追加戦士になりたくない黒騎士くん   作:クロカタ

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お待たせしました。

今回はイディガル視点でお送りいたします。


飢え

 

―――飢えていた。

 

 強さを求めていた。

 何者にも媚びへつらう必要のない強さ。

 蹂躙されることのない強さ。

 他者を好き勝手に弄ぶことのできる強さ。

 形を問わず、俺はただひたすらに強さを求めていた。

 

 なぜ、そうなったのかは俺自身にすらも理解できていない。

 ただそう在ったとしか言えない上に、その理由を考え出すほど俺はその疑問を重要にすら思っていなかったからだ。

 

―――飢えていた。

 

 スコル。

 前宇宙の異物。

 太陽を食らった獣。

 

 あてどもなく宇宙を放浪していた先、砂に埋もれた死んだ惑星の奥深くで屍のように生きていた奴を見つけたのは、俺にとって幸運なことであった。

 痩せ細った獣の瞳には、深い悲しみと傍観を宿らせていた。

 だが、弱り切っても尚生物として桁外れの格を持つ奴に俺は存在価値を見出した。

 

 こいつがいるなら俺はもっと強くなれる。

 さらなる強さを見出すことができる。

 そのためならば、哀れな獣を言葉巧みに騙して従えてやろう。

 俺の飢えを満たすためならば、他人なんてどうでもいいのだから。

 

―――飢えていた。

 

 強さを求めるため、仲間を増やし略奪を繰り返し、時には遥か格上の相手とすら戦い、肉体の半分を失ってでもその経験を糧にし続けた。

 気づけば俺は荒くれ者どもを率いる大軍の長となり、星将序列の一桁にまで上り詰め、蹂躙されることのない強さを手に入れた。

 

 それでは、次は?

 さらなる強さを求めるのか?

 

 いつしか、己の中でそう問いかけるようになった。

 その問いに対して、俺はなにも答えられない。前の自分ならばその答えに迷いなく答えられたはずなのに。

 前に進み続けることを選んだはずだったのに、そうではなくなってしまって―――気付いてしまった。

 

―――飢えて、いない。

 

 どんなに頭で前に進むことを考えようとも、肝心の身体と心がそれを望んでいない。

 大軍の長という確固たる地位。

 星将序列五位という絶対的な序列。

 そして、スコルの、我が義兄弟との絆。

 

 それらが、俺を変えてしまった。

 その変化を自覚した時、恐怖に震えた。

 あそこまで強くなることに飢えていた俺は、いつのまにかどこかにいなくなって、残ったのは自身の立場に縋りつく張りぼての人形になり果ててしまっていたのだ。

 

 

 命を削るような戦いは何度も経験したことがあるが、ここまでのものは始めてだ。

 

「———ッ」

 

 赤く輝く鋭い軌跡が宙を這い空を切り裂く。

 こちらを無常に切り裂かんばかりの斬撃を片手に携えたカトラスで受け流し、もう片方の腕を変形・銃機構を露出させ放つ―――が、それは視線の先で佇むレッドが抜き放った居合により全て切り捨てられる。

 

「ふぅっ……」

 

 左手の金の装飾が施された黒の鞘に、チッ、という音と共に納刀した奴は柄に軽く触れ、再度抜刀。

 瞬時に眼前に迫る格子状の炎を纏った飛ぶ斬撃。

 それらを前に、カトラスを構え次々と迫る斬撃を弾いていく。

 

「とことん、出鱈目だな……!」

 

 ナノマシンを蝕む毒は変わらず散布している。

 外気に触れれば即座に溶けるほどの腐食性を持っているはずのソレは、レッドの抜き放った居合の刃に届かない。

 それは、奴の抜き放った刃が物理的に外気に一切接触していないことを意味する。

 

 頭がおかしいのか、と口にしてしまいそうになる。

 

 それほどまでに理不尽で頭のおかしいことを、今このレッドはやっているのだ。

 

「……このままでは……!」

 

 確実に負ける。

 純粋な技量で一気にこちらに攻撃を通してくるレッドとはそもそもの戦いの相性が悪い。

 こちらがあらゆる手を尽くして対処しようにも、奴は理不尽にそれを真正面から切り刻んでくるからだ。

 なら、こちらが出せる手は自ずと限られてくる。

 

「こちらも、技で」

 

 カトラスを浅く握り、流れるような構えと同時に抜き放つ。

 空間を認識、切り取り、奴との空間を一瞬にして狭める絶技。

 瞬時に眼前に現れたこちらを目にして驚愕したレッドに、刃を振るう。

 

「ッ、く」

 

 刃が僅かに肩を斬り裂き、僅かに血が迸る。

 浅い、が防戦一方の状況は覆した後はこちらの流れに無理やり持っていくだけだ。

 怯んだレッドに突きを繰り出し、距離を取らせ———再度、空間を切り取った瞬間移動を放つ。

 狙いは、奴の持つ鞘を持つ左手!

 あれさえ斬り落としてしまえば、奴の戦闘力は半分以下。

 

「なるほど、ね」

 

 カトラスを振るう寸前、奴が鞘に納められた刀を手放す。

 ッ、刃を手放した!? だが構うものか! そのまま首を落とし殺す!!

 その意味不明な挙動に動揺しながら技を放ち、距離を狭め、刃を振るい―――、

 

「ようやく、目の前で見せてくれた」

 

 ―――刃が奴の首を薙ぐ寸前で止まる。

 驚愕に目を見開いた俺の目に飛び込んできたのは、奴の首に迫った刃が、その両手の平で挟んで止められている光景だった。

 

「なっ……!?」

 

 首への攻撃を誘導したのか!? いや、それ以前に見切られた!? 一度目にしただけで!?

 ッ、無手でもこの距離はまずい!

 即座にカトラスを手放し距離を取ろうとする。

 

「逃がさない」

 

 奪ったカトラスを奴が振るう。

 瞬間、全力で後ろに飛びのいた俺の全身を前へ引き寄せられるような感覚が全身を襲った。

 

「っ!?」

 

 距離を離したはずのレッドが眼前へ迫り、いつの間に振りかぶられたカトラスが俺の胴体を斜めに斬り裂いた。

 いつ距離を詰められた!? いや、さっきの感覚はまさか!?

 

「模倣した、のか……!?」

 

 あらゆるものを斬り裂く一位(ヴァース)から盗んだ空間を斬り取る技。

 それを一度見せただけで使ったのか……!?

 だとすれば、最初に技を食らったのは見に徹していたからか……!!

 

「……ぐ、うぅ!」

 

 胴体から鮮血が零れ、血が喉からせり上がる。

 ッ、いいや、まだ胴体は両断されきっていない!

 しかし残った(・・・)生身を切り裂かれ、痛手をもらったことは事実!

 血反吐を吐きながら、宙に転送させたありったけの爆発物を投げ捨て全力で後ろに下がる。

 

「ッ!!」

 

 引き起こされた爆発の中から一直線に飛んできた刃が、左手首に突き刺さりそのまま切り離される。

 それが先ほど奪われたカトラスだと認識した瞬間、眼前の爆風が不自然に歪み(・・・・・・)レッドが眼前に現れる。

 

「もう隙は与えない」

「ッ!!」

 

 居合が放たれる。

 その挙動に咄嗟に使い物にならない左手を犠牲にするように前へ差し出しながら、右手にカトラスを転送。

 なりふり構わず、今この瞬間を凌ぐために全力でカトラスを振るう。

 

「おおおお!!」

 

―――こんなところで死んでたまるか!!

―――まだ、俺は戦える!!

 

 頭の中で余計な思考が巡り、それらが膨張を繰り返しながら思考を締めていく。

 なんとも、情けない状況だ。

 がむしゃらに侵略して、みっともなく戦って、負けようとしている。

 しかし、少し前の自分の状況と比べたら今の追い詰められた自分の方が遥かにマシだろう。

 

―――飢えていない。

 

 それを自覚した時、とてつもない恐怖に襲われた。

 

 俺にはもう、ここに来る前に殺した10位のような無謀さもない。

 自身の使命に準じる潔さもない。

 愛する者のために己の生き方を捻じ曲げる勇気もない。

 

 中途半端だった。

 なにをする覚悟も蛮勇さもない。

 飢えを満たすために勇気も、理由もない。

 それを心のどこかで『しょうがない』と受け入れる自分がいることに愕然とさせられた。

 

 だからこそ、あの十位を、ヴァースを、ルインを心のまま、感情のままに侮辱した。

 

 ああ、本当に反吐が出る(羨ましい)話だ、と。

 

 元に戻りたかった。

 なにを懸けても強くなろうとしていたあの頃の俺に。

 あらゆるものを犠牲にして生きて、強くなろうとしていた残虐な俺に。

 

 そのために侵略した。

 他でもない俺自身のために。

 俺が、元の俺になるために。

 

「———ッ、ガァ……!!」

 

 カトラスを握る右手がとうとう手首ごと斬り飛ばされる。

 瞬時に、空間を斬り取ったレッドが俺の前に現れる。

 最早替えの四肢もなく、無防備に胴体をさらけ出す俺に奴は構え、射貫くような殺気と共にその刃を抜き放つ。

 

―――巡り巡って……こうなるか。

 

―――見てくれが悪い上に粗削りだが、見て覚えたのなら上出来

 

―――多少は見れるようになったじゃないか。わらわの適合者よ

 

 閃光が宙を描き、斬撃となった全身へ叩き込まれる。

 それは僅かに繋いでいた胴体を両断し、返す刃が両足を吹き飛ばしたところで俺の身体は無造作に地面に落下する。

 

「……が、かはは……」

 

―――彼我の空間を斬り取り、距離を狭める。

 

 さっきのが切りとった空間が収縮する原理を利用して俺を引き寄せたのならば、今こいつが行っているのはその逆。

 自身を引き寄せ、瞬時に移動する、俺が見せた技。

 まさしく、なんの言い訳もできない完全な敗北に最早笑えてくる。

 

「見て、覚えたのか?」

 

 既に死に体ではあった。

 残された生身を斬り裂かれた今、死を避けられないものとなった。

 生身の弱々しい声と、機械の掠れる音を響かせながらレッドに問う。

 

「時間はいくらでもあった」

 

 言葉は交わすが奴には一切の油断がない。

 こちらがもうなにもできないのは分かっているはずなのに、奴はその右手を鞘から話しておらず、いつでもこちらを細切れにできるように備えている。

 その念入りの凄まじさに、感動すら覚えてしまう。

 

「カツミ君とお前の戦いを何度も見返した」

 

 その静かな声とは裏腹に、内に秘める殺気は凄まじいものがあった。

 

「空間を斬って、引き寄せる。映像越しで見てなんとなく理屈は掴めるような感じはしていたけれど、足りないのは実際に見る手本だけだった」

「……なる、ほどな」

 

 侮っていたつもりも軽視していたつもりもない。

 責があるとすれば、地球の戦士の戦いにおける執念を見誤っていたことだ。

 

「恐ろしい、奴らだ」

 

 ヴァースから一つ技を盗むだけでも途方のない時間を擁したというのに、見ただけで覚えられるとは。

 

「……あっちも終わったみたいだね」

「……?」

 

 空を見上げたレッドがそう呟く。

 奴の視線を追えば、そこには八位が作り出した球体上の空間が崩れ去っていくのが見え、割れだした空間から、一つの人影が落下しその場に降りてくる。

 

「え、黒騎士君。なにその姿」

「ちょっと本気出した」

「ちょっと本気出した……?」

 

 空間に隔離される前とは異なる白と金の姿。

 いや、その姿よりも奴がその両腕で抱きかかえている獣に目を見開く。

 

「カツミ君、それ……」

「警戒する必要はねぇ。……もう長くない」

 

 黒騎士がその両手に抱いていた獣を俺の前に下ろす。

 身体の半分が消え失せた、痩せ細った狼の獣。

 姿こそ弱々しくなっているが、それは紛れもなく我が義兄弟の変わり果てた姿であった。

 

「エ、ス」

 

 力を出し尽くしてしまったのだろう。

 黒騎士に敗北した義兄弟の姿に、俺は———、

 

「すまなかった」

 

 かすれた声で口にした謝罪の言葉。

 それは、エスに聞こえたかどうか定かではないが、それでも謝らなければならなかった。

 俺の、俺自身の勝手な願望のためにお前を巻き込んでしまった。

 お前に、取る必要のない命を懸ける力を使わせてしまった。

 義兄弟と絆を結んできたはずなのに、自身のくだらない願望のためにお前の献身を裏切った。 

 

「ァ……」

 

 それに対して僅かに小さく返したエスの声は、俺を責めるようなものではなかった。

 どこか満足しているような笑みを浮かべて一声だけ鳴いたエスは、それを最後に灰となって崩れていく。

 

「……黒騎士」

「なんだ?」

 

 風に散っていくエスを見届けながら、黒騎士に語り掛ける。

 

「エスは、強かったか?」

 

 その問いに黒騎士は、呆れた様に頭に手を置く。

 それからため息を吐きだした奴は、倒れ伏す俺を見下ろした。

 

「テメェのために命がけで戦ってくる奴が弱いわけねぇだろ。んな分かりきったことを聞くんじゃねぇ」

「……そうか」

 

 お前は最後まで戦ってくれたのか。

 俺の葛藤もなにも語らないまま、それでも命を懸けた。

 

―――本当に、反吐が出る。

 

 自身の愚かさに。

 親友であり、義兄弟であるエスに信頼されても尚、勝てなかった自分に。

 部下たちは望み通り、戦いの中で死んでいった。

 エスも自身の命を全力で燃やし尽くしながら、黒騎士という最高の強敵に挑み笑顔で死んでいった。

 

「———」

 

 ならば、今ここで誰にも止めを刺されるまでもなく無様に死を迎える俺には、妥当な最期とも言える。

 それが自身の変化を受け入れられなかった愚か者の末路に相応しい。




飢えを取り戻したかった愚か者の話。
イディガルのこれまでの「反吐が出る」発言は、ほとんど「羨ましい」に変換できます。

今回の更新は以上となります。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
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