予告通り、イリステラ視点の閑話となります。
星将序列二位イリステオ。
この次元世界でそう呼ばれていた奴は並行宇宙に遍在する
どこからか、どのイリステオが始まりかだなんてもう誰も覚えていないし、誰も気にしていない。
あらゆる次元・時間軸に存在する超越者。
存在する“イリステオ”は固有の意思を持ちながらも全てが繋がっており、仮にその世界のイリステオが死亡したとしても代わりの“イリステオ”が現れる———転生を繰り返し記憶を引き継ぎ続ける不死身とも言っていい存在だった。
そんな“イリステオ”の目的は観察。
その次元で起きる特異な出来事の傍には常に奴の影があり、そのそれらの出来事に必ず関与しているのも奴でもあった。
だけれど、あらゆる次元に存在し干渉を可能にする無茶に問題がないはずもない。
“イリステオ”の数が増えれば増えるほど存在に綻びが生じ、その結果奴らの存在を定義する情報にバグが生じた。
それで生まれたのが“イリステオ”であり、“イリステオ”ではない異物。
それが私———“
バグとして生まれ落ちた者。
“イリステオ”が不要と断じ捨ててきたものを持って生まれてしまった不純物。
でも、それだけで“イリステオ”が私を見下し、排斥する動きを見せたわけじゃなかった。
私にはイリステオが得意とする次元への干渉を無効化する能力が備わっていた。
既存の能力自体は“イリステオ”と全く遜色のないものだけれど、この私にだけ許された力を“
『危険だ』『相応しくない』『どうする?』『どうしよう?』『放置はすべきではない』『同意』『然り』『殺す?』『否』『それは否』『殺してどのようなバグが出るか』『確かに不明』『ならどうする?』『面倒だなぁ』『そうだ』『閉じ込めよう』『それがいい』『名案だ』『どこに?』『誰もいないところ』『死した宇宙』『いいね』『そこならちょうどいい』
この力はまさに“イリステオ”にとって忌むべきもの……という理由から、私は生まれた直後に死した宇宙に閉じ込められ、出ることを禁じられた。
“イリステオ”が娯楽の果てに滅ぼした白と黒に染まった色のない宇宙。
色彩からはかけ離れた大地に落とされた私は、なにもない世界での生を余儀なくされた。
『なんで僕からお前のような異物が出てくるんだ?』『化物』『なにか言えよ』『イリステオのなりそこない』『泣くのか?』『醜い』『誰もお前を認めない』『出来損ない』『バグ風情』『生きているだけ感謝しろ』『そうだ』
閉じ込められた宇宙の中で、何度も、何度も何度も何度も“イリステオ”達から心のない罵倒を受け続けた。
……ううん、心のない罵倒ってのは間違っているか。
“イリステオ”には恐怖はない。
痛みもない。
悲しみもない。
あるのは楽しさだけ。
私をいじめていたのだって、全部あいつらが楽しいから。
『———ッ』
私はイリステオが不要と断じた感情を持ち合わせているからこそ、悲しいし悔しかった。
あいつらの声がうるさくて、私も世界を閉じ干渉を跳ねのけ、弱みを見せないように一人でずっと頑張ってきた。
それでも隙を見て、他のイリステオのいる世界の景色を盗み見ては、絵を描いては孤独を慰めた。
短い間。
イリステオに気づかれる前にだけ見ることのできる、外の世界。
その一瞬を目に焼き付け、白黒の地面に軌跡を描く。
それだけをずっと、ずっとずっとずっとずっと繰り返して、ふと考えてしまう。
『———わたし、ずっと、ひとりなのかな』
灰と黒の二色しかない死した宇宙とは違う色とりどりの世界。
だけれど、変異体である私はこの死した世界に閉じ込められ出ることができないまま私は絶望の中で生きていた。
そんな私の運命は思いのよらない形で変わった。
白黒の世界でいつもと変わらない時間を送ろうとしていたその時、突然“イリステオ”の悲鳴が鳴り響いた。
『『『『が、ああああああああ!!?』』』』
遍在する“イリステオ”すべてに響き渡る悲鳴。
その瞬間、強制的に繋がれた視界の先で———私は見た。
私を除いたイリステオ全てが右腕を肘から先を失い苦痛に叫ぶ姿を。
「……え?」
黒と白の鎧に身を包んだ戦士“ホムラ・カツミ”
他の“イリステオ”が興味を持つ特異な力を持つ戦士は、“イリステオ”の切断した腕を手にしながら次元を揺るがす雄たけびを上げた。
『ヴォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
存在そのものの格が違う。
次元を隔ててもそれが分かるほどの存在感に、私は魅入られてしまった。
「———」
何十秒……いや、一時間にも感じるほどの一瞬に私はその場に座り込み、未だに苦しみの悲鳴を上げている“イリステオ”達を見て、自然と笑みを浮かべてしまう。
「……あ、はは……」
掠れた声で笑う。
笑うなんてはじめてのことだった。
爽快だった。
恐怖も痛みを存在しないはずのイリステオが恐怖と痛みにもがき苦しむ有様が、最高に爽快だった。
「ざまぁっみろっ」
奴らはもう元には戻らない。
挫折を知らなかったイリステオ。
恐怖を知ってしまったイリステオ。
はじめて自身の存在を脅かす脅威に対して、イリステオの精神はあまりにも脆弱すぎた。
「当然だろっ、お前らはっ、そういうやつらなんだから!」
奴は誰にも触れられない安全圏にばかりいた卑怯者だ。
その癖プライドが高く、興味を持った生物を自分の思い通りに操りたがる。
これまでの鬱憤を晴らすように“イリステオ”に罵詈雑言を叩きつけた後、息を乱しながら私は気づく。
「……私、自由なんだ」
誰も当たり前に享受していたものが目の前にやってきた感想は、あまりにも呆気ないものだった。
穂村克己とザインとの戦いの後、イリステオはルインのいる次元から逃げ出した。
当然、同一の精神性の他のイリステオも代わりになるのを拒否。
でもルインと穂村克己を含めた異常な宇宙には誰かしらいなくてはならない。
『じゃ、私がやりまーす!!』
それを好機を見た私は、ルインのいる世界の担当に名乗り出た。
難しくはなかった。
私も変異体とはいえ同じ力を持つことに加え、“嫌なことを押し付ける”という腐った精神性を持つ“イリステオ”が反対するどころか、むしろ押し付けてくるだろうってことを分かりきっていたからだ。
「……うん、よし」
そして、私は死した宇宙からルインのいる次元宇宙へとやってきた。
ぶっちゃけるなら、もうルインとか穂村克己とか次元世界の観察とかどうでもよかった。
てか、シンプルに鬱憤が晴らせただけでも満足してた。
ぶっちゃけ定期的に
ルインとアズという特大の危険物のいるところで変に暗躍して痛い目を見るのも絶対に嫌だ。
……というより、前に奴らを煽るためにちょっと調子に乗っちゃったのは本当にマズかった。
死ぬかと思った。
ちょっと漏らしたしめっちゃ怖かった。
「穂村克己に関しても、あれは大丈夫」
下手に触れなければ無害なのは分かりきっているので、私は彼と関わらず下手な茶々もいれないで慎ましく暮らしていこう。
地球で活動してますよーアピールをするために、契約して借りたアパートの扉を開け———、
「イリステオ、いいや、イリステラとでも呼ぶべきか?」
「ぇ?」
———た直後に借りたアパートの一室から、宇宙模様の広大な空間へと移動させられていた。
目の前には玉座に腰掛ける絶対強者、ルインの姿。
完全に不意打ちだったことから、今の私の服装は
「……ぇ? ル、あれ? な……」
「なるほど? 随分と“自分”を煽っていた時とは違うな。カツミに断ち切られているはずの右腕も無事。……ふむ、変異体とは、独立した個……とでもいうのだろうな?」
バレてる、というより一瞬で看破された。
イリステオには私の右腕も同様に切断されたと口にしたけど、実際は違う。
私はある意味でイリステオから独立した“バグ”なので、覚醒した穂村克己の攻撃の対象にはなっていなかった。
「……しかし、ふむ、私を前に
ようやく始められると思ったのに。
たくさん色えんぴつも買ったし、好きな色で絵も描けると思ったのに。
なにもできずにここで私は終わるんだ。
「……ぇ、ぁ、ぅ、ひぐっ、うぇ、あぁぁ」
「ん?」
もう、駄目。
やっとあの世界を抜け出せたのに、こんな内臓まで吐き出しそうな圧力の中にいなくちゃならないなんて嘘だ。
外聞もなく涙が止まらなくなった。
「……資格はあれど、肝心の心は折れているか。自らの進化を出来損ないの欠陥と嘲り、停滞と排除を望んだ末がコレか。やはりつまらん存在だったな、お前の前任者は」
ルインがなにかを呟いているけど、それでなにが変わるはずもない。
「イリステラ、お前を正式に星将序列2位と認めよう」
「……ぇ、で、でも、私は……」
ゆ、許された……!?
まさか恥も外聞もなく泣きだしたおかげで見逃された!?
これが泣き得!?
「では、手始めに一つ命令を出そう」
急に命令?!
どう考えても無茶ぶりされることが目に見えているのでまた絶望していると、妖艶に微笑んだルインは私に一つの命令を下した。
「カツミを見てこい」
「……へ?」
穂村克己を見てくる。
字面だけ見れば全然簡単そうに見えるこの命令だけど実際はとてつもなく難易度が高く、この『見てくる』は、穂村克己を間近で確認し、その状況をルインに報告するというものだ。
理由?
聞くわけないじゃん。
「……はぁ」
穂村克己……カツミさんのいる喫茶店サーサナスに向かった後、私はそのまま潜伏するアパートに戻った。
家賃6万ほどの普通の一室に帰った私はそのまま靴を脱いで、扉に背を預けながら緊張を解く。
「そ、そりゃ追跡されるよねぇ……」
カネザキ・レイマは用意周到な男なのは彼のこれまでの行動を見ているだけですぐに分かる。
こんな安易な接触をする宇宙人を無警戒に放っておくはずないし、当然ここに入った私の動きは把握されてしまっている。
でも、そこは全然問題ない。
「わ、私問題起こすつもりないもん……大丈夫なはず……」
敵対するつもりもないし、地球の人を危険に晒すような力の使い方をするつもりもない。
というより、別の次元に行きたくもないし、なんならこの借りてる部屋からも出たくないくらい。
「はぁぁ……」
精神的に疲れたのでベッドに飛び込み、仰向けになりながら———一“イリステオ”が意思を交わす思念へと意識を繋げる。
今や私が支配する交信の場では、この世界を覗けない“イリステオ”達が荒ぶっている。
91:“私”とわめくだけの能無しども
おい見れないぞ、どうなってる
92:“私”とわめくだけの能無しども
私達を騙したの? 出来損ない風情が?
93:“私”とわめくだけの能無しども
見せろ見せろ見せろ見せろ
94:“私”とわめくだけの能無しども
生かしてやった恩を忘れたの?
95:“私”とわめくだけの能無しども
やはり生まれるべきじゃなかった
96:“私”とわめくだけの能無しども
利用価値すらなくなったゴミ
97:カワイイ変異体な“私”
きゃんきゃんうっせぇバーカ!!
覗き見できなくて喚くとか気持ち悪ゥー!!
98:カワイイ変異体な“私”
大人しく待てもできないのかこのカァァス!!
99:カワイイ変異体な“私”
あっ、そっかぁ!! 犬ですらできることをできないんだね!!
じゃあ、ごめんね! 分かりやすく言い直すよ!!
黙って引っ込んでろこの負け犬共がよォ!!
100:“私”とわめくだけの能無しども
このコメントは私によって削除されました★
101:“私”とわめくだけの能無しども
このコメントは私によって削除されました★
102:“私”とわめくだけの能無しども
このコメントは私によって削除されました★
感情的に悪口と煽りを叩きこみ、外部からの思念を無効化しイリステオからの干渉を完全に阻む。
さっきまでの気分が台無しになって、大きなため息をついた私はそのままベッドに飛び込む。
『能無し』
『ゴミ』
『出来損ない』
『生まれるべきじゃなかった』
非表示にされる前に見てしまった文字列に私は行き場のない怒りに悶える。
「ううぅぅぅ……あいつらあいつらあいつらぁ……!!」
悔しい悔しい悔しい!! 本ッッ当にうるさい奴ら!!
涙目になりながら枕で耳をふさぐ。
「……ん」
横になったままスケッチブックをバッグから引き抜き、ぱらぱらと捲る。
はじめて描いた漫画。
私の身の上をちょっと照らし合わせたストーリーで、誰かに見せるために描いたものじゃない駄作とも言えるものだ。
「すごく批評されたけど……内容は否定しなかった」
カツミさんが指摘したのは設定の粗さとか、読み手側が不便に感じたところだけ。
彼は私が描いた漫画の内容そのものを否定しないでむしろ肯定してくれた。
『色々言っちまったが面白かった。すげーよ、こういうのを書けるなんて』
カツミさんの言葉がずっと心に残ってる。
なんだか、もういてもたってもいられない気持ちになってくる。
「……よし」
ベッドから起き上がり机に向かう。
道具はまだ足りないから、後でお店に買いに行こう。
必要ならデジタルで描けるための機材をそろえてもいいし、とにかく今はなにかを描きたい。
「もっと……」
誰かに見てもらって批評されて悲しかった。
けれど、それは“イリステオ”に叩きつけられる口汚い言葉とは違う。
それ以上に、誰かに自分の作ったものを見てもらえて嬉しかった。
すごいと言ってもらえて嬉しかった。
面白いって思ってくれてすごく嬉しかった。
こんなに、誰かに自分を見てもらえることが嬉しいことだなんて思いもしなかった。
「もっと、頑張ろう」
ルインの命令を頑張るか、漫画を描くのを頑張るのか。
それをあえて口にしないまま、私は真新しい鉛筆を手に取り明かりに照らされた机に向かっていくのであった。
イリステオの完全上位互換のイリステラちゃんですが、時間をかけてじっくり心を折られたせいで、自己肯定感よわよわになってます。
今回の更新は以上となります。