今回は、風浦桃子視点でお送りいたします。
私の身体に起こっている星界エナジーを作り出してしまう力。
今はKANEZAKIコーポレーションの社長でありカネザキ・レイマさんが開発したというブレスレット型の機械で力を抑えられているけど、長時間の抑制は難しいらしくあまり自由に外に出歩けないままだ。
私の安否は家族にちゃんと知らされているし、何回も面会に来てくれている。
ここに保護されている待遇としては悪いどころか文句のいいどころがないくらいに良いけれど、私の身体に起こっているこの異常がどうなるか不透明なままなのはダイレクトに私の心に暗い影を落としてくる。
「はぁ……」
見慣れてしまった部屋の中でため息をつく。
固定された家具にベッド、そして白を基調とした内装を見回しながら私は手首の淡く点滅するブレスレッドに触れる。
「本当にどうなっちゃったのかな、私の身体」
半ばほど水がいれられたマグカップに掌を向ける。
目を瞑り、強く念じながら目を開けてみれば―――マグカップの中から一本の植物の芽が飛び出し、小さな花を咲かせている。
たんぽぽの花……水だけでは、いや、そもそも何もない状態から出てくるはずのない植物に言いようのない不気味さを抱く。
「抑制されてるからって制御できてるわけじゃないのがなぁ」
今は蛇口が閉められているだけで、いまやったことは僅かに漏れ出ているソレを形に出しただけだ。
とても制御できているなんて言えない。
物を勝手に浮かしてしまう重力操作。
今やってみせた植物を作り出す力。
漠然と、他にもなにかできるという確信を抱いてしまうことが怖い。
「はぁぁ……」
先の見えない状況にまたため息をついてしまっていると、不意に私のいる部屋の扉が鳴る。
ハクアちゃんかな? と思い「どうぞ」と返答すると、入ってきたのは今日この日まで行方不明だった少年、穂村克己くんであった。
「カツミくん……! 無事だったんだね!!」
「ええ、ご心配をかけてすみませんでした」
行方不明になっていた経緯はそこはかとなく聞いていた。
特に私のカウンセラーをしてくれているハクアちゃんの落ち込み様は酷かったし、なんなら私も普通に落ち込んで私とハクアちゃんのどんよりオーラで部屋の湿度が急上昇したと錯覚したくらいにはショックを受けてた。
「風浦さん。調子はどうですか?」
「正直、鬱屈としてる」
苦笑しながらそう言うと彼は私を見て少しだけ顔を顰める。
「……力が、成長してしまったんですか?」
「社長さんから聞いたの?」
「いえ、なんとなく分かりました」
見ただけで分かるように……?
いや、この子は私の力を感覚で分かるなにかがあるってことなのかな。
どちらにしろ、行方不明だった彼がまた会いに来てくれたことに私はひたすらに安堵した。
「なんだか私、漫画のヒーローみたい。巻き込まれて力に目覚めたりするところとか」
「王道ですよね」
いや、本当に海外アクション映画の派生ドラマ作品みたいな導入だもん。
敵に捕らわれた少女が力に目覚め保護され、力に翻弄されるって感じだ。
でも、カツミくんが王道って言うのはちょっと意外だったりする。
「カツミくん漫画とかよく知っているの?」
「少し前は全然でしたが、今は見るようになりましたし、なんなら見せてくる奴もいますからね」
少し照れくさそうに苦笑した彼のその違和感のない、当たり前の対応に私は嬉しくなる。
私とここで会ってくれるほとんどの人が、私の能力を気にしたり気遣ってくれるから、まったく変わらずに接してくれる彼の存在が得難いものに思えてしまう。
「……さて、風浦さん」
「ん?」
「実は、ですね。貴女に会わせたい奴がいるんです」
「会わせたい奴? 別に構わないけど、誰?」
両親は前に面会させてくれたし誰だろう?
頷いた私に、カツミ君はもう一度扉のあるところまで戻り、ボタンを押して横開きの扉を開く。
その先にいたのは———、
「や、やっほぉ、桃子」
「ッッ!」
私と同じ顔と姿をした女性、ヒラルダであった。
ものすごく気まずそうな顔で視線を左右に揺らしながら部屋に入った彼奴は、唖然とする私を見て苦々しい笑みを浮かべる。
「っ、なんで貴女がここに」
「あ、え、えーと……その」
「っ、カツミくん、これはいったい……」
言葉を濁すヒラルダに埒が明かないと判断し、カツミ君に尋ねる。
「色々あってこのバカ野郎を仲間にしました。でもその前にケジメをつけるために貴女の前に連れてきたわけです」
「ケジメって……」
胸の奥底で色々な感情が渦巻く。
ヒラルダのせいで私は大学にも行けなくなった。
お父さんとお母さんにも心配をかけた。
友達にも会えなくなった。
得体のしれない力に目覚めてしまった。
怒りと、悲しみと、困惑。
どの感情を先に表に出していいか分からず言葉を失っていると、ヒラルダがぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい、桃子」
「っ」
こいつと一時期ずっと一緒だったからこそ分かる。
ヒラルダは本当に反省しているし、私に対して引け目を感じている。
それに対して、私はなんて返したら……。
「……」
あのヒラルダが頭を下げている。
言い訳をするつもりもないのか、謝罪の言葉の後なにも言わずに罰を受けることを待つように目を瞑っている。
——ここで、私が彼女を許せばヒラルダは彼の仲間として後腐れなく協力できる。
私が、大人だから、我慢、すれば———、
「風浦さん。こいつのこと、無理に許す必要はないです」
「えっ……!?」
脳内で葛藤している私のことを察したのか、苦笑したカツミくんがヒラルダを見る。
「貴女は被害者でこいつは加害者です。こいつがどんなに同情に値するようなやつでも、無条件で許されるようなことがあってはならないんです」
「でも、ヒラルダはちゃんと謝って……」
「謝ってどうにかなる段階はもう過ぎています。一般人に戻るはずだった貴女はヒラルダの影響を受けて、元の生活に戻れない身体になってしまったんですから」
カツミくんの言葉にヒラルダは表情を顰め俯く。
それに構わず、彼を腕を組んでさらにため息までつく。
「こいつのやってきたことは控え目に言って性格が悪く」
「ぐぇ」
「鬱陶しく」
「ぐむっ」
「悪辣で」
「あばっ」
「同情の余地すらないどうしようもないものです。挙句の果てに破滅願望持ちで俺に殺されようとした傍迷惑なやつだし……いや、これ以上は自虐になってしまうのでやめておきます」
「……」
も、もう十分ヒラルダはダメージ受けてると思うよ。
部屋の隅で座り込んで落ち込むヒラルダにちょっとだけ同情してしまう。
「つまりですね、どんな理由があったにせよ貴女が無理に大人になって許すようなことがあってはならないってことです」
「……そう、だよね。うん、その通りだ」
彼の言う通りだ。
ここで私が妥協してヒラルダを許しても、きっとカツミくんやここにいる人たちはすぐにそれを察してしまうだろう。
多分、ヒラルダが真っ先にそれに気づいてさらに傷つく結果になっていたかもしれない。
「私は、許さない」
「……そうだよね」
絞り出した言葉にヒラルダは力のない笑みを浮かべる。
「だって貴女、本当の姿じゃないから」
「……え」
「謝りに来たのにいつまでも仮初の姿のままなのが気にいらない」
同化している間に見せられた彼女の夢。
同じ景色を夢という形で見たからこそ、私にはヒラルダの本当の姿を分かっている。
「……分かったよ、桃子」
諦めたように苦笑したヒラルダが瞳を閉じると、彼女の姿が光に包まれる。
光はその輪郭を徐々に縮めていき、その輝きが消えると同時に彼女の———ヒラルダの本当の姿を現した。
「これが本当の私だよ」
私の前に現れたのは10歳前後くらいの女の子であった。
頭に特徴的な二つの角を生やした薄い褐色肌の子供は肩ほどの長さの桃色の髪に気まずげに触れて視線を逸らす。
幼い頃、人生の全てといっても過言ではなかった家族に裏切られたヒラルダの真の姿。
精神的な年齢は違うだろうけど、ヒラルダの時間はずっと子供のまま止まってしまっているのだ。
「ヒラルダ」
「……うん」
しゃがんで彼女と視線を合わせる。
「私は貴女を許さないけど、同情はしてあげる。もう二度と悪さをしないって誓うなら、貴女が私にしてきたことをこれ以上なにも言ってあげないから」
「
「ずっと私といたんだからよく知ってるでしょ」
「うん……うん、そうだね。ありがとう」
色々あるしわだかまりもあると思うけど、今はこれでいい。
「じゃあ、ここに来た二つ目の目的を果たすよ」
「二つ目?」
「桃子、ちょっと左手出して」
ヒラルダに言われるまま左手を差し出すと、彼女は手首に巻かれた抑制装置をまじまじと見る。
「ゴールディ製の抑制装置ね。これがあるなら私の“同化”の力と合わせて……」
「ヒラルダ、なにを……きゃっ」
またヒラルダの身体が光に包まれ、その輪郭が手首の抑制装置を包み込むように収縮していく。
手首に収縮した光は、それからさらに肥大化し———一瞬の輝きと同時に私の身体全体を包み込んだ。
「い、いったいなにをしたの……?」
『桃子、自分の身体を見てみなさい』
どこからともなく聞こえてくるヒラルダの声に従い目を開くと、私の視界は何かに覆われていることに気づく。
いや、視界だけじゃない! 身体全体がなにかに包まれてる!?
慌てて部屋に備え付けられてある鏡の前に駆け寄ると———そこにはジャスティスクルセイダーの戦士と似た、桃色のスーツを纏った戦士がそこに立っていた。
「ええええ!?」
『ジャスティスクルセイダーのスーツデザインに近づけた上で、能力の抑制と最適化を実行。私が貴女の身体で生成される星界エナジーを調整して、ちゃんと扱えるようにしてあげたのがこの姿ってわけだよ』
「へぇ、そんなこともできたんだな」
カツミくん、受け入れすぎじゃない!?
特に驚きもせずに関心している彼にツッコミをいれたい衝動にかられるが、それ以上に今私の身に起こってしまっている事態に困惑する。
「本当に漫画みたいなことになっちゃった……!」
『とりあえず変身解除するよー』
また光に包まれ、元の私服姿に戻る。
私の手首にあった能力抑制装置はシルバーとピンクの混ざった腕時計型のデバイスへと様変わりしており、それはガチャガチャと変形し小さな機械仕掛けのフクロウへと変わる。
『これで桃子の力は完全に抑制できているはずよ』
「なにその姿!?」
『能力の兼ね合いでこの姿になっちゃったの。まあ、これも含めて罰だと思って納得するわ』
ピンクのメカフクロウはやれやれとばかりに翼で肩を竦める仕草をする。
え、なにその相棒ポジみたいな姿!
漫画? 漫画なのか? 一気に日曜朝からやっている感じの空気になっているんだけれど!
経緯だけ見ると本当にスピンオフ主人公みたいな風浦さんでした。
そして、相棒ポジのメカフクロウヒラルダでした。
今回の更新は以上となります。
次回は掲示板回を予定しております。
早くて明日更新できるかもしれません。