タコ怪人を倒し、急いでカフェに戻りバイトを再開させることができた。
アルファのバイト初日も順調といった結果で終わり、二人でマンションに戻った頃には姉さんも既に帰ってきており、それから三人での夕食を食べることになった。
「KANAZAKIコーポレーションに招待された? 誰が?」
「私達」
「え、俺も?」
自分を指さすとアルファがこくりと頷く。
「うん。へん……レイマが招待してくれたんだよ。貴方に大事な話があるんだってさ」
「大事な話……その内容は、アルファは知っているのか?」
「うん」
「あー、私も知っている」
ハクア姉さんまで……。
KANAZAKIコーポレーションといったらテレビをあまり見ない俺でもよく知っている大企業じゃないか。
乗り物関係から食品まで広い分野の商品を扱っているところなので、海外でも名前が知れているって話だ。
「まさか姉さんの前の職場って……!」
「あー、そうだね。そこで働いていたんだ……」
「……すまない、ハクア姉さん……!」
「あ、いや、なんでいきなり謝るの!?」
突然謝罪の言葉を口にする俺に慌てる姉さん。
だが、そんなすごいところで働いていたことを初めて知った俺としては申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「俺の記憶喪失のせいで大事な仕事を辞めることになって……!」
「ち、違うよ! かっつんが記憶喪失になったのは―――」
「俺、なんでもするから……」
「……ナンデモ?」
「うぉっほん!!」
「ハッ!?」
なぜかアルファが大きな咳ばらいをする。
それにハッとした顔になった姉さんは慌てながら、言葉を続ける。
「私が辞めた後だからっ! かっつんのせいじゃないよっ!」
「……そう、なのか?」
「嘘じゃないよ。ちょっとショックなことがあって辞めちゃっただけなんだよ……」
そういうことだったのか……。
しかし、そんなすごい職場をやめるくらいのことって考えただけでも相当だな。
……いや、わざわざ訊かなくてもいいだろう。
いくら家族だとしても全てを明かさなくちゃいけないわけじゃないしな。
「ちなみにレイマはそこの社長だよ」
「……え、マジ?」
「うん、大マジ。名前が金崎令馬でしょ?」
た、たしかに……。
え、俺ってそんなすごい人と話していたのか?
「まあ、とにかく、三人でKANAZAKIコーポレーションの本社に行ってみようよ」
「ちゃ、ちゃんとした服装で行った方がいいかな?」
「気にしなくてもいいと思うよ。そういうことを気にする人じゃないからね」
たしかに初めて会った時も親しみやすい人だったな。
俺の過去を知っていた人ということもあって、信用しているけど……。
「それじゃ、明日のバイト終わりに行ってみようか。ハクア姉さんは休みだろ?」
「そうだね。私は時間まで家で待っているよ」
決まりだな。
しかしKANAZAKIコーポーレーションか常に時代の最先端を歩いていく大企業。
見学という意味でも楽しみだな。
「で、お前と新不破はKANAZAKIコーポレーションに招待されたっつーわけか」
「そうなんですよね……」
タコ怪人との戦いの翌日。
変わらずアルファと共にカフェへのバイトを行っている最中、ふとマスターにこの後行こうと思っているKANAZAKIコーポレーションについての話題を話していた。
「でもそんな人が、俺と知り合いだったなんて……記憶を失う前の俺っていったいどんな人間だったのかますます謎ですよ」
「……さーな。まあ、人の縁ってのはよく分からねぇもんだからな」
夕暮れ時にさしかかり人気の少なくなったカフェ内で椅子に座っていた俺とアルファに、マスターは続けて言葉を発する。
「人間生きてりゃ思いもしない奴に会うこともある」
「マスターにもそういう経験があるんですか?」
「俺か? ははは、そりゃもう日常茶飯事だわ」
さすがに冗談なのかカラカラと笑いながらそういうマスターにつられて笑う。
アルファは、やや引いたように笑っていたけれど。
「俺が言いたいのは、そういう縁を大事にしておけってことだ。いや、ホント。なにが起こるか分からないからな」
「ものすごく実感が籠っているのは分かります」
「だろ?」
そんな和やかな会話を続けているとふと、店内の扉が鈴の音と共に開かれる。
お客さんだ。
立ち上がろうとするアルファに自分がやるといい、俺がお客さんへと近づく。
初めて来るお客さんなのだろう。
肩ほどまでに伸びた青みがかった髪と、制服が印象的な少女だ。
「……本当にいた。……はじめまして」
「あ、はじめまして。一名様ですか?」
「……うん」
時間的に学校帰りだろうか?
カバンも持っているあたり、それっぽい。
とりあえず、窓際の席へと案内すると彼女はメニューを見始める。
『なぁ!?』
『お、なんだ、知り合いか?』
アルファの驚く声が聞こえるが、とりあえずコップに注いだ水を差しだすと、既に頼むものを決めたのか女学生は俺を見上げ人差し指を立てる。
「マティーニを一つ」
「ここカフェですけど……」
しかも未成年ですよね……?
ややドヤ顔の女学生に困惑する。
「冗談、コーヒーと新メニューのショートケーキを一つ」
「……ははは、面白いお客さんですね」
「よく言われる」
無表情だけど中々に感情豊かなお客さんのようだ。
苦笑しつつテーブルカウンターにいるマスターに頼まれたメニューを伝える。
「マスター。コーヒーとケーキを」
「フッ、やるな。最初にCoffeeとは分かってんじゃねぇか……」
「なぜに無駄に発音よく……」
さっそくコーヒーを淹れはじめたマスターを見ていると、ふと先ほどまで座っていたアルファが、先ほどのお客さんと話していることに気付く。
アルファの知り合いなのだろうか?
様子からしてそれっぽいけれど……。
『いいお店だね』
『なんでここにいるの……? まだ場所は知らされてなかったよね?』
『絞り込み。あと理系ダウジングと、直感』
『もうやだこのブルぅ……』
仲が良さそうだな。
義理の姉であるので、ちゃんと仲のいい友人がいてくれてよかったと内心で安堵する。
カウンターの前で銀色の丸いトレーを持って待っていると、マスターがコーヒーとケーキを用意する。
「コーヒーとケーキです。注文は以上でよろしいでしょうか?」
「うん、くるしゅうない」
やや疲れたような顔をするアルファと入れ替わるようにケーキとコーヒーを差し出すと、独特な返事がかえってくる。
「あ、待って」
「はい?」
「ちょっと、話し相手になってくれない?」
その場を離れようとすると呼び止められる。
話し相手……? 今までそういうお客さんがいなかったわけではないけど。
ふと、店内を見回すと目の前の彼女以外にお客さんはいない。
「あー、自分でよければ。そこまで面白い話もできませんけど」
「面白いかどうかは私が決めることにするよ」
「? そう、ですか?」
独特な台詞を口にする人だなぁ。
そんなことを思いながら立ったまま会話を行う。
「座ってもいいよ?」
「いえ、仕事中ですから」
「……そう」
さらりと店長を見ると特に気にしていないようだ。
むしろ、こういう交流を推奨するような人だから文句は言われないか。
昨日のアルファに対してのナンパは別として。
「良い雰囲気のお店だね。初めてきたけど、気に入っちゃった」
「それはなによりです。初めてというと……遠くの方から来たんですか?」
「そこそこ。帰りの駅の途中で降りるから、ちょっと冒険してみようと思って」
へぇ、冒険かぁ。
物静かな雰囲気とうって変わってアグレッシブなんだな。
「それじゃあ、ここに入ったのもその一環で?」
「ううん。ダウジングで来た」
「ダウジング……?」
どういうことだ? 全く意味が分からんぞ。
なぜここでダウジングが出てくるんだ……!?
たしかダウジングって探し物とかを見つける時に使うやつだよな……?
い、いかん、ここで動揺を顔に出して相手を不快な思いにさせるわけにはいかん……!
「は、ははは、なら探し物は見つかりましたか?」
「うん、ちゃんと見つけた」
そう言ってケーキを口にする女学生。
その後も適度に雑談を交わしながら静かな時間が過ぎていく。
「ごちそうさまでした。会計、お願いしてもいい?」
立ち上がった彼女に頷き、会計へと移動する。
「お会計650円です」
「はいなっと」
会計を済ませた彼女は俺と視線を合わせるとにこりと微笑む。
「美味しかった。また来る」
「ははは、ご来店をお待ちしております」
気に入ってくれてなによりだ。
微笑みながら店から出ていこうとする彼女を見送っていると、ふと扉に手をかけた彼女がこちらを振り返る。
「
「はい?」
「私の名前、覚えてて」
それだけ言って彼女は外へと出て行ってしまった。
日向葵さんか。
なんとも不思議な雰囲気を持つ人だったな。
「なあ、カツキ」
「なんですか? マスター」
振り向くと頭を抱えるアルファとなんとも言えない顔をしているマスターの姿が。
「お前って変な女を引き寄せる体質かなにかなのか?」
「……ははは、面白い冗談ですね」
「冗談じゃねぇんだけど」
少なくとも、俺にそういう自覚はない。
「……まあいいや、そろそろお前ら上がっていいぞ」
「え、でもまだ……」
「用事があんなら早いに越したことはねぇだろ。どうせ、この時間帯は人も入らねぇんだ」
マスターの言葉に遠慮気味に頷きながら俺とアルファは、バイトを上がることになった。
じゃあ、次は姉さんと合流してKANAZAKIコーポレーションに向かうとするか……。
KANEZAKIコーポレーションのビルは俺が想像していた一回り以上に大きなビルであった。
大きな建物に委縮しながらも中へと入ると、まず最初にアルファが受付の女性に何かを見せる。
すると、慌てふためいた受付の人がどこかに電話を繋ぐと、あれよあれよとあっという間に最上階の社長室へと通されてしまった。
あまりにも一瞬の出来事に俺は唖然としてしまっていたが、一方で姉さんとアルファは特に驚きもしていなかった。
エレベーターで最上階に辿り着くと、目の前に社長室と思われる広い部屋。
すると姉さんがおもむろに社長室の扉を軽く叩いた。
「社長、来ましたよー」
「ハクア姉さん! そんな失礼な……」
『入ってくれ』
これでいいの……?
自動で開かれる扉に唖然としていると、扉の先に椅子に座っているレイマの姿があった。
彼のいるテーブルの前には、三つの椅子がある。
「よく来てくれた。緊張せずに座ってくれ」
「あ、はい」
とりあえず座ると彼は意を決したような表情で口を開く。
「君が来てくれたことを嬉しく思う」
「は、はあ。あの、どうして俺をここに?」
「そのことについてだが……これから重要な話をする、よく、聞いて欲しい」
重要な話と聞いて緊張してしまう。
な、なんだ?
ここまで招待されてなにを話すんだ……!?
「カツキ君、いや、白騎士」
「!? な、なんで……」
「KANAZAKIコーポレーション社長は世を忍ぶ仮の姿!! その正体は大きく異なる……!!」
突然立ち上がったレイマがテーブルのボタンらしきものを押す。
すると、窓に勢いよく黒いシャッターがかけられ、室内に赤、青、黄の三色の光が溢れだす。
「え? え? え?」
「私の正体は、ジャスティスクルセイダー総司令なのだ!!」
「え、えええええ!?」
「なにこの茶番」
「この下りいるのかな……」
ジャスティスクルセイダーの総司令がレイマだったなんて。
驚き慌てふためく俺にちょっと上機嫌になったレイマは、続けて社長室の側方にある扉を指さす。
「そしてぇ!! 今こそ君に明かそう!! ジャスティスクルセイダー! その正体を!!」
「な、なんだってぇー!?」
あのジャスティスクルセイダーの正体まで明かすのか!?
扉ががちゃりと開かれ、そこから三人の少女が現れる。
「この演出必要かな……」
「いや、逆に恥ずかしいわこんなん……」
「……フッ」
赤い髪をポニーテイルにさせた子と、茶色がかった髪を三つ編みにさせた子。
そして―――、
「彼女達こそがジャスティス――」
「あれ? 日向さん?」
「クルセ……なんだと?」
「あ、奇遇だね」
「「は?」」
まるで時間が止まったような静寂がその場を支配する。
微笑を浮かべ、俺に手を振ってくる彼女に呆然としながら手を振り返していると、不意に日向さんの隣にいる二人が、彼女の肩と頬を掴む。
「葵、お前抜け駆けしたな?」
「そら、あかんわ。あかんよなぁ」
「ふむぅ、ふむむむぅー」
前髪で顔が隠れて顔は見えないが、このドスの利き具合からしてあれがレッドだろう。
もう一人は、よく声を聞けばイエローさんだってのは分かる。
もしかしたら、日向さんがブルーだったのか……?
すごい偶然だなぁ……。
「社長」
「ァッ、ハイ……」
「ちょっと私達は葵に話があるので席を外します」
「ええよね?」
「どうぞお好きに……」
「ふもふももー」
じりじりとレッドとイエローさんに引きずられていく葵さん。
彼女たちの姿が見えなくなってもなお、社長室には気まずいどころではない空気が支配するのであった。
謎ダウジングと直感でカフェに辿り着いたブルーでした。
相対的にイエローが一番まともという……。
完全に忘れていましたが私、Twitter始めていました。
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