前半がコスモ視点。
中盤から主人公視点となります。
ボクは白騎士に負けた。
それも、完膚なきまでに。
白と黒の入り混じった姿の奴の強さは、星将序列二桁に名を連ねたボクさえも軽くあしらい、その拳の一撃で変身を解除するにまで追い詰めた。
悔しい。
身を裂くような悔しさがボクの心を埋め尽くした。
嫉妬、怒り、憎悪、まるでボクを憐れむように、理解できないものを見るように見下ろした奴がただひたすらに憎かった。
『力に、呑み込まれないで』
誰かの、声が聞こえた。
知らない声だけど、ずっと一緒に聞いていたような、そんな声だ。
『貴女は、貴女。惑わされないで……!!』
誰かの声が苦しみに悶える。
痛みに耐え、それでも必死に届かせていた声は、また別の声にかき消される。
『本能のままに暴れよ』
『偉大なる獣よ、地に堕ちよ』
『殺せ、奴を殺せ』
『奴が、ボクの敵だ』
『壊せ、壊し尽くせ』
それは、ボクの口から零れる怨嗟の言葉。
ボクの意思とは関係なしに溢れだしていくにつれて、黒いヘドロのようななにかが全身を包み込んでいく。
身動きがとれない。
声も出せなくなってきた。
底の無い沼に突き落とされたように、身体が動かせずただ恐怖に叫ぶことしかできなかった。
「面白いが、それだけだな。やはり行き止まりか」
声が、聞こえる。
うっすらとぼやけて見える視界。
「……ぁ」
意識が浮上し、視界には赤色の床が広がる。
瞳から零れ落ちた涙をぬぐいながら身体を起き上がらせる。
怪我は、してない。
白騎士に食らわされた攻撃の痛みもない。
「なん、で」
「目覚めたようだな?」
「ッ、ルイン様!?」
頭上からの声にすぐに跪く。
ここは、ルイン様のいる玉座の間……!!
な、なぜ地球から遥か遠く離れたこの場所にボクがいる!?
「面白い進化をしたようだな。コスモよ」
「し、進化……?」
玉座から私を見下ろしたルイン様は、薄っすらと笑みを浮かべる。
「お前は、力に呑まれ暴走状態に陥ったのだ。力のままに暴れ、身を滅ぼしかけたお前を私がこの場に連れてきた」
「……! も、申し訳ありません!!」
「謝る必要はない。私としても非常に興味深いものであったからな」
そう言葉にして玉座から降りたルイン様はゆっくりと階段を降り、ボクの前に立ち頬に手を添える。
「コスモ、お前には期待をしているんだ」
「……ルイン、様」
ボクと視線を合わすように膝を折るルイン様。
夢のような状況に理解が追い付かず、まともに言葉すら発することのできないボクに、ルイン様は慈母のような笑みを浮かべる。
「私と初めて顔を合わせた時の言葉、覚えているな?」
「は、い」
「その言葉は、今も変わっていないな?」
“貴女様のために力を振るう覚悟であります……!”
勿論、忘れるはずがない。
ボクはこのお方のために力を振るうと決めた。
その忠誠を、今このお方はボクに求めてくださっている。
「意思は変わっておりません。ボクの力は、貴方様の為に……!!」
「……ふむ、そうか、お前の忠臣ぶりには唸らされる」
頬から手を離したルイン様はそのまま立ち上がり、ボクを再び見下ろす。
「此度の戦闘では残念な結果に終わったな」
「……不甲斐ない姿をお見せしてしまい、申し訳ありません」
「コスモ」
頭を垂れるボクの名を呼ぶルイン様に、顔を上げる。
「私はな、お前をかっているんだ。それこそ白騎士以上にな」
「ぁ……ぇ」
「あまり私を失望させるな。白騎士、勝てない相手ではなかったはずだ。ん?」
笑みを浮かべたルイン様に、ハッとしたボクはすぐに返事を返す。
「……は、はい! ボクはもっとやれます!!」
「そうだろう? そうでなくては面白くない」
勝てない、相手ではない。
そうだ、その通りだ。
ルイン様がこう言ってくださるんだ。
きっと、なにか勝つ方法があるはずだ。
「ならば、どうすればよいか分かっているな?」
「暴走したその姿を、ものにしてみせます……!!」
ボクはもっと強くなれる。
強くなって、白騎士に打ち勝てば認めてもらえる。
「では、この私自らが手ほどきをしてやろう」
「よ、よろしいのですか!?」
「ああ、忠義者への褒美というやつだ」
あぁ、なんという身に余る光栄……!!
ルイン様がその手から、星を思わせる暗黒を作り出し、周囲へと押し広げる。
空間を、果ては時間すらも歪ませる絶技。
それをこの目で見て体験することができるなんて……。
「さて」
周囲が星が煌めく、空間で満たされたところでルイン様が階段に腰かける。
「心して掛かるがいい」
「は、はい!!」
未知に対する恐怖はなかった。
今、この身を突き動かすのは、忠誠心。
ただそれだけを原動力とさせながら、ボクは命をかけた鍛錬に身を投じる。
侵略者が手を組み戦いを挑んできた。
ジャスティスクルセイダーの前に現れた三体の侵略者は皆、序列68位、71位、52位を名乗り、全員が巨大化するタイプの侵略者であった。
その全員がしっかりとした自我を持ち、巨大化した後も理性的な戦いを行ったことには驚かされた。
「今後は侵略者たちも徒党を組み、襲撃してくるのだろう」
「コスモも、そうなのでしょうか?」
レイマが普段作業をしている研究室に俺は訪れていた。
彼と向き合うように椅子に座った俺の疑問にレイマが答える。
「いや、レグルスの装着者は協力というよりは独断で動いていると見てもいいだろう。君に対して異様なまでの戦意を見せていたからな……」
「本気の俺と戦おうとしていましたね」
「君を打ち倒すことそのものが目的だったのだろう。だが結果的に、アナザーフォームにより打ち倒された……はずだった」
現れた黒い姿をした戦士。
一目見ただけで、危険さが分かるその姿と戦うことがなかったのは、いいことなのだろうか。
それとも、あの場でなんとかするべきだったのかは俺にも分からない。
「調べた結果。あの姿は、君のアナザーフォーム、タイムハザードに近いエネルギー値をしていることが判明した」
「と、いうと」
「あの姿は、君に酷似した姿と言える。ただ、力が制限されていない危険な姿という問題があるがな」
俺と、似た姿か……。
確かにシロと似たベルトだったしなぁ。
「それに、私はアレと似た変身を目にしたことがある」
「……そうなんですか?」
「ああ」
一瞬俺を見た後悩まし気なため息を零したレイマは、腕を組む。
「……そういえば、君はどうしてここに? 話ばかりしてしまっている私が言うのもなんだが」
「実は、相談があります」
「君が相談とは珍しい。……聞こう」
これはレイマにしかできない相談だ。
というより、本当は誰に相談していいか分からないものだったが、彼女の様子が変わらない以上俺も動かなくてはいけない……!
「大森さんの、ことなんです」
「そうか、とうとう大森君がやらかしたか……まったく、あの特オタいつかはやると思っていたが、とうとう君に迷惑を――」
「いや、違いますよ……!?」
なんか大森さんが何かを俺にした前提で話を進められそうになる。
いや、大森さん自身は何も俺にしていないから全然違いますからね?
勘違いしそうになるレイマに、俺は先日、きららと共に大森さんを調べた際に俺だけが知った事実を説明する。
大森さんが二人いるかもしれない、という不可思議な話を。
「と、いうわけなんです」
「お、おおおお、大森君が、二人存在しているだと? あ、あああ、ありえん!?」
「レイマ!?」
椅子から転げ落ちるレイマに駆け寄ると、彼は震えながらも立ち上がる。
「幽霊だと……! そんなものの存在は私は信じない……! 大体、魂が質量を持って存在すること自体意味不明なのだ……! い、いや、しかし、それならばこれまでの大森君の奇行にも説明がついてしまう」
「俺は、ドッペルゲンガーの類ではないかと思っています」
「超常現象だと!? そんなものこのてんっさい科学者は認めんぞ!」
しかし、事実なのだ。
俺もこの一週間、さりげなく大森さんの様子を確認してみたが、彼女は時間帯によって性格が切り替わっているように見えた。
「二人の大森さんは午前と午後で入れ替わって仕事を行っています」
「分かるのか……?」
「性格が違いますから、なんとなく」
「なんでうちのスタッフがその変化に気付いてないんだ!? 節穴すぎるだろぅ!? いやそれは私もか!?」
頭を抱えるレイマ。
いや、大森さんが二人いるなんて思いもしないから分かるはずもない。
俺が気付けたのは本当に偶然なのだ。
「確かめてみよう。カツキ君、今は午後だが……」
「はい。今日は冷静で沢山食べる方の大森さんです」
「言われてみると、冷静で沢山食べる大森君はおかしいな……」
ちゃんと確認したので間違う心配はない。
でも確かめるとはいったい……。
「もう一人の大森君は美食家と見た。ならば、美味い飯屋に連れていくと誘えばいい」
「おお……!」
「フッ、近頃、職場を抜け出してこっそり行こうと思った店があってな。そこで大森君の正体を探る!」
こっそり行こうと思ったのはどうかと思うけど、作戦としてはいい。
「手伝ってくれるか、カツキ君……!」
「え、俺も行くんですか?」
「心細いから来てくれ」
「切実ですね……分かりました」
さすがにレイマに丸投げして終わりにするわけにはいかないか。
もしかしたら、幽霊と戦うことになるかもしれないし、戦える人が必要だ。
「幽霊か……」
幽霊は怖いけれど、それ以上に嫌いだ。
どうしてそう思うのかは俺にもよく分からないが、多分、記憶を失う前から俺は幽霊が嫌いだったのだろう。
「そうと決まればさっそく誘いに行くぞ……!! 一緒に来てくれカツキ君ッ!!」
「はいッ!」
「どんと来い! 超常現象!!」
とにかく、まずは大森さんの正体を見極めなければな。
なぜか俺も後ろについていきながら扉を開き、同じ研究室にいる大森さんのいるデスクへと近づいていく。
そこには、カタカタと素早くキーボードを叩いている彼女の姿が見える。
「真面目に仕事をしているな。いつもの大森君と変わらない手際の良さだ」
その呟きを聞いていると、ふと大森さんがキーボードの隣の白い箱のようなものから何かを取り出し、口に運んだ。
あの魚のような形をした食べ物は……たいやきかな?
「むぐぐ、たいやき。黒いあんもいいけど、白いあんも嫌いじゃないなー。美味しい」
すごい上機嫌だ……!!
そこで、静かに歩み寄ったレイマが座っている大森さんの傍に立ち、咳ばらいをする。
「コホンッ」
「むぐ!? しゃ、シャチョウ!?」
レイマとその後ろにいる俺を見て、目を丸くさせる大森さん。
そんな彼女に、レイマはやや声を震えさせながら、明るく声を投げかける。
「最近、君の仕事への真面目ぶりには頭が下がる思いだな。大森君」
「は、はぁ……」
「そこでだ。その仕事への姿勢と社への貢献を評価して、君に褒美をやろうと思ってな」
「じゃあ、給料上げてください」
「……」
思いのほか強めの要望が来た……!?
思いっきり狼狽えるレイマに心配する視線を送る。
「きゅ、給料ではなくてだな。この場にいるカツキ君に、今晩夕飯をご馳走するという話になってな。日頃、頑張ってくれている君も誘おうと思ったのだ」
「ご馳走とは?」
「いい、お好み焼き屋を知っていてな。あぁ、別のところがいいなら」
「行きます」
「え?」
「行きます」
即答……!?
考える間もなく答えた大森さんに逆に驚く。
これは食いしん坊というべきなのか、美食家というべきなのか……。
とりあえず、大森さんから離れた俺達は、安堵に胸をなでおろす。
「……うん?」
「どうした、カツキ君。後ろになにかあるのか――」
「社長」
いつの間にかレイマの後ろに研究室内にいるスタッフさん達がいる。
彼らはどこか怖い笑顔を浮かべながら、レイマの肩を掴んだ。
「ど、どうしたんだ君達? まだ業務時間内だぞ?」
「「「……」」」
「無言!? いや、なにか言われないと私もなー! 分かんないんだよなー!」
「「「……」」」
「頼むから、無言はやめてくれ、怖い。怖いから……」
無言の圧力にレイマが呻く。
研究室の扉が開かれ、今度はアカネとハクア姉さんが入ってくる。
「かっつんここにいたんだ」
「あ、カツキ君、今時間あるかな? ちょっと模擬戦をしない? ……ん? 皆、どうしたんですか?」
無言でレイマに詰め寄るスタッフたちに気付き不思議そうに首を傾げるアカネと姉さん。
「社長、私達が仕事してるとき、一人で抜け出してご飯食べてましたよね」
「しかも、そこそこ高いやつ」
「一人で」
「たった一人で」
「私達は、ぱさぱさのカロリーメイトくらいしか食べていないのに」
も、ものすごい圧がスタッフさんから……!?
笑顔で口にされるそれに、彼は肩を落とす。
「分かった……君達にも飯を奢ろう」
屈した!?
スタッフさん達の笑顔に屈したレイマ。
その言葉を待っていたとばかりに笑みを浮かべそれぞれの仕事に向かっていく皆さん。
その様子を不思議そうに見ていた姉さんとアカネにも、レイマは話しかける。
「この際、お前達も参加してもいいぞ」
「え、どこに? なににですか?」
「この私がお前らにも飯を奢ってやると言っているのだァ――!?」
端末を取り出し、予約を取りにいくレイマ。
そんな彼を見て、大人って大変なんだなーと思うのであった。
夜になり、予想外の大所帯で店へ向かうことになった。
さすがにスタッフの人数が多すぎるというので、大森さん以外の方たちは別の日に食べることとなったらしく、今日はジャスティスクルセイダーの三人と、ハクア姉さんとプロトが参加することになった。
『関西生まれのきららは、こういうの得意でしょ』
『関東生まれだよっ! あと得意ってなに!? やるけど!!』
『おかん、私の明太もちをはよう焼くのです』
『誰がおかんだよっ!?』
『えぇと、豚玉、イカ玉、もちチーズに、あとは……』
『ハクア、君どれだけ食べるの……? あ、きらら、私達の方もよろしく』
『私、一人しかいないんだよ!?』
ふすまを隔てた一室で楽しそうにお好み焼きを焼いている彼女達。
その一方で、俺とレイマ、そして大森さんのいる部屋は……。
「……」
「……」
「……」
胃がねじ切れそうなほどの重い沈黙に包まれていた。
ものすごく気まずそうな様子で、しきりにコップの水を口に含んでいるレイマ。
必然的に、お好み焼きを作る役割を任された俺。
そして無言のまま出来上がっていくお好み焼きを凝視している大森さん。
「どうぞ、大森さん、レイマ」
「ありがとう」
「すまないな……」
出来上がった豚玉をお皿にのせて大森さんとレイマに差し出す。
次の生地を鉄板に入れ、焼きながら二人の様子を確認する。
というより、この焼き方でいいのか? 店員さんにお願いして代わりに焼いてくれないだろうか。
「いただきます」
お好み焼きを食べ始める大森さん。
生地が焼ける音と、隣の部屋から聞こえてくる声だけが聞こえる中、奇妙な食事が始まってしまった。
「君は何者だ」
!? 切り出した!?
ものすごいタイミングで話を始めたレイマに生地をひっくり返しながら戦慄する。
「……なんの、ことでしょうか?」
「大森君、本人ではないのだろう? 既に分かっている」
「……」
「だが、悪意がないのは理解している。なに、私も社長であり、科学者だ。君が社に不正なアクセスをしたわけでもないし、おかしなことをした様子がないことも把握している」
大森さんの正体。
ドッペルゲンガーなのか……!?
それともまさかの忍者!?
普通に双子とかもありえるのか……!?
「私は大森です」
「姿、恐らくDNAすらも大森君……否、
「貴方の目は節穴そのものなことは、周知の事実ではありますが……」
「おっと、その毒は普段の大森君と同じだな……」
声を震わせ狼狽えるレイマ。
しかし、さすがに大森さんも動揺しているのか視線をせわしなく揺らしている。
「だ、だが、既に君の正体を暴く秘策を立てている……」
「それは……」
「フッ、そろそろ分かる」
レイマが不敵な笑みを浮かべると、俺達のいる部屋のふすまが開かれる。
入ってきたのは、今テーブルについている大森さんと容姿が瓜二つな——しかし、私服を着た大森さんが笑顔でやってきたのだ。
「呼ばれてきました大森でーす! いやー、まさか社長の癖にドケチな貴方がご飯奢ってくれるなんてびっくりですよー。じゃあ、私、豚玉とビールを――って、え?」
部屋の状況を見てフリーズする大森さん(推定本物)
元気よく入ってきた彼女を見て、頭を抱える大森さん(推定偽物)
「あれ、私やらかした?」
「マナ……なにやってんだよ……もぉぉぉぉ……」
どうやら大森さんが脅されているとかそういうわけではなさそうだ。
きょとんとしている彼女に、レイマは大きなため息をつく。
「これが秘策だ」
「あー、もう降参だ!」
口調を崩した大森さんが両腕を上にあげる。
「敵意はない。だから攻撃はしないでくれ!」
「あ、あの! 社長!! この子は敵とかそういうのじゃなくて……その……」
「とりあえず、目の前のものを食べたら外に出るぞ。まったく、一体なにがどうなっているのか……」
大森さんが大森さんを庇っているというおかしな光景に、眩暈を感じる。
本当にどういうことなんだ?
目の前の存在は、一体何者なんだろうか?
正体発覚回となります。
ルインがコスモにかけた台詞の9割以上が心にもない言葉でした。
白騎士君と比べて、育成方針が雑すぎる……。