今回はハイル視点でお送りします。
今日は色々なことが起こりすぎた。
学校帰りにアズっていう人に誘拐されかけて、両親を含めた周りのほとんどの人間から忘れられて……またアズに誘拐されかけたところでサニーさんに助けられた。
正直、サニーさんを信用するべきか今でも迷っている。
体格も大きいし、服のセンスも奇抜だし、オネェ口調だしなにからなにまで怪しいところだらけだけど……悪い人ではないと思えた。
「
それはもういい天気の日でねぇ。
話は変わるけど実は地球文化に触れるのが楽しみすぎて無一文で地球に来ちゃったの。とんだアクシデントに見舞われた私だけど、トラブルさえもチャンスに変えるのが私なのでそのままぶらり文無し地球の旅を続行したわけよ。そしたら出るわ出るわ地球産の美味しそうな食べ物や娯楽品。あれね、下手に宇宙進出していないから外宇宙由来の技術とか文化に毒されていないから地球独自の文化が発展したということでしょうね。大抵の他の惑星は現住生命体がそこまで進化していないか、既に他の知的生命体に接触して技術革新を起こしているからそういう変化とか起きていないのよね。だから、地球みたいに小さな箱の中で文化を発展してきた星ってかなり珍しいってこと。それでウキウキ気分で地球観光を楽しんでいたわけだけど、一文無しだから美味しいものもたべられなくてガックリきていたわけなの。
もうその時のがっくり具合ときたらもう地球の流行語でマジパネェってくらいに凄かったわ。手を伸ばせばすぐに届くようなものがなかったもの。ええ、絶望したわ。絶望のあまり雨がふりしきる路地裏で座り込むくらいに絶望したわ。 ……まあ、私空腹とかあってないようなものだし全然問題とかないんだけどやっぱり美味しそうな食べ物とか見ると垂涎ものでしょ? でもね、雨にうちつけられ絶望に暮れていた私の前に推し、マスターやってきてくれたの。
どう見ても不審者な私に傘を差して、温かいコーヒーとカレーまで食べさせてくれてもうお前にラブハートってわけよ。
まあ、偶然そこがカツミちゃんの働く店だったからもうこれ運命では? と確信せざるを得なかった訳ね。
記憶を失っていた頃の彼は白川克樹って名前でね。素直でいい子だったわ。でも性格そのものは違っていても彼の根本は変わっていなかったのよね。
なんか語り始めたサニーさんの声を大人しく聞く。
すっごい情報量だから、無一文で地球に来ていたことと推しを見つけたということしか分からないけれど。
本当に衝撃的なことばかり話すからいよいよ混乱しそうになると、ちょんちょん、と私の肩が後ろから叩れた。
振り向けば、口元までをマフラーで覆ったイレーネさんの姿が。
「私達、宇宙人」
「そ、それは分かります」
「サニーは厳密には違うけど、私はカツミの敵じゃない」
「ど、どういうことですか……?」
すごい美人さんだし、身長も高いし着ているのも黒のジャケットにジーンズというかっこいい服で別の意味で委縮してしまう。
言動に関してはクール系、というよりちょっと抜けているところがあるタイプなのでギャップも凄い。
「私はカツミに負けた」
「え、穂村くんと戦っていたんですか!?」
「私の歌を聞いて最後までちゃんと聞いてくれた」
「歌い手さんかなにかですか……?」
う、歌ってなんだ? いや、意味は分かるけどどうしてここで歌?
「負けて約束した。地球には手出ししない」
「そうなんですか……」
穂村くんって歌が上手かったんだ……。
彼が歌っているという絵面だけでかなり愉快なことになりそう。
「でもカツミに手出しするのは条件に入ってなかったからここにいる」
「えぇ……」
穂村君、変わった人を引き寄せすぎでは?
いったいどういう経緯でこの人と知り合うことになったんだろう。
「あと、私は星将序列8位。凄い強い」
「ツヨイ」
「うん。スゴク、ツヨイ」
「……すごいんですね」
「むふん」
本当に変わった人だなぁ。
そのせいしょう序列というのがどういうものかよく分からないけれど。
「ハイル、いいやつ。死んだ妹に似てる」
とんでもなく反応に困る評価をいただいてしまったのだけど……!?
こ、これはとりあえずお礼を言った方がいいのかな!?
お、怒られたりしないよね!?
「あ、ありがとう、ございます?」
「一緒にカツミのところに行こう」
「……ええ」
志は同じようだ。
言動がちょっと子供っぽいし大丈夫そうかな。
ぽわわん、としているイレーネさんにちょっとだけ安心していると、隣を歩く彼女が握りこぶしを作る。
「大丈夫、篭絡するのは私がやる。ハイルは傍で見ているだけでいい」
「唐突に私の脳を破壊しにかかろうとするのはやめてください……」
そこらへんの思考が見た目相応なことが発覚し怖気が走った。
言動が子供っぽいと思ったら唐突に刺してきたんですけど!?
恐ろしい子!? と、戦慄しているとイレーネさんの頭にサニーさんの手刀が入る。
「……痛い」
「駄目でしょ」
「冗談なのに」
「私の目を見ていいなさい。まったくもう。……さあ、ついたわよ」
え、と思い前を向くと視界に、高層マンションが映り込んだ。
都会の中でひときわ目立つ背の高い建物で、テレビとかでしか見ないような家賃とかかなり凄そうなところだ。
「こ、ここですか?」
「ええ。ここに居る間は貴女の安全は保障するわ。住民がちょっと……いえ、かなり個性的な子がいるけど慣れれば大丈夫だと思うわ」
「安心してください。日常的に変わった友人が傍にいるので」
「そ、そう……?」
脳裏に度し難いオタクである親友のサムズアップする姿を思い浮かべながらマンションへと足を踏み入れる。
エレベーターでそれなりに高い階にある部屋。
そこがサニーさんのアジトと呼ばれる場所であった。
「ただいまー」
サニーさんが部屋のロックを開け部屋の中に入ると、かなり広い空間が視界に映り込む。
て、テレビも大きいしソファーも高級そう……。
うわ、キッチンもすっごい大きい……。
最早、別世界とも思える内装にビビりながら中に入ると、一人のメイド服姿の女性が顔を出してくる。
「お帰りなさいませ、サニー様、イレーネ様」
「ただいま、メイちゃん」
メイ、と呼ばれたメイド服姿の人は私を見る。
人形さんのような綺麗な顔立ちと、明るい緑の髪の彼女は恭しくお辞儀をする。
「此花灰瑠様。お話は伺っております。私はご主人様———ジェム様に仕える自立型AIの
「え、えーあい……? あ、よ、よろしくお願いします。……かわいらしい服ですね!」
今ものすごくSFちっくな言語が飛び出したような気もしなくもないけど今は気にしないでおこう。
一瞬で理解を超えてきて脳がパニくった私はなぜか目の前のメイさんのメイド服を褒めてしまった。
いや、真面目にその道の人みたいに所作が綺麗だったし。
「……。ありがとうございます」
お世辞だと思われたのか無表情でそう返されてしま———、
「自信作です。よければですが、貴方様の分も見繕いましょうか? きっと似合います」
———いや、普通に喜んでいるのかなこれ!?
てか手作り!?
私のも作ってくれるの!?
え、え、いや、でも似合うって……そ、そうかなー。
「———来てしまったか……」
と、ここで部屋の奥からもう一人現れる。
メイさんと同じく明るい緑の髪の男性。年齢は十代後半くらいだろうか。
「ジェム様。こちらが此花灰瑠様です」
「ああ、分かっている」
「私の姿がかわいらしい、と仰っていただきました」
「そ、そうか? お前が嬉しいならそれでいいんだが……」
どこか落ち込んだ雰囲気の男は、メイさんの言葉に困惑しながら私の傍に居るサニーさんに話しかける。
「サニー様。状況が状況なのは分かっていますが突然すぎるのでは……?」
「ごめんねぇ、ジェムちゃん。私としてもいきなりの事態で色々と手段を選べなかったのよ。まさかアズがこんな思い切ったことをするだなんて」
「まあ、彼女を匿う場所がここしかなかったのは分かりました」
ジェム、と呼ばれた男の視線がこちらへ向けられる。
なんというか人生に疲れ切ったような瞳にちょっと引く。
「俺の名はジェム。元は黒騎士、穂村克己と敵対していた戦士だ……が、今は敵対する意思はなく地球を拠点にして生活している」
「は、はぁ」
ま、まさかここにいる全員が穂村君と敵対していた……なんてことある?
だとしたらとんでもないところに来てしまったようなものなんだけど……!!
「心配するな。俺とMEI、イレーネ様は穂村克己と敵対することはない」
「さ、サニーさんは?」
「私は色々とするべきことがあるからちょっと断言できないのよね。でもカツミちゃんになにか悪いことをしようとは思っていないわ」
サニーさんの言葉にちょっとだけ安心する。
この人には命を助けられているからできるだけ疑いたくはない。
「あの、私はこれからどうしたら……」
「現状は貴女の身の安全の確保ね。まだアズが貴女を狙っているかもしれないし、認識改変で身近な人間全てが貴女のことを忘れている以上無暗に行動することもできないの」
「……つまり、まだ私は大人しくしていた方が、いいと?」
「申し訳ないけど、そういうことになるわね」
いま私にできることはなにもない、と。
いや……それは分かっていたことだ。いくら状況が変わったって私は非力な一般人だ。
穂村君みたいにスーパーヒーローみたいな力はない。
「分かりました。当分の間、お世話になります」
「ええ。一応、護衛が必要ね。……ヴァルゴ」
「おう、なんだよ」
サニーさんの声に彼のポケットからオレンジ色の機械の鳥さんが現れる。
彼が変身する時も見かけたけど、本当に玩具みたいな見た目だ。……声は可愛いけど。
「ハイルちゃんの護衛をよろしく頼める?」
「はぁ!? なんでオレなんだよ!」
「ジェムちゃんとメイちゃんを除いたメンツで一番貴女が常識人だからよ」
「……ったく、しゃーねぇなぁ」
言外にイレーネさんは常識の範疇にいないって言われたようなものなんだけれど。
仕方がなさそうに小さな頭を頷かせた鳥さん、ヴァルゴちゃんはぱたぱたと私の肩に飛んでくる。
「短い間だがよろしくな」
「よ、よろしく……」
「堅苦しいのは抜きでいいぜ。砕けた方がオレも話しやすいからな」
見た目がメカっぽい鳥さんなのにものすんごいコミュ力を有しているのだけど。
あれよあれよという間に話が進んでいると、今度はジェムさんが話しかけてくる。
「食事、服など日用品に関することはMEIに頼れ。俺は基本的に部屋に引きこもっているんで無理に挨拶しにこなくてもいい」
「なんなりとお申し付けください。ハイル様」
「は、はい」
「なんだか騒がしいなー。ふぁーあ」
と、ここで新たな人物が欠伸をしながらリビングへと入ってきた。
その人物———女性を見て、私は驚きのあまり言葉を失う。
見た目はラノベとかアニメから飛び出してきたような金髪青目のツインテール美少女。
「あぁ、ねむ……」
『自堕落』という特徴的なだぼだぼのtシャツを着た彼女は、寝ぐせを直すこともなく私たちの前を横断し———そのまま冷蔵庫を開き、業務用の丸型アイスを取り出しスプーン片手に食べ始める。
「おいこら、バカ姉。一応客人の前なんだから最低限の慎みを持て」
「アイスうま」
「駄目さ加減に磨きばかりつけやがってこの駄姉……!!」
待って、もしかしてこの人……そ、そうだよね?
ツインテールに日本人離れした金髪。
そして特徴的すぎるデザインのtシャツに、この人目をはばからない駄目人間ムーブ。
「あ、あのもしかして七井レアリさんですか?」
「ん、私のこと知ってんの?」
「ほ、本物だァ———!?」
ここ最近話題になっている駄目人間系フーチューバーこと七井レアリ。
普通ならば数多くの配信者の中に埋もれるだけの動画内容ではあるが、その人並み外れた美貌と駄目人間さ加減で多くの人々から注目を集めている駄目人間系美少女である。
私もおすすめの動画とかが切っ掛けて知ることになった。
※画像はイメージです
【姉】堕落の極み配信
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……まさかこんなところで会うとは思いもしなかった。
「すごい……業務用アイスをそのまま箱ごとスプーン突っこんで食べようとする罪深さ。身だしなみを全く考えていないズボラさ。本当に駄目さ加減が分かる……!!」
「客観的に表現されると相当な駄目さ加減だな我が姉は」
まず業務用アイスをそのまま食べるという発想が悪魔的だ……!!
この様子からして常習犯……!!
だが見た目は非の打ち所がない美少女……!!
これが世の理不尽と言うやつか……!!
「で、あんた誰?」
と、そんなことを考え今日何度目か分からない戦慄をしていると、もくもくとアイスを口にしていた七井レアリさんが胡乱な目で私を見てきた。
「この子は此花灰瑠ちゃん。カツミちゃんのお友達よ」
「……へぇ、黒騎士の」
どこか探るような視線が向けられる。
これまでの面々からしてこの人も宇宙人なのだろう。
「あんたここに住むの?」
「え、ええ、まあ、そうです。お世話になります」
「ゲームとか得意?」
「え? 一応、人並みには……」
どういう意図の質問なんだろうか。
思わず首を傾げてしまっていると、にんまりと笑みを深めたレアリさんは私の手を取る。
「じゃあ、暇つぶしがてら付き合いなさい」
「え、な、なんでぇ!?」
「だってジェムは大人気ないし、メイは忖度するし、イレーネはアホだし、サニーは街練り歩いて変態してるし退屈していたのよねー。貴女、黒騎士の知り合いでしょ? そこのところも合わせて私の遊び相手になりなさい!」
「数少ない姉にぎゃふんと言える機会を見逃すとかないわ」
「申し訳ないことにげーむとやらに不得手で……」
「アホ呼ばわり……」
「ねえ、私さらっと変態呼ばわりされてなかった? 異変がないか見て回っているだけで変態呼ばわりされるの私? ……待って。もしかしたらこれいいアイディアかもしれないわね」
め、滅茶苦茶だ……。
だけどアズのような悪意は感じないし、なによりここには私の知らない穂村君のことを知っている人たちがいる。
まだ、私はこの世界に足を踏み入れたばっかりでなにも知らないし、なにもできない。
それでも、なにもできないなりに、できることをしていこう。
「これ、興味あったのよね。『ドギマギめもりある』。やろーよ」
「別のゲームにしない?」
ちょっと待って、居候先に来て30分も経ってないのにギャルゲーやらされるの私?
サニーチームになんだかんだで馴染めそうなハイルでした。
最初のサニーの独白? をゆっくり見たい方は誤字報告機能から見れるかなと思います。
今回の話と合わせて「【外伝】となりの黒騎士くん」の方も更新いたしました。
第15話『音が消えた日 1』
外伝の方は明日も更新する予定です。