追加戦士になりたくない黒騎士くん   作:クロカタ

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二日目、二話目の更新となります。



黒騎士くん、一般家庭を知る

 アカネが家族に連絡をとったところ、普通にOKがもらえてしまったらしい。

 割とあっさりと許可をもらったことにただただ疑問に思いながら、俺はまとめた荷物を持って仮拠点を出ることになった。

 

「なあ、アカネ。お前ん家、本当に一般家庭なのか?」

「そうだよ? お父さんが会社勤めで、お母さんが主婦。一番上のお姉ちゃんは美容師、その次のお姉ちゃんが大学生で、その下が私なの」

「……本当か? 一子相伝の暗殺剣とか継承してないよな?」

「私のことなんだと思ってるのかなぁ!!」

 

 ぷんぷん、と憤慨するアカネ。

 

「いや、だってお前、戦う度に刃物の扱いが上達していくじゃん。覚えてるか? オメガ倒した後の俺との戦い。お前、なにかに開眼したと思ったら俺のスーツ普通に切り裂いたんだからな?」

 

 マグマ怪人の攻撃にさえも耐えたスーツに切れ込みを入れられた時は冷や汗なんてものじゃなかったぞ。

 

「あの時はカツミ君も本気だったじゃん」

「そういう計画だったからな」

 

 アルファを狙う何かがいる。

 その存在を知った時、俺は怪人以外の脅威を知った。

 相手がなんなのか、どれほどの規模なのか一切分からないまま状況が動いていってしまったので、アルファを守るためにも一芝居打とうと考えたのだ。

 

「素直に助けを求めてくれれば、助けたのに……」

「お前らは信用できても、組織そのものは信用できねぇだろ。結果的にはそうした方がよかったが……アルファの力は強すぎるからな」

 

 アルファは精神面が子供っぽいが、善良なのはすぐに分かった。

 だけど彼女の能力が悪用されるようなことがあれば、大変なことになるのは予測できたので、彼女のことをバラさずに匿ってもらおうとした……のが、アルファにだけ伝えた表の計画だった。

 

「あの時の俺は……まあ、バカだったのは認める」

「自爆しようとしたこと?」

「ああ。アルファのことを知ってんのは、オメガを除いて俺しかいないからな。俺さえいなくなれば、アルファを見つけられなくなる……そう思い込んでいたんだ」

 

 俺が目をつけられたから、アルファの存在がバレた。

 オメガが倒され、その上ジャスティスクルセイダーっていう頼れる正義の味方がいるなら俺も必要ない。

 

「そのために追いつめられる必要があったが、お前らなら俺を倒せるって信じていたんだ」

「……そういう信頼は全然嬉しくないよ。私たちがどんな気持ちで君を攻撃していたことか……それに、自爆もしようとしてたし……」

「お前らを人殺しにするわけにはいかねぇだろ。……葵に止められちまったけど」

 

 今思い出してもあれ本当に理系の知識で解除したのか謎だ。

 すっげぇあっさり解かれて普通にびっくりしたんだからな、マジで。

 

「あのさ」

「ん?」

 

 ずいぃ! と立ち止まったアカネが勢いよくこちらへ詰め寄ってくる。

 端正な顔立ちと据わったその瞳に慄いてしまうと、やや低い声で彼女が声を発した。

 

「もう! 絶対!! 金輪際!! 自分の命を投げ出すような真似はしないでね!!」

「……おう」

「返事が小さい!! 帰りを待つ側って本当に辛いんだからねっ!!」

「分かったって……」

 

 ものすごい気迫に頷かされる。

 それで満足したのか、ホッと一息ついた彼女はまた道を歩き始める。

 

「あそこが私の家」

「……普通だな」

 

 住宅街にある普通の家。

 それがアカネの家であった。

 正直剣術道場みたいな場所を想像していたが、逆に驚きだ。

 

「じゃ、じゃあ、中にどうぞ」

 

 玄関を開けて中に入るように促してくるアカネに頷く。

 他人の家に入ることに相変わらず慣れていない身としては、どういう身の振り方をしていいか分からないが……とりあえず、失礼なことをしないように心がけよう。

 

「ワンッ!!」

「ん?」

 

 すると家の奥から白い毛に包まれた犬が走り寄ってくる。

 そいつは俺の足までに近づいてくると、人懐っこい目でこちらを見上げる。

 

「アカネ、この犬は?」

「その子はキナコ」

「きな粉……?」

 

 なんだか綿あめみたいな丸っこい犬なのに、名前がきな粉……?

 白いふわふわとした毛並みの中型犬……だと思うが、見たことのない犬種だな。

 いや、犬について詳しいわけじゃないけれども。

 

「サモエドっていう犬種なんだよー。かわいいでしょ?」

「わんっ!」

 

 頭を撫でてほしそうにしているので、試しに撫でてみると尻尾を揺らしながら、ごろんとお腹を見せてくる。

 どうやら撫でてほしいようだ。

 

「大丈夫かこいつ? 見ず知らずの他人にこんな無警戒ってやばいだろ」

「あはは……その子、基本的に誰に対してもそんな感じだから……」

 

 野生を忘れてやしないか?

 もう対応が初対面の人間にする犬の反応じゃないんだが。

 

「アカネ、帰ってきたのか?」

「!」

 

 キナコに気を取られていると家の奥から一人の女性が出てくる。

 アカネの母親だろうか?

 なんとなく、面影があるのが分かる。

 

「ただいま。お姉ちゃん達は?」

「もうすぐ帰ってくる。それより……」

 

 アカネの母親の視線がこちらへ向けられる。

 

「君がカツミ君か。君のことは……まあ、よく知っている」

 

 そりゃそうか。

 あんだけテレビで放映されればな。

 

「突然、申し訳ありません」

「いや、別に構わない。部屋も空いていることだしな。……私は朱音の母、新坂紫音(しおん)だ」

 

 ジッと顔を見られる。

 赤に近い紫色の髪のアカネの母親は、奇妙な沈黙の後に頷く。

 その沈黙にどうしていいか分からず気まずくなっていると、おもむろに俺の頭に紫音さんの手がのせられる。

 

「背が高いな」

「は、はぁ……」

「うちには騒がしい娘しかいないから少し新鮮だ」

「お母さん、騒がしいって加える必要ある……?」

 

 声を震わせたアカネの指摘に、しかめっ面にも見える表情を変えずにシオンさんはこちらに視線を戻す。

 

「嫌いな食べ物とかあるか?」

「いえ、特には……」

「そうか。もうすぐ夕飯ができる。ソファーにでも座ってゆっくりするといい」

「は、はい……?」

 

 軽くそう言い放ったシオンさんはそのままキッチンへと向かっていく。

 アカネに案内された先の洗面台で手を洗った後に、リビングへと案内されながら俺はアカネに先ほどの母親の反応について聞いてみることにした。

 

「……な、なぜ頭を撫でられたんだ……?」

「多分、緊張して自分でも意味の分からないことをしちゃったんだと思う」

「……なるほど、母親譲りか」

「ねえ、それどういう意味? カツミ君?」

 

 空回りするところとか。

 

「しかし、普通の家だな」

「それ何度目……?」

「実は地下に秘密の剣術道場とかは?」

「怒るよ?」

 

 冗談はともかくとして、きららの家とは違った意味で普通の一般家庭なんだなと思う。

 俺にとっては以前の家族の記憶なんてほぼ覚えてなんかはいないが……ほんの少しだけ懐かしい気持ちにはなった。

 

「「ただいまー」」

 

 すると玄関の方から二人分の声が聞こえる。

 

「チセと途中で会ったから一緒に帰ってきた……よ?」

「母さん、夕飯なに? お腹空い……た?」

 

 出てきたのはアカネに似た二人の女性。

 背の高い一人はウェーブのかかった髪で、もう一人が肩ほどまでに揃えた髪だ。

 そのどちらにも共通するのが、アカネと同じような赤みがかった黒髪というところだろうか。

 その二人の視線はリビングのソファーに座っている俺へと向けられる。

 い、いかん、ここは挨拶をしなければ……。

 

「お邪魔してます。妹さんの厚意でこの家に泊まらせていただくことになった穂村です」

「「……」」

 

 ……む、無反応……?

 まさかの反応に何かやらかしてしまったと心配になっていると、姉と思われる二人の女性は俺の隣のソファーに座っているアカネに近づく。

 

「穂村君」

「ちょっとこの愚妹、借りるね」

「え? なに? お姉ちゃん?」

 

 両脇を挟み込むように持ち上げられたアカネはそのまま部屋の角へと連行される。

 

『アカネ、人を攫って来るのはあれほど駄目だって言ったのに……』

『大丈夫。お姉ちゃんは貴女の味方だから。だから、その子を連れてきた催眠術を教えてくれないかな?』

『今、初めて姉妹の縁を斬りたいと思った』

 

 なにか話しているようだ。

 いきなり家に黒騎士である俺がいて驚いているのか?

 

『え、例の彼じゃん……!! 黒騎士くんじゃん!!』

『テレビと全然違う……!! いきなり一人にされてそわそわしてる!!』

『お願いだから変なことしないでよ!? 本当にそういうことやめてよ!?』

 

 ……姉妹同士の会話だし、聞き耳を立てない方がいいか。

 

『仕事から帰ったら家に弟がいた件』

『もしかしてあの子、私の弟なのでは? 私のじゃ……』

『身内の恥を見られる前に、殴って気絶させておくべきかな……!!』

 

 その間に膝によじ登ってきたキナコを撫でて暇をつぶす。

 ……いや、こいつ本当に外の世界で生きていけるか怪しいくらいに野生を忘れているんだが。

 

「ガオ!」

「わんっ」

 

 なにやら対抗心を抱いたシロが体当たりをキナコに繰り出すが、それは真っ白い毛並みに、ぽよーん、と跳ね返される。

 このわたあめ、驚くべき弾力性である。

 

「こら、喧嘩するな」

「ガウ……!」

「くーん」

 

 シロを止めていると、話が終わったのかアカネと共に彼女の姉二人がやってくる。

 

「はじめまして。私、新坂家の長女の紅桃(くるみ)。色の紅に、果物の桃って書いて紅桃ね。覚えてくれると嬉しいなっ」

「私は次女の椿赤(ちせ)。よろしくねー。ホムラくん、背おっきいねー」

「ほ、穂村克己、です……」

 

 有無を言わずに俺の両隣に座る二人に引き気味に答える。

 な、なんだこのきららの家で体験することのなかったアウェー感は。

 妙なプレッシャーのせいで逃げられん……!?

 

「おい喪女共。カツミ君に絡むのはやめろ」

「「娘に向かって喪女とはなんだぁぁぁぁ!!」」

 

 台所で夕食の準備をしていたアカネの母親の声に、二人は人が変わったように怒鳴る。

 どうやらこちらが素のようだ。

 

「男の影もなく、週末は同僚と飲みに出かけ、休日は昼まで惰眠を貪る。そんなお前たちの世話をしている私の身にもなってみろ。まったく……」

「……そうなんですか?」

「「がはっ」」

 

 純粋に疑問に思ったので尋ねてみると、クルミさんとチセさんは胸を押さえてソファーから崩れ落ちる。

 いや、別にそれが悪いとは思わないけれども。

 

「いいか? アカネがいくらテレビで人斬りとしての醜態を見せようとも結果が全てなんだ」

「ねえ、お母さん。今さらっと私のこと人斬り呼ばわりしなかった?」

 

 アカネのツッコミをさらりとスルーしながら、さらに言葉を続ける。

 

「今日この子は、魔法か催眠術を使って彼をここに連れてきた。その意味が分からないほど、お前たちはバカじゃないだろう?」

「「……くっ」」

「どうしてそこで私が外法以外の方法でカツミ君を連れてきたって結論にならないのかな……? どれだけ娘への信用がないのかな?」

 

 フッ、と笑みをこぼした彼女は洗った手を拭った後にアカネの肩に手を置き———優し気な笑みを浮かべる。

 

「信用しているぞ、アカネ。そしてクルミ、チセも……お前達は私の娘だからな。同性にはモテるが、男運が無いというのも私譲りだ」

「控え目に言っても美人の私がモテないのは血筋のせいだっていうの!?」

「最早、呪いだよねソレ!?」

「生まれた日からとんでもない呪い受けているんだけど私!?」

 

 三姉妹の総ツッコミにシオンさんは感慨深そうに明後日の方を向く。

 賑やかだなぁ。

 

「私も、あの人を獲得するまでとても苦労した」

「お父さんをトロフィーみたいに言うのやめない……?」

 

 中々に凄まじい会話をしている。

 もしかすると、これが一般家庭の……ひいて普通の家族としての姿なのか?

 正直に言うと、俺の家族としての記憶はほぼ覚えていないものということに加え、テレビやネットともほぼほぼ無縁の生活を送っていたので、普通の家族というものの定義がいまいちよく分かっていない。

 この前にきららの家族を見てきたが、中々変わった印象を受けた。

 

「でも……」

 

 今、アカネの家族を見ればもしかするとこれが普通なのでは……?

 こういうやり取りをすること自体自然なことだった……?

 

「ごめん、カツミ君。お姉ちゃん達が変な絡み方して」

「楽しい家族だな。……これが、一般家庭なんだな……」

「……いや違うからね? とんでもない勘違いしてるけど違うからね? ……カツミ君!?」

 

 皆まで言うな。

 他ならぬお前が一般家庭と言ったんだ。

 これで、葵の家が同じような感じだったなら——俺は世の一般家庭の定義をようやく学ぶことができると同義だろう。




明坂家の残念三姉妹でした。
唯一の癒しはキナコのみ……。

今回の更新は以上となります。
次回の更新をお楽しみに……!!

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