追加戦士になりたくない黒騎士くん   作:クロカタ

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今回も閑話。
ルイン視点となります。


閑話 焦がれる者

 退屈。

 齢3歳の頃、この手で銀河を手中に収めていた父を手にかけた時、なんの感慨もなく心に浮かんだ感情がまさしくそれであった。

 生まれながらにしての頂点。

 王としての覇道を歩むことを決定づけられた私にとって、強いということは酷く当たり前でつまらないことであった。

 だからこそ、この私の生みの親である父と戦った。

 酷くつまらなかった。

 こんなものが宇宙を統べていたのか?

 この程度の強さで、覇者を名乗っていたのか?

 親への情なんてものはなく、ただそういう感情しか浮かばなかったのだ。

 

『貴女様に忠誠を誓いましょう』

『おお、美しい……』

『我が力、その全てを貴女様に捧げよう……!』

 

 頭を入れ替えるように組織の頂点の座についた私の元には、力に魅入られ、取り入ろうとする有象無象がやってくる。

 私は、とても、とてもとても退屈してしまっていた。

 私の前には既に敵はなく。

 挑戦してこよう者も存在しない。

 

 ただ意識を向けるだけで心身ともに弱き者は自ら膝を突き、頭を垂れる。

 

 戦う意思もなく、慈悲を乞う者もいた。

 

 地面に這いつくばりこの私を怪物と罵り、自らその命を絶つ者さえいた。

 

『……あんたが次の敵か?』

 

 心のどこかに諦めもあったのだろう。

 現れた地球の言葉を口にする白い鎧を纏った男も、この私の力に恐れおののき挑むのを躊躇い逃げ出すだろう、と。

 この私に背を向けた瞬間に、消し去ってくれよう。

 半ば冷めた目で、白い鎧に包まれた奴に意識を向ける。

 

――だが、男は何事もなかったかのように立っていた。

 

 膝を屈することもなく、この私の意識と殺気を向けられても尚、この私の目を強き眼差しで睨み返してきたのだ。

 筆舌に尽くしがたい期待が私の胸を占めた。

 

『CHANGE!! →TYPE…』

『UNIVERSE!!』

『ハァァ!!』

 

 それどころか、臆せずに攻撃を仕掛けようとする気概すらもあった。

 この身に抱くことのなかった感情が心を支配する。

 それが、歓喜に打ち震えることだと気付くのにそう時間はかからなかった。

 目を見て確信する。

 一矢報いるという愚かな希望を見出した瞳ではない。

 彼我の実力差を理解できずに攻める瞳でもない。

 奴は、自身の勝利を疑わず、それ以外の思考を省き、ただ闘争のためにその拳を振るう。

 無謀?

 蛮勇?

 否、極めて否。

 そのような言葉で片付けられるような者でさえ、私の前では立ち上がることはなかったのだ。

 それがどれほどの衝撃か。

 思い返したとしても、形容できない驚きと歓喜の中で戦いは幕を開けたのだ。

 

 放たれる炎の脅威は私の右腕を使わせた。

 

 その身を液体に変える術は私に術を使わせた。

 

 雷の速さは容易く重力を振り切り私を動かした。

 

 私の拳を受けたはずの肉体は四散せずにさらに躍動する。

 

 金の光を放つ姿は重力の奔流をその拳で打ち砕いた。

 

 幾百幾万と地面に叩きつけられ這いつくばろうと、決して折れず諦めることのない心。

 

 壊れず、全力で殺そうとしてくれるその目が、その意思が、どれも心地の良い記憶として私の脳髄へと刻まれたことだろう。

 二度目に行われた戦いも良かったが、やはり意思と強さが伴った一度目の黄金の姿が最も充実した時を過ごせた。

 

「フッ」

 

 掌を前に掲げ、精神を繋げる。

 目の前の空間にカツミを通した視界の映像が現れ、レッドと呼ばれる長剣を持った小娘と、彼が手合わせを行っている光景が映し出される。

 

『白騎士! 立て!! 怪人は待ってくれないよ!!』

『オ、オオオオオ!!』

 

 幾重にも重ねられた斬撃を前にして、彼は赤色の姿のまま剣を振るう。

 未だ未熟な身であるが、一つ、また一つと成長していくその姿に小さく笑みを零す。

 

「その調子だ」

 

『どうした! 君には守りたいものがあるんじゃないのか!!』

『ウ、ォォ!!』

 

 彼が両腕で振り下ろした剣を片手で握りしめた剣で受け止めたレッドが、彼の腹部に蹴りを叩き込む。

 その力に呼吸を吐き出しながら、壁に背中から叩きつけられるカツミ。

 それでもなんとか立ち上がった彼は、バックルを三度叩き炎を纏った斬撃を前方へと飛ばす。

 

『ハァァ!!』

BURNING(バァニング)!! SLASH(スラァッシュ)!!』

 

 放たれる炎。

 それを目の前にしたレッドは少しの恐怖も抱くことなく、前へと飛び込む。

 炎を真正面から切り裂き、接近した奴はそのまま驚きに動きを止める、カツミの剣の刃を半ばから断ち切るように切り裂いた。

 

『お、折れたぁー!?』

『斬ったんだよ? そう難しいことじゃない』

 

『いや、何言ってんだレッド……構造的にカツミ君の剣の方が固いんだぞ……』

 

 斬り飛ばされた刃が地面と突き刺さるように落ちたところで、レッドは声を張り上げた。

 

『まだ君は本気を出していない!! 相手を斬ることを躊躇っている!! その甘えはいつか君自身を壊してしまう!!』

『おいィィィィィィ!? 今、彼の自信を壊しているのはお前だぞレッドォォォォ!!』

『社長は黙っていてください!! 今、彼に必要なのは慈悲でも優しさでもない!! 敵を打ち倒す強い意志!! ———それを理解させる敗北、屈辱を彼は経験していない!!』

 

 強い意志の籠った瞳のままカツミを見下ろすレッド。

 その様子に私は口の端を吊り上げる。

 

『なら、私が泥をかぶってでもそれを君を理解させなければならない!!』

『……お前、黒騎士に変な影響受けすぎだぞ……?』

 

 真正面からの敗北を、記憶を失ったカツミは経験していない。

 この私との戦いの記憶は消していることから、彼は苦戦したことはあれど負けたことは一度たりともないのだ。

 だからこそ、それを理解し、実行してくるレッドはある意味で都合の良い存在でもあった。

 

『なにを躊躇っているの!? 君には守りたいものがあるんじゃないの!?』

『……ッ』

『それは嘘だったの!? 君には私に勝つという意思が感じられない! 勝てない前提で戦っているようじゃ、この先の戦いでは生き残れない!!』

『……いいや! 違う!!』

 

 折れた剣のまま斬りかかるカツミ。

 途切れかけた戦意が戻っていく。

 

『ここで、君を倒す!!』

『いいよ! 君らしくなってきた!! なら私ももう一段階ギアを上げていくよ!!』

『上等!!』

 

 レッドの動きが文字通りに一段階上昇しカツミの視界が再び荒れる。

 訓練は順調に進んでくれているようだ。

 この調子で、ブルーとイエローもやってくれれば文句はなしだ。

 

「楽しそうですな」

「ああ、とても楽しいぞ」

 

 玉座に坐する私の傍らに一人の老人が現れる。

 短く切りそろえた白髪の腰にカタナと呼ばれる剣を携えた男、ヴァースは、私が目にしている光景に笑みを零す。

 

「貴様が遊び相手になれば、私も退屈せずに済むのだがな」

「それは無理なご相談でございます。貴女様と戦うのに、この老骨には厳しすぎる」

 

 肩を竦めるヴァース。

 いつもの台詞に辟易としながら、玉座に背を預け足を組む。

 

「それにですな、私では貴女様を満足させることは不可能でしょう」

「……まあ、そうだろうな」

「私の力は良くも悪くも不変なるもの。いくら刃が届こうとも、変化を求める貴女様の御心を満たすことはできませぬ」

「……ふん」

 

 星将序列一位となればその実力は私が認めるほどだ。

 私が変わることのない頂点だとすれば、ヴァースも同じく父の時代から既に過去順位の変動がない男だ。

 これ以上成長することのない完成させた強さを持つ男、それが一位(ヴァース)

 

「ヴァース、貴様は地球に興味を惹かれるものがあったか?」

「ふむ。貴女様が目にかけている少年が――」

「私のだ」

「はっはっはっ、勿論理解しておりますとも。そうですなぁ、じゃすてぃすくるせいだぁ、というチームが面白い」

 

 たしかに面白い。

 ゴールディが作り出したスーツを纏う者達。

 

「ゴールディはかつてお前が目をかけていた者だろう?」

「ええ、あの程度で彼が死ぬことはないと分かっていたのですが、まさか地球に逃げ込んでいるとは露とは思いもしませんでした。……もしや、私の過去の話を聞いて向かったのかもしれませんね」

 

 手元の古びたカタナの柄を目にし、ヴァースは感慨深そうに口にする。

 

「あれらもまた成長するでしょう」

「だろうな」

 

 今の時点で序列上位に組み込む戦闘力を誇っている。

 地球とは本当におかしな星だ。

 生物脅威度も最低。

 宇宙に未だ進出していない程度の文明。

 しかし、その星に住む実力者は、星将序列上位に容易く食い込めるほどに強い。

 まさしく、地球は一種の特異点のような場所だ。

 

「地球とは文明レベル、生物脅威レベルこそは他の星には格段に劣りますが、それゆえに強さとは別の方向に技術を発展していると言えましょう」

 

 ヴァースの言葉に興味を抱き、無言で話の続きを促す。

 

「例えるなら食事でしょうか?」

「はぁ?」

「我々にとっては食事とは、体力、傷を癒すためのものでしかありません。その根源には、宇宙という空間に適応するために“味”ではなく“効率”と“多様性”を求めた結果とも言えるでしょう」

「なるほど……」

 

 理には叶っている。

 多くの星に生きる生命体は宇宙に進出し、他の資源を見つけ出す。

 だが地球という星は星内部の“資源”をやりくりし、固有の文化を形成させているのだろう。

 

「星将序列072位の彼も興味を示しておりましたよ」

「ああ、奴か」

「既に地球におります」

 

 勿論、既に把握している。

 

「どの者から動き出すだろうな」

「皆、好戦的です。だが順番は弁えるようですね」

「楽しめ、と私は口にしたからな」

 

 戦いを楽しめ。

 序列二桁の者の反応は様々。

 だが、その多くは地球に存在する強者との戦いを臨もうとした。

 

「ああ、そういえば、貴様には子供がいただろう? アレはどうするんだ?」

「義理の、でございます。精神的に幼い未熟者であり、いかに序列067位といえども此度の戦いには不向きでございます」

 

 こいつにしては珍しく顔を顰めさせる。

 その様子を愉快に思いせせら笑う。

 

「貴女様に心酔しておられます。それはもう、かなり」

「貴様は違うのか?」

「お望みならば」

 

 冗談めかして言うヴァースに煩わし気に手を振る。

 こいつに今頃、心酔されるなど気持ち悪いどころの話ではない。

 

「現状に満足してしまった戦士に成長する余地はありませぬ」

「貴様が相手ではしょうがない話だろう?」

「皮肉に聞こえますな。ハッハッハ」

 

 序列に満足し、現状維持に甘んじるというのならその程度の存在なのだろう。

 ヴァースには悪いが、アレに見どころらしい見どころはない。

 それを奴も分かっているのか、宙に映し出された光景を目に移し、声を発する。

 

「憧れを抱くのは悪ではありません。力への情景を抱くことで、追いつき、打ち勝ちたいと願う欲を抱く。だが、地球の戦士は貴女様を憧れの対象ではなく、戦うべき相手と認識した。それがまるで必然と言わんばかりに」

「そう褒めてもくれてはやらんぞ」

「ハハハ、それは残念ですな」

 

 ひとしきり笑ってみせたヴァースは、その後に小さくため息を吐く。

 

「アレは心が弱い。自身の限界を想像し、先に踏み出す覚悟もない臆病者です」

「クッ……手厳しいな」

「期待をしているということです。アレにはゴールディが残した傑作の一つを渡してはおりますが、未だその性能を発揮できてはいない。現状の白騎士と呼ばれる彼ならまだしも、じゃすてぃすくるせいだぁには太刀打ちすることすら不可能でしょう」

 

 そこまで口にした奴はここにきて唸る。

 

「向かわせてみましょうか」

「クク、いいのか? 死ぬぞ? 奴らは敵に慈悲は与えんぞ」

「その程度の器ならば、それまで。こと序列における戦いにおいては親としての私情は挟まないと決めておりますので」

「私としては、どうでもいいことだがな」

 

 序列上位と戦い経験を積み、力をつければそれでいい。

 ……新たな楽しみもできたことだしな。

 

一型(タイプ・1)か」

 

 由来不明の双子のアルファの肉体と魂を元に、禁呪法の御業により作り出したコア。

 扱う者の命を吸い取る悪魔を魅了してみせた彼のために作られた黒い戦士の登場は、私の心を大きく揺れ動かした。

 

「あぁ、待ち遠しい……」

 

 まだ早い。

 我慢しろ。

 共に戦う仲間も十分。

 武器も増える。

 まだまだ強くなる。

 幾百年も待ち焦がれた好敵手。

 だが、それ以上にこの時が、これから待ち望む時の刻みがとてつもなく遅く感じてしまう。

 




星将序列072位というギャグ枠を運命づけられたキャラ。

レッドが実戦を想定したガチ訓練。
ブルーはデータと効率に基づいて訓練。
イエローは褒めて伸ばしてくれる。

バランスは取れていますね(節穴)

今回で50話となりましたので次回から第三部が始まります。

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