前話を見ていない方はまずはそちらをー。
今回はアカネの視点でお送りします。
もうすぐ高校生活が終わる。
今は12月だが実質的にあと一か月の学校生活をゆっくりと自覚した頃、私はこれまでと変わらない表の日常を過ごしていた。
私ときららは表向きは卒業後はKANEZAKIコーポレーションに就職するということになっており、葵はまだ二年生なのであと一年学校に通うことになっている。
「はぁ、年が明けたらすぐに学校が終わっちゃうんだね」
「なんだかんだであっという間だよねー」
二限終わりの休み時間に物憂げにそう呟いた私にクラスの友達、
オカルト研究部というラノベみたいな部活に所属している黒髪眼鏡の彼女は、葵とはまた一味違った変人だと私はいつも認識している。
「ねえ、見て見てオカルト新聞の最新号」
「ん?」
怪人解明トピック
「さかさま怪人」
今回解明するのはJC(ジャスティスクルセイダー)に敗北した怪人“さかさま怪人”についてだ。毎度の如く名は身体を現すという通り、あらゆるものをさかさまにするという驚異の能力を持つ怪人だ。結局は能力に適応したジャスティスブルーにより打倒された彼だが、その強さは疑うこともないだろう。
その最たる能力は位置・視界・感覚の反転によるものだろう。左右、前後、上下にいたるまで認識を反転させる彼にジャスティスレッドもイエローも苦戦を強いられた。
認識を操る怪人。見ているもの景色そのものの方向を偽ることができるこの怪人の身体能力はそれほど強くはなかった。おそらく狂わせた感覚による自滅を狙う戦いだったと考えられる。それか、その能力の無敵さゆえに肉体そのものが脆弱になり、迂闊に近づくことができなかったいう説もある。
実際、この反転怪人が倒された攻撃はほぼ一度だけ。ブルーによる無差別の爆破による爆死ということなので、能力に比重を置いたタイプの怪人というのが有力だろう。
例えばの話、彼が黒騎士と戦っていたらどのように戦うか、それは気になるところだが彼よりも早くジャスティスクルセイダーが倒してしまったことからそれは叶うことはない。
新聞ともあって無駄に凝っているなぁ、と思いながらさらっと文面に目を通す。
さかさま怪人とかまた懐かしいやつを……アレ、私達が活動してから割とすぐに出てきたやつじゃん。
当時の私ときららは全く対応できなくて苦戦してたのを覚えてる。
しっかし……。
「怪人マニアすぎてきもい」
「うわ、辛辣」
怪人オタク。
別に怪人という存在が好きなわけではなく、その生態に興味があるというちょっと変わった子。
学者気質というべきか、変人というべきか……
「私は怪人が好きじゃないの。倒された怪人が好きなの」
「ゆ、歪んでるよ……」
なにその死んだ怪人がいい怪人だみたいな言い方。
「引退した後も関わってるの?」
「だって私引退したら部員3人だけだし。合間にちょくちょく足を運んだりしてるの」
むしろオカルト研究部なんていう怪しい部活に後三人もメンバーがいることに驚きしかないんだけど。
「ねえ、
「うん」
「
「え、もしかしてあおいっちと知り合い?」
そんなたまごっちみたいなあだ名で呼ばれているの……?
類は友を呼ぶという諺が私の脳裏によぎった。
「あの子からはほとんど名前を貸してもらっている状態だけど、たまに来てくれて楽しく話しているよ」
「楽しく」
「うん、楽しく」
どうしよう、その内容を聞くのがものすごく怖い。
「ん、そろそろ先生来るね」
「あ、そうだね」
時計を見て次の授業の時間が始まると気づいた茉理が自分の席へ戻っていく。
周りがせわしなくそれぞれの席に戻る頃に、先生がやってきて授業の準備を始める。
……あと少しで高校の授業を受けるのも終わりかぁ。
そんな最近考えるようになったことを思い浮かべながら、ケースからシャーペンを取り出そうとして———私の手は止まる。
「———ッ」
何度も感じた悪寒と気配。
それを感じ取った私は無言で立ち上がり、窓の外を睨みつける。
「……」
「アカネ? どうしたの?」
無言で立ち上がった私に不思議に思ったのか、クラスメート全員の視線が私に集まる。
隣の席の茉理も小声で話しかけてくるが、そんなことを気にする余裕はない。
クラスメートがざわつく空気の中、それは教室の窓から唐突にやってきた。
「ヒャハハハァ!!」
ガラスが突き破られ、異形が教室に飛び込んでくる。
天井に張り付き、一瞬で教室内を見渡したソレは私に気づくと蟲ともカニにも見える醜悪な顔を歪ませた。
「見ツケ——」
甲殻類を思わせる姿と六本の腕。
いつか戦った覚えのある
「ギャッ!?」
痛みに呻いた隙にチェンジャーに手を添え。抜き身の刀を構築、抜刀と同時に六本全ての腕と両足を切断。
「ガァァッッ!?」
そして、怪人の胸の甲殻の隙間を通すように刀を突き刺し床に縫い付ける。
机と椅子が、がしゃん、と音を立て倒れ、床に怪人の緑の血が弾ける。
「きゃあああああ!?」
「う、嘘だろ!?」
「か、怪人……!?」
周囲の悲鳴を耳にしながら私はチェンジャーからさらにもう一つの刀を取り出す。
———スーツ用ではなく、生身の私が扱える長さの小太刀。
赤熱した刃を持つそれを緩く握りしめ、身動きのとれない怪人に近づく。
「な、変身、シテない、ノニ……?」
「……」
「———アッ」
さっぱりと怪人の首を撥ねる。
私がアサヒ様から学んだ技術はスーツの恩恵じゃなくて私自身のもの。
この程度の怪人なら不意をつけば生身で倒せる……けど。
「か、怪人……?」
「こ、殺した……」
「新坂さん……?」
———呆気なく終わっちゃったなぁ。
あと少しで卒業だったのに、こんな形で終わるなんて思いもしなかった。
怪人が飛び込んできたのは私の教室だけか。
葵ときららの方は異変こそ感じ取っているけど大丈夫なようだ。
「あ、アカネ、一子相伝の暗殺剣を習得していたの……?」
「それは違うけど……ごめん、私みんなに隠していることがあったの」
この子実は元気だろ。
とちくるったことを口にする茉理にそう言い放ちながら私はチェンジャーを操作し社長に連絡を繋ぐ。
『どうしたレッド』
チェンジャー越しの社長の声にさらにクラス内で驚きの声が上がるが構わずそのまま報告する。
「社長。学校で襲撃にあいました」
『なんだと!? こちらに反応はなかったぞ。無事か!?』
「一体は始末しました。ですが……」
窓に近づき下を見る。
さっきのは私への警告ついでの雑魚。
本命は先ほどから感じる纏わりつくような殺気の持ち主。
「……」
学校の入口近くの校庭に立っている二体の異形。
一体は宙に浮いて座禅のようなことをしている四本腕の痩せた怪人。
もう一体は尻尾が異様に発達した女性型の魚人みたいなやつだ。
どちらも見覚えがある。
「相手は音喰怪人と障壁を出すタイプの怪人です」
『確かか?』
「一度戦った相手と、黒騎士君が戦ったやつですから」
音喰怪人は厄介だなぁ。
アレ問答無用で音を食い尽くすし、概念染みた攻撃してくるから迂闊なことはしないようにしないと。
障壁怪人は……黒騎士君への足止めかな? この学校全体を覆うように半透明の壁が作られているのが見えるし。
「黒騎士君を呼んできてください。イエローとブルーは待機でお願いします」
『……分かった。ゴールドフォームも許可しておく』
「ありがとうございます」
きららと葵まで正体を明かす必要はない。
厄介とはいえど、あれくらいの怪人ならこちらで対応できる。
そこまで思考し、通信を切った私は教壇の上で立ち尽くしている先生を見る。
「先生、手短に説明します。ここは怪人の能力で閉じ込められました」
「え? え?」
「皆を体育館に避難させてください。アレは私がなんとかしておきますから」
「ま、待ってください新坂さん!? 貴女は何を言って———」
パニックのあまり状況を呑み込めない先生だが、あまり時間がない。
あっちがいつまでも待ってくれているとは限らないので、手早くチェンジャーを起動させ、変身を行ってしまう。
瞬時に赤いスーツを身に纏った私に先生も、クラスメートも言葉を失ってしまった。
「私はジャスティスクルセイダーのリーダー、レッドです」
「あのブラッドが……アカネ……?」
今、私のことをブラッドと言ったやつ、絶対許さないからね……!!
シリアスな空気でも台無しなことを言うクラスメートに思わずずっこけそうになりながらも、窓から飛び降りる。
その際に強化アイテム“ジャスティフォン”を取り出し、空中での換装を行う。
『Authentication:Code RED...』
『
強化した姿、ゴールドフォームにフォームチェンジし校庭に降り立った私は二体の怪人と相対する。
……無理もないけど後ろからの視線がすごい。
クラスメートには完全に正体バレちゃったし、他からはこの学校の生徒がジャスティスレッドだってバレたようなものだ。
「あら、三人揃わなくてもいいのかしら?」
「……」
「うふふ、対策はばっちりってわけね。残念、貴女のかわいい声を奪いたかったのに」
音喰怪人シャクテル。
私たちがジャスティスクルセイダーとして活動を始めてからすぐに現れた魚人型の怪人。
その能力は音を食べること。
単純な音ではなく、概念そのものを取り込み自分のものにする面倒なやつだ。
「前の私は貴女に殺されちゃったらしいけど、今度はそう簡単にはいかないわよ?」
「……」
「今の私はシャクティス。失敗作とは違う新たに生まれ変わった強化体」
なにがこいつらを蘇らせたのかは知らないけれど……前よりは強くなっていることは確かなようだ。
以前はつけていなかった鎧は普通じゃない雰囲気がするし、能力も底上げされているのだろう。
「
「……?」
思わず「はぁ?」と言いそうになってしまった。
なに……その、ステアなんたらっての。
いきなり専門用語を要求してこないで欲しい。
「私たちの主がそれを欲しがっているのよねぇ。あんたらが匿っているって聞いたから大人しく引き渡してくんない?」
とりあえず意味不明なので斬撃を飛ばしておいた。
元より怪人なんぞの要求に応じるつもりもないし、この場で始末することは決定している。
飛ばされた斬撃を不意に受けた音喰怪人は後ろに弾かれながら、その魚顔を歪める。
「貴女……!!」
……アレが着てる鎧、普通じゃないね。
雰囲気から察するに、星界戦隊の防御に近いものがあるような気がする。
怪人とヒラルダが手を組んだのかな?
殺気を向け、エラのようにガチャガチャと鎧を動かす音喰怪人に先ほどから無言だったもう一体の怪人が静かに声を発した。
「待て、主からは星界雲器の居所を聞き出せと」
「一人くらい殺しても問題ないでしょ! こいつはここでいたぶって殺してやるわ!!」
こっちは前の奴よりも堪え性がないみたいだ。
でもちょうどいい、私がやることは最初から決まっている。
地を蹴り、瞬時に怪人の眼前に踏み込み太刀を振り下ろす。太刀は無防備な怪人の頭部に吸い込まれたかのように見えたが、間に差し込まれたプレートのようなものに覆われた大きな尻尾に弾かれてしまった。
「!」
「前とは違うって言ったわよねぇ!! わっ!!」
音の攻撃。
至近距離から放たれた音の衝撃波を真っ二つに切り裂き、消し去りながら次の攻撃を仕掛ける。
「後ろを守らなくてもいいのかしら!!」
「……」
その声と同時に音喰怪人の鎧が分解し宙に浮かぶ。
まるでメガホンのような形に変わったそれらを目にし、私は攻撃から防御へと意識を切り替えた。
「ぽ」
強力な衝撃波が宙に浮かんだ鎧に反響する。
それらの吐き出された声はミサイルのように分裂し、私のいる空間を爆撃していく。
その範囲内には勿論、学校の校舎が入っておりまともに当たれば惨事は免れない。
———けど。
———切り刻め、ジャスティビット
頭の中で念じ、武装を発動させる。
瞬間、私の背後の空間で構築された光はダガーに似た刃に変わり、それらは独自に動きながら音喰怪人の攻撃を切り裂いていく。
「はぁぁ!?」
赤のジャスティビットはブルーとイエローのソレと比べてシンプルだが、同時に最も殺傷性能を高くしている、と社長から説明された。
『刃物を扱うと修羅になるお前のよく分からん特性を応用し、あらゆる状況に対応することを可能にしたお前だけのジャスティビット!! ぶへぇぇはっはっは、やはり私は天才だぁぁぁ!!』
やかましく解説して騒ぐ社長を思い出してげんなりとしながら私は、背後に円を作るように並べたジャスティビットを構えた。
「……」
校舎に被害が出ないように戦わなくちゃいけない。
今はビットで迎撃できる……けど、あまり長引かせるわけにはいかない。
一度倒した怪人だ。
倒し方も同じなはず。
「……」
「ぽぽぽ!!」
我武者羅に吐き出される音の衝撃波を散らしながら一気に音喰怪人へ肉薄する。
「ハッ、さっきみたいに防いでやるわ!」
また鎧に覆われた尻尾で防ごうとするけど、今度は確実に斬るつもりで柄を強く握り太刀を振り上げる。
赤熱した刃はさらに深い赤い色へと染まり刀身そのもの燃え上がり———強固な鎧に覆われた尾をあっさりと溶断する。
「なっ!? きゃっ!」
即座に首を———といきたいところだけど、こっちはさらに頑丈な鎧で守られているのでむき出しの腕に太刀を振るい、音喰怪人の腕を飛ばす。
「あーんむっ!!」
腕を飛ばされながら何かを呑み込むそぶりを見せた怪人は嘲りを籠めた笑みを私に見せた。
「あ、はは、貴女の攻撃もらったわ!! これで貴女の攻撃は私に通らない!!」
「本当に相変わらずだね。なんにも成長していない」
内心で呆れながら私は、手に引き寄せたジャスティビットを手の甲に張り付け———瞬時にクローへと変形させる。
赤のジャスティビットの能力、ナノマシンで構成された流体金属による形状変化。
太刀と同じく切断面を焼き焦がすエネルギーを帯びたクローは容易く音喰怪人の喉元を抉り取る。
「え?」
一瞬、呆気にとられた声を漏らす音喰怪人だがすぐに痛みに声にならない悲鳴を上げ、もだえ苦しみはじめた。
「あ、が……!?」
「所詮は一度倒した怪人。弱点さえ分かっていれば対処は簡単だよ」
音を司る喉が弱点なことは既に分かっていた。
肝心の喉は鎧に守られていたけれど、少し油断を誘えばあっさりと防御が薄れてくれたので楽だった。
「強くなったのが自分だけだとでも?」
「こ、の……あ、がぁぁぁ!?」
喉を押さえながら私に手を伸ばそうとしたところで周囲に滞空していたジャスティビットが一斉に音喰怪人の全身に突き刺さり、高熱の刃で焼き焦がしていく。
苦痛に喚くその声は既に元の悍ましいものに戻っている。
喉を潰したことで能力を封じたことで、誰かから奪った音も解放できたはずだ。
後は止めをさすだけ。
だけど、どれだけ追い詰めようとも相手は怪人。
その息の根を止めるまでは、絶対に油断なんてできない。
「お、おばえぇぇ……」
「やっぱり、お前はそっちの醜い声の方がお似合いだよ」
ジャスティビットの一つを手元に引き寄せる。
ナノマシンを有するそれは瞬時に液体のように流動し———赤熱した刃を持つ斧へと変わる。
全身を刺し貫かれ、その上焼かれながらも絶望の顔で私を見上げた音喰怪人を冷たく見下ろした私は、そのまま躊躇なく斧を振り下ろしその首を断ち切った。
「……次はお前だ」
斧をさらに変形、太刀にさせながらその切っ先を障壁怪人へと向ける。
こいつは壁を張り巡らせたり、刃のように飛ばして攻撃してくるやつだ。
最期が黒騎士くんに障壁ごと破壊されとどめを刺された怪人だから、私も同じことをして始末すればいい。
次の標的が自分になったことを理解した障壁怪人は、組んでいた両腕を解———、
「致し方あるまい。我が主のため、屠ってくれよ———ぅ”」
———くと同時に怪人の額から鈍色の刃が飛び出した。
突如現れた気配に私も目を細めると、頭を貫かれた怪人はマヌケな声を漏らす。
「あぱ?」
怪人を一気に真っ二つにして始末した何者かが何もない空間から電気が弾けるような音と共に現れる。
光学迷彩、とでも呼ばれるような方法で透明化していたそいつは怪人の血がこびりついた片刃の剣を払った。
「誰?」
まるで塗装が剥げたような赤黒い全身装甲を身に纏った何者か。
そいつは無機質な動作で私を視界に納め———猛烈な敵意を向けてきた。
「星将序列第10位『
序列10位。
男か女かも分からない加工されたその言葉を認識すると同時に私は斬りかかっていた。
振り下ろした赤熱する刃は、そいつが構えた剣により受け止められた。
甲高い金属音と衝撃が周囲へ放たれ、鍔迫り合いのまま互いのマスクが見える。
『アラサカ・アカネ。お前を殺す』
「始末されるのはお前の方だ」
こいつはここで始末する。
漠然と胸の奥底から湧いてくる妙な確信と共に私はさらに戦いに意識を沈めていく。
木っ端怪人程度なら生身で倒せるレッドさんでした。
今回の音喰怪人は「外伝 となりの黒騎士くん」第15話、第16話に登場した怪人となります。
今回の更新は以上となります。