japanischreich "if japanese empire won to WW2?" 作:gh0sttimes
1995年12月6日
バルカン半島
マジャール連邦
1995年12月1日、マジャール連邦は第五インターナショナルに加盟しているマケドニア社会共和国に宣戦布告。
それと同時に南スラブ連邦共和国もマケドニア社会共和国に宣戦布告。
これを受け、フランス=コミューンも南スラブ連邦共和国とマジャール連邦に宣戦布告。
第三次バルカン戦争が始まった。
早速、マジャール軍はスポティッツァを占領。
途中でフランス軍の反撃に遭い、セゲドまで撤退するが、大日本帝国欧州軍の支援を受け、再び進撃を開始。
年が明け、1996年(平成8年)3月1日、マジャール軍はセルビア全土を制圧し、マケドニア本土に侵入。
テトボでの攻防戦でも、フランス軍の強い抵抗やゲリラ兵の攻撃に悩まされたが、1996年3月6日にマケドニア軍が立て籠っているテトボ国立大学の敷地内にマジャール軍が侵入。
「東棟1階クリア。B中隊、状況は?」
「西棟の敵が多すぎます! 支援を!」
「分かった。すでに制圧している東棟1階から部隊を向かわせる。」
「了解!」
そして、1996年3月13日にはマジャール連邦陸軍第二三歩兵大隊がマケドニアの首都スコピエに侵入。
マケドニア軍は市内にある駅に立て籠り、ゲリラ兵と化した。
特に、スコピエ中央駅では激しい戦闘が行われていた。
「こちら、A中隊。スコピエ中央駅1番ホームを占領!」
「こちら、B中隊! 2、3番ホームの敵が多すぎる!」
「了解! 手が空いている16番ホームから部隊を向かわせる! それまで耐えてくれ!」
「了解!」
しかし、南スラブ連邦空軍によるスコピエへの空爆により、マケドニア軍は壊滅。
結果、1996年5月13日にスコピエが陥落。
マケドニア政府は降伏を宣言した。
しかし、マケドニア軍の一部が徹底抗戦を表明し、マケドニア社会共和国南部にキチェボを首都とするマケドニア人民共和国を建国。
これを受け、南スラブ連邦空軍はキチェボに原爆を投下。
わずか10時間で降伏した。
その後、マケドニア社会共和国とマケドニア人民共和国とセルビア南部はすべて南スラブ連邦共和国に編入。
セルビア北部はマジャール連邦に編入された。
マケドニア人民共和国は建国からわずか10時間で崩壊したため、後に「映画を見ていたら、滅亡した国家」とネット上でネタにされる事となる。
この2日後、マジャール連邦は正式名称を«連邦議会において代表されるライタ川西部の諸州ならびにライタ川東部のハンガリーを代表とする諸州»から«連邦議会において代表されるオーストリア州及びハンガリー州ならびにライタ川東部の諸州及びセルビア北部»に変更。
その後、マジャール連邦政府は北セルビア州を設置。
セルビア人に多少の自治を認めた。
さらに、ハンガリー人の権利がオーストリア人と対等になったため、国内の民族対立は解消された。