カツミくんの能力測定。
それは、彼が変身した状態で多数の仮想エネミーと戦闘を行いながら、そのバイタル、能力値をデータとして記録することだ。
その場所は本部の地下に作られた大型の演習場。
私達も自己訓練のために利用するその場所に、彼は立っていた。
『……え、えぇ、すごいお金かかってそう……。こ、ここって地下だよな。俺だけ未来世界にタイムスリップした気分だ……』
演習場の壁は設定によってその景色を変えることができる。
今、彼が予防接種に連れていかれた子犬みたいに挙動不審になっている景色は、どこかの炭鉱跡地のような、草木もないまっさらな砂地である。
「黒騎士としての彼の中身は我々にとってブラックボックスに等しい」
今、私達がいるのは演習場を上から見渡せる階に作られた部屋。
横に大きく広いこの場所には、10人ほどの人員と、私達ジャスティスクルセイダーのメンバー三人。
そして、この測定をものすごく待ち望んでいた男、私達の司令であり科学者であり社長の、金崎 令馬がいた。
「お前達のスーツには、バイタル、エネルギー出力、装備者の体調を遠隔で管理するシステムが搭載されている。だが、プロトスーツ……否、ジャスティスクルセイダー試作ゼロ号のスーツにはそれがない」
「どうして?」
「つけるのを忘れていたからだ」
その場にいた全員の視線が社長へと集まる。
私達ではなく、いつもサポートしてくれる人たちの呆れた視線を向けられても、彼の自信に満ちた顔は歪まない。
「その装置を以てすれば、お前達の3サイズでさえ―――待て、冗談だ。だから、ショックガンを人に向けるな。あれだぞ? それは最大出力だとものすごく痛い……アッ、イエロー? そのきゅぃぃぃぃんって音はアレだね? 最大出力かな?」
「「「……」」」
このようなおふざけは日常茶飯事であるので私達はため息を零しながら、護身用に持たされている玩具のような見た目の銃『ショックガン』をしまう。
「フッ、私はお前らには異性としての興味など欠片も抱いていないわ」
「お前はもっと言い方がないんか!!!」
「私を人間と一緒にするな」
「その時々する、自分が人間じゃないアピールなんなの……?」
並みの人間とは一緒にしないで欲しいという意味か。
「さて、おバカ共の邪魔も入ってしまったが……さあ、カツミくん。準備はできてるかな?」
『ん? ああ、できてるよ、レイマ』
……。
「「「は?」」」
「確認しておくが、脱走はしないように。なんだ、お前達。鬱陶しいぞ、話は後にしろ」
煩わしそうに、しっ、しっ、と私達を追い払った社長は、マイク越しに彼へと話しかける。
「君のスーツはなるべく元のままに修理したが、その際にこちらで変身を強制解除させるプログラムを組み込んだ。君が脱走しようとする素振りを見せれば、こちらはすぐにそれを作動させる」
『オーケー、分かってる』
「なら、よし。ではこちらの合図で変身してくれ」
マイクから口を離した彼は、唖然としている私達の方を向く。
「で、なんだ?」
「なんで貴方が名前で呼ばれているの……!?」
「金で買ったん……?」
「洗脳……?」
「今、お前達が私のことをどんな目で見ているのか分かったよ」
カツミ君は、社長をレイマ、下の名前で呼んでいたのだ。
いや、目上の人に対する呼び方では決してないけど、下の名前ですら無理やり呼ばせないと呼んでくれない私達を考えると、異常極まりない話である。
「はぁぁ、これだからクソ雑魚戦隊ジャスティス恋愛経験ナインジャーが。見ていて悲しくなるよ。お前らの青春は全て、怪人と黒騎士と共にあるのは分かっているが……」
「そうなってるのは、あんたのせいやろ……!!」
文句はない、文句はないが、なんだろうこの釈然としない気持ち。
「映画だ」
「は?」
「私は彼の欲しいものリストを用意し、映画を送っているのだ」
思いもよらない話に考えがまとまらない。
え、なんで映画で呼び捨てになるの? ラブコメ映画でも見させたの?
「ちょうど私も映画が好きでね。この私自ら手渡しているうちに、まあ、当然仲もある程度良くなる。基本的に、彼は昼時間に、運動・勉学、軽くPCを弄っているくらいだったからな。他の時間もあった方が彼の精神的にもいいと思い、映画などを送るようになったのだ」
「「「……」」」
「ちなみに私は一研究者として接しているので、彼には私がスーツ製作者であることは知られていなぁい」
こ、この社長……!
自分がスーツを作った人だと、彼に知れたら絶対に普通に接することがないことを理解している……!
「社のスタッフのほうも、よかれと思って色々と差し入れもあげているんだ。さすがに常識の範囲内に留めておいてはいるがな。……もういいか? 早く測定を始めたいのだが」
ちらちらとマイクを見た彼は、私達がなにも喋らないところを見てそれを取る。
やはり、私達をライバル意識しているから、仲良くなることにも難しいところがあるのかな……。
うぐぐ、絶対諦めないからね……!
「待たせたな。変身してくれ」
『ああ』
画面に映し出された彼の姿を見る。
彼は腕に嵌められた黒色の時計のような腕輪『プロトチェンジャー』を胸の前に掲げ、その側面のボタンを連続して三度押す。
チェンジャーの発動と共に周囲に特殊なフィールドが展開され、粒子化されているスーツが彼の首から下を覆い、その上から頭全体を覆う仮面が装備される。
私達の変身ならここまでで終わりだが、彼の変身はまだ終わらない。
彼はさらにそこから、増設されるように鈍色のプレート、胸部の装甲などが装着されていく。
『CHANGE——PROTO TYPE ZEROォ……』
ノイズがかったシンプルな音声と共に変身を完了させた彼は、自身の調子を確かめながらこちらへ手を振ってくる。
……彼が変身するところを初めてみたけれど、最初の変身プロセスは同じだけれど、その後が違う。
私達は一つの手順で変身を完了させるが、彼の方はもうひと手間加えているようにも見える。
「彼のスーツを測定しているところだが、どうだ?」
社長がスタッフの一人に声を投げかける。
「エネルギー出力、バイタル値、他共に安定しています。プロトスーツのデータを考えると、異常な数値です」
「なるほど、やはり適合値そのものがずば抜けている訳か。プロトスーツ自体の性能は……私が想定していた本来の性能を引き出している……!?」
モニターを食い入るように見つめた社長は、一旦冷静になるように深呼吸する。
「落ち着け……考察は後だ。……仮想エネミー、レベルは最大」
「了解。仮想エネミーレベル10。……数はどうします?」
「手始めに10体だ」
スタッフがコンソールを入力すると、カツミ君の前に人型のロボットが現れる。
今では簡単に倒せるけど、最初の頃は私達はあれに散々ボコボコにされたなぁ。
遠い目をしながら、画面を見ていると社長がマイクを手に取った。
「カツミ君、試しに相手をしてみてくれ。レベルは最大、君には物足りないかもしれないが頼む」
軽く手を振って了承した彼は、仮想エネミーを前にして軽くその場を飛ぶ。
準備運動をするかのように、軽いリズムを刻み飛んでいた彼は―――、
「なっ!?」
「どうした!?」
スタッフの女性が驚愕の声を上げる。
その声に驚くと同時に、画面から何かが砕ける音が響く。
見れば、足を振り切った彼が二体のロボットを両断しているではないか。
「出力、一瞬で限界値を超えました! いえ、元に戻ってる……? あ、また限界値を……」
彼が戦っている画面とスタッフの見ている画面を見比べる。
彼が敵に攻撃する度に、ぐんッ! という勢いで目盛りが振り切ってはゼロに戻る。
正直、この画面がどういう値を測定しているのか分からないが、それでも異常なことが起きているのは分かる。
「……もっと、エネミーを出せ」
「は、はい?」
「出すんだ!!」
社長が興奮やらなにやらで震わせた声に頷き、さらに仮想エネミーが出現する。
最初の十体を全て倒し終えた彼は、新たに現れた仮想エネミーを目にして、首を傾げた後に―――地面が爆ぜるほどの勢いで飛び込み、最前列にいるロボットの肩部分に着地、そのままサッカーボールを蹴るようにロボットの頭を蹴り砕いた。
パァンッ! という軽い音と共に頭部を失うロボット。
壊れた味方に目もくれず、周囲のロボットは腕を構えて、ペイント弾を放つ。
『ふん!』
足元を蹴り、その場を移動した彼が拳を突き出し、ロボットの胸部を貫く。
それを盾代わりにさせながら、彼はとてつもない速度で仮想エネミーを拳と蹴りで破壊していく。
「ロボットがおかしみたいに砕かれていく……」
「やっぱり、強いわ。カツミ君」
「敵の時はあれが飛んできたもんね」
そんな光景をある意味で見慣れていた私達はそんな反応を返していたが、社長とスタッフたちは皆一様にせわしなく手元を動かし続けている。
「プロトスーツは欠陥機ではなく、単純に真の力を引き出す者が現れていなかっただけ……? 出力も0か100、いいや、違う。これは0から限界値をぶっちぎってそれ以上の力を無理やり引き出している……? いや、たしかにプロトスーツは実験機だからこそ、その耐久性も耐熱性も最も高い。スーツの自己修復機能を用いれば壊れることはほとんどないはず……だが、それでもあそこまでの出力が……だからこその適合値か!! しかし待て、いくら限界値を超えられるとしても、必ずアラートが出るはずだ……その機能はプロトタイプではつけたはずだ」
「しゃ、社長……?」
なんか近くでものすごいブツブツ呟いている社長。
恐る恐る声をかけようとすると、彼は鋭い視線を向けてくる。
「ンゥシャラップ! うるさい、今この私の脳をフル回転させながら考察しているのだ!!」
なんだかすごい慌ててる。
ものすごい勢いで仮想エネミーを破壊しまくっているカツミ君を凝視した社長は、不意にはっとした表情を浮かべて顎に当てていた手をだらんと下げた。
「あ、そうか……、そういうことだったのか。ありえなさすぎて、考えもしなかったが……彼は自分の死を恐れていないから、全力で前に踏み込めるのか……」
「……え?」
「ん、いや、忘れてくれ。失言だった」
心当たりがないわけじゃない。
彼は私達に捕まる時、自爆しようとしていた。
持って来たのはオメガのアジトに保管されていた爆弾だったけれど、なぜ彼がそれを使おうとしたかなんて考えたくもなかった。
「恐らく、最初からだ」
「え?」
「彼がプロトスーツを着ていたのではない。プロトスーツが彼に着られていた。下僕が主を害せないことと同じで……彼は、プロトスーツの完全な適合者だったのだ。だからこそ、その機能をフルスペックで扱えてしまう……」
「つまり、どういうことですか?」
すると、ぐるん! とこっちを向いた社長が両手の握りこぶしを掲げ訴えかけるように声を上げる。
「私が彼に作るべきだったスーツはジャスティスクルセイダー四号じゃなくて、プロトゼロ二号だったんだよ!」
「意味が分からないんですけど!」
「分かれよ地球人!!」
ものすごい理不尽なことを言われてしまった。
私達じゃなくて、彼のスーツそのものを改良したほうがいいってこと?
そう疑問に思っていると、近くで興奮していた社長にさらなる異変が起こる。
「うぃ、うぇへへへぇ!! よぉやく謎が解けたぞ黒騎士ぃ!! 否、カツミ君!! 君は最高の装着者だァ!!」
「う、うわぁ、トリップしてる……」
「成人男性が恍惚の顔してるのマジできついわ……」
変な笑い声をあげる社長にドン引きする。
それほどスーツに愛情を注いでいるということにもなるが、それを含めてもきつい。
「う、うぅ、ありがとう。私の作ったプロトスーツを使ってくれてぇ……!」
「今度は泣きだした……」
「もうこのオッサン怖すぎだわ……」
「情緒不安定すぎる……」
もう色々と台無しな気分だよ……。
でも、なんというべきか戦っている時のカツミ君はどこか生き生きしているような気がする。
思い切り身体を動かせているからだろうか。
「外出許可とかもらえればいいんだけど、それはやっぱり無理なのかなぁ」
彼の素顔は知られていないはず。
最終決戦でマスクが割れて一部は知られているだろうが、口元も鼻も見えていないだろうからバレる心配はないはずだ。
『怪人警報発令!! 怪人警報発令!! ジャスティスクルセイダー出撃準備!!』
「「「!?」」」
頭上から響いてくる耳をつんざくような警報と、振動するジャスティスチェンジャー。
驚きのあまり、社長を見ると彼も驚いたような表情を浮かべている。
「おいおい、よりにもよってここで来るか! 全く、空気の読めない怪人だ!! 感動が冷めてしまったじゃないか!!」
「社長! もしかして、またオメガが!?」
「いいや違う。これは……」
懐から取り出した端末を取り出し操作し、この事態を把握した彼は呆れたように額を押さえる。
「お前達にも話しただろう。一年半前、
「え、秘密裏に行われたってあの……?」
「ああ、奴が目覚めた。大地の上にいる限り“無敵”の厄介なやつ」
カツミ君が映っている画像が別のものへと切り替わる。
どこか分からない海の映像。
その中心の海面から浮き上がる大量の水蒸気と―――その中に見える、水面に立つ人影のようなもの。
「マグマ怪人!! 黒騎士が太平洋にぶち込んだアレが力を取り戻して浮上してきているのさ!!」
数カ月ぶりの怪人の出現。
日常が、平穏が危険に塗り替えられていく感覚。
久しぶりのその感覚に耐えながら、私達は戦う意思を固める。
荒ぶる社長回でした。
カツミはプロトスーツを屈服に認められたので、理想的な状態で性能を発揮できるようになっていた感じです。
前話、マグマ怪人の名が黒線で消されていた理由については、
政府が非公式な存在である黒騎士くんと協力体制を結んだ怪人事件ということと、まだ完全に倒されていない怪人だから、という理由がありました。