平行世界編 4
今回はアカネ(平行世界)視点でお送りします。
レジスタンス、と言えばそれらしく聞こえるがその実は非戦闘員が大部分を占める避難所だ。
戦えるメンツは私たち三人しかいないし、それ以外は私たちの戦闘をバックアップする金崎令馬———司令が擁する部下たちしかいない。
だが、それでもこの場所は人類にとっての最後の砦。
怪人に対して唯一戦える術を持つ組織なのだ。
「今回の怪人共のコロニー攻略作戦について話しておく」
寂れた地下のとても作戦本部とは思えない薄暗い一室。
パイプ椅子に腰かけた私たち三人の前に車椅子に乗った包帯だらけの男、金崎令馬が声を発する。
「怪人共は着々と支配権を広めている。今、奴らのコロニーの一つを崩さなければ我々に明日はない」
このアジトだって攻められれば終わりだ。
私たちはパワードスーツで生き残れるだろうが、非戦闘員は無残に食い殺されてしまう。
生き残った私たちも補給ができなきゃ野垂れ死にを待つしかない。
「だからこそのコロニー殲滅作戦だが、これにはいくつか障害がある」
司令が傍で控えている部下———たしか、大森と呼ばれた女性に目配せして黒板に文字を書かせる。
「単純な戦力差。普通の怪人ならばスーツでの排除も可能だが立ち回りを間違えば容易く崩される」
そして、と司令は言葉を続ける。
「奴らは人間から怪人を作り出している。それも実験的にな」
「……ッ」
人間を怪人にする。
それも不完全な怪人として変え、まるで働きアリのように利用している。
「怪人にされた人間は元には戻らない」
「……司令でも?」
「……。サンプル設備さえあれば不完全な怪人を人間に戻す方法を見つけることができるかもしれん……が、それは不可能だ。我々に救う命を選ぶ余裕は、ない」
冷徹に言い放ったが、私たちは司令が自分自身を責めていることを察した。
「そして、次の問題が……コロニーを支配する幹部クラスの怪人だ」
「幹部クラス……」
物理の枠を超えた凄まじい力を有する怪人。
私たちも一度、マグマを操る第三コロニーを支配する幹部クラスと遭遇したことはあるが、そのあまりのでたらめさに敗走を余儀なくされた。
「相手はなんらかの精神汚染を行ってくる怪人だ。その能力の厄介さからして脅威値Aを優に超える可能性がある」
「マグマ怪人と同等だと?」
「そうでないと信じたいが、何をしてくるのか分からないのが怪人だ。どれだけ用心しても足りないくらいだ」
正確な情報はない。
現場でそいつの対応をしなきゃいけないけれど、それ以外に方法はないのでやるしかない。
私たちに、あとはないんだから。
「作戦とは言っているが、これは特攻に近い。怪人の情報もなく、物資も乏しく……我々はお前達に無理をさせることしかできない」
「……」
司令が悔いるように肩を震わせる。
本当ならこの人自身が前線で戦いたいと思っているのは私たちもよく分かっている。
だけど、この人のおかげで今私たちがこうして生き延びれているのだ。
「お前達には無茶を言っているのは分かっている。だが―――」
「それ以上は言わなくてもいいです」
「元より覚悟は決めていますから」
だからこの人に恨み言なんてあるはずがない。
私たちに戦う力をくれた。
復讐する機会をくれた。
それだけで十分すぎるし、元より死ぬ覚悟はあるけど負けるつもりなんて毛頭ない。
「分かった。ならば、私たちは私たちのするべきことに尽力しよう」
私たちの言葉に司令が深く頷く。
それから大まかな作戦内容、攻略の際に装備される新武装について改めて説明したところで解散……の流れかと思っていたけど、司令からまだ話が続くようだ。
「今日お前たちが哨戒の際に見つけた痕跡についてだが……」
「なにか分かったんですか?」
怪人同士が争ったとみられる不可思議な痕跡。
特に気にするほどでもないと思っていたけれど、包帯に覆われた司令の表情はどこか疑念のようなものを抱いているように見える。
「広域センサーが捉えた生体反応は4つと記録されていた」
「じゃあ、その二体が怪人を殺したってこと?」
「……その可能性が高いが」
なぜか言い淀む司令に私たちは首を傾げる。
「分析した結果、その場にいた二つの反応は人間だったのだ」
「「「!!」」」
人間……?
ちょっと待って、あの場にあったのは人間じゃなくて怪人の残骸だった。
それも人間を改造したものじゃない脅威値Bの怪人だ。
「私たち以外の誰かが怪人を倒したってことですか……?」
「……分からん。私の知る限り、この地球で怪人に太刀打ちできるような兵器は存在しない。しかもその場にいた怪人は超振動であらゆる物質を崩壊させる怪人と、驚異的な追尾性能と破壊力を持つ光線を放つ怪人……ただの人間が敵う相手ではない」
それは私たちもよく分かっている。
だからこそ困惑してしまった私たちに司令は言葉を続ける。
「味方と判断するのは危険だ。この状況になるまで姿を現すことのなかった輩だ。怪人の罠という可能性が高い」
「……だけど、もし一緒に戦ってくれる存在だったら……」
「ブルー」
そう、言葉を零したアオイを司令は見る。
「希望を抱くことは大事だ。だが、我々は常に最悪の可能性を考えて動かなければならない」
「……分かってる」
アオイの気持ちはよく分かる。
私たち以外に怪人と戦える存在がいればどれだけ心強いか。
私とキララは目に見えて落ち込んだアオイの背に手を置いて慰める。
「……以上で作戦会議を終了とする。第一コロニー攻略作戦は早朝、日の出と共に行う」
「「「はい」」」
「それまで身体を休めておくように」
明日の朝、戦いが始まる。
死ぬつもりはないけれど、私も色々と覚悟しておかなくちゃ。
第一コロニー攻略作戦前。
まだ外が暗く、太陽が出ていない時間帯に私たちはパワードスーツが置かれる保管庫の中で、特殊なスーツに身を包みながら出撃の準備を進めていた。
「キララ、眠れた?」
「睡眠薬って便利だよね。アカネは?」
最早、見慣れた隈を目の下に作ったキララに私は自嘲気味に笑みを浮かべる。
「もしかしたら今日で死ぬかもしれないからお酒を飲んでみたの」
「うん」
「無理だった」
「駄目じゃん」
未成年だけどどうせ死ぬかもしれないならいいかなと思ったけど駄目だった。
私って結構子供舌だって自覚してしまったな……。
「アオイは?」
「……」
「今寝てるようだね」
既にスーツを着たアオイが直立したまま眠っている姿を見て苦笑する。
そういえば、この子は私たちよりも一つ年下だっけか。
「ちょっと変わってるけど、アオイもなんだかんだで妹みたいだね」
「ふふふ、そうだね」
「……ごめん」
キララには妹と弟がいたことを思い出し、言葉にしてから後悔する。
「謝らないでよ。アカネもアオイも、皆大事な人を失ってる。それに……」
「ふがっ」
「妹は妹でも、こっちの方が手がかかるから別枠だよ」
船を漕いでいる葵の頭に手を置いたキララにつられて笑みを浮かべる。
『揃っているようだな。作戦開始前だ。スーツに乗り込んでくれ』
頭上のスピーカーから社長の声が響く。
それに頷いた私たちはそれぞれのパワードスーツの前に乗り込む。
「レッド1。装着するよ」
「ブルー2。装着」
「イエロー3。装着します」
ヘルメットを被り大きく広げられたハッチに背中から乗り込む。
スーツの背中にジョイントを接続、次に胴体、両腕、両足を固定しパワードスーツと一体化する。
ヘルメットのバイザーから動作チェックを現す項目が順番に表示され、全てが【CLEAR】と表示されたところで、私は軽く吐息をつく。
「落ち着かないと」
これからたくさんの怪人共と戦うことになる。
一つの油断が私だけじゃなく、アオイとキララの命を脅かしかねないほどの戦いだ。
だが勝つことができれば私たちは怪人勢力を削ることができ、且つ物資を得ることができる。
場合によっては新たな拠点としてコロニーを再利用する。
『聞こえるか?』
「問題なし」
「ばっちり」
「オッケー」
ヘルメットに備え付けられたインカムから響くやや音質の悪い司令の声に頷く。
周囲の音も結構拾ってしまうのか、司令室にいる司令の部下たちの慌ただしい声も聞こえてくる。
『これより、各地に待機させている全ドローンを作動させ状況を逐一伝えていく』
「普段は隠してあるやつですね」
『ああ、常に出しておくと怪人に破壊されるからな。一度きりの作戦だからこそ切れる手札とも言える』
相手の場所が分かれば私たちも戦いやすいからね……。
本当に一回きりの作戦なので無駄にするわけにはいかない。
『ではドローン起動する』
ドローンが起動される。
まだパワードスーツと繋げられていないのでバイザーには何も映されていないが、戦闘が始まれば―――、
『どういうことだ!?』
『怪人の反応が、想定の10分の1……?』
『いや、違う! 少ないんじゃない、減り続けてるぞ!!』
『怪人が、虐殺されて、いる?』
『反応複数!! これはッ、捕まった人たちのものです!!』
『それじゃあ、死んでいるのは怪人だけか!?』
「な、なに……?」
途端に騒々しくなる司令室。
聞こえてくるその声は、明らかに異常が起こっていることを示していて、聞いている私たちも困惑する。
『なんだ、これは……』
「司令!! なにか起こっているんですか!?」
『ッ、今映像を繋ぐ!!』
インカムの奥で唖然としている司令に声を荒らげると、彼は慌ててこちらのバイザーにドローンで撮影されている映像を見せてくる。
私たちの視界に映し出されたのは、予想だにしない光景だった。
「なんなの、これは……」
最初に映し出されたのは第一コロニーに転がる怪人共の屍。
切断、粉砕され雑に地面に打ち捨てられたそれらに私たちは声も出せない。
怒りに任せた純粋な破壊が刻まれている一方で、その場には声もなく地面に座り込んでいる何十人もの生存者が、同じ方向を見ていた。
『なんだ、アレは。星将序列……? いや、スーツ……なのか?』
装甲はひび割れてこそいるが消耗も負傷した様子もなく、映像越しでも寒気がするような怒りと殺気を向けたソレは、青みがかった黒髪の女の子を守るようにピエロ姿の怪人の前に立ち塞がっていた。
「ぁ……そんな……うそ……」
その映像にアオイがか細い声を漏らした。
映像で映し出された戦士に、生き残りであろう怪人が襲い掛かる。
いくつもの怪人を混ぜ合わせたような統一性のない———人間から作り変えられた怪人に、その存在は左手で持っていた剣を振るう。
恐ろしく速く、綺麗な剣閃。
淡い桃色のエネルギーが籠められた剣により怪人が切り裂かれる。
「元は人間なのに、迷いなく……っ」
思わず見惚れてしまいそうな斬撃だったが、それでもあれは躊躇なく……え?
崩れ落ちた怪人からどす黒い煙が発せられ、それが抜けていき元の人間の姿に戻ってしまったではないか。
『怪人から人間に戻した!? 可能なのか!!?』
あれは、なんだ。
恐れすらも抱いてしまうほどの力を見せた戦士は、最後に残った幹部怪人へと意識を向ける。
悍ましい顔を恐怖で歪ませた第一コロニーの幹部怪人は掌を前に向けるが、なにも起きない。
『ヒッ、アアアアァァァアアアア!!?』
あの怪人が、怯えている。
何かをしようとしているが、なにも起こらずその存在は何かを口にする。
なにもできずに、逃げ出そうと背を向ける幹部怪人を前に戦士の姿が
『———、———』
次の瞬間には怪人の胴体は拳で打ち貫かれていた。
数舜遅れて、突風が戦士を中心に吹き荒れ、幹部怪人の肉体が文字通りに爆散した。
「「「……」」」
あまりにもあっけなく幹部怪人が殺され、静寂が支配する。
ソレが拳についた血を払うと、ヒビ割れた装甲は次々と零れ落ち、黒の比率が多いスーツが露わになる。
「……」
その堂々とした立ち姿に。
怪人を慈悲もなにもなく葬る姿に。
私の口は自然とその存在を指し示す言葉を口にした。
「くろ、きし……」
一瞬、怪人と見間違いそうなほどの異様な存在。
その戦士の強さと、姿は、私の心に強く焼きつけられた。
Q,なぜ桃騎士の装甲がボロボロなのか?
A,カツミがプロトワン感覚で動いたから。
今回の更新は以上となります。
次回はなるべく早いうちに更新したいと思います。