恐らく、今年最後の更新となります。
今回はちょっと長めになってしまいました。
きらら視点です。
同時に起こりだした異変。
救出した女性、風浦桃子さんの身に起きた謎の現象に、此花灰瑠という私の
前者も問題ではあるが、それ以上に後者の方が非常に事態は深刻だ。
なぜなら同じ学校、クラスにいたはずの私自身が此花灰瑠という友達のことを完全に忘れてしまっていたことだ。
アルファの認識改編を甘く見ていたつもりはないけれど、いざ自分の身に起こると本当に怖い能力だと気づかされてしまった。
「きらら、大丈夫?」
「うん。でもまだ頭が混乱してるかも」
私を気遣ってくれるアカネの言葉に頷く。
学校が終わり、そのことを聞かされた時は知らない間に自分の日常が変えられてしまっていた事実に怖気が走った。
さすがに体調を崩すほど軟ではないつもりだったので、今はアカネ、葵と共に本部へ戻り検査を受けている風浦桃子さんのいる部屋の隣で待機している。
「カツミ君……」
私よりもずっと深刻なのはカツミ君の方だ。
強化ガラスを隔てた先にはベッドに寝かされ、特殊な機械でスキャンを受けている風浦さんの姿を深刻な様子で見守りながら、先ほどから一言も話さない彼にどう声をかけていいか分からなくなる。
学校の友人であった此花灰瑠さんが狙われてしまったことを……多分、彼はそれを自分のせいだと思ってしまっている。
「もう、どうなってるの……」
風浦桃子さんの方も深刻だ。
彼女のいる部屋の機械、ベッドそのものはしっかりと固定されているので浮かぶことはないが、それがなければ今頃風浦さんの身に起こっている謎の現象で浮かび上がっていたことだろう。
現に今、彼女の髪や服などが無重力空間にあるようにゆらゆらと動いている。
「社長、彼女の身にいったい何が起こっているんですか?」
数名のスタッフと共にスキャンを行っていた社長に尋ねてみる。
彼は一旦手を止め、悩まし気な様子で腕を組んだ。
「……現在、風浦桃子の身体の中で正体不明のエネルギーが発生している」
正体不明……?
それが周囲のものを浮かばせたりしているの……?
「タリア、データを」
『かしこまりました』
社長の指示で基地内のシステムを管理するエナジーコア、タリアさんがホログラムを空中に投射する。
映し出された人型の中心部分に虹色に輝くなにかが渦巻いている。
「社長、これはなんなんですか?」
「星界エナジー。星を守る戦士達、星界戦隊が用いる力だ」
「「「!?」」」
風浦さんに憑りついていたヒラルダが所属していた序列二桁上位の存在。
そんな彼らの操るエネルギーを彼女は作っている……?
その事実に驚いていると、タリアさんが解説を行ってくれる。
『現在、風浦桃子様の肉体からは星界エナジーが作り出されております。本来、星界エナジーは別次元から供給される未知のエネルギー。一生物がエネルギーそのものを作り出すという現象はこれまでになかったことです』
「でも星界戦隊は普通に使っていたと思うんですけど」
『彼らもエネルギーそのものを作り出していたわけではなく、それを別次元から引き出す“核”のようなものを用いていたのでしょう。———そして現在、星界戦隊が保有していたであろう五つの核はヒラルダが所有していると考えられます』
というと、風浦さんは核からエネルギーを引き出しているわけでもなく、自分で星界エナジーというものを作り出しているということなの……?
正直、それがどれだけ凄いことかは分からないけど、風浦さんにとってよくないことだというのは分かる。
「肉体に害はない?」
「ない。不思議なほどにな。今起こっている現象は作り出された星界エナジーが漏れ出しているだけだろう。彼女自身の肉体に害が起こっている様子は微塵も見られない。いや、それどころか……」
「……社長?」
「いいや、今の時点で断定はできん」
意味深な呟きを残す社長。
追及しても意味がないと察していると、ガラス越しにいる風浦桃子さんが目を覚ました。
ゆっくりと目を開け、寝ぼけた瞳で周りを見回し———浮かばないようにベッドに固定された自身の身体を見て、彼女は焦った表情を浮かべた。
『な、なにこれ!? ここどこ!?』
「いかんッ! これではまるで我々が悪の組織みたいなことをしていると思われる!?」
「思われるというか、絵面だけみるとそうとしか……」
実際は検査していたわけだが。
「面識のない我々が出ても警戒されるだけだな。……カツミ君、すまないが」
「ああ、任せとけ」
社長の言葉に頷いたカツミ君が隣の部屋へと進んでいく。
その表情から彼が今、どんな感情を内に秘めているのかは全く推し量れないけれど、表面上は穏やかなように見えてしまうのがちょっと怖く感じてしまう。
『失礼します』
『っ、誰!?』
白い扉を開け、検査室へと入るカツミ君に怯えた反応を見せる風浦さん。
彼女の感情に呼応するように瞳が桃色に輝き、周囲の物を浮かばせようとする力が強くなる。その力でカツミ君の身体も浮かびそうになるけど……。
『シロ』
『ガウ!』
彼の足を白色の装甲で包まれたスーツが部分的に展開し、磁力のようなもので床に張り付いた。
浮かびかける彼と周りを見て、自分の置かれている状況をようやく認識できた風浦さんは、徐々に顔を青ざめさせていく。
パニックになりかける彼女のいるベッドにゆっくり近づいた彼は、膝をついて視線を合わせた。
『ぁ、そうだ、私は……変な力に目覚めて……』
『はい。今、貴女はジャスティスクルセイダー本部で検査を受けている最中です。そのベルトも貴女を縛り付けるための拘束ではなく、安全のためのものと思ってください』
『確かに、よく見れば自分で外せる……』
少し落ち着いてくれたみたいだ。
周りの現象も少しだけ緩和しているみたいだし、彼女の精神状態で色々と変わってくるのかもしれない。
『まだ貴女の身に起こっていることについては不明です。……現状は命の危険はないことは確かです』
『私は、いつまでここにいればいいの?』
「……それは、分かりません」
その答えは予想していたのか風浦さんは項垂れる。
十秒ほどの沈黙の後に、震えた声で彼女はカツミ君へ話しかける。
『君は、ここにいてくれる?』
『……っ』
一瞬、カツミ君の表情が苦し気なものになる。
風浦さんには悪気はない。
それどころか自分の身体に得体のしれないことが起きて不安でしかないこの状況で、唯一頼れる人間がカツミ君だけなんだから、そう願い出て自然なんだ。
でも、カツミ君は今……。
『あ、あの、私、ヒラルダに憑りつかれている間、色々なものを見させられたの。星界なんとかとか、黒いゴツイ怪人が蝶みたいに孵化するところとか……』
何か月もヒラルダに乗っ取られ精神的に大きな傷を負い弱り切った風浦さんがこうなってしまうのも無理ない。
『だから……役に立てるから、私を見捨てな———』
その時、カツミ君が唐突に自分の額を殴りつけた。
静かな検査室に響いた音に私達も風浦さんもびっくりする。
『だ、大丈夫!?』
『気にしないでください』
『いや気にするよ!?』
額を赤く腫らしながら顔を上げた彼は慌てふためく風浦さんと視線を合わせる。
『絶対に見捨てません。俺も、ここにいる人たちも』
『黒騎士くん……』
『だから貴女も自分を見失わないでください。俺は、ヒラルダに乗っ取られている間も貴女の声を聞いた———貴女は強い人だ』
『っ……うんっ』
それから、落ち着きを取り戻した風浦さんといくつか言葉を交わした彼はそのまま風浦さんのいる検査室を後にし、こちらへと戻ってくる。
彼の額は赤く腫れており、それを見て心配したハクアが駆け寄って傷を見ようとする。
「かっつん、額大丈夫?」
「心配ねぇ。少しばかり自分に活をいれただけだ」
「でも赤く腫れてるけど……」
「……」
無言でハクアに湿布を張ってもらうカツミ君。
結構な勢いで殴りつけてたから普通に痛そうだったもんなぁ。
「レイマ、風浦さんは大丈夫だ」
「うむ。こちらで漏れ出した星界エナジーの抑制手段も探しておこう。……君はもう大丈夫なようだな」
「ああ」
カツミ君の表情にもう思いつめた様子はない。
幾分か肩の力を抜いた彼は脱力するように近くの椅子に腰かけ
「俺がここで怒りに任せて暴れてもなにも解決しない。むしろ今よりもっと状況が悪くなるだけ———なら、今は我慢するしかない」
感情を押し殺した呟きの後に彼は小さく笑みを浮かべる。
「それにさ、餅は餅屋って言うだろ? 殴ることしかできない俺なんかよりも、すげぇことができる仲間達が今の俺にはいるからな」
「君は純粋すぎる!?」
「レイマ!?」
椅子から垂直に飛び上がり、そのまま地面にびたーん!! と鯉のように叩きつけられる社長。
控え目にいってその挙動はキモいの一言に尽きるけど……カツミ君の言葉には彼が変わったことが分かりジーンとくるものがあった。
「なるほど、ここは私の理系ダウジングの出番というわけだね」
「感動に水を差すな」
「あんたは座っとれ」
私とアカネの制止を躱しぬるりとカツミ君の前に躍り出た葵はどこからともなく二つのL字型の金属の取り出した。
まんまダウジングとかに使うアレである。
「……役に立つのかソレ」
「逃亡中のカツミ君の居場所をドンピシャで当てた」
「マジかよ……すげーなおい……!」
あぁぁぁ!? カツミ君が光明を得たみたいな顔してる!?
葵の謎行動に慣れ過ぎてダウジングで個人を特定する意味不明さに疑問を抱けなくなってる!!
早速、映し出されたホログラムをテーブルに投影させてダウジングを始める葵。
カツミ君はその様子を真面目な表情で伺っている。
「カツミ」
「アルファ、どうした? 今、葵が理系ダウジングをしているんだ」
「むるるる」
「どんな掛け声……?」
かつてないほどのやる気でダウジングを行ってる葵を横目で確認し、見なかったことにしたアルファはカツミ君に視線を戻す。
その表情はどこか強張っているように見える。
「認識改編を使えるの、私だけじゃないって知ってたよね?」
「! それは……」
———ッ、カツミ君は知っていたの?!
アルファの言葉に驚く私達だけど、社長だけは知っていたのか大きな反応を返さなかった。
つまり、これはカツミ君と社長だけに共有されていた情報ということになる。
表情を強張らせるカツミ君に、アルファは微笑んだ。
「怒ってないよ。カツミがなにかを隠してることは知っていたし、問いただすつもりもなかった」
「……悪かった」
「謝らなくてもいいよ。私のためなのは分かってるから」
確かにカツミ君が意味もなく隠し事をするようには思えない。
きっと何か理由があるはずだ。
「……。レイマ」
「事態が動いてしまった今、話すべきだろう」
社長に確認し、頷いた彼は此花灰瑠さんが全世界の人々の記憶から消えてしまった原因について語りはじめた。
———それは、私達にとっても衝撃的な内容であった。
アルファと同じ認識改編を持つ“星将序列6位”アズと呼ばれる存在。
アルファの母親を名乗ったそいつはカツミ君に近づいてなにかをしようとしていた。
彼は今回の此花灰瑠が認識改編により世間的に存在を消されたこともそいつの仕業だと確信している。
「こんなところだな」
大体の説明を終えた彼はアルファを見る。
突然自分の母親だとかそんな話を聞かされた彼女は、ショックを受けているかと思いきや……以外にもきょとんとした表情をしていた。
「私って宇宙人だったんだ……」
「いや、そこかよ」
「その程度だよ。私の親への認識なんて」
ど、ドライだね……。
話を聞く限り、気絶したアルファと入れ替わろうとしたとんでもない奴だということは分かったけど。
「カツミの敵になるなら親だなんて関係ない。恩もなにもないし、現に今貴方を苦しめる輩に情なんて持たない。私の家族はカツミとハクアだけだよ」
「姉さん……」
「唯一感謝することがあるとすれば私という存在を生み出してくれたことだけだよ」
アルファは意外と他人と身内の線引きが厳しい、というのはなんとなく分かってはいた。
彼女にとっては他人はどこまでも他人だから平気で認識改編を使おうとするし、最初の頃は平気でアカネに認識改編を使おうともしていた。
……まあ、当のアカネは訳わからん理論で認識改編されながらアルファを気絶させたわけだが。
「此花灰瑠の変えられた認識は私が元に戻すことができるけど……」
「いいや、それはまだしない方がいい」
ここで社長が声を発する。
「現状、此花灰瑠はアズに囚われている可能性が高い。そのような状況で不用意に記憶を目覚めさせようものなら騒ぎになってしまう」
「なら、認識を戻すのは灰瑠を救出した後……ってこと?」
「その通りだ。そのためにこちらで痕跡を見つけなければ———」
「くっ、ぬぅぅ……!!」
なにやら理系ダウジングを行っていた葵が膝から崩れ落ちた。
またなにかやったのかこいつ……的な視線を送っていると近くにいたカツミ君が困惑しながら声をかける。
「お、おい、どうした?」
「見つけられなかった……」
「そ、そうか……まあ、オカルトっぽいし別にそこまで期待してなかったが———」
「どうやらオートでカツミ君の場所を指し示すみたい……ッ」
「……おい待て、それ俺限定なのそれ? こえーんだけど」
オカルト部分はちゃんと発揮されていてドン引きするカツミ君。
本当にどういう原理なんだろうか。
やり方を教われば私もできるようになるのかちょっと気になる。
「———っ!」
ん? 葵の様子がおかしい。
なにやら一瞬震えた彼女は何を思ったのかそのまま何事もなかったかのように立ち上がる。
「ふむ。仕方があるまい」
喋り方が……。
いや、よく見ると葵の瞳の色が赤みがかった色に変わってる!?
「いつまでも認識改編とやらに翻弄されるのも目障りだ」
「葵……?」
「このわらわ相手に態度がでかいぞきらら。デカいのは乳と尻だけにしておけ」
「ぶっ!?」
こ、このドストレートなセクハラ発言は……アサヒ様!?
葵の口から飛び出した言葉に狼狽えているところに、アカネが驚きの声を上げる。
「アサヒ様、引きこもりの貴女がどうして!?」
「ふんっ」
「あべし!?」
とんでもない速さの手刀がアカネの頭に叩きつけられ、床に倒れ伏す。
そんなアカネの背中に腰おろした葵———の身体に乗り移ったアサヒ様は晴れやかな笑顔でカツミ君を見る。
「カツミ、壮健そうでなによりだな」
「え、ええ。あの、アカネは……」
「平気だろう。心配するほどでもないぞ」
やっぱりカツミ君に対してだけなんか甘いよねこの人!?
露骨な扱いの差にびっくりだよ!!
よつんばいのまま椅子にされているアカネに視線を落としつつ、アサヒ様は足を組む。
普段の残念で不思議な葵から想像もできないクール系雰囲気美人っぷりに逆に困惑してしまう。
「アサヒ、と呼ばれるジャスティススーツのエナジーコアか……なぜこのタイミングで表に出てきた?」
「なに、そろそろ認識改編とやらが鬱陶しくなってきたのでな。この私がこいつらの認識を変えられないようにしてやろうと思ってな」
「なんだって……?」
「ついでに此花という小娘のことも戻してやろう」
その言葉を聞いた瞬間、私は……此花灰瑠……いや、クラスメートで友達のハイルのことを思い出した……!!
ついさっきまで会ったことすらないと思い込んでいた彼女の声と姿が鮮明に頭に浮かび上がってくる。
「アサヒ様、これは……」
「どうだ? 戻っただろう。今後はその認識改編に影響されないようにわらわが手を貸してやろう。つまらん能力に翻弄されるのもつまらんしな」
確かに、ハイルのことを思い出した。
これからは私達三人は認識改編の影響下にされなくても大丈夫ってこと?
「そんなことが、可能なのか」
「当然だろう。エナジーコアといえ元はアルファだ。能力に抗おうと思えば抗える。ある程度の“格”は必要になるだろうがな」
言外に自分にはそれだけの格があると言っているようにも聞こえる。
まあ、このデタラメ戦闘力を持つこの人? の格が低いとは微塵も思えないけれども。
「要件は済んだ。また内に戻るとしよう」
「対話をするつもりは……」
「ない」
社長の言葉をばっさり両断したアサヒ様そのまま瞳を閉じ、内側に引っ込んだ。
次に瞳が開けられると赤みがかった瞳は葵の元の色へと戻っていたが———当の本人はどこか残念そうにしていた。
前のアカネみたいなのを期待していた、とか?
……葵ならありえる。
「いやどいてよ!?」
「あっ、ごめん。気づかなかった」
椅子にされていたアカネの訴えに気づいて立ち上がる葵。
でも結局は状況はまだ一つも好転していない。
これから社長が此花灰瑠を探してくれるだろうけど、果たして見つかるのだろうか。
「……ん?」
その時、どこからか聞きなれないメロディーが鳴り響く。
なにかの着信音かな? 私でもアカネ達でもないし……。
「……え、誰?」
「俺だな」
「カツミ君の!?」
そ、そりゃカツミ君も持っているから着信音くらいなるだろうけど……!!
カツミ君が普通にスマホを操作している姿に未だに違和感がある。
「なんでこんな驚いた顔されてんの……?」
「カツミ君、私達以外に連絡する相手とかいるの?」
「失礼すぎるだろ。ハルとか結構送ってくるし、ななかとコータとか……お前らのご両親とかからも色々来るぞ」
「「「……え?」」」
家に帰ったら家族会議が決定した。
待って初耳。
え? え? 私の両親がメッセージ送ってるの?
何を? 余計なことカツミ君に言ってないよね?
きっと同じことを考えているであろう私達を他所に、彼は先ほど入った着信に目を通し———目を丸くさせた。
「……サニーからLINEだ」
「序列三位からLINE!? 普通に来るのか!?」
「連絡先は交換していたからな。……馬鹿正直に送ってくるとは思っていなかったけど」
だとしても敵幹部ともいっていい存在からLINEが届くことに驚きだよ!!
いったいどういうことなの!?
「な、内容はなんと!?」
「今確認する」
『カツミ、皆に見れるように画面を共有しようか?』
「おう、頼む」
プロトがモニターとスマホの画面を共有させ、私達にも見えるように投影させる。
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「……カツミ君、普段どんなLINEしてるの……?」
「いや、普段というかこれは昨日突然猫の写真が送りこまれてきたんだよ。……呪いかなにかか?」
「た、多分違うと思う……」
カツミ君が見ているかどうか確かめるために送った……とか?
本題のメッセージはこの下だけど、なにがあるんだろう。
カツミ君が画面を指でスライドさせると、下にある新規のメッセージが出てくる。
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「俺が探しているって……!?」
「待ってカツミ君。社長、リンク先に罠がないか確認できますか?」
「ああ。……、普通の動画サイトだな。時間的に3分ほどの動画のようだ」
「動画? 一般に公開されているんですか?」
私の質問に社長は頷く。
……もし、ハイルが人質にされている姿だとか、ひどい目に遭っている姿が出てきたらどうしよう。
ありえない話じゃない。
「とりあえず見なきゃ始まらない。あのサニーが送ってきたんだ、悪い情報ではないと……信じたい」
カツミ君がURLをタップして動画を開く。
出てきたのは見慣れた動画サイト。
短いロードの後に動画が表示される。
『……なにやってんの? ほら、挨拶しろ。挨拶』
『は、はじめましてぇ、ハイルと申しまぁす……』
【3分で分かる】駄目人間のギャルゲー配信まとめ
チャンネル登録者数XX万人
青春とは真逆の位置に立つ女
今日から新たなメンバー参加
もっと見る
「「「「は?」」」」
その場にいた全員がそんな素っ頓狂な声を発した。
悪い予想ばかりしていたのに出てきたのは友人が、見覚えのあるツインテールの金髪美少女とゲーム実況を行おうとしている姿。
これに困惑しない方が無理がある。
「なんだかよく分からない内にゲーム実況をやらされることになりました……」
「こ、此花……?」
「な、なぜゲーム実況?」
「この動画投稿されたのついさっき……」
「隣の金髪、最近話題になってる駄目人間系フーチューバ―じゃん」
そういえば隣の子も最近よくおすすめとかで出てくる子だ……!!
見た目の可愛さとは真逆の駄目人間さ加減で逆に人気になっている奇妙な人———という印象だったけど、今となっては普通の人間じゃないって考えも出てくる。
「本当の本当の本当になんでこんなことになったかよく分かりませんけど、とりあえずやりま……」
「ハイル」
「……なんですか?」
「お菓子持ってきて」
「は?」
私たちの理解を超えたまま動画は進んでいく。
3分で分かる、というか3分にまとめるように編集した動画なので場面が飛び飛びで動画が進んでいくが、微塵も頭に情報が入ってこない。
てかハイル。
なんで普通にゲームやってるの……?
どういう意図なの……?
全然分かんないよ……。
園巻わかば
私のこと、君はどう思ってる?
選択してください
『友達だ』
『……』
「は? こんなの大好きが正解じゃん。嘗めてるじゃん」
「いえ、ここは友達ですね。まだ出会って数日なのに言葉にして伝えてこさえようとするとかやばいです」
「……そうかぁ?」
「あと恋人でもないのにいきなり大好きか聞いてくるとか普通に引きますね。よって友達が正解」
園巻わかば
気持ちだけじゃ分かんないよ!
ドンッ!!
「言葉にしなきゃ伝わらない系!!」
「まったく駄目駄目だなぁハイルは。代われ」
テーブルを勢いよく叩き感情を露にさせたハイル。
そんな彼女からコントローラーを受け取った金髪の子がロードし直して選択肢を選び直す。
園巻わかば
ごめん、風が強すぎて聞こえなかったよ
もういちど言ってくれない?
ドンッ!!
「耳元で叫んでやろうか!! ワカバァ!!」
「難聴系ヒロイン!?」
なんかストレスでも溜まっていたのかな……ってくらいにノリにノリはじめたハイルが、場面が切り替わるごとに金髪の子と共に異様なテンションでギャルゲーをプレイしていく。
「ハイルって恋愛経験皆無だからそんなこと言えるんだよね!!」
「なんですか!? 喧嘩なら買いますよ!?」
「だからこの選択肢違うって言ったじゃないですか!! バカなんですか!?」
「うるせぇぇぇぇ!! 黙れぇぇぇ!!」
「なんだハイルお前……指示厨かぁ!!?」
「指示される貴女に問題があると思うんですけどね!!」
「なんだとこの野郎!!」
「うわあああああああ!?」
「わああああああああ!?」
恋愛ゲームで壮絶な罵声と絶叫を繰り返すハイルと金髪の少女。
あまりにも混沌とした動画は最後を迎え、ラスト10秒でゲーム画面ではなくハイルの姿を映し出す。
それだけ後付けなのか、どこか緊張した面持ちで映像にいた彼女は口を開ける。
———と、そう大きな声で発せられた言葉で動画は終了した。
動画の最後だけ見るならば、ハイルは今は無事ということになる。
「い、いったい、どういうことなんだ……?」
カツミ君の困惑とした呟き。
普通ならすぐにでもこたえたいところだけど、これにばっかりは誰もすぐに返答することはできなかった。
ジェムの編集力によって感情爆発系実況者デビューを果たしてしまったハイル。
なお、何度も危険な目に遭っているのでレアムにも物怖じすることもなく結構気に入られている模様。
今回の更新は以上となります。