序盤はコスモ視点、直後に社長視点となります。
その光景を、ボクは店内に備え付けられたテレビを通して目撃していた。
全ての記憶を取り戻した穂村克己と、彼の前に現れた女性。
裏切られても尚、憧れと畏敬の念を向けてしまう彼女は、相対したボクでさえ見たことのない表情を浮かべていた。
「……っ」
現場のカメラ……映像機器を通してリアルタイムで映し出された映像でさえも伝わってしまうこの重圧。
視線を釘付けにし、あらゆる生物を屈服させる彼女の存在の強さ。
能力や技ではないルイン様の持つ存在そのものに、生物は無条件に屈服してしまうのだ。
「こ、これは、まずい……!!」
ボクはかろうじて膝を突く程度で耐えられているけれど、この場にいる人間は違う!
「あ、な、なに、これ……」
「め、目が離せない……う、うぅ……」
店内にいた客も例外なく影響を受け、テーブルに突っ伏す体勢から動けずにいる。
あの方の、ルイン様の姿を目にしただけでも弱い人間は戦うことを選ぶことすらできずに地を這うことになってしまう。
「な、なんじゃこりゃぁ……!!」
「シンドウ! リモコン! テレビのリモコンはどこだ!!」
「そ、そこのテーブルだ!」
コーヒーカップを片手に床に倒れ伏しているシンドウ。
コーヒーを微塵も零していない謎のプロ意識に少しばかりイラっとしながらも、なんとか腕を伸ばしリモコンを手に取りテレビの電源を落とす。
画面が消え、身体を抑え込んでいた圧力も消える。
「コスモ、助かった……」
「いや……」
助かってなんかいない。
ルイン様が本気になればこんな星一瞬で消し去られてもおかしくはない。
「ホムラ、頼むからな……!」
この状況を、あの方をなんとかできるのは現状であいつだけだ。
こんな中途半端な形で地球を終わらせてくれるなよ……?
星界戦隊、第八位、そして第七位の襲撃。
それを乗り越えた直後に現れた存在を目にしたその時、私は抗えない力により膝を突くことになった。
私はまだマシな方だ。
彼女を直で目にした一般人全員が平伏するように地面に崩れ落ち、意識を保ったまま動けないでいるのだ。
「社長、この感覚……!!」
「ああ、奴だ」
この場に到着したと同時に奴の存在を感じた。
アンノウンの親玉であり、星将序列の上に立つ者、ルインがこの場にやってきてしまったのだ。
「カツミ、君……!!」
あらゆる生物が平伏し、動きをとれない中で彼だけがルインを前にしても異常すら見えない。
彼の強い精神か、はたまた強化スーツの恩恵か、それともまた別の要因によりルインの干渉を無効化しているかは分からない。
だが、ルインの強い興味を引くだけのことをしているのは見ただけで分かる。
「呼ばれるまでもなく来るつもりだったのだがな。しかし、お前からの呼びかけとなれば私も応じずにはいられないだろう?」
「……これは、お前がやってんのか?」
崩れ落ちる人々と私達の姿を目にしたカツミ君がルインを睨みつける。
その様子からして、そもそも彼にはルインの圧力すらも感じていないことが分かるが……当のルインは困ったように肩を竦めるだけだ。
「別に意識してやっているわけではない。大抵の生物は私を目にしただけでこうなってしまうだけだ」
「……俺はなんともないぞ」
「本当に愛い奴だな、お前」
これは割と一番ありえないと思った説が最有力かもしれん……!!
カツミ君、君一番ありえない可能性のど真ん中を貫くってどういうことだ……!?
「気をつけろよ? お前の偽りのない言葉は少々刺激が強すぎる」
「は? なにが?」
おかしそうに微笑むルイン。
星将序列の面々が目にしたら卒倒しそうな光景を見せた奴は、そのまま口元に指を当てる。
「しかし、止めろというのなら弱める程度に留めてやろう。……あぁ、その前に……」
「ようやく会えたな! このストーカー!!」
空から降りてきたレッドがルインへの攻撃を繰り出す。
変身すらしていない私では、攻撃の軌跡すら見えないレベルの斬撃がルインに迫る———が、その一撃は奴に届くこともなかった。
「こちらの味見もしておかなければな」
「……なっ!?」
レッドの剣が不可視の壁のようなものに阻まれ粉々に砕かれた……!?
余裕をもって振り返ったルインの抜き手がレッドに迫る。
避けることも防ぐことも叶わない一撃に割って入ったカツミ君が、手刀を上に弾くように蹴り上げる。
「ッ、嘘だろう……!?」
異常なほどの打撃音の後に、弾かれた手刀は空気を切り裂き、夜空を
空を覆う雲を真っ二つに分断してみせたルインは、無邪気に頬を緩ませた。
「ふふっ」
「テメェ……!!」
もう一度ルインが片腕を軽く振るうと同時にカツミ君の姿がかき消え———レッドを抱えた彼がルインから離れた位置に着地する。
一瞬遅れて、ルインの周囲の地面が強大ななにかに削りとられたように破壊されたことで、彼が先の一瞬で目に見えない攻防を繰り広げたことを理解する。
「か、カツミくん……」
「ルイン! こいつに手を出すな……!!」
「そう怒るな。命まで獲る気はなかった」
軽く腕を動かしただけ。
たったそれだけで異様な破壊を見せた奴は、レッドとさらにその周りを見回し口の端を歪めた。
「イエローとブルーは膝を突く程度か。うむうむ、上々。そしてレッド……お前も少なからず影響を受けているようだが……」
「ッ!!」
「とてもいい。地球とはいい星だな。こういうのを、粒ぞろい、とでもいうのか」
品定めを、しているのか?
私はルインの存在の強大さを知っているが、逆を言えばそれ以外を知らない。
だからこそ、現状カツミ君にのみ執着する様子を見せる奴の思惑が全く読み取れない。
「……さて、力を緩めてやったぞ? このままジャスティスクルセイダー共々向かって来るか?」
……たしかに体への負荷が軽くなった。
しかし、それはあくまで半分程度にまで下がったほどだ。
一般人には立ち上がることすらできない。
「レッド、下がってろ」
「で、でも……」
「ブルーとイエローにも手を出すなって伝えてくれ。こいつは……今のお前らじゃ無理だ」
「……ッ、分かった」
レッドがカツミ君の邪魔にならないように後ろへと下がる。
強化装備さえ使わせることができれば状況は違っていたかもしれないが、肝心のそれは本部の地下で調整を施したままだ。
今は耐えてくれ、レッド……!!
「よぉくも俺の記憶を好き勝手に弄んでくれたなコラァ……!!」
拳を鳴らしながらカツミ君がルインの前に出た。
彼もここで戦ったら被害が広がるのは分かっているはずだ。
「ああ、とても楽しかったぞ」
「俺は全然楽しくなかったわ!!」
「そういうな。記憶が戻らず、不安に思っていたお前を誰が支えてやったと思う? この私だ」
「お前が記憶を奪ったんだからな……! あぁ、クソ!!」
白川君の報告にあった白川克樹としての彼に語り掛けていた謎の声。
それがルイン本人だということはこちらで薄々感づいていたが、かなり彼に入れ込んでいたように思える。
「一度目、俺をボコボコにしたのは俺が弱かったので別に気にしてねぇ……! だが、二度目のアレは許さん……!!」
「暴力と悪意に堕ちたお前か。あれもまた良かったな」
二度目……?
一度目は彼が記憶喪失になった件なのは分かるが、二度目とはなんだ?
カツミ君が暴力と悪意に堕ちたなどという荒唐無稽な話があるのか……?
「先がない行き止まりだったことが問題ではあったが、お前のうちに秘めた残虐性をこの私だけが知ることができたのもよかった」
「子供扱いしやがって……ッ」
ともかく、ルインと彼の間に我々が知らないなにかがあったことは確かのようだ。
……隣のアルファが闘犬みたいにグルグル唸っているのが怖いが、今はスルーしておこう。
「その借りもここで返してやる」
ワームホールを手の中に作り出し、臨戦態勢へと移るカツミ君。
そんな彼を前にして、無警戒に歩き出したルインは近くの瓦礫にその腰を下ろす。
「ふふ、勘違いするな。ここで戦うつもりはない」
「なに……?」
「言っただろう? 呼ばれたから来た、とな」
確かにそうだが、この期に及んで戦う気がないだと……?
いったい、ルインはなにがしたいのだ……?
「丁度いい。この星の者たちも見ていることだ。お前の質問に答えてやろう」
「……どういうつもりだ」
「なにも企んではいないさ。ただ、お前は私に問いかけたいことが山ほどあるんじゃないかと思ってな」
「……」
周囲の状況を今一度確認した彼は舌打ちをしながら拳を下ろした。
今、彼とルインが争えば、星界戦隊との戦いどころじゃない規模の戦いが起きることは明白だからな。
ある意味で助かった、というべきか。
「確かに、聞きたいことがある」
「ふふ、なんだ?」
「お前らはどうして、地球を狙う」
その問いかけにルインは不思議そうに首を傾げただけであった。
……カツミ君、君にとってその疑問は尤もなものだが違う。
だが、それは違う。
「ふふ、この期に及んでまだ私の目的が地球だと思っているのか?」
「違う、のか? じゃあ、他になにが……」
「地球なぞ、お前がいなければとうの昔に白紙化させていた程度の星だ」
「……は?」
「いいか、カツミ。間違ってくれるな」
動揺するカツミ君を見て、立ち上がったルインが愉快そうに声を発する。
「お前がいるから、この地球を滅ぼさないでいるんだ」
それは、決定的な一言だった。
予想だにしなかったルインの告白にカツミ君は動きを止める。
「地球という星の存在価値の大部分はお前にある」
「むしろ、このような星になぜ星将序列を送りこむ必要がある?」
「全てはお前のためだ」
「お前の成長が私の願いだった」
「私は、お前にしか興味はない」
彼の耳元でゆっくりと、刷り込むように言葉にした彼女に誰もが言葉を失った。
たった一人のために地球という星が生かされている異常な状況と、それだけの執着をルインにさせるカツミ君に、混乱が収まらない。
———地球がなぜ消し去られていないのか。
その理由が、カツミ君にあることは私も予想していた。
だがこれは……その度合いが違いすぎる。
「それだけだ。私にとっては十分に足る理由だ」
「……俺の、せいで……」
「お前のせいではない。むしろ滅びの運命から救い出したのはお前の存在あってのことだ。地球という小さな惑星を守っていたのは、紛れもないお前自身だ」
自分のせいで人々が危険に晒された。
例え、滅びの運命から地球を救ったとしてもその事実は彼の心に重く押しかかる。
「じゃあ、あれか?」
「ん?」
「俺が地球を離れてお前のところに行けば、もう地球に手出しはしないのか?」
……ッ!!
咄嗟に声を上げようとすると、先ほどまで弱まっていた圧力が元に戻る。
言葉も出せないほどのそれに、歯を食いしばりながら耐える。
「……そうか。お前ならばそういう選択を取るのか」
カツミ君のまさかの言葉にルインは素に戻ったように口元に指を当てる。
すると何を思ったのか返答を待つカツミ君の頭に手を乗せ……た?
「ふふ、ずっとこれがしてみたかった」
「ハッ!? 気安く触るな!!」
一瞬呆気にとられた彼が手を払うが、それよりも速く奴は手を戻した。
なんだ、今のは単に頭を撫でただけなのか?
「その献身は意味のないものだが微笑ましくはある。しかしな、嫌々お前を私のものにするのはつまらない」
「つまらない、だと?」
「勿体ないが、その話を受けることはないだろう」
「……」
「他の有象無象に諭され、その身を私に捧げたとしても……結果はお前の望むものではないことと知った方がいい」
「そっか……」
肩の力を抜いた彼が背後のルインに振り向きざまに肘を叩きつける。
静寂に包まれていた場に衝撃が鳴り響く。
「……じゃあ、お前をぶっ倒さなくちゃこの戦いは終わらねぇってことだな?」
「その通り。分かっているじゃないか」
手の甲でそれを受け止めたルインは、軽く後ろに下がりながら笑みをさらに強める。
どちらにせよ、この星の未来のためにはルインを打倒しなければならない事実は変わらない。
いや、たとえ今の提案にルインが乗ったとしても、地球以外の星がこれからも脅威にさらされる可能性だってある。
「カツミ。私はお前を殺したいわけではないのだ」
「今更何言ってんだ、お前……!!」
「私を殺せるほどにまで強くなったお前と、戦いたいんだ」
その言葉を期にルインは自身の背後にワームホールを作り出す。
ワームホールに足を踏み入れた奴は、そのままカツミ君へと振り返る。
「戦え、強くなれ。必要なものは揃った。あとは力を高めるだけだ」
「……そっちこそ、油断してあっさり倒されねぇように気を付けるんだな」
「ふふ」
睨みつけるカツミ君にルインの笑みが好戦的なものへと変わる。
「星将を超えて戦い続けろ、その末に私という敵が立ちはだかることになるだろう」
最後にそう言い放ち、ルインは次元の先へと消えていった。
身体を押さえつけていた圧が消え、身体が自由に動くようになる。
「星界戦隊も、あちらの黒騎士の姿もないな……」
ルインという巨大な存在に気を取られ消えたことにすら気づけなかった。
逃がしたのはかなりの痛手だろうが、星界戦隊の方もかなりのダメージを受けていたので当分は大丈夫と信じたい。
「……新たな拠点を探さなければならないな」
会社は半壊。
こっちに関してはあくまでビルの一つなので問題はない。
問題は地下の本部だが……こちらも対策を立てていないわけではない。
「天才とは常に予備プランというものを備えているものだからな」
暫し時間こそはかかるがすぐに立て直せるはずだ。
あとの問題は、カツミ君への世間の認識についてだな。
幸い、ルインが彼への執着具合……というか銀河級ヤンデレを見せたおかげで凡その事情は伝わっているが、よく情報を吟味もしない輩が彼を相手方に差し出せと要求する可能性がないはずがない。
というより、そうなったらルインはカツミ君を我が物にした直後に、用のなくなった地球を速攻で破壊するだろう。
「ルイン関係の情報も公開することも、考えねばな」
ただでさえ序列一桁の化物共を相手にしなくてはならない現状で、守るべき地球人から糾弾されるような事態になっては、地球滅亡コース一直線だ。
こちらも情報をうまく使ってなんとかしてこう。
「……まずは、完全復活した彼と話さなければな」
しかし、私は公には顔を公開していないので……。
懐から変装用の“黒騎士くんマスク”を取り出しそれを被る。
「え、社長、なにそれ」
「私はいざという時のためにマスクを常備している」
「いや、なんで黒騎士の……? なんで懐にいれてるの……?」
「我が社の大ヒット商品だからだ。……だからその変態を見る目はやめろ」
本来ならアルファに認識改編をしてもらえば手っ取り早いのだが、この場には既に報道関係の者が見えるので、迂闊な認識改編はするべきではない。
マスクを被り、ルインが消えた場所を未だに見ているカツミ君へと近づく。
「レイマ」
「……うむ」
「こっからが、本当の始まりだ」
これからより星将序列との戦いが激化していくことだろう。
そう予感していると、ものすごい勢いでダッシュでやってきたレッドが背後からカツミ君に飛びかかる。
「黒騎士くーん!! 全部思い出したんだねっ!!」
「ぬぐっ……」
反動で倒れかけた彼はすぐに立ち上がると、首にしがみついたレッドを引きはがそうとする。
「ええい、纏わりつくな!! 鬱陶しい!!」
「やだ!! ずっと心配かけさせたからこれくらいしても別に許され——」
いつの間にかこの場にやってきていたイエローとブルーに肩を掴まれるレッド。
一瞬でカツミ君から引きはがされたレッドは雑に地面に放り投げられ、ゴロゴロと地面を転がる。
「な、なにするの!?」
「調子に乗るなよ、ブラッド」
「そうだよ、ブラッド。リーダーは私だ」
ブルーとイエローに見下ろされたレッドの背にさらにアルファが腰を下ろす。
「ぐえぇ」
「椅子は喋らないでくれないかな?」
「あ、扱いがより悪くなってる!?」
まったく、先ほどまでの空気が台無しだ。
しかしようやく彼がいた頃に戻ってきたとも言える。
「あとは屋上に取り残されたグラトを回収せねばな」
グラト、グルゥトゥ星人は食したものを自らのパワーとする能力を持っている。
自らの能力ゆえに星の全てを食い尽くし滅んだ……という話が有名ではあるが、それ以外にもグルゥトゥ星人は別の固有の能力を有していた。
その一つが、自身の蓄えたエネルギーを結晶化させ仮死状態になるというものだ。
「事前に聞いておいてよかったな。……白川君もよく頑張ってくれた」
……恐らく、白川君の助力がなければグラトも結晶化に回すエネルギーを残すことができなかっただろう。
彼女の命を懸けた頑張りも無駄ではなかったということだ。
「彼を目覚めさせるために大量の美味いものが必要になるが……」
カツミ君の復活を祝うということでならいくらでも用意できるだろう。
ここまで非常に長くかかってしまったが、ここに黒騎士が、穂村克己という人間が完全な復活を遂げた。
それは我々にとって最も大きな変化と言えるはずだ。
地球人大混乱。
考察班大混乱。
掲示板も大混乱。
その中で終始、カツミとのやり取りを楽しんでいたルイン様でした。
補足するのはかなり今更ですが、ルインはアスタロットやFGOの伊吹童子のような人外肌?系のキャラクターとなります。