【完結】転生せし音色~夢に縋る青年だった少女~   作:詠符音黎

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All My Tomorrows

「なるほど……犯罪に巻き込まれて、声を失い我を失っていた、と……」

『はい……』

 

 あやうく事故になりかけた横断歩道の近場のカフェで、俺は弦十郎さんに話を聞いてもらっていた。

 弦十郎さんは俺を助けたあと病院に連れて行こうかと言ってくれたのだが、俺はそんなことよりも話を聞いてほしいということを彼に言ってこうしてカフェに入ったのだ。

 弦十郎さんは俺の言葉に何も聞かずに「……ああ、わかった」と頷いてくれた。

 そして俺は、彼に今までの経緯を簡単に話したのだ。

 将来は歌手になりたかったこと。でも、暴漢に襲われて声を失い、こうして機械の喉になったことを。

 転生したことや友人があの会場にいた響であることはもちろん伏せて話した。ヘタなことを言うとめんどうなことになりそうな予感がしたからであるし、転生したなんて言ったら頭のおかしい子と思われるのがオチである。

 

「それは大変だったな……」

『……はい』

 

 弦十郎さんはとても親身になって聞いてくれた。

 俺は、ただ話しているだけなのに包容力のようなものを彼から感じていた。

 両親の温かさとも違うような、別種のぬくもりのようなものを。

 うまく言葉にできないが、とにかく彼にはそんなものを感じていた。

 

「……しかしだ、だからといっていつまでも自棄な生き方では、よくないと俺は思う」

『……それは、分かってるんですけど』

 

 弦十郎さんは俺に厳しい言葉を投げかけた。

 他の誰もくれなかった、厳しい言葉を。

 

「確かに夢や希望を失ってしまったのはとても辛いことだ。でも、今の君は生きている。ならば、まだ何かなせることはあるのではないか?」

『……そんなこと、言われても』

 

 そんなこと言われても、俺には何も思いつかない。

 どうすればいいのか、これから何を目標にして生きていけばいいのか。

 何も思いつかないのだ。

 

「そうだな……君はどうして、歌手になりたかったんだ?」

『え?』

「君の中の思いを掘り返してみれば、新しい未来へと繋がるかもしれん何かが見つかるかもしれん。もちろん、ただ辛い現実に打ち当たるだけかもしれんが……」

『どうして、歌手に……』

 

 俺は思い返す。

 どうして、俺は歌手になりたかったのかを。

 そして思い返す。前世の子供の頃に見た光景を。

 

『……俺は、昔見た歌手のライブの光景に強く影響されたんだと思います。歌で、音で人々を魅了するその姿に俺もまた魅了されて、そしてまたそう俺もなりたいって、そう思ったんだと思います……』

「なるほど……君は、純粋に音楽への憧れを抱いて歌手になりたかった、そういうわけだな」

『そう、なるんでしょうか……』

「ならば、やることは一つだ」

 

 そう言って弦十郎さんは、俺の手を引いて歩き始めた。

 

『え? ちょ、どこに行くんですか!?』

「そんなの決まっている! 君の好きを思い出せる場所だ!」

 

 

『俺の好きを思い出せる場所って……ここ、ですか?』

 

 弦十郎さんが俺を連れてきたのは、また近所にあった音楽ショップだった。

 CDだけでなく、楽器なども売っている大きな店だ。

 

「道に迷ったときは、好きなものを見て自分の原点を思い出すに限る! 俺も、迷ったときは映画を見て道を教えてもらっているぞ!」

『はあ……』

 

 よく分からない理屈だが、俺はとりあえず頷いた。

 確かに、この喉になってから、こういう店は無意識に避けていたように思える。

 なら、今一度入ってみるのも悪くない……かな?

 俺はそう思い弦十郎さんと一緒に店に入る。

 すると、さっそく店内放送で今流行りの歌手の歌声が流れてきた。

 正直、ちょっと辛い。

 

『……弦十郎さん、どうしたんです?』

 

 と、そこで店の入り口で立ち止まる弦十郎さんの姿があった。

 俺は不思議に思い彼に声をかける。

 

「……いや、思えば俺はこういう店に入ったことがなくてな。どこをどう行けばよく分からないことに気づいた」

『……はぁ。まったく、よくそれでここに来ようって言えましたね』

「す、すまん」

『……ふふっ、仕方ないですね。俺が案内するから、一緒に回りましょう』

 

 俺は呆れながらもなんだかおかしい気分になって笑う。

 そうして、俺は弦十郎さんを案内しながらショップを回ることにした。

 人気の歌手の曲が並んでる場所から、クラシック曲、弦十郎さんの好きな映画のサントラコーナー、そして――

 

「ほう、ここには楽器が並んでいるのか」

『はい、そうですね。この店は大きいですから、いろんな楽器が並んでますよ』

 

 俺達は楽器コーナーへとたどり着いていた。

 そこには沢山の楽器があり、実際に弾くこともできる場所だった。

 

『試しに何か弾いて見ます? ここにあるギターとかどうですか?』

「いや、俺はその手のものは全然なんだ……君は弾けるのか?」

『ええまあ。歌のための嗜み程度ですか』

 

 そうして俺は、近くにあったギターを手に取り、軽く演奏する。

 演奏する曲は『亡き王女のパヴァーヌ』

 クラシックの名曲を前世の頃に動画のネタとしてギターアレンジしたものだ。

 前世の最初の頃はそういやっていろいろなことをしていた。歌手としてメジャーデビューを目指すためにすぐ歌うことばかりになっていったのだが……。

 

「…………」

 

 弦十郎さんは黙って俺の演奏を聞いてくれている。

 腕を組み、まぶたを閉じ、しっかりと俺の演奏に耳を傾けてくれている。

 それが、俺にはとても嬉しくて、演奏にも熱が入っていった。

 ……思えば、こちらの体で生まれ変わってから、こうして静かに楽器を弾くことはなかったかもしれない。

 歌を歌うこと、それだけを見ていたのかも知れない。

 でも、昔はそうじゃなかった。昔は純粋に、音楽全般が好きだった。音楽を奏でること、聞くこと、それらすべてが好きだった。

 でも、いつしか歌手に固執して、そのことを忘れていた。

 歌手になりたいということだけを思って、音楽の楽しさを忘れていたのもしれない。

 馬鹿だな、俺は。

 響達と一緒に学園祭のライブを見たときに、一度その気持ちを取り戻していたはずなのに、すぐに忘れてしまっていた。

 まったく、俺は本当に馬鹿だ。

 

「……見事だ! 祭君!」

 

 俺がそんなことを考えながらギターを弾き終えると、弦十郎さんがパチパチと俺に拍手をしてくれた。

 

『……ありがとうございます、弦十郎さん』

「いや、本当に見事だったからこうして称賛しているまでだ。俺は音楽に詳しくないが、今の演奏がとてもよかったのは分かるぞ!」

『……本当に、嬉しいです。俺、ちょっと思い出せたかもしれません。自分の気持ち』

「……そうか、それはよかった」

 

 弦十郎さんは俺が何を思い出したかは聞かなかった。

 きっと、根掘り葉掘り聞くまでもないことなのだろうと判断したんだと思う。

 本当に、彼は大人だ。その包容力に、俺は思わず顔が緩む。

 

『そうだ、俺、実はピアノもできるんですよ。よかったら聞いてくれますか?』

「ああ、もちろんだ! いつまでも付き合うぞ!」

『じゃあ今度は楽しげな曲でも弾きますよ! さっきはしっとりしたやつでしたからね』

 

 そうして、俺は弦十郎さんに自分の演奏を思う存分聞かせた。

 弦十郎さんはそれを最後まで嫌がる事なく聞いてくれた。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

『響、未来。今日は来てくれてありがとう』

 

 後日のこと。

 俺は、響と未来を自分の家に呼び出した。

 二人共、重苦しい顔をしている。

 声を失ってから俺達の関係はギクシャクしていたのだ。急に呼び出されれば暗い話題と思い表情も陰るのは当然だろう。

 

「……祭、私……」

 

 響が何かを言おうとする。

 それを、俺は手を突き出して制止した。

 

『待って。まず、俺の話を聞いてくれ』

「……ほら、響。祭の話、ちゃんと聞こう」

「うん……」

 

 未来が響をなだめてくれる。俺はそれをありがたく思いながら、口を開いた。

 

『実は二人に頼みたいんだ。もう一度、しっかりと』

「もう一度……?」

 

 未来が不思議そうな声を上げる。

 そして、俺は頭を下げて言った。

 

『俺と一緒に、リディアン音楽院に行ってくれ!』

「え、ええっ!?」

「祭!?」

 

 二人共とても驚いた声を上げる。

 声を失った俺が言うその言葉に、やはり二人は驚いているようだった。

 

『確かに、俺は声を失った。この声じゃもう歌手は無理だと思う。でも、それでも俺は音楽を捨てられないんだ。俺は、音楽で生きていきたい。歌だけが音楽じゃないから。でも、正直一人じゃ心細いんだ。だから俺に、二人から勇気をくれ……!』

「祭……」

 

 頭を上げた俺を、響が複雑そうな顔をする。

 

「…………」

 

 そして、しばらくの沈黙のあと、響はぱっと表情を笑顔にして――

 

「――そんなの、当たり前じゃん!」

 

 と、大声で言った。

 

「祭が行くなら、私だって行く! 私だって、祭と一緒にいたおかげで音楽好きになったもん! みんなで、将来のスターを目指そう!」

「……そうだね。私も音楽好き。陸上と同じくらい好き。だから、祭がまたやる気になってくれたなら、私は二人についていくよ」

『響……未来……!』

 

 俺は二人の言葉がとても嬉しかった。

 思わず、涙をこぼしてしまうほどに。

 

「あっ!? 祭泣いてる!? 大丈夫!? 傷が痛むの!?」

『いや、そうじゃないよ響。ただ、嬉しくて……』

「……そうなんだ。ふふっ」

 

 微笑む響。俺も、泣きながら笑みになる。

 

「それにしても、そんな決意をするなんて、何かあったの祭?」

『えっ? それは……内緒』

 

 俺はついそんな風に言ってしまった。

 別に弦十郎さんに会ったことは内緒にしなくてもよいのに、どうして俺は内緒なんて言ってしまったんだろう。

 それになんだか、妙に体が火照るような……。

 すると、そんな俺に対して未来が妙にニヤニヤし始めた。

 

「……へぇー、ふぅーん。なるほどぉー」

「えっ、未来、どうしたの? 何か分かったの?」

「いいや、内緒。でもこれだけは言わせてね。うまくいったら、私には教えてね」

『……うん?』

 

 未来は何を言っているんだろう。何が“うまくいったら”なんだろうか……?

 

「あらあら、案外そういうことには鈍感なんだね、祭って」

 

 未来は相変わらずしたり顔で俺を見る。

 結局、その意味は俺には分からずじまいであった。

 

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