【完結】転生せし音色~夢に縋る青年だった少女~ 作:詠符音黎
不吉な夢を見たからと言って、日常が止まるわけでもない。
俺とクリスは共に学校に登校する。
ただ、やはり悪夢の影響から早く日常に溶け込みたくなり、朝早く通学路を歩いている。
そのせいか、通学路には他の学生の姿がほとんどいない。朝練に出る
「んあ……こんな早く登校するのは初めてだな。しかしまた急な風の吹き回しだな。こんな時間に登校しようなんて」
『ま、まあね……ちょっとそういう気分でさ』
俺はとりあえず嘘をつく。
さすがに夢が怖かったからなんて子供みたいな理由を話すことはできない。言ったら多分呆れられるだろう。
「そういやよ」
と、そこでクリスが話題を仕切り直すように言う。
「これ、学校が終わった後でおっさんに届けてくれねぇか?」
彼女はそう言って俺にあるものを手渡してきた。
ファイリングされた資料のようだった。ちなみにおっさんとはもちろん弦十郎さんのことだ。
『これは?』
「ああ、エルフナインが昨日言ってたレポートのコピーだよ。昨日集まったメンバー……アタシとおっさんとフィーネのメンツで回し読みしてな。それを、それぞれ手元に持っといたほうがいいってコピーしたんだ。ま、アタシが貰ったのはアタシが読むためっつうより外異物の主であるお前に読ませるためなんだけどな」
『俺に……でも、どうしてそれを弦十郎さんに?』
「いやぁよ。それがアタシ間違っちまってさぁ。アタシの分とおっさんの分、二つ一緒に持って帰っちまったんだよ。だから、おっさんの分を返して欲しいんだ」
『ああなるほど……でも、クリスがそんなミスするなんて珍しい。案外几帳面なクリスが』
「案外は余計だろ」
クリスが少し怒ったような過去で言う。
とは言え、本当に怒っているわけではないだろうが。
俺はとりあえず頷き、そのファイルを受け取って、鞄に入れる。
「せっかくだし学校行くまで余裕があれば読んどけよ? 何かの糸口になるかもしれねぇしな。あと、溜まってるもんあったらおっさんに相談してみたらどうだ。良い口実になるだろ」
その言葉で、俺は気づく。
『クリス……まさかそのために?』
「別に。ただ、昨日あの一姫って女にあってからずっと様子がおかしかったからよ。昨日は休んだけど、何か機会があるなら信用できる大人にでも話しとくと楽になるかな、って今偶然に、そう偶然に思っただけだ」
クリスは軽く笑いながら言う。
そうして、少し駆け足で俺の前に出る。
「ほら、とっとと学校行くぞ。今いけば、それもゆっくり読めるだろ」
『う……うん!』
俺は頷き、彼女の後を追うことにする。
『ありがとう……クリス』
彼女への感謝の言葉を、一人呟きながら。
◇◆◇◆◇
「おお、よく来たな祭君! 大丈夫か、昨日の今日で?」
放課後、俺はファイルを持ってリディアンの地下にある基地を訪れた。
そこには当然弦十郎さんがいて、俺を迎えてくれる。
『ええ、大丈夫です。ゆっくり休みましたから。はい弦十郎さん、これ、弦十郎さんのファイルです』
「おお、ありがとう。そうか、クリス君が間違って持っていったか。いやぁ、俺もうかつだったな。はっはっは!」
わざとらしく笑う弦十郎さん。
多分、弦十郎さんはわざともっていかせたのだろう。こうして、俺が来る口実を作るために。
もしかしたら二人で示し合わせたのかもしれない。
でも、今はそんな二人に感謝だ。
弦十郎さんになら、この胸の不安を吐き出せる。彼の前に立ったことで、そう思えたからだ。
『あの弦十郎さん、もしよければ二人で話したいことがあるのですが……』
「ああ、いいぞ」
『即答ですか、ふふっ』
俺は思わず笑ってしまった。弦十郎さんが断るなんてことは考えていなかったが、ここまではっきりすぐに答えられると、さすがに気持ちよすぎる性格だなというかなんというか。
「そういうことだ。ここは任せたぞ了子君。何かあったら呼んでくれ」
「はーい! 弦十郎君はしっぽり二人の時間を過ごしてきてね? 私は、新しく入ったこの子といろいろしているから」
弦十郎さんの言葉にそう答えた了子さんは、近くの席に白衣で座っていた彼女―エルフナインの方に手を置く。
エルフナインは、そんな了子さんのスキンシップに苦笑いしていた。
まあそれはそうだろう。だって、エルフナインは了子さんがフィーネだということを知っている。
そして、ということは昨日フィーネとしての了子さんに会ったはずだ。そんな彼女が櫻井了子としてエルフナインに接触しているのは、最初は違和感が凄いはずだ。
実際俺も凄かった。まあ慣れたんだが。
俺はそんな二人を後に、弦十郎さんと共に司令室を出る。
そして、人のいない休憩室へと入る。
「ここで話そうか。時間的にしばらく他のスタッフも来ないだろうしな」
『ありがとうございます。……あ、そういえば大丈夫なんですか?』
「ん? 何がだ?」
『いえ、エルフナインのことです。もしかしたらキャロルに何か仕込みをされて情報が漏洩してるなんてことは……』
俺は前世の記憶でエルフナインから情報が筒抜けだった展開のことを思い出して言った。
もしかしたら、今回も同じ手段が使われているかもしれない。そう思ったのだ。
「ああ、大丈夫だ」
それに弦十郎さんはすぐに答える。
「それについては了子君が懸念し、隅々まで調べた。そして、彼女の調査によれば彼女な“シロ”だそうだ。……了子君は何かあれば逆に利用してやりたかったと少し残念がっていたがな」
『そうですか』
ほっとした。
少なくとも、こちらの情報が向こうに渡ることはないようだ。
「それよりも、俺に何か話したいことがあって来たんじゃないのか?」
『あ、はい。その……俺……』
そして俺は、弦十郎さんに今自分が抱えている不安の大体を話す。
『俺、すごく不安なんです。というのも、俺の……外異物で得た知識と、今の状況の知識が、すごい食い違ってて』
不安の中心を話しながらも、あくまで知識は外異物のものということにした。前世というのは、やはり話せない。
「ふむ、食い違っている、とは?」
『はい。実は、俺の知識ではあの夜襲撃してくるはずだったのは、オートスコアラーじゃなくクリスのはずだったんです。しかも、相手は俺じゃなく響で』
「クリス君が? しかも響君を? どういうことだ?」
『えっと……何て言ったらいいのかな。その、俺の知っている“歴史の知識”だと、本来フィーネさんは敵対して、月を破壊するために暗躍していたはずなんです。それを響達が止めて、錬金術師達が現れるのはずっと後で……っていう感じで、全然違うんです。まあその、さらに言えばまず俺の知っている知識には俺自身がいないんですが……』
「祭君がいない? それは、外異物の使い手としての君ということか?」
『……それは』
俺は少し言い淀む。ここで言っていいのだろうか。俺が本来のシンフォギアの世界にとっての“異物”であることを。
もしそれを言ったら、弦十郎さんは受け入れてくれるだろうか? 険しい目で、俺を見ないだろうか?
俺はそう逡巡し、そして――
『……そう、ですね』
ひとまず、嘘をつくことにした。今の俺には、すべてを話す勇気はなかった。
「そうか……それは、難しい問題だな。外異物の知識もすべてではないということか。一姫姉はキャロルに対し断片的にしか情報を伝えてないために、そこらはわからなかったが、もしかしたら一姫姉も同じく知識は不完全なのかもしれんな」
『そうですね……そのことはレポートで読みました。彼女は知識を小出しにしてキャロルと駆け引きしていると』
エルフナインのレポートにはそういった彼女の動向も書かれていた。
彼女の外異物について分かっているのは、彼女もまた知識を持っていること、そして、彼女の外異物の力を推測するに、恐らく『時間』に関わる力を持っているのではないか、ということぐらいだ。
『一姫は恐らく時間を操る力を持つ外異物を使っている……それは、彼女の外異物が恐らく“偉大なる種族”と呼ばれる存在に関係しているからだ、と』
「ああ、エルフナイン君はそれを彼女との会話を聞いて推察したらしいな。“偉大なる種族”……それがなんなのかは、了子君がまた推察していた。恐らく、先史文明よりも前に存在した、人間以外の種族の事ではないか、と」
『途方も無い話ですね……』
そこら辺は完全にシンフォギアの物語の範疇から外れている。
やはり、俺の知らない方向に歴史が進んでいるように思える。
『俺は、その話も知りません……だから、思うんです。俺がこうして外異物を持って介入したせいで、歴史が狂ってるんじゃないかって……俺のせいで……』
「祭君……」
弦十郎さんが心配そうな声を出す。
ああ、俺はなんて情けないんだろう。自分の不安を話すためにここに来たとはいえ、弦十郎さんにこんな顔をさせてしまうなんて。
俺は自分の不甲斐なさにまた暗い気分になった。
だが、その次の瞬間だった。
俺の頭の上に、ゴツゴツとした大きな、しかし温かいものが乗っかったのだ。
それは、弦十郎さんの手のひらだった。
『弦十郎さん……?』
「安心しろ、祭君。君が悪いことなんて、何もない」
そう言って、弦十郎さんは俺の頭を撫でる。ゴツゴツとした手からは想像もできない、優しい手付きで。
「本来、未来なんてわからんもんだ。それこそ、明日の出来事すらな。それが普通なんだ。君はちょっと違った世界を外異物で見たに過ぎない。今、君が生きている時間はここなんだ、分からない出来事があるのは当然さ。だから安心しろ。君は、君の人生は、何も間違っちゃいない」
『弦十郎、さん……』
ああ、やはりこの人は凄い。
この人の言葉で、俺の不安が振り払われていく。霧がかかっていた俺の心が晴れていく。この感じは知っている。そうだ、あのときと一緒だ。
声を失って、傷心していたときに救われた、あのときと……。
『……ありがとうございます。気持ち、かなり楽になりました』
「そうか、それはよかった。でもまだ万全じゃないようだな?」
『まあ……乙女には、話せない事もいろいろあるんですよ』
俺はそう言ってごまかす。
弦十郎さんのおかげでだいぶ心は楽になった。でもまだもう一つの問題があった。
それが、昨夜見た夢。体に跡を作った恐ろしい夢。
でも、これは弦十郎さんに話す勇気はまだ出ない。口にしたら、本当に現実になってしまいそうだったから。
「ふむ、そうか……ならそうだ! 一緒に映画でも見ないか?」
『映画、ですか?』
「ああ、映画は人生を豊かにしてくれる。もしかしたら、君の悩みにも効くかもしれんぞ? 実は今見たい映画がちょうど公開が始まってな。今日見に行こうと思っていたんだ。それで、一緒にどうか、とな」
『……二人で、ですか?』
「ああ、嫌だったか?」
『いえ、そうではなく……』
二人っきりで。
映画館で映画を見る。
このシチュエーション……なんだか覚えがある……そうだ、よく恋愛話で定番になるシチュエーション……つまり、これってもしかして、いわゆる、デートのお誘いという奴なのでは……?
『……っ!!??!?』
そう思った瞬間、急に体が凄い熱くなり始めた。
体が燃えているような気分だ。どうした、どうしたんだ俺……!?
「む、どうした祭君?」
『い、いや! なんでもないです! 見ましょう! 映画! 二人っきりで!』
「ん? ああ、そうだな! その食いつきよう、もしかして祭君も映画が好きだな? ふふっ、いやぁ同好の士ができてよかったよ! はっはっは!」
豪快に笑う弦十郎さん。
一方で俺は、血液を沸騰させる謎の体内の炎を抑えるために精一杯になっていた。
そうして俺は、弦十郎さんと共に映画館に行き隣同士で座って映画を見ることに。
でも、隣にいる彼の事をつい考え、映画の中身はあんまり頭に入ってこないまま、その日を終えてしまうのだった……。