【完結】転生せし音色~夢に縋る青年だった少女~ 作:詠符音黎
時は流れ、まだ寒さ残る初春の頃。
俺達はリディアンへの受験を合格し、寮への入居も済ませ後は入学式を待つのみになっていた。
響と未来は原作通り相部屋になり、俺は一人部屋となった。
二人は三人で一緒の部屋にしようと言ったが、それは俺から断った。
これから原作通りのことが起こるなら、俺がヘタに介入するより二人一緒のほうがいいだろうと思ったからだ。
あと、もし未来が一人寂しさを感じたときに、俺の部屋を開けておくことでどうにか二人をケアできないかという思惑もある。
二人それぞれが悩み相談できる駆け込み寺があったほうがいいだろうという判断だ。
そうやって新生活の準備を進めながらも間の期間で暇ができる季節だった。
とある企画展が街の美術館で行われるのを、俺は目にし、興味を惹かれることとなった。
「いわくつきの音楽展……?」
俺が二人にその名を口にすると、響が難しい顔をして復唱した。
『そう、いわくきの音楽展ってのを、今度美術館でやるらしいんだ。なんか面白そうじゃないか? いってみようよ』
「んー……確かに面白そうではあるね」
「そうだねー。でもちょっと怖いかも」
未来と響がそれぞれ言う。
どうやら少し迷っているらしい。そこで俺は後押しするために口を開く。
『絶対楽しいって! だって、世界中からいわくつきの音楽にまつわるものが集まるんだよ!? オカルトとミステリーの詰まった音楽ってなんかワクワクするじゃないか!』
「おお、祭がいつにもましてグイグイくる!?」
「そんなに行きたいんだ……これ、すでにチケット取ってあるやつだよね多分」
『ふふ、よく分かったね』
俺は二人にしたり顔をしながらチケットを取り出し見せてやる。
「はぁ、やっぱり……そんなの用意されたら行くしかないじゃない」
「ははっ、祭ってば強引ー」
呆れる未来に笑う響。
とにかく、俺は三人で遊びに行く約束を取り付けることができたことにより、ニヤリと笑うのだった。
◇◆◇◆◇
「いやぁ、思った以上にあるね。いわくつきの品……」
そして当日。
俺達は三人でお昼を取ってから美術館に行き、様々ないわくつきの品を見て回っていた。
「吹いた人間が死ぬと言われているトランペットに、演奏すると不幸が訪れる楽譜、必ず毎年一人死んで一人行方不明になるオペラ座の説明……世の中いわくつきのものありすぎじゃない?」
未来が半ば呆れた表情で言う。
一方で響は、とてもドキドキしたような表情でそれらを見ている。
「凄いよ未来! 夜になるとひとりでに鳴るピアノだって! どういう仕組みなんだろう!」
「仕組みがあったらいわくつきじゃないじゃない……」
『ははっ、そうだな』
俺は笑顔になりながら言う。
いやぁ楽しい。
半ば俺個人の趣味に二人を巻き込んだ形だったが、こうしてああだこうだ言いながら音楽にまつわるものを見て回るのはとても楽しい。
俺は改めて二人が一緒に来てくれたことを喜んだ。
後で何かケーキでも奢ろう、お礼として。
『……ん?』
そんなときだった。
俺は美術館の展示台の隅に置かれているものに何故かふいに目が惹かれた。
それはヴァイオリンで、名前はこう描かれていた。
『エーリッヒ・ツァンのヴィオル』と。
ヴィオルとは、ヴァイオリン以前に愛好された六弦楽器のことで、目の前にはひどく痛んだヴィオルがひっそりと置かれていた。
俺は誘われるようにそのヴィオルの前に立って、説明を読む。
――このヴィオルは、二十世紀初頭にいたとされる音楽家、エーリッヒ・ツァンが使用していたとされるヴィオルである。エーリッヒには謎が多く、彼に関しては彼が唖であったこと、オーゼイユという街に住んでいたことしかはっきりしたことは分かっていない。エーリッヒはこのヴィオルで音楽を奏でていたが、その音楽はとても不気味でありながら、人を魅了したと言われている。だが、彼はある日突如不審死を遂げた。しかし、このヴィオルは主が死んだ後もおぞましい音色を奏で続けたと言われている。
『…………』
唖、つまり言葉をうまくしゃべれない音楽家。
俺はそれに共感のような、不思議な親しみのようなものを覚えた。
言ってしまえば俺も言葉を失った者だ。言葉がなくとも死ぬまで音楽を奏で続けた彼に、俺は尊敬の念を抱いていた。
そんな彼のヴィオルに興味を持ち、俺は俺とヴィオルを隔てるガラスに手を当てた。
すると、その瞬間だった。
一瞬にして、あたりの空間の光と闇が反転した。
そして、ヴィオルの向こうには、雲と煙と稲妻が、湧き上がる深淵が垣間見えた。どす黒い半獣半人の何かが、蠢いていた。
それらの光景が永遠にも感じられる時間、俺を拘束し続ける――
「……り……祭っ!」
と、そんな光景を見ていた俺を、聞き慣れた声が現実に引き戻す。
いつしか、俺の背後には響と未来がいた。
「どしたの? こんなとこでぼうっとして」
俺は不思議そうな顔をする二人に振り返る。
『へ? いやあの、このヴィオルが……』
「ヴィオル? そんなものないけど……」
『え?』
俺が顔を戻すと、そこにはあったはずのヴィオルがなかった。
あるのは、説明文とヴィオルを置いていた台だけだった。
「このブースなんだろう? 説明文はあるのに楽器も写真もないや。何かあったのかな?」
響がとても不思議そうな声で言う。
『…………』
俺は何も言えなかった。
なんだか、とてもおぞましいものに触れた気がして、怖くなって何一つ口にすることができなかった。
◇◆◇◆◇
特異災害対策機動部二課では、その日の午後にあった聖遺物絡みではないかと思われる事件を調査していた。
街の美術館で展示していた楽器が、突如消失したのだ。
それを知った二課の司令官である弦十郎と研究者である櫻井了子は映像データを収集し、それを本部で調査していた。
「ふむ……確かに不思議ね。映像を見ても、突然消失したようにしか見えないわ。もしかしたら映像のフレームの間に何か起きたのかもしれないけど、それでも数十分の一秒の間で楽器が突如消失するなんて、ただごとじゃないわね……」
「……これは」
了子が分析する一方で、弦十郎はその映像に映っていた少女に目がいっていた。
それを了子は気づく。
「ん? どしたの弦十郎君?」
「あ、いや。この楽器の前にいる子、実は知り合いでな……不思議な偶然もあったものだと思っていたところだ」
「へぇ、どこでひっかけてきたのかしら、この色男」
「ん? いや決してそういう関係では……」
「分かってるわよ。もう、つれないわねぇ。うーん、でも、この子、気になるわね……この子の目の前で起きたことだから何か関わっているかもしれないわ」
「この少女がか? 了子君はこの楽器が聖遺物で、彼女が適合者とでも言いたいのか? 彼女は事情聴取では映像の通り、突然消えたと証言したそうだが」
「うーん聖遺物はいわゆるオーパーツ、現代の技術では作れない異端技術の結晶だから、明らかに近世に作られた楽器が聖遺物である可能性は非常に低いわ。……けれど」
「けれど?」
弦十郎は聞く。それに対し了子は、珍しく真面目な表情と声色で言う。
「現代でもその異端技術を用い、さらに私達人間には埒外の技術や力を行使できる何者かが干渉した存在とするならば……あるいは」
「埒外の技術や力……?」
「ええ、例えば宇宙の神様、とかね」
「……えらく壮大な話になってきたな」
「そうね、あくまで眉唾な話だから冗談と思って頂戴。でも、本当にそんなものが存在するなら、聖遺物とは異なる技術を外なる宇宙から集めたこの世界における異物……そう、『聖遺物』ならぬ『外異物』とでも言うべきかしらね」
「外異物、か……」
「まー冗談みたいなものよ。忘れて頂戴」
了子はそう茶目っ気のある笑みで言った。
その瞳の奥では、決して笑いではない別の感情を渦巻かせながら……。