出していた。

 ――そんなインクの染みの真横に倒れ込んだあたしは、というと。

 

「げっほ……」

 

 まだ生きている。

 師匠の雷撃、さっきまではコッソリ立てておいた血の棒……言うなれば血の避雷針に誘導し、衝撃を軽減していた雷を先刻モロに喰らってしまったのだ。

 

「つっ……」

 

 じゅうっという肉が焼け焦げ縮む音を立てる左腕をちらりと見る。

 咄嗟に腕を突き出し、ガードする形で雷撃を受けてしまったせいだろう。

 直撃を食らった左腕は黒く焼け焦げ、一部の肉がぼろぼろと崩れ落ちていく。

 神経が焼き切れているのだろうか。痛い、という感覚すら無く腕が朽ちていく様は、むしろただ痛いだけよりも不気味な印象を受ける。

 しかし痛み自体も当然ながら嫌なもので、左腕以外の全身には肌が焼けこげる火傷の痛み、あるいは衝撃を受けたことによる骨が軋むような痛みを感じていた。

 

「ゲホッ……ハッ……ぐ……!」

 

「辛そうだな、カンナ」

 

 雷撃と炎によって生じた煙で呼吸を乱され、息を乱しながら立ち上がるあたしに、頭上から師匠の声が響く。

 

「死にはするまい。お前は吸血鬼だ。その腕も血を飲めばいずれ治る」

 

「……随分と余裕だね師匠」

 

 精一杯の虚勢を張って立ち上がり、あたしから距離を置いて地に立った師匠を睨みつける。

 実際のところ、ダメージの差は歴然としている。

 少なくともあたしの左腕はしばらくは使い物にならないし、全身も軋んで正直なとこ息をしているのだって辛い。

 何とか残った右腕を構え、息を大きく吐き出すと、肺と喉が焼けたようにビリビリと痛む。実際に焼けているのかもしれない。

 そんなあたしの様子を見ながら、師匠も息を一つ吐き出した。

 

「カンナ、私はお前のことを子供の時分から知っている」

 

「うん」

 

「私とて好き好んで弟子を殺したいわけではない。それは理解できるな?」

 

「うん」

 

 優しく、諭すように言葉を紡ぐ師匠の姿は子供の頃からずっと見てきた姿と同じものだ。

 ならば、と、師匠は俯きながら、ゆっくりと語りかける。

 

「魔王様の元へ戻ってこいカンナ。あの人間達に手を貸す義理は無いはずだ」

 

「そうだね」

 

 師匠の言う事は全部合ってる。

 師匠があたしを殺したくないってのも、あたしがバカな人間共に手を貸す義理は無いってのもそう。

 そうなんだけど――

 

「でも、あたしは魔王様には従わないよ師匠」

 

「カンナ」

 

 あたしは咎めるように僅かに声を荒げる師匠の姿をじっと見つめる。

 酷いものだ。

 ジョー達と戦った時のせいだろう。師匠の黒く輝く鎧は見る影もなく薄汚れ、鎧の一部は砕け、兜は醜く凹んでいる。

 あたしの方がダメージは大きいと言ったけど、その実、師匠の見た目も大概なものだ。

 それはいい。戦いでついた名誉の負傷というだけだ。そこまではわかる。

 でも、と、あたしは痛む肺に再び空気を吸い込み、言葉を吐き出す。

 

「師匠、師匠がそんなになるまで戦って、魔王様は何か言ってくれた?」

 

「…………いや」

 

 僅かに考える素振りを見せた後、師匠は悪い考えを振り払うように首を振る。

 

「いや、カンナ、見返りではない。私は魔族の騎士だ。身命を賭して王に仕える者だ。ただ忠実に」

 

「師匠はともかく、あたしがムカつくっつってんの」

 

 正直なとこ、前からうっすらとは感じていた。

 そもそも師匠とあたしとダキア、3人だけで迷宮潜れってのがもうナメてる。ふざけてんのかアイツ。

 そんで魔王様の目的が大昔の魔族の復活?

 それじゃあ今生きてる魔族はどうなの?自分の国民じゃないのか?大事にすべきじゃないのか?

 

 ダキアに城で起きた出来事を聞いて、その思いはより強く、確信に変わった。

 魔王様はずっと在りし日の幻想を追いかけている。過去にしか興味が無く、今のあたし達には興味が無い。

 多分いてもいなくても良い。幻想を取り戻す為の手足でしかないのだろう。

 それはそれで構いやしないんだけど、でも。

 

 あたしは改めて眼前に立つ師匠の姿を見る。

 薄汚れ、凹み、割れた鎧の師匠の姿。

 師匠は昔からすごい頑張っている。真面目で、忠実で、頑固で優しい最高の騎士だと思ってる。

 そんな師匠が尽くして尽くして、努力して、それが顧みられないというのにあたしは無性に腹が立つ。

 ――――要するにムカつくってこと!

 

「あたしは魔王様じゃなく、師匠に仕えるつもりなんだよ」

 

「…………そうか」

 

 あたしの言葉に少しの間俯いた師匠だったが、すぐさま顔を上げると、いつも通りの重く響く、固い音で言葉を紡ぐ。

 

「ならば互いに力で止めるしかあるまいな」

 

「上等よ!」

 

 言うが早いか、師匠の指先から炎の波が迸り、あたし目掛けて襲い掛かる。

 あたしも急いで後ろに飛びのくと、そのまま周囲に立つ建物の陰に身を隠し、思考を巡らせる。

 さて、啖呵を切ったもののどうするかという話だ。

 戦闘に使える血はもう残り少ない。

 血の避雷針は立てられるかもしれないが、立てたところで雷以外の魔術で攻められるのがオチだ。

 

「どうすっ……あぶおぅっ!!!」

 

 建物の陰で立ち止まるあたしの頭上から炎の雨が降り注ぐ。

 どうやら師匠は隠れたあたしの正確な位置を計りかねているようだ。

 あたしは位置を特定されないように慌てて別の建物の中へ逃れる。少なくとも屋内なら雷の直撃を受けることは無い。

 師匠は魔術の汎用性を重要視しているだけあって様々な魔術を扱えるのが強みだが、反面、索敵能力はそこまで高いわけじゃない。

 ……いや低くも無いし見晴らし良ければ上空から発見してはくるだろうけど。

 

「何より、あたしの目的は逃げることじゃないもんな」

 

 あたしが逃げたら師匠はジョー達と戦うことになるだろうけど、気に食わないことにジョーとカリカ、ついでにロフトは師匠への対策をきっちり見出している。

 それで無くても今の連中には【作戦】があるのだ。戦ったら師匠はただでは済まないだろう。

 あたしは少なくとも、師匠に死んでほしくはない。

 

 ただどうやって師匠を無力化するか、という話だ。

 残り少ない血を使って武器を作る……いや防具か……?いや駄目だ。

 思考を巡らせながら、師匠の言葉を思い出す。

 魔術に大切なのは汎用性。

 武器や防具を作ったところで一つのこと以外には対応できない。もっと柔らかく、更に言えば雷を散らせるような、逃がせるような……

 

『……ほ~!低俗な魔族の頭脳では思い浮かばないか!?やれやれ、それじゃあ私が教えてやろう、良いか?』

 

 ――――不意に頭に浮かんだのは、あの自称天才美少女神官様(笑)

 

 いやでもそうだ。

 あいつだったら多分……

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「あたしがムカつくっつってんの」

 

 先程のカンナの言葉が頭に響く。

 私にとって魔王様に仕えるのは当然のことだ。

 在野の魔族だった私は魔王軍に目をかけられ、そして軍の中で実力をつけていった。

 だが、魔王様に何かしてもらえたのか、か。

 言われてみればあまり覚えはない。

 魔王様は私が初めて謁見した時には既に古木の如き老体であり、政務や叙勲は主に配下の者たちが代わって行っていた。

 そういうものだと思っていたのだ。恐らくは私だけではないだろう。

 魔王様はいて当然であり、直接部下に関わることは滅多に無く、ただただ仕える私達は従うのみだと。

 だが、カンナは、そうか。

 

「魔王様ではなく、私に仕えている気だったとはな」

 

 我が弟子ながら可愛いものだ。

 だが、そう言われたところで私も今更生き方は変えられない。

 今の私に出来るのは……

 

「ただ、死なない程度に無力化してやることだけだ」

 

 そう呟くと、私は指を鳴らして周囲に風を巻き起こす。

 攻撃目的の風ではない。風に自身の魔力を乗せ、感覚でもって周囲を探る為の魔術だ。

 尤も、あまり広範囲には広げられぬし、何より集中を要するので戦闘中などに咄嗟に使うには向かない術だが……

 

「……そこか」

 

 吹き抜ける風に触れる小柄な体の感覚。カンナだ。

 屋内に隠れているな。

 屋外から雷を撃ったところで直撃はさせられない。

 だがこちらも屋内に入り、至近距離で打ち出せば話は別だ。

 私は風の魔術を解き、地に降り立つと建物内部へと繋がるアーチ状の入り口を潜り抜ける。

 白冠都市の建物はそれなりに入り組んでおり、屋内にはかつて生活に使われていたであろう家具や装飾品がそのまま残っていることも多い。

 恐らくは迷宮に封じ込められている当時の魂たちの記憶が迷宮を形作っている為だろう。

 冒険者が迷宮で手に入れるという宝も元々は大昔に誰かが使用していたものの複製に違いない。

 美しく保たれながらも人の手が入らずにいた建物の扉を開け、小さな小窓から僅かばかりの光が差し込む小部屋に入る。

 物置だったのだろうか、薄暗い室内の入り口には蜘蛛の巣が張られ、それを掻き分けて入ると、あたりに壺や木箱が雑多に置かれているのが目に入る。

 その部屋の中央、散らばった家具に囲まれるようにして待ち構えるカンナに目をやる。 

 

「……ふむ」

 

 緊張した面持ちで立つカンナの右腕には、鈍く光る盾が構えられていた。

 なるほど、迷宮で手に入る武具という物か。

 室内に逃げたのは私の魔術を防ぐと同時に、そういった武具を見つける目的もあったのかもしれない。

 だが……裏を返せば今のカンナはそれらの武具に頼らざるを得ない、魔術師として、吸血鬼として扱える血が少ないということだ。

 

「ならばいくらでも対処のしようがある」

 

 私はぱちりと指を鳴らすと、指先から太陽の如き炎の球が生じ、薄暗い屋内が途端に眩しい程の光で満たされる。

 炎の魔術だ。

 盾が木製であれば燃える筈。金属製であっても熱によるダメージがカンナの残った右腕に与えられるだろう。

 

「さあどうなるか」

 

 再び指を鳴らし、いくつか火球をカンナ目掛けて射出する。

 

「つっ……!」

 

 勢いよく飛んで行った火球は盾にぶつかると、盾の表面を焦がしてそのまま消え失せる。

 木製ではない。金属製ないしそれに準ずる材質だろう。

 

「室内に逃げたのは軽率だったな。逃げ場が無いぞ」

 

 言うと、私は矢継ぎ早に火球を飛ばす。

 事実、カンナは苦しそうな表情を見せながら火球を受け止めている。

 右腕に炎熱のダメージがあるのは勿論だろうが、逃げ場のない屋内で火を焚けば呼吸がままならなくなるのも目に見えている。

 唯一ある入り口は私の背であり、窓はせいぜい小鳥が入れる程度のものだけだ。

 成すすべなく追い詰められたカンナは盾を構えたまま後ずさると、部屋の隅に置かれた壺に足をかける。

 

「そんな火程度じゃ……やられないよ!」

 

 言いながら壺を蹴り上げると、辺りに水飛沫が上がり、砕けた壺から水が溢れ出す。

 これも生活に使っていた水なのだろう。なるほど、それで炎のダメージを抑制しようと言うのだろうが……

 

「氷陣」

 

 ぱちりと指を鳴らし、瞬く間に周囲に散らばった水を凍らせる。

 

「うわやば!」

 

 ぱきぱきと小気味よい音と共に、氷の波は素早く部屋中に伝わり、カンナの足元までも凍てつかせる。

 なるほど、炎のダメージを抑制する。だがそれだけではないだろう。

 炎で決定打が与えられない状況に持ち込まれたとして、次に私が使う魔術は雷だ。

 そこに備えて狭い室内に水を撒くことで、あわよくば私を感電させ、相打ちに持ち込もうということだろう。

 中々面白い戦法だ。我が弟子ながら柔軟に育ったものだ。が――――

 

「少し想定が足りなかったな」

 

 その水も凍らせてしまえばそう簡単には電気を通さない。

 私を相打ちで倒すことは出来なくなったのだ。

 後はこの距離で雷槍を放つだけ。仮に一撃、二撃程度を盾で防げたとしてもそこから反撃する手立てはない。

 私の勝ちだ。そう確信し、構えた指をぱちりと鳴らす。

 

「雷槍――――」

 

 瞬間、衝撃と轟音が室内を見たし――――私の鎧が、熱く焼け焦げる。

 

「…………!!!?」

 

 熱い。

 全身が焼け焦げ、息が出来ない。カンナはどこだ?視線がいつの間にか天井に向いている。

 何が起きた?私は倒れているのか?足に力が入らない。何故だ?

 雷だ。恐らくは自身が打ち出した雷槍を自分で食らった。だが何故?水は凍らせた筈だ。

 いや、それよりもカンナは――――

 

「勝負ありだね、師匠」

 

 私が思考を巡らせ、起き上がろうとするよりも先に、首元に真っ赤な短刀を向けられる。カンナだ。

 目の前に姿を現したカンナは左腕が焦げ落ち、全身が焼け焦げてはいるが、それは先程までと同様だ。つまり私が最後に打ち出した雷槍を食らってはいない。

 相打ちかと思ったが違う。

 明確に私がカンナに倒されたのだ。

 

「……参ったな」

 

 ふう、と大きく息を吐き、倒れた私に跨るようにして短刀を構えるカンナを見つめる。

 

「避雷針は無かった。いや、あったとしても雷が返されることはないだろう……一体何をしたんだ?」

 

 跨ったままのカンナに問いかけると、カンナは自慢げな表情を浮かべながら、手にした短刀を変形させていく。

 しゅるしゅると形を変え、細く細く、糸のようにして伸びていった血は縦に横に広がっていき、一つの形を作り出す。

 

「……蜘蛛の巣、か」

 

「そうだよ、師匠気付かなかったでしょ」

 

 細く伸び、組み合わさった血の糸。

 部屋に入った時に張られていた蜘蛛の糸が既にカンナの血だったのだろう。

 カンナは残り少ない血を武器として形作るのではなく、糸として細く伸ばし、室内に張り巡らしていたのだ。

 

「だから火で攻撃された時は焦ったよ。焼けるかと思った」

 

「馬鹿を言うな。そうなっても良いように入り口付近に張ってあったのだろう」

 

 言うと、カンナは舌をぺろりと出して視線を反らす。

 ぶちまけた水は感電させる為ではなく、私に氷の魔術を使わせて炎での攻撃を敬遠させ、更には雷での攻撃を引き出す為のものだった。

 攻撃手段を雷だけに持ち込めば後は簡単だ。部屋中の血の糸を、自身の前に蜘蛛の巣のようにして広げる。

 明るい場所であればともかく、火が消えて薄暗くなった室内では私もそれに気づかない。

 雷槍を受け、張った蜘蛛の糸一本一本に電撃が伝わり、電流は広く散らばる。

 そうして散らばった電流は部屋に入った際に蜘蛛の巣……血の糸に触れたことで繋がっていた私の体へと流れ込む、と。

 

「どう?師匠、自分で自分の雷食らったのは初めてなんじゃない?」

 

「ああ」

 

 にひひひ、と、悪戯っぽく笑うカンナに、私もつられて口元が緩む。

 弟子の言葉で心を乱され、その弟子に負け、魔王様の期待にも応えられず、地に倒れ伏している。

 きっとこれは騎士としても魔族としても、男としても無様な姿なのだろう。

 ただ、まあ、しかし。

 

 可愛い弟子の嬉しそうな顔を見られた、という意味では、まあ、そう悪くもない。

 

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