追加戦士になりたくない黒騎士くん   作:クロカタ

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お待たせしました。
今回も少し長めとなります。

序盤は別視点となります。


触れてはならない、記憶 中編

 暗闇の帳が下ろされた都市。

 摩天楼が立ち並び、人工の淡い光に照らされたこの牢獄の中で、今いくつもの戦いが起きている。

 ジャスティスクルセイダーと地球の怪人の戦い。

 白騎士とコスモの戦い。

 その様子をビルの屋上から座って眺めていた私は、内心の躍動を押さえ込む。

 

「面白いことになってるわねぇ」

 

 身に纏うは桃色のアーマーに、緑の複眼。

 手の中のフィアースチームガンを弄びながら、この戦いの観戦に徹していたわけである。

 

「いいわねぇ。不安定な心っていうのは。見ていて惚れ惚れしちゃう」

 

 数々の真実に心を乱しながらも、その根幹は微塵も揺らがない精神性。

 自分の戦う敵を見定め、覚悟を決めるその速さ。

 戦士としてはまだまだ甘いが、そこがいい。

 なにせ、その甘ささえも彼が目覚めてしまえば関係ないからだ。

 

「これからが楽しみ。ああ、早くゴーサインがでないかなぁ」

 

——貴女は、いったいなにがしたい?

 

「んー?」

 

 内からの声に首を傾げる。

 そのまま屋上のダクトに寝そべりながら、聞こえてくる声に一人で返事をする。

 

「泣きわめくのはやめたのかしら? モモコ」

 

——質問に答えて。

 

 私が乗っ取った地球人の人格、風浦桃子。

 年齢は19。

 適当に適合率が高かったので乗っ取ってみたが、

 

「憧れの黒騎士本人と遭遇して、まさか希望が湧いちゃったとか?」

 

——……。

 

「まさかの年下でびっくりしてたわねぇ」

 

 図星のようだ。

 彼女は今、自身の身体を動かす感覚を遠ざけられ、第三者からの視点で物を見ているような状態だ。

 そんな状態で何ができるわけもないけど……まあ、暇な時の話し相手にするくらいには有能だろう。

 なにより、独り言が減る。

 それは大いに大歓迎だ。

 

「でも私、貴女のおかげで助かっちゃった。あのまま彼にベルトをつけてたら、私どうなっていたか分からなかったもん」

 

——……ッ

 

「貴女の咄嗟の抵抗が自分の首を絞めることになるなんて……本当にかわいそう」

 

 カツミに私の本体を不意打ち気味に取り付けようとした時、モモコはなけなしの力を振り絞り声を上げた。

 どういうわけか、その声が彼へと届き、奇襲に気づかれてしまったが、彼の相性を考えるとピンチどころの話ではなかったことを理解させられてしまったわけだ。

 

——私、諦めないよ。

 

「あー、嫌だ嫌だ。順応性の早い生命体ってのは本当に面倒ねぇ。もっとこう、精神的に弱って来てくれれば私も楽なんだけど」

 

 本当に分かりやすい地球人だ。

 しかし、モモコの考えはあながち間違ってはいない。

 ジャスティスクルセイダーたちが私を引きはがす術を見つけることができれば、モモコを救うことができるかもしれない。

 でも、そううまくいくとは限らない。

 

「もしかしたら、貴女は私と一緒に殺されちゃうかもしれないわよ?」

 

——それは、ありえない。

 

「どうして言い切れるのかしら?」

 

——だって、彼らはヒーローだから。

 

「はぁ?」

 

 素っ頓狂な答えに呆けた返事を漏らす。

 なーに言ってんのかしら、この子。

 ヒーローだから? そんな確実性のないことを信じているのか?

 

——彼らは皆が知ってる、正義の味方だから。

——貴女は絶対に彼らに敗れる運命にあるって、私は確信してる。

「……くっさ。寒気がしたわ。そういうの虫唾が走るわね」

 

 モモコの意識を奥へと仕舞いこむ。

 あーあ、気分が悪くなっちゃった。

 これからが楽しくなるのに、もう本当に嫌だなぁ。

 

「さーて、いつ私の呼び出しが来るんでしょうねぇ」

 

 右腕から伸びるかぎづめのように折れ曲がった棘から滴り落ちる“毒”を目にしながら笑みを浮かべ、彼が戦っている場を見る。

 私の出番はもう少し。

 それから先、どうなるのかが本当に楽しみでしかたがない。

 


 

MIX(ミックス) FORM(フォーム)!! COMPLETE(コンプリート)! YEAH(イエェェイ)!!』

 

ARMOR:ZONE(アーマー ゾーン)!! JOKER(ジョーカー) FORM(フォーム)!!!

 

 変身の完了と同時に飛び出した俺とコスモが街中で激突する。

 ビリビリと衝撃をぶつけ、パワーで拮抗するこちらに、奴は喜びを思わせる吐息を吐き出す。

 

「ふっ、くっ……! これで力は互角になったなァ! 白騎士ィ!!」

「その姿になると、テンションが様変わりするな……!!」

 

 手の中にフレアカリバーⅡを出現させ、振るう。

 相手も腕に鋭利なカッターのような刃を出現させ、防御しながら近接戦を繰り広げていく。

 ギャリギャリと生々しい金属音を響かせ、剣とアームカッターが削り、弾き合う攻防。パワーはあちらが若干上だが、速さと技量はほぼ互角。

 

「なら、ここで決め手になるのは……!」

 

 手数の多さ!!

 幾度の斬撃、それらを受け、いなしながら一歩下がると同時に、相手の視界に隠すようにした左手にリキッドシューターⅡを出現させ、振り向きざまにそれをコスモへと打ち込む。

 

「ッ、なに!?」

 

 咄嗟に腕で防御し後ろへ下がりコスモに連続して銃を放ちながら、フレアカリバー II を投げ捨てその流れでミックスグリップを回しフォームチェンジを行う。

 

COLOR CHANGE(カラー チェンジ)!!』

YELLOW(イエロー)!』BLUE(ブルー)!!』

 

 半身のアーマーが赤から黄色へと変わる。

 即座に右手にライトニングクラッシャー II を握りしめながら、高速移動。

 電撃と共に、コスモの防御の上から斧を直撃させる。

 

「あぐっ、このぉ!!」

「ぐっ」

 

 すれ違い様に腕を掴まれ、力任せに振り回された後にビルの壁に叩きつけられる。

 背中の衝撃を我慢しながらビルの中で立ち上がると——、

 

「お返しだァ!!」

「!」

SLASH(スラッシュ) EXECUTION(エクスキューション)!!

 

 青い液状のオーラを放つアームカッターから放たれる三日月上のエネルギー刃。

 こちらも必殺技で撃退する……!

 

DEADLY(デッドリィ) MIX(ミックス)!!』

YELLOW(イエロー)! BLUE(ブルー) DUAL(デュアル)POWER(パワー)

 

『 MIX(ミックス)! DUAL(デュアル) SHOOT(シュート) !!』

 

 電撃を纏ったリキッドシューターⅡから連続してエネルギー弾が発射され、エネルギー刃とぶつかり合い、そのまま相殺させる。

 必殺技同士の激突に生じた煙を突き破りながら、間髪を容れずにコスモが襲い掛かってくる。

 

「ボクはお前を、殺す!!」

「どうしてそこまで俺を殺したい!!」

「ボクが、ボクであるためにだ!!」

「それで殺される俺の身にもなってみろ!!」

 

 ビルの間の空間を飛ぶコスモに、黄色の力を用いて壁を蹴り、地を駆け、高速移動を繰り返しながら戦闘を繰り広げていく。

 

「ハァァ!!」

「アァァ!!」

 

 激突の度に電撃と青いオーラが空間を満たす。

 

「ボクは、ボクの存在意義を証明するんだ!! そのためなら、この命惜しくはない!!」

「ッ、存在意義、だと……!!」

 

 なんだ、それは。

 頭の中から形容できない感情が溢れだす。

 一気に視界が血走りそうになるのを理性で押さえながら、俺はライトニングクラッシャー II をコスモへ投げつける。

 電撃を貯め、回転と共に繰り出された一撃を腕で防いだ奴に———一瞬で肉薄した俺は、その胴体に力の限りに突き出した“拳”を叩き込む。

 

「嘗めやがって……!!」

 

 手元に斧を引き寄せながら、地上へと降り立ち、立ち上がったコスモを見下ろす。

 

「テメェはいちいち他人に見てもらわねぇと、自分が生きてるか死んでるか分からねぇバカなのか!! あぁ!?」

「なんだと……!!」

「そのままどっちつかずでいてぇなら、お望み通りに俺が引導を渡してやる!!」

 

 衝動のままにミックスグリップを回す。

 ルーレットが回り、新たなる形態へと変身する合図を鳴り響かせる。

 

COLOR CHANGE(カラー チェンジ)!!』

YELLOW(イエロー)!』BLACK(ブラァック)!』

 

 アームカッターを受けながらフォームチェンジし、黄色と黒の姿に。

 考えうる限りの力に特化したフォームだが、相応に危険な力であると漠然と理解していた俺は、全身に電撃を纏わせながら勢いのままコスモへと攻撃を仕掛ける。

 ライトニングブレイカー II を片手で振り回し、避けたところに、空いた左手を向け———その手にグラビティバスターのガンモードを出現させ、引き金を引く。

 

「デタラメな……!?」

「どうした、さっきの威勢はどうしたァ!!」

「ッ、うるさい!! そんなに武器を振り回して!!」

WILD(ワイルド)1!!

 

 アームカッターを延長させ、ワームホールで至近距離に出現し、手刀のように俺の肩にアームブレードを叩きつける。

 青い液状のオーラがチェーンソーのようにアーマーを削り猛烈な痛みに顔を顰めながら、繰り出された腕を右手で掴みとる。

 

「なッ!?」

「なに驚いてる? 来ると分かっていれば、防げるに決まってんだろ」

 

 動揺に肩を震わすコスモの胴体に構えたグラビティバスターの銃口を突き付ける。

 そこでようやく自分の状況に気づき、逃げ出そうとするコスモだが、至近距離からの砲撃を受け後ろに吹き飛ばされる。

 

「く、くそ!!」

 

 バカの一つ覚えのようにコスモが作り出したワームホールに入り込む。

 立ち止まる俺の周囲を、連続しての転移を繰り返すコスモ。

 どうやら、冷静に俺を追い詰める算段のようだが、こちらもワームホールを操ることができるということを忘れている。

 

 照準もつけずにグラビティバスターを誰もいない真正面へと構える。

 次のワームホールへ転移しようとするコスモの眼前に、俺が作ったワームホールを割り込ませ(・・・・・)、そのまま俺の目の前へと強制的に転移させる。

 

「あっ、なん———!?」

「使い方を知っているってことは、その破り方も知ってるってことだよ」

 

 二撃目の直撃。

 コスモのアーマーに罅が入り、奴は地面を転がる。

 銃口から煙を吹かせるグラビティバスターを地面へと投げ捨て、粒子へと変えながら周囲へと意識を向ける。

 

『それ以上、彼を汚すな。粉微塵にしてでも消してやる……!!』

『たかが視界を奪っても、おどれの薄汚い気配と、電磁センサーが生きてれば問題あらへん』

『君って、ナマコに似てるって言われない? あ、ごめんやっぱナメクジだったわ』

 

 苦戦はしているようだ。

 彼女達をしてあそこまで戦っているということは、相当な相手だ。

 

「まだ立つか? コスモ?」

「ふざける、な……!」

 

 執念のまま立ち上がろうとするコスモ。

 罅だらけの痛々しい装甲を目にして、バックルにいるコスモが微かに震えたような気がした。

 ……こいつは、敵なのだろう。

 でも……。

 

「君は、ここにいるだろ」

「は?」

「どうして、君自身が自分のことを認めてあげないんだ?」

 

 なぜ、コスモが知りもしない誰かに自分を認めてもらいたいのかその理由は分からない。

 その手段が俺を殺すという物騒なことだということも、分からない。

 しかし、俺には誰かに認めてもらいたいと願うコスモ自身が、自分のことを認めていないと思えてしまった。

 

「ボク、は……」

 

 我に返ったコスモが、構えかけた腕を下ろす。

 困惑するようにさせた奴が、何かを俺に口にしようとしたその時、突然コスモの身体に青い電撃が走る。

 

「が、あ、ああ……!?」

「どうした!?」

 

 電撃を受け、苦しみだすコスモ。

 その尋常じゃない叫び声に呼応するように、アーマーが禍々しいオーラを放ち始める。

 

——ご苦労、コスモ

「ぁ、ぁああッ!?」

 

 バックルに罅が入る。

 表面だけではない、深部に刻みつけるかのように見えるソレは、取り返しがつくようなものには見えない。

 

「い、嫌……嫌だ。このままじゃ、レオが……」

——私のカツミのために、よくここまで働いてくれた。

「そ、そんな……や、やめて、ください……るい……」

——潔く、散るがいい

 

 震えながら動いた手がバックルを押し込み、コスモの意思を無視した必殺技を起動させる。

 ———ッ、なにが起こっているのか分からないが、止めないとまずい!!

 

WILD(ワイルド)3(スリー)!!』

 

DEADLY(デッドリィ) MIX(ミックス)!!』

YELLOW(イエロー)! BLACK(ブラック)!  DUAL(デュアル)POWER(パワー)

 

 コスモが跳躍し、アーマーを崩壊させながらの飛び蹴りを放つ。

 俺はそれに合わせ重力を司る黒いオーラと電撃を纏いながら、回転蹴りで迎え撃つ。

 

 

ジ ョ ー カ ー

J  O  K  E  R

エ ク ス キ ュ ー シ ョ ン

E  X  E  C  U  T  I  O N

 

あ、あああ!

 

  M I X  

     D U A L

          B R E A K

 デ ュ ア ル ブ レ イ ク

 

「ッ、オオオ!!」

 

 互いの必殺の一撃がぶつかり合い、黒い火花が空間を満たす。

 

「フンッ!!」

 

 しかしそれでも一歩も引かず、回し蹴りを振り切った俺は強制的にコスモの態勢を崩すと同時に、彼女の腰のベルトを掴み———力任せに引きはがす。

 

「ぬぐぐ、このぉ!! オラァ!!」

 

 ベルトが無理やり引きはがされると同時に変身が解け、地面へと落下するコスモを受け止めた俺は、まず生きているかどうか確認してからその場に寝かす。

 

「……生きている、か」

 

 頭からすっぽりとローブで覆って顔も判別できていないが、とりあえずは息があるようだ。

 この場に置いていくわけにはいかないし、このまま……。

 

『ガウ!!』

「わ!?」

 

 突然、コスモから剥ぎ取ったバックルが動き出し、獅子の姿となって気絶しているコスモへと駆け寄る。

 そ、そういえばシロと同じタイプのバックルだったな、と思っていると、ふと青い獅子の目が光ったかと思えば、コスモの眠っている空間にワームホールを作り出し、そのまま彼女をどこかへ転移させてしまった。

 

「……いや、これは仕方がないか」

 

 現状で、彼女に構っている場合ではない。

 まずはレッド達の援護に出て、地球の怪人たちを。

 

「はぁい、カツミ君♪」

「ッ!?」

 

 声に振り向く前に、背中に痛みが走る。

 背中の装甲の隙間から何かを注入され視界に眩暈を生じさせながら地面に膝を突く。

 

「コスモとの戦いで結構消耗しちゃったみたいね。それとも油断しちゃった?」

「ヒラルダ……!!」

 

 何もない空間から姿を現した桃色の仮面の戦士。

 一瞬誰か理解できなかったが、その声ですぐに分かった。

 ヒラルダは、右手から滴る毒の爪に手を添えながら、動けない俺を見下ろす。

 

「どうせ、毒はすぐにバックルが解毒しちゃうだろうけど、私の仕事は一応完了ねっ!」

「良くやった。ヒラルダ」

 

 ヒラルダの前に転送されてやってきたのは、どこかくすんだ金色のスーツを身に纏った男、先ほどモニターに映っていた侵略者、ガウス。

 その背後には、さらに五体(・・)

 外套を被った黒づくめが控えており、その三体にガウスは命令を下す。

 

「では、足止めをしろ」

『アァァス』

「……いや、お前は私の護衛だ」

 

 外套を取り払った三体の人影。

 全身を溶岩のような岩の身体で構成された怪人。

 嵐のように渦巻いた四肢を持つ怪人。

 両腕、頭にビーム砲のようなものを取り付けた怪人。

 そのうちの二体が、今戦っているジャスティスクルセイダーへと向かっていく。

 

『レーザー怪人!? ……惑星怪人に空気怪人だと!? そんなもののクローンまで作り出していたのか!!』

「ようやく通信が回復したようだな。ゴールディ。ここは久しぶり、というべきかな?」

 

 いつの間にか途切れていた通信が回復し、レイマの声がマスク内に響く。

 その声をガウスも聞こえているようだ。

 

『サジタリウス、そんな姿に……!!』

「君のスーツ、実にこの私に馴染むよ」

『……ッ、この生産力皆無のパクリ星人がァ……!! 盗人がいけしゃあしゃあと!! サジタリウスに何をした!!』

「時間稼ぎに付き合うつもりはない。大方、白騎士……いや、ホムラ・カツミの回復の時間を稼ごうとしているのだろう? それくらいは分かるさ」

 

 ほむら、かつみ? 俺のことを言っているのか?

 聞き覚えのない名前、だが、どういうわけかその名前が俺の中でしっくりきてしまう。

 ……まだ、身体を動かせない。

 だんだんと身体のしびれが抜けていく感じはするが、今戦ったら間違いなく俺は負ける。

 

「さて、ここからが本当の目的だ。ヒラルダ、報酬だ。面白いものを見せてやろう」

「じゃあ、見せてもらおうかしら?」

 

 軽くその場を離れたヒラルダが、瓦礫に腰を下ろす。

 

「有象無象の地球人も見ているな。ああ、まさにこれは絶好のタイミングといえるだろう」

 

 なにをするつもりだ……?

 膝を突く俺に、近づこうともしないガウスの隣に———先ほどまでレッドと戦っていた俺の姿になった怪人が現れる。

 

「今日ここで、私は死ぬだろう」

「な、に?」

「私は私の科学に限界を感じていた。ああ、ゴールディの言う通り、私は贋作を作るのが得意な卑怯者だ」

 

 突然、何を……?

 

「だからこそ、私は自分の死に意味を求めた。これまで君達に無意味に滅ぼされてきた有象無象の侵略者とは違う……意味のある死を。そのための君だ」

 

 意味の分からないことを口にするガウス。

 ヒラルダが、自身の頭に人差し指を向けくるくると回している素振りを見せて笑っているあたり、味方の彼女からしても正気の沙汰ではないようだ。

 

「このような機会を与えていただき、感謝しかない。この身命を賭け、これから成し遂げる所業はきっと貴女様の御心に残ることでしょう。全く以て、この身に余る光栄だ———ルイン様」

「……は? ルイン?」

 

 どうして、ここで彼女の名前が出てくる?

 疑問にこそは思っていた、頭の中で聞こえてくる謎の声。

 それがどうして、ガウスの口から……。

 鈍器で頭を殴られたような衝撃に、思考を停止しかけながらもかろうじて、ガウスに声を投げかける。

 

「俺に、なにをさせるつもりだ?」

「君を目覚めさせるだけだよ。———やれ」

 

 不定形の青い煙の中の目が俺を睨みつける。

 光を帯びたそれが、幾度も点滅すると同時に———先ほど、レッドの記憶を読み取った時とは異なる、異変が生じる。

 

『ガ、ァ、アア!?』

「深層の記憶を読み取れ、幽霊怪人。その人間の奥底に眠る闇を、心の傷を開け」

 

 二つに分裂した幽霊怪人と呼ばれたそれが、地面に落ちる。

 どちゃり、と地面に落ち俺の仮面になにか水のようなものを飛ばす。

 

『ッ、カツキ君!! 見てはいけない!! 今すぐ、目を閉じろ!!』

 

 耳元で聞こえるレイマの声がどこか遠いように感じる。

 顔に触れ、手に触れた液体を見て、声を震わせる。

 

「血……?」

 

 右目の複眼にこびりついた赤い血。

 駄目だ。

 これ以上、見てはいけない。

 思い出しちゃいけない。

 見るな。

 見たら、戻れなくなる。

 俺が、俺でいられなくなる。

 

「がっ、はっ、はぁ……」

 

 呼吸ができない。

 息を吐き出すばかりで吸うことができずに地面に倒れ伏し、変身が解ける。

 アカネ達の俺を呼ぶ声と、この空間に閉じ込められた一般人の悲鳴が聞こえる中、地面に這いつくばった俺は……あの時の状況(・・・・・・)と同じまま、目の前に堕ちた———二人の生きた人間を視界にいれてしまった。

 血に塗れ、憎悪の瞳を向ける、父さんと、母さんの顔を。

 

 


 

 カツミ君の姿に化けた怪人。

 あれが彼から聞いた幽霊怪人というものなのだろう。

 対象の死別した者に化け、その人物本人そのものになりきり怨嗟の声を聞かせる悪辣極まりない怪人。

 彼は、簡単に倒したとこともなげに言っていたけど……とてもそうは思えなかった。

 どれだけ切り裂いても、倒せない。

 感覚的に、命そのものが別の場所にあるような感覚を抱きながら、目的を怪人の討伐から足止めへと変えていると、また新たな怪人が現れる。

 

「貴様の相手はこの俺だ……!」

 

 新たに現れた怪人は、私にとってはある意味因縁の深い怪人だった。

 空気怪人———かつて、地球のオゾン層を破壊しようとした脅威の存在であり、一時はジャスティスクルセイダーを追い詰めた“幹部怪人”。

 幸い、もう一体現れたレーザー怪人は、葵の戦闘スタイルとは相性が良く、まだこちらが劣勢に追い込まれたわけではないが……この大気怪人は、好きに暴れさせると周囲に閉じ込められた人々の身に危険があるため、集中して相手をしなければならなかった。

 

「俺はお前達に倒されたらしいが!! 奇跡は二度も起きはしないぞ赤いの!」

「私達のこれまでは、奇跡の一言で片づけられるほど温くはない!!」

 

 空気怪人が繰り出す空気を用いた攻撃を、剣で断ち切り無効化させる。

 もうこいつの弱点は分かっている。

 

「空気を操るなら、真空を作り出せば防御できないでしょ?」

「ッ!?」

 

 剣を鞘に納め、軽く身をかがめる。

 

「——覚悟」

「戯言を!!」

 

 0から100へ。

 黒騎士君のそれを模倣し、私独自の“技”として収めた技法を最大限に発揮させる。

 

「———」

 

 音もなく地を踏み込み、剣を抜き放つ。

 刹那すらも超える一閃。

 

「……」

 

 空気怪人の背後に着地し、塵一つついていない剣を払い鞘に納める。

 ようやく怪人が私の位置に気付くが……既にこの戦いは終わっていた。

 

「ハッ、どこを斬って———」

「いいえ、もう終わりだよ」

「な……は?」

 

 空気怪人の身体が頭から斜めにずれる。

 斬撃は空気を介在する余地すらも与えず、大気怪人を頭から真っ二つにし、確実に大気怪人の命すらも切り裂く。

 

「ば、化物……」

 

 真空が空気を引き込み、内側から大気怪人の身体が爆散する。

 完全に消滅したことを見届けた私は軽く呼吸を吐き出し、再び気を引き締める。

 ……きららと葵の援護に向かわなくちゃな。

 

『ジャスティスクルセイダー!! 早くカツミ君の援護に向かえぇ!!』

「ッ」

 

 かつてないほどに感情を乱し、声を荒らげる司令の声を耳にし、すぐに行き先をカツミ君へと向ける。

 カツミ君に危機が迫っている……!

 司令の焦燥の意味を即座に理解した私は、その場を跳躍し彼の元に向かう。

 

「白騎士君!!」

 

 変身が解けている!?

 地面に倒れもがき苦しんでいる彼にすぐさま駆け寄ろうとすると、それを邪魔するようにサソリの尾に似た機械的な鞭が行く手を遮る。

 抜刀と共に斬撃を飛ばすも、禍々しいピンク色の戦士が手に持った銃で弾き飛ばす。

 

「そこをどけ!!」

「あら、怖い」

 

 問答無用で剣を振るってみせるがピンク色の戦士、ヒラルダはそれを受け止める。

 ……強い。

 葵の言った通り、序列通りの強さじゃないね、こいつ……!!

 

「でもこれからがいいところなのよ? 邪魔しないでくれない?」

「———」

 

 言葉を交わす暇すらも惜しみ、最優先でヒラルダを斬り捨てようとする。

 しかしその時、彼から離れた場所にいる汚らしい黄金のスーツを纏った侵略者、ガウスが腕を大きく広げ声を上げる。

 

『さあ、注目せよ! お前達がヒーローと呼んだ男の正体を!! 大衆が望んだその秘密を!!』

 

 声と共に空間そのものに倒れ伏すカツミ君が映し出された映像が投影される。

 

『ご存知だろうか!! 10年前にこの日本を騒がせた“奇跡の子”穂村克己を!! たった一人生き残ってしまった少年を!!』

 

「奇跡の、子?」

 

 彼の正体を明かすつもり!?

 倒れ伏した彼の前にいる血にまみれた二人の人間の姿に気づく。

 地面に血だまりを広げ、ひしゃげた腕と足を見せた人間の姿にこの場にいる一般人を連想するが、すぐに僅かに残ったその気配が幽霊怪人のものだと察する。

 

「あれは……」

彼の過去(・・・・)よ」

 

 つまりあの姿は、カツミ君が死別した誰かだってこと?

 でも、私達が知る限りあんな人達見たことも……いや、死別した人間ってことはもしかして彼の両親か!?

 彼の過去のことは聞いていない。

 彼と仲を深める上で、必要がなかったし知らなくてもいいと思っていた。

 

『どうして、お前だけが、生きている!!』

『あんたが死ねば良かったのに!!』

 

「……え?」

 

 実の親から彼へと吐きつけられたのは憎悪の言葉であった。

 

「う、嘘だ……お前は怪人だ……俺の、両親はそんな……」

 

 カツミ君の悲痛な呟きに、彼の両親は血で汚れた顔をさらに歪める。

 

『貴方が一番よく分かっているでしょう?』

『俺達はずっと、お前の死を願っていた』

『思い出しなさい』

『思い出せ』

 

「黙れ、お前達は偽物だ!! 俺の心を乱すな……!!」

 

『貴方はハンバーグが好きだったわね』

『カレーも』

『お子様ランチも』

『優しい子だった』

『子供だった貴方はよく笑う子で怪我が絶えなかったわね』

『大事な一人息子』

 

 ……ッ!

 それは……それは、彼が好きな食べ物。

 なんの他愛のない食べ物の好みのはずだったそれが、今ではただただ痛々しく、悲しい事実だったことを今になった現実として叩きつけられる。

 言葉を失う彼に、穏やかな表情から一転して歪んだ笑みを浮かべた肉塊はさらに声を荒らげる。

 

『でも、あの時からは違った!!』

『私達は、貴方が助かる直前まで生きていたのに!!』

『奇跡の子ともてはやされて楽しかったか!?』

『お前が代わりに死んでしまえばよかったのに!!』

『この悪魔が!!』

『私達はずっと痛かったのに!!』

『目の前でそれを見て楽しかったか!?』

『死にゆくさまを見て、なにもしなかった!!』

 

 怪人の言葉ではない。

 これは、彼が実際に言われた言葉も混じっている。

 

「違う、俺は……」

 

『また泣くのか!』

『泣いて、私達が楽になると!?』

「俺は……」

 

『お前なんて息子じゃない』

『産まなければよかった』

 

 その言葉が決定的だったのか、彼の身体から力が抜ける。

 その場にいた誰もがその衝撃的な事実に目を背け、口を閉ざす中———不意に、彼が何事もなかったかのように立ち上がろうとする。

 

「来た。彼が、帰ってきた。あぁ、ようやく見れるのね」

 

 ヒラルダの恍惚に満ちた声。

 その言葉の意味はすぐに理解できた。

 だけど、喜ぶ気になんてなれなかった。

 

「はぁぁ」

 

 頭をガンガンッと雑に叩きながら立ち上がった彼は、特有の目つきの悪い目を目の前の両親の姿をした怪人へと向ける。

 

「……相ッ変わらず。胸糞悪い、怪人だな。なんでまた生きてんだ?」

『カツミ、貴方は———』

「うるせぇ、さっさとくたばれ亡霊が」

 

 なんの躊躇もなく、幽霊怪人を踏みつけ止めを刺す。

 踏みつけられた人間の姿をした怪人が煙へと戻り、断末魔を挙げて宙へと霧散していく。

 豹変。

 穏やかで、優しい性格をしているカツキ君とは正反対の性格と剣呑な雰囲気を纏った彼を私達は知っていた。

 

「あぁ、クソ。頭が痛ぇ。なんなんだここは? 変身が解けてる?」

 

 彼は頭を押さえながら周囲を見回す。

 その瞳は、穏やかなカツキ君の目ではなく、私達が良く知る特有の目つきの悪さを内包していた。

 

「マグマ野郎にナメクジ野郎も前に倒したばっかなのに……てか、戦隊? は? 訳が分からん」

 

 髪をかき上げた彼の腰のベルトからシロが弾かれる。

 それに気づかず、ゆっくりと近くの怪人だけ(・・)を見回した彼は、大きな溜息をつく。

 

「アルファ!! どこにいる!!」

 

 その声に応えるものは誰もいない。

 私達以外に誰も知ることのない名に、この場にいる人々がざわつきを見せる。

 いや、そもそも彼の様子そのものがおかしい。

 

「……。いつもどこかしらにいるアルファもいない……? 本当にどうなってんだ?」

 

 まさか、ショックで記憶が混濁している……?

 それじゃあ今の彼はどこまでの記憶を持っているの……!?

 

「目覚めたか、黒騎士よ」

「……誰だ、あんた」

「おや、記憶が混濁しているようだね」

 

 そんな彼にガウスが話しかける。

 カツミ君の反応に興味深そうなそぶりを見せたガウスは、大仰に手を翻す。

 

「私は君の敵だよ。さあ、黒騎士、今すぐ——」

「ああ、もういいわ」

「……なに?」

「襲い掛かってくんなら、誰が来ても同じだ」

 

 どこか辟易とした様子で彼は、左腕を掲げる。

 自身に引き寄せた左手に巻き付けられたXプロトチェンジャーを構え、側面のボタンを躊躇なく押す。

 

ARE YOU READY(準備はいい?)? 』

 

「うん?」

 

 プロトスーツとは異なる音声に首を傾げる。

 不思議そうにぐるりと真新しくなったチェンジャーを見た彼は、特に何も考えずに頷く。

 

「……まあ、いいか」

 

NO ONE CAN STOP ME(もう誰もあなたを止められない!!)!!』

 

 瞬間、彼を中心にエネルギーフィールドが広がる。

 力強く歓喜に満ちたプロトのその声で、戦いにおいて最も強く、慈悲のなかった彼が復活したことを確信する。

 しかしある意味、それはさらなる混沌を呼ぶことを予感せずにはいられなかった。




(一番やさぐれていた時期の)主人公復活!!
尚、主人公の秘密が明かされた事により、現在多方面が阿鼻叫喚の模様。

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