今回は閑話、
星将序列一位、ヴァースの視点となります。
それは俺がコスモを養子として迎える前、それこそゴールディから“ライブラ”のスーツを譲り受ける遥か過去の出来事のことだ。
とおい昔の記憶。
幾千幾万の戦いの中でひときわ思い出すのは戦鎧に身を包んだ女武者の姿。
今でも目を閉じれば容易くその光景を思い起こせるほどの、強く焼き付いた闘争の記憶。
地球に植え付けられたアルファとしての覚醒者。
オメガという片割れを既に失い、ただ一人戦い続けていた奴はそれでも尚、宇宙からの軍勢を退け―——見事、この俺を引きずり出して見せた。
奴は、アサヒと名乗ったアルファは強かった。
——刀を振るえば女の細腕とは思えんほどの斬撃を縦横無尽に繰り出し小山を切り落とした。
——斧を叩きつければその剛腕で青い海を二つに割ってみせた。
——弓から放たれた矢は雲を穿ち遥か空の敵を撃ち落とした。
武器を選ばず、あらゆる戦い方で自身の敵を蹂躙していく様は明らかに他のアルファとは異なる異質な存在と言えただろう。
“可能のアルファ”
奴が“可能”と思い続ければあらゆる事象を可能とする力。
できる、と確信したから一薙ぎで山を切り落とすこともできるし、海も空も穿つこともできた。
不可能を可能にする驚異の力、のように思えるがその実、大本であるアルファの精神性・想像力に依存するものであり並大抵の者では扱うことさえ叶わない難しい能力。
奴は己を信じる限り、絶対にその足を止めることはなかった。
『十二天・
戦いの最中、俺の振るった斬撃をいなした奴が刀の刃に指を添える。
なぞられた部分から刃が朱く染まり、炎を纏った刀を構えた奴は地を蹴り神速の一撃を見舞う。
『———
鞘に納められた剣で炎刀を受け、弾く。
その間に奴は俺の剣を足場にし、空へと舞い上がりさらなる攻撃を繰り出す。
溢れる炎を一点に閉じ込め赤熱した刃。
振るわれる度に空気を切り裂き、爆炎を迸らせながら軽々と地球という戦いの舞台を更地へと変えていく。
しかし、それですら力の一端に過ぎない。
納刀と共に深く構えた奴がさらなる気迫と火炎を纏う。
奴は鞘から獄炎を抜き放つと同時に俺と奴の間に存在する物理的な距離そのものを“斬り裂いた”。
紛れもない俺が用いる技。
ただ一度見せただけのソレを戦いの最中に模倣して見せた奴は、迷いなく刀を振るった。
『
炸裂する炎を纏った一撃。
赤い一閃は並の星将ならば成すすべなく、それこそ反応すら許さずに両断するほどの威力と速さを誇っていたほどだ。
地球人とは思えんほどの強さと精神力。
その斬撃を目の当たりにした俺は、内心で驚嘆と一種の畏敬の念を抱きながらも眼前の戦いに意識を向けた。
『ぬしは強いのぉ』
だが、戦いもいつかは終わる。
星将序列一桁を二人葬り、一位であるこの俺自身がやってきたことでアサヒの命運は尽きたといってもよかった。
俺と奴は戦い、そして俺が勝った。
鎧と着物を血に塗れさせたまま倒れた巨木に背を預けた奴は、どこか満足そうにそう呟いた。
『……』
『無口な男だ』
沈黙で返す俺に奴は呆れたため息を零す。
『ぬしより強い奴が他にいるのか?』
『……』
『かはは、なにも言わずか』
既に奴に戦う力はなかった。
武器は腰に刺したなんの変哲のない刀と呼ばれる剣一つ、その身は五体が残っているものの傷つけられ放っておけばこのまま死ぬであろう状態だ。
『……』
オメガを欠いた状況で我々が送り込んだ軍勢を幾度も撃退し、その上星将序列の上位実力者である一桁の者たちを二人も葬り、最後に俺を相手にここまで戦った。
驚嘆に値するころであり、畏敬の念を抱くには十分なほどの戦果であった。
このままアルファのコアとして死ぬことも許されない仕打ちを受けるのなら、いっそのことこの場で命を奪ってやることが情けなのではないか。
そう、静かに葛藤している俺を見て奴は笑みを零した。
『気にするな。お前はお前の役目を果たすがいい』
『……。知っていたのか』
『わらわは“可能のあるふぁ”だ。わらわの心が折れない限りできないことは、まあ……ほとんどない。お前たちの言語程度すぐに覚えてやったわ』
奴は撃退した軍勢から既に文字と、こちら側の目的すらも得ていた。
その上で俺との戦いを真正面から受け、その末に自身の運命すらも受け入れようとしていたのだ。
『だが覚悟しておけよ』
『……そりゃどうしてだ?』
問いかけると、血に塗れてもなお整った顔立ちに笑みを浮かべる。
『このわらわが大人しくお前らの傀儡になると思ったら大間違いだ。幾星霜の時を経たとしてもわらわはお前の首を獲りに向かうぞ。どのような形になってもな』
『不可能だ』
『わらわに不可能という言葉は存在せん。いや、この時点で既に“可能性”は開かれたのだ——わらわが再び、ぬしの前に立ちふさがる可能性が、な』
そう言った奴はおもむろに自身の差していた鞘に納められた刀を俺に突き出してくる。
『そいつをやろう。最後の足掻きに律義に付き合ってくれた礼だ』
『……頂こう』
差し出されたそれを受け取る。
ただの刀だ。
特別頑丈でもない鋼により構成された武器ではあるが紛れもなく目の前の戦士が愛用し、俺を相手にしても尚最後の最後まで折れることのなかったもの。
それから奴はアルファとして、捕虜として……物言わぬコアとなった。
それに思うところがないといえば嘘になるだろう。
せめてもの慈悲として殺してやるべきだったか、はたまたこちらに引き込むべきだったか。
……そこまで考え、考えを否定する。
奴はこちらに下るつもりはなかっただろう。
それは、戦った俺自身がよく理解できていた。
「あら、珍しいわね。貴方が眠っているだなんて」
そこで、意識が覚醒する。
……どうやら過去の思いに馳せているうちにうたた寝をしてしまったようだ。
無意識に腰に指していた“古びた刀”を一瞥してから声の主に視線を向ける。
「サニーか。こちらに戻っていたのか」
「ええ、たまにはこっちにも顔を出さないとねぇ」
序列3位という地位にいながら自由極まりない風体と行動をする変わり者、サニー。
目に悪い桃色のシャツと虎柄の装いに身を包んだ奴はにやり、と不敵な笑みを浮かべる。
「そういう貴方はどうしたのよ。そんな無防備晒すなんて滅多にないじゃない」
「……少しばかり過去に思いを馳せていただけだ」
「興味あるわね。最強の剣士の過去。ええ、気になるわ」
今更なにを言うのか。
そもそもわざわざ話すことでもない。
「なに、過去の宣言がようやく現実になろうとしているだけだ」
「……もっと分かりやすい言い回ししてくれない?」
「ハッハッハ」
「このジジィ、教える気がないわね……!」
やはり地球というのは俺にとっても不思議な縁のある星なのだろう。
かつてルイン様が生まれる以前に強力無比なアルファが生まれた星。
その星で戦った奴は、今はコアとなりもう戦うことがない……と思っていたが、まさかゴールディが選んだコアの一つが奴のものだったとは思いもしなんだ。
「ジャスティスクルセイダー、か」
粗削りではあるが確かにレッドと呼ばれた戦士の一撃を見たその時、奴の影を見た。
その溢れんばかりの資質と、その奥底から獰猛な敵意を向けるいつかの強敵の存在に年甲斐もなく高揚したものだ。
「長く生きてみるものだな。サニー」
「まるで私も年老いてるみたいな言い方やめてくれないかしら?」
「意思を持った恒星存在が面白いことを言う」
「そんな私よりえぐいジジィに言われたくないわね」
軽く言葉を交わすと、不意に肩の力を抜いたサニーが腕を組む。
「コスモちゃん。カツミちゃん側についたようね」
「……すまんな。お前には色々と気をかけてしまったようだ」
「気に掛けるというか、貴方もっとルインちゃんに怒っていいと思うわよ? アレ、あの子今頃死んでもおかしくなかったわけだし」
黒騎士への当て馬にするためにルイン様に利用された義理の娘。
思うところがないわけではないが、俺は父親である以前に星将序列第一位だ。
娘とはいえ私情で肩入れするわけにもいかない立場なこともあり、サニーに任せっきりになってしまったことは流石に申し訳がないとは思っている。
「あの子が選んだのなら俺が言うべきことはなにもない」
「不器用ねぇ」
「普段から珍妙な言葉を口にしているお前が器用すぎるんだ」
「ねえ、今私の口調バカにしなかった?」
ぬぅん、と無駄に体格のいい男が詰め寄ってくる。
「お前の素の口調はルイン様よりも荘厳だろう?」
「私のスッピンの話はしないでって500年前くらいにいったわよねぇ!!」
「ジジィなので覚えとらんなぁ」
「このジジィ、都合のいい時だけボケやがって……!! オカマを舐め腐っているわね!」
憤慨するサニーにまた笑みを零しつつ、軽く吐息をつく。
コスモのことは気にはかけていたがそれ以上の干渉はすることはなかった。
俺は父ではあるが、ルイン様の配下であり序列第一位なのだから。
「コスモはどうしている?」
「あの子はちょっと前まで私の推しに拾われてそこで居候していたわよ」
「……推し?」
「私が惚れた漢よ」
……。
「そうか。うまく生活できているのか?」
「意外と順応できているようね。あ、これコスモちゃんが働いてる時の動画データ」
「い、いらっしゃいませ! 喫茶店サーサナスです!」
空間に投影されたのは地球の衣服に身を包んだ娘が顔を紅潮させながら、出迎えの挨拶をしている光景であった。
……見なかったことにしてやろう。
恐らく、それが父としての情けというものなのだろう。
「表情から険しさがなくなっていたな」
「そうねぇ。地球は思いのほかあの子にいい影響を与えているようね」
本来は俺が教えるべきことだったが、自分でも自覚している通りに不器用な性分だからな……。
思うようには教えられん。
「正直に言うなら……」
「言うなら?」
「年頃の娘に“あの方はお前のことを心底嫌っている”など言えるはずがないだろう」
「……あっ」
俺の言葉にサニーが察したような顔をする。
「あれは思い込みが激しくてなぁ。ルイン様自体、人心を惑わす魔性という性質が悪いもんがあるからそれに虜にされるものが多い。年頃のあの子では魅入られるのもしょうがない」
「聞かれているわよ?」
「今更気分を害されるほどじゃないだろう」
今、ルイン様は地球の穂村克己に執心していると言ってもいい。
そもそもあの方の精神性はほぼ見た目相応だからな。
自身が戦うに足る存在を見つければ執心してしまうのもおかしな話でもない。
「これまで現れることのなかった存在か。お前としても目にかけているのだろう?」
「そうね。カツミちゃんならルインちゃんと戦えるから」
「だろうな。あの子は疑いようもなく稀有な存在だ」
その身の希少性を抜きにしても、戦士としても飛びぬけて優秀だ。
それこそアサヒと同等か、それ以上に。
「……んっ、地球からの連絡、ジェムちゃんね」
「地球に潜伏している序列持ちか」
「ええ、優秀な子よ。ツッコミと常識を兼ね備えているの」
どういう優秀さだ、それは。
不思議に思っている俺の前でサニーが地球からの連絡を受ける。
「イレーネちゃんが投げ銭について聞いていた、ですって……? ちょっと待ちな……いえ、止めなさい! え、嘘もう始まってるの!? 他と便乗して5万でカツミちゃんを殴ろうとしてる!? 地球人って変態しかいないの!? ジェムちゃん、アホの子二人が不用意な書き込みする前に止めて! ……どっちも強いから止められない!!? ちょっと今、光速で帰るから全力で食い止めてて!」
なにやら騒がしい様子で端末を切ったサニーは、先ほどの余裕のある表情から一変してこちらへ振り返る。
「そういうことだから地球に戻るわね!」
「いや、そもそもどうしてここに来たんだ?」
「なんだかんだ言ってもコスモちゃんのことが気になってたでしょ! じゃ、地球でまた会いましょ!」
そういうやいなやサニーはその場から消える。
なるほど、相変わらずお人好しだな。
だがそれも奴の美徳とも言える。
「地球で、か」
静かになった空間で思考を巡らせる。
まだ俺が出張る時期ではないが、様子くらいは見に行くべきか。
“可能のアルファ”
・自分ができると思い込めば、それができる力。
・メンタルと思い込みが強いほど強力。
・精神が並みだと能力を発揮しきれずそれほど強くない。
さらっと父親にバレたくない姿をバラされるコスモでした。
ヴァースはルインを相手にしている時の呼称は“私”ですが普段は“俺”です。
次回、スパチャで殴られる黒騎士くん。
次話はなるべく早く更新したいと思います。