前話を呼んでいない方はまずはそちらからお願いします。
序盤は主人公視点
中盤からアカネの母、シオン視点に移ります。
黒い鎧を纏った怪人の出現から三日。
それ以降は怪人の出現もなく静かな日常を送れているわけだが、少しばかり不気味だ。
とりあえずはいつでも出撃できるようにプロトを身に着け、シロに周囲の空間を警戒してもらいながらも俺は変わらずアカネの家で世話になっている。
しかし、働かざる者食うべからずという言葉もあるように、俺は天塚家と同じように———家事などを手伝っていた。
「……よし」
早朝、キッチンで紫音さんが料理をしている音を耳にしながらアイロンをかけた服をたたんでいく。
自分ではうまく綺麗にできているかは分からないが、私生活がだらしないハクアを姉と呼んでいた度し難い時期に何度も経験してるのでそれほど戸惑わずにできている。
全てをたたみ終えたところで慌ただしく階段を降りてくる音が聞こえ、さきほど目覚めたであろうアカネの二人の姉たちがリビングに顔を出してきた。
「ねえ、お母さーん。私のコートどこー」
「それならラックに掛けておきましたよ」
「……」
「あれ、シャツってどこかに———」
「あ、すみません。今、アイロンかけちゃいましたけどこれで大丈夫ですか?」
「……」
いや、どうして硬直するんですか。
氷のように固まってしまった二人はそのまま巻き戻すようにリビングから引っ込んでしまう。
「やっぱり、いい薬になるな」
「え?」
「君は気にしなくてもいい。朝食もできてるから先に食べるといい」
「あ、はい」
えらくにこにことしている紫音さんに勧められテーブルへとつく。
すると対面の席に座っている男性、アカネの父親にあたる人物と目が合う。
「うちは毎朝騒がしいだろう?」
「え、ええ」
「そろそろ慣れてきたかい?」
話しかけてきてくれたのは新坂家の家長であり紫音さんの夫である
きっちりと整えられた黒髪と優し気な雰囲気の彼は、お茶の入った湯飲みをテーブルに置き、微笑みかけてくれる。
本人曰く、普通のサラリーマンをしているらしいが、どんな仕事をしているかまではよく聞いてはいない。
「この家の男は自分一人だけだったからね。君がいるだけで大分空気が変わるよ」
「そう、ですか?」
「そうさ」
穏やかに微笑む貞夫さんに首を傾げる。
「それに、君がここに来てくれてアカネが嬉しそうだ」
「そこは普通に反対するところじゃないですか……?」
「ははは」
あちらからすれば大事な娘だろうし、よく泊まることを認めてくれたものだ。
いただきます、と口にしてから朝食に意識を向けながらそんなことを考える。
「……どこぞの馬の骨を連れてくるならそうしていたことだろうね」
「……んん!?」
「うん? どうしたのかな?」
え、いや、普段の貞夫さんから想像できないドスの利いた呟きが跳んできたような……。
……き、気のせいか? うん、こんな穏やかな人があんな戦闘中のレッドや俺みたいな口調で物騒なことを呟くはずないもんな……。
「貞夫さん。そろそろ時間じゃないか?」
「うん? あ、そうだね」
すると台所にいた紫音さんが貞夫さんに声をかける。
彼は時間を見て頷くと、椅子にかけていたスーツの上着を着ると傍らに置いていた黒いカバンを持つ。
「カツミ君」
「はい?」
リビングから出ていく前に声をかけられる。
「ここが君の家だと思ってくれて構わない。……というと遠慮してしまうだろうから、あえてこう言っておこう」
こちらを振り向いた貞夫さんは人差し指を立てる。
「僕たちは君の存在を受け入れている。それは君がこの家より前に泊まっていた天塚家も同様だ」
「……はい」
「では、いってきます」
それだけ口にして彼は出勤していった。
新坂貞夫さんはきららの父親、オウマさんと同じく不思議な人物だ。
でも、彼の言葉に少しだけ救われている自分がいるのも確かだった。
今でも思うことがあるとすれば、まさか娘のアカネが地球を守る正義のヒーローになるだなんて思いもしなかったことだ。
最初はバカげた話だとも思った。
そんな危険なことを任せられるはずがないと反対すらした。
それも当然だ。
怪人というのは平気で人間を殺すような危険な存在。
そんな相手に運動音痴で、色々とドジっぽいところがあるあの子を戦わせるなんて考えられなかった。
相手方———金崎レイマと名乗った胡散臭い金髪の男は、直に会った際にアカネとこちらに判断を委ねると口にしたので断ってやろうと思った矢先に、アカネがそれを受けようとした。
『怪人に殺されかける怖さはよく知っているよ』
『すごく苦しくて泣きそうで……心の底から死にたくないと思った』
『だから、他の人にそんな思いをさせないために私も戦いたい』
普段は考えられない、確かな決意を感じさせるアカネのその言葉に私と貞夫さんはなにも口にすることができなかった。
結局はそのままアカネは自分の意思でジャスティスクルセイダーのリーダー、レッドとして怪人と戦うことになった。
……世間からの評価はまあ、色々な意味で酷いものではあるけれども。
やはり私の血、というか若い頃の性格を色濃く受け継いでしまったせいだろうか?
そんなこんなもあり、アカネがジャスティスクルセイダーとして戦い続けてからそこそこの時間が経った。
地球の怪人との戦いが終わったかと思えば、今度は宇宙からの侵略者。
果てはルインなんぞというとんでもない女が、地球を滅ぼすかもしれない事態になったりと本当に大変なことが連続で起こっている。
しかし、私にとってそれ以上に大変だと思ったことがあった。
それは、あのアカネが家に意中の男を連れてきたことである。
穂村克己くん。
この地球の命運を背負う少年。
大体一週間ほど前に一番下の娘、アカネが連れてきた彼はテレビで見た時よりもずっと大人しい印象だった。荒々しい一面は怪人と侵略者と相対している時だけ、というのはアカネから聞かされてはいたが実際目にすると、普通の礼儀正しい好青年だ。
「カツミ君」
「はい? なにか?」
アカネ達もそれぞれの学校と職場へ行き、一気に静かになるリビングのソファーに座っている彼に声をかける。
最近お気に入りなのか、うちの飼い犬、きなこに膝を占領されながらもぼんやりとテレビを見ていた彼は、こちらを見る。
「いい機会だから少し話そうかと思ってな」
「? 別に構いませんが」
「わふ」
こちらのテーブルへと移動してもらい、紅茶を差し出す。
話せる状態になったところでまず最初は話を切り出してみる。
「最初に言っておくが、私達は君の過去を知っている」
「それは、分かってますけれど……」
彼の過去は既に侵略者に暴露されている。
彼もそれが分かっているのか、どこか困ったように微笑みながら頷く。
「そこで勘違いしてほしくないのは別にアカネと私たちが同情して君をここに泊まらせているわけじゃないってことだ」
「……はい」
「これから君に尋ねることで、君を不快にさせてしまうかもしれない。その時は遠慮なく断ってもいい」
神妙な様子で頷くカツミ君。
きっと、天塚家のコヨミさんはあえて踏み込むようなことはしなかったのだろう。
だが私は、聞いておきたかった。
「カツミ君。君は実の両親を憎んでいるのか?」
「……」
恐らく、この類の話はアカネでは聞くことはできないだろう。
そもそも彼に話させる必要のないことだろうが、私としてはどうしても聞いておきたかった。
余計な詮索と言われれば素直に引くつもりではあるが……予想に反して彼はさほど動揺もせずにゆっくりと口を開いた。
「そんな気持ちがないとは言い切れません。俺も少なからず死に際にあんなことを言ってきた父と母を憎んでいる部分はあると思います」
無事に生き残った子供を夫婦そろって責め立てる。
目を逸らしたくもなる壮絶な経験を経た彼の口調は、憎しみや怒りがあるというよりかはどこか悲しげでもあった。
「しょうがないって、ずっとそう思っていました」
「……しょうがない?」
「俺が責められるのも、気味悪がられるのも当然のことだと」
この時、私は穂村克己という少年の内面を目の当たりにした。
暗闇をそのまま落とし込んだような真っ黒い瞳をした彼の口から出てくる言葉は、どこまでも他人事のようだった。
「あの頃の俺は自分が両親と一緒に死ぬべきだったと思っていたんです。生き残るべきじゃなかったし、生きてまで他人に迷惑をかけたくもなかった」
それは恐らく、両親からの罵倒と生還後の周囲の環境のせいもあるのだろう。
幼い子供だった彼を寄ってたかった責め立てる大人と、そんな彼を預かったにも関わらず保護者としての責任を果たそうとすらしなかった親戚。
彼を取り巻いていた状況は既に解決済みだろうが、それを踏まえても度し難いものだ。
「俺を預かった親戚も突然、あんな可愛げのない子供を育てるのも嫌になるのも分かります」
「私が口を出すべき問題じゃないが。その親戚の君への扱いは酷いものだと思うぞ?」
彼の生い立ちについては何度もニュースなどで取り上げられている。
あくまでそれも一部だけで、メディアにとっても都合の悪い部分などは省かれているだろうが、それでも壮絶なことには変わりない。
これ以上になく心を傷つけられた少年が、なんのケアもなく放置されるような環境に置かれていいわけがない。
心の傷は自然には治らない。
人の優しさに触れることによってはじめて癒えていくものなのだから。
「あの人たちを責めるつもりはありません」
彼はそれどころか申し訳なさそうな素振りすら見せながら視線を斜めに逸らす。
「当時の俺は自分でも不気味でした。笑わないし、泣きもしない。かといって何かをしようともしなかった」
そんな子供、不気味に思わないはずないでしょう? と言われ私は肯定するわけでもなく無言を返す。
「あの人達に預けられて数年もしないうちに、遠ざけるために一人暮らしをすることになりました」
「……」
「元々、離れで暮らしていたようなものですけどね。それでも気味が悪かったんでしょう」
……離れで暮らしていた?
本人は気にした様子もなく口にしていたが、七歳の子供をたった一人で家の離れに暮らさせていたのか?
この期に及んでまだ表に出ていない事実があるのか、と沈痛な思いに駆られながらも彼の言葉に耳を傾ける。
「一人暮らしをするようになってから正直、気が楽になりました」
「一人になれたからか?」
「まあ、はい。……それも長くは続かなかったんですけどね」
数秒ほど感慨に耽るように手元のカップを見つめた彼は、次に自身の手首につけている時計を目にして苦笑する。
「プロト……黒騎士としての力を身に着けてから俺の日常は大きく変わりました。怪人に襲われるようになったり、よく分かんない奴が勝手に家に転がり込んだり……」
「……力を手放そうとは思わなかったのか?」
「考えもしなかったです」
カツミ君も見方によってはアカネ達と同じだ。
自身の意思とは関係なしに力を手に入れそれで怪人と戦うことになってしまった。
「黒騎士として戦っていた時はいつ死んでもいいと思っていました。あの日、死にそびれた自分が今ものうのうと生きている意味がない。そう思い込んだまま戦い続けた」
「……今は、違うんだな?」
「そう、ですね。どうやら俺はちゃんと変われたみたいです」
アカネ達がこの子を変えたってことか。
私は今日この日に至るまでのアカネ達ジャスティスクルセイダーとカツミ君の関係性をあまりよくは知らない。
しかし、一つ言えることがあるとすれば、あの子たちとこの子の間には確かな信頼と絆があるということだ。
「こうして話すことができてよかった」
「俺も色々と話せたのでよかったです。あまり、こういうことを話す機会はなかったものですから」
それは……そうだろうな。
少なくともこの子が自分からこういうことを話すことはないのは分かる。
私自身、今聞いたこの話に言うことはほとんど何もない。
なにせカツミ君の中では既に終わった過去の話でもあり、彼にとって重要なのはこれから先の未来のことなのだから。
「もう一つ気になっていたんだが、今の君の立場はどうなっているんだ?」
「えーっと、正直俺もよく分かってなくて。とりあえずは今の後見人はレイマってことになっているとは聞いています」
「あの社長さんか」
おかしな話でもないな。
むしろあの人物以外に誰がいるというべきか。
親し気に名前を呼んでいることから関係も良好そうだし、私から口を出すことはない……か。
しかし、それはそれとしてもう一つ尋ねなければならないことがある。
「カツミ君」
「はい?」
「アカネのことはどう思っている?」
「……? 戦友……いえ、友達ですかね。少し口に出すのは恥ずかしいんですけど」
これは強敵だぞ娘よ。
まるで若かりしときの貞夫さんを見ているようだ。
しかし、子の幸せを願ってこその親、ここはひとつ影ながら手助けしてやらねばなるまい。
奇妙な沈黙に支配するリビングでそう思考した私は、あらかじめ用意していた冊子を取り出す。
「時にカツミ君……アカネのアルバムでも見るか?」
「かわいそうなのでやめてあげてください……」
ものすごく切実な言葉をもらってしまった。
いや、なぜだ。
やはり親子、という話でした。
そろそろカツミ本人が過去についてどう思っているのか描写しようと思い、この回となりました。
カツミ本人は過去の出来事については克服しているという感じですね。
……もうそろそろブルー宅へ移動することになりそうです。
今回の更新は以上となります。