アルファに関しては、主人公が記憶喪失中は彼をカツキと呼びます。
金崎令馬と名乗った男は、なんというべきか不思議な人であった。
見た目はちょっと近寄りがたい外国人という印象を受ける彼だが、その実話しやすく名前で呼ぶのにそこまで時間がかからなかった人柄だった。
そんな彼から頼まれたことは、アルファの社会勉強として彼女にバイトをさせることであった。
なにやら彼女は箱入り娘というものらしいので、働くということを経験させたいとのこと。
「ねえ、カツキ。そのマスターって人はどんな人なの?」
「いい人だよ。ちょっと態度はぶっきらぼうだけど、面倒見のいい人。……口に出したら不貞腐れちゃうけどね」
早朝、姉さんを職場に見送った後、俺はアルファと共にマスターのいる店の前へと訪れていた。
既にマスターにアルファのことは伝えており、あとは面接のようなものをするだけだが、当のアルファは少し緊張しているにように思えた。
「不安?」
「正直。でもカツキも一緒ならいいかなって」
「ははは」
一人じゃないから安心できるか。
正直、心境としては俺も同じ気持ちだ。
「じゃ、入ろうか」
「うん」
気持ちを落ち着けたところで店内へと足を踏み入れる。
すると、中には既にバーカウンターに座り、暇をしているマスターの姿を見つける。
頭に巻いたバンダナに清潔感のある服。
「おう、来たか」
「おはようございます」
「……あっ」
彼が、やや目つきの悪い目をこちらへ向けるとアルファがそんな驚いたような声を上げた。
マスターも訝し気な様子で首を傾げる。
「え、知り合いなのか?」
「……あ、いやぁ、勘違いだったみたい。あ、あはは……この人ヘリにいた人じゃん……」
他人の空似ってやつか。
「はじめまして、新不破黒江です」
「新藤だ。マスターと呼べ。……白川姉から事前に話を聞いているが、お前ら本当に複雑な家庭環境だな、オイ」
「ハ、ハクアの義理の姉です」
「俺にとっての義理の姉でもありますけどね。ははは」
「……」
なぜか黙り込んでしまったアルファ。
マスターは軽いため息をつくと、あらかじめ用意していたのかエプロンをアルファに投げ渡す。
「わっ……っと」
「愛想よくしろよ。白川姉は仏頂面でまともに接客もできなかったからな」
「が、がんばります……」
「カツキ、しっかりと見ておけ」
「了解です」
とりあえずはちゃんと認められたようだ。
俺も荷物を置いてエプロンを取りに行こう。
……今日だけは怪人には現れてほしくはないな……!
「あらー、新人さん? 可愛いわねー」
「ありがとうございます。ご注文はお決まりですか?」
「ねえねえ、この後時間ある?」
「ごめんなさい、もう先約がありますのでー」
「アルファ、会計をお願いしてもいいかな?」
「あ、カツキ! うん! 任せてっ!」
「お会計お願いしまーす」
「はい」
アルファは想像していた以上によく働けた。
それこそ最初の俺以上にだ。
初めてのバイトとも思えないほどだったし、お客さんの軽口も笑って受け流すあたりすごいと思えた。
「思ったよりもやるじゃねーか、お前の友達」
「え? 友達ではありますが、姉ですよ?」
客足が落ち着いた頃、マスターが感心した様子で俺に声をかけてくる。
少し違和感のある言い方にそう答えると、彼は首の後ろをさすりながら一瞬不思議そうな顔をする。
「ああ、そうだったか?」
「大丈夫ですか?」
「年寄り扱いするんじゃねぇ。俺はまだ30代だ。……ん?」
マスターが店内へと視線を向ける。
俺もそちらを見ると、どうやらまたアルファが男性客に口説かれているようだ。
「あー、止めてきます」
「いや、いい。見てろ」
「?」
マスターに止められ、状況を見ていると依然として変わらない笑みを張り付けたアルファは、なぜか俺の方を見て一言二言交わすと恭しくお辞儀をしながらその場を離れる。
当の男性は消沈した様子でコーヒーを飲んで黄昏ていた。
「あしらうのが巧いな」
「一途ですので」
そう言葉にするアルファに笑みを噛み殺すマスター。
箱入り娘とは聞いていたが、これは思っていた以上に心配はないんじゃないか?
「……ッ」
――来たぞ
「ルイン、さん……」
頭の中に声が聞こえる。
それと同時に鈴の鳴るような音が、二重に響いてくる。
今までとは違う。
「ッ、カツキ……音が聞こえるの?」
「アルファ、どうしてそれを……いや、それより……マスター、ちょっと、外に出てもいいですか?」
音を我慢しながらマスターにそう言うと、彼は眉間に皺を寄せ苦々しい表情を浮かべる。
「……ああ、行ってこい。そこらへんほっつき歩いて怪我すんなよ」
「分かりました。アルファ、後は頼む」
「……うん」
影からやってきたシロを確認し、俺は外へと向かう。
扉を出る際に、アルファがスマホのようなものをポケットから取り出すのを一瞬、見えながら俺は頭に鳴り響く音に任せて目的地へと走り出すのであった。
「あああ!! クソォ!! なぁんで侵略者はこっちの事情を知らずにポンポン現れるんだァァァ!!」
セーブフォームに変身し、ルプスストライカーで空を爆走しながら怪人が現れるであろう方向へと突き進んでいく。
直線方向に白い輝きを放つ柱が
以前と同じように、二体の怪人が現れたことに驚き、その被害を想像し身の毛もよだつような感覚に陥る。
この前のように出会い頭にルプスストライカーで倒して―――いや!
「片方が巨大化したらどうする……!?」
それじゃあ、状況がもっと悪くなる。
バックルを叩きかけた腕を止め、そのまま現れたであろう怪人のいる場所へとバイクを止める。
「サメと、タコ!?」
そこでは二体の怪人が周りのものそっちのけで喧嘩していた。
大きなサメの頭を持つ怪人と、タコの触手を上半身に持つ怪人。
どちらも人型のそれではあるが、ものすごく険悪な様子で噛みついたり、殴り合っていた。
「え、えぇー」
「シャァァク……!」
「ヌォォォ!!」
どちらの拘束具に刻みつけられたナンバーは、サメ怪人が156、タコ怪人が155と書かれている。
俺の登場そっちのけで喧嘩する二体の攻防は苛烈で、逃げようとした人々も困惑の眼差しを向けている。
な、なんだ? これはどうすればいいんだ?
そもそもどうしてこの怪人たちは喧嘩しているんだ!?
「あ、あの、喧嘩は駄目だぞ! サメとタコ、同じ海の生き物じゃないか!」
「シャァ!」
「ヌォォ!」
「うわー!?」
二体の怪人の間に割って入ろうとすると、頭突きと触手でぶん殴られ思い切り吹き飛ばされる。
見た目から想像もできない攻撃に近くの建物の壁に叩きつけられ、そのままびたーん! と地面に身体を叩きつけられる。
人々からは悲鳴と、そこはかとない「あちゃー」という声が上がる。
「白騎士くん!」
「だ、大丈夫かね!?」
「は!? え、大丈夫です! す、すみません……」
衝撃に悶える俺に、まだその場にいた人達が駆け寄ってくる。
色々な意味でびっくりしているところを二人の男性に助け起こされていると、一人の女性が遠慮気味に話しかけてくる。
「あ、あの、白騎士君、タコはサメを食べることもあるらしいから、仲良くすることは難しいかもしれないよ?」
「そ、そうだったのか……! ありがとうございます! あ、早く逃げてください! あれも巨大化するので!!」
人々を逃がしながら驚きの事実に感嘆とする。
タコとサメはそんな関係にあったのか……!
だが、あのまま共倒れしてくれれば―――、
「シャァァ!!」
「ぬォォォ!!」
「いや、待て、あいつらなんで拘束具自分で壊そうと……!!」
睨み合ったまま自身の拘束具を壊し巨大化を試みようとする二体に呆気にとられる。
こんな場所で二体同時に巨大化して暴れまわれば大変なことになる。
俺は迷いなく、バックルを叩き必殺技を発動させる。
『
「お前ら! いい加減に!!」
『
「しろぉぉぉ!!」
助走と共に飛び蹴りを放つ。
「シャァ?」
「ぬぉ?」
まずはサメ怪人に一撃を見舞い、その後に蹴りの反動を用いて反転。
そのまま空中で加速し、タコ怪人へともう一撃を叩きつける。
悲鳴をあげながら大きく吹き飛ぶ二体の拘束が壊れていないことにホッとした俺は、しょうがないとばかり左手に黒いグリップを出現させる。
「———これで! ……っ!」
空から風を切り裂く音が聞こえてくる。
その音がなんなのかはっきりと理解した俺は、引き寄せたルプスストライカーに跨り、エンジンを発動させる。
「よし!」
『
ルプスストライカーをバインドイエローへと変化させ、そのまま急発進。
全速力の突撃と共にタコ怪人へと体当たりを叩き込み、U字型の角と電撃で挟み込みながら空へと駆けあがる。
「そっちは任せるぞ!」
空へと舞い上がるルプスストライカーと三体の飛行機がすれ違う。
『ネット起動! フカヒレにしてやる!』
『鮫漁の開始やー!』
『シャーク怪人VSオクトパス怪人の一戦は見たかったけど、それはそれ』
これまでよりも圧倒的に早い移動でやってきた、ジャスティスクルセイダーは、三角形を形作る陣形と共にエネルギー上のネットを展開し、サメ怪人を掬い上げ別の場所へと飛んでいく。
「彼女達なら大丈夫だ!」
「ヌォォぉ!」
「俺は、こっちだ!!」
ルプスストライカーから電撃を放ち、タコ怪人を痺れさせる。
そのままシロのマップによる案内に従い、街から十数キロ離れた森林跡地へと奴を運んで行く。
「オラァ!」
目的地に到着し、停止と同時にタコ怪人を吹き飛ばした俺はバイクから降りながら、バックルの側面を一度スライドさせアックスイエローフォームへの変身を完了させる。
『
『
電撃を払い片刃の斧、ライトニングクラッシャーを手元に出現させる。
地面から立ち上がったタコ怪人は上半身の触腕を一斉に伸ばし、強烈な打撃を放ってくるがそれらを全て身に纏う電撃で焼け焦がし、斧で切り裂く。
「その拘束を剥ぎ取る」
『
必殺技と同時に溢れだしたエネルギーを斧に流しながら、タコ怪人へと近づいていく。
地面を引きずるようにさせたライトニングクラッシャーから眩いばかりの電撃が内包されていく。
あの触腕を恐れる必要はない。
無駄なスピードも必要ない。
確実に、無駄なく相手を屠れる一撃を放つ。
「ヌォォォ!!」
怖気づきながらも、タコ怪人は黒い墨を吐き出してくる。
それは、俺の装甲へと触れると、連続して爆発を引き起こすがそれらを全て我慢して、耐えながら―――眼前に迫った奴に、雷の力が込められた斧を上から叩きつける。
「フンッッ!!」
『
問答無用とばかりに脳天から叩きつけられた斧はタコ怪人を内側から焼き尽くし、そのまま大きな爆発を引き起こした。
咄嗟に離れ拘束から解放された奴の身体が空中に浮きあがり、膨張し始める。
「……やっぱりか」
『ヌォォォォォォ!!』
人型からかけ離れ、腕も八本以上に増えた巨大なタコへと変貌を遂げたタコ怪人を見上げため息をつく。
『ヌォ!』
「ッと」
繰り出される巨大な触腕をその場で転がり避け、立ち上がりと同時に斧で切り裂く。
だが切り裂かれた腕は瞬時に再生し、元通りになってしまう。
「高速再生か!」
――倒す方法は 分かっているな?
「再生できない威力で叩く!!」
力いっぱい振り上げた斧をぶん投げ、タコ怪人の頭に突き刺す。
頭から青色の血を噴き上げ、苦しむ奴の隙を突き、俺は左手に黒色のグリップ『グラビティグリップ』握りしめる。
「こいつで!」
『
バックルにトリガーを嵌め込み、新たな姿への変身を遂げる。
白と黒のアーマーが金属音と共に全身に嵌め込み、最後に裏地が白色に染められた黒いマント腰に纏い、アナザーフォームへの変身を完了させる。
『
『
見た目の変化に臆することなくタコ怪人が触腕を繰り出してくるが、左手を掲げ不可視の重力で押し潰す。
アナザーフォームは重力とセーブフォームの力を混ぜ合わせたようなもの。
『
そして、右手に現れた大型の銃を握りしめる。
白を基調としたデザインの上から黒いカバーとアタッチメントを取り付けたような見た目の銃身の下部分には、刃のような部分が取り付けられている。
それを動きを止めた触腕へと向け、エネルギー弾を放つ。
ショットブルーとは異なり精密射撃はできないが、それ以上の威力を持つソレは、容易くタコの触腕をちぎるように吹き飛ばしていく。
『ヌォォ!!』
「まだまだ!」
さらに数を増やして襲い掛かる触腕。
それを目にすると同時に、握りしめた銃のグリップ部分を銃身と直線になるように動かし、大剣のような形状———ソードモードへと変え、それを横薙ぎに振るう。
それだけの一撃で刃からオーラ状のエネルギーが放出され、触腕が次々と両断されていく。
「ハァァ!!」
こちらから怪人へと接近し、次々と触腕を切り裂き跳躍と同時にタコ怪人の胴体部分を切りつける。
閃光と共に黒いオーラが迸り、タコ怪人に大きなダメージを与える。
「これで、とどめ!!」
『
振り返ると同時に、グラビティバスターをガンモードに変形させる。
そのままバックルからグラビティグリップを取り出し、側面の窪みに勢いよく差し込み、武器単体での必殺技を発動―――両腕で構えたそれを呻いているタコ怪人へと向ける。
『
『
トリガーを引くと同時にとてつもない衝撃に、吹き飛ばされないように踏ん張る。
ガンモードから放たれた黒と白の入り混じった大きなエネルギー弾は、タコ怪人の吐き出した墨すらも一瞬でかき消しながら直撃する。
『ヌオオオオオ!?』
真正面から受けたタコ怪人は、一瞬の硬直の後に大きな爆発を引き起こした。
跡形もなく消滅したことを確認した俺は、構えていたグラビティバスターを下ろして、溜息をつく。
「今回もなんとかなったよ」
――それでこそだ もう一体の方も倒したようだぞ
「……分かるのか?」
それなら、安心だな。
まあ、彼女たちは俺よりも強いし疑う余地はない。
「俺も、負けられないな……」
――……フフ その意気だ
ルインさんの声を聞きながら、俺はルプスストライカーに乗り込む。
今からでもカフェに戻ろう。
アルファも入ってきたわけだから、クビにされてもおかしくないけれども……。
俺ってサボりがちってレベルじゃないしなぁ。
「……しかし、タコって鮫を食べることがあるんだ……」
意外な豆知識を知ってしまったな。
そんな他愛のないことを考えながら、俺はバイクを走らせマスターとアルファのいるカフェへと戻るのであった。
タコとサメのチョイスについてはなんとなくです。
主人公の所在が分かったことで、侵略者の登場もジャスティスクルセイダー側もいち早く察知できるようになりましたね。