【完結】転生せし音色~夢に縋る青年だった少女~ 作:詠符音黎
「これで終いだ、キャロル!」
翼はキャロルの腕を押さえつけ、拘束具をつけて床にキャロルを押し倒していた。
あたりには、疲弊しながらも精悍な顔つきをしている装者達、そして、バラバラになったオートスコアラーの体が散らばっていた。
「くそっ……バカな、この俺様が負けた、だと……!?」
キャロルが口惜しそうに言う。彼女は、翼達装者との戦いの末に、オートスコアラーをすべて撃退され、そして彼女自身もまた装者の攻撃に倒れ、敗北したのだ。
それは紛れもない激戦だった。だが、装者達はその戦いで勝ち星を拾い、今こうしてキャロルの動きを封じているのだった。
「ちっ……殺せ! 目的を果たせず監獄の中で永遠に封じ込められるぐらいなら、死んだほうがマシだ!」
「そうはいかないわ。あなたにはちゃんと罪を償ってもらわないと」
マリアがキャロルに言う。彼女の言葉に、キャロルは苦々しく歯を食いしばることしかできなかった。
「さて、こいつは回収に来る二課の連中に渡すとして、後はあのバカ達だが……ちゃんと救えてるんだろうな、ちょっとアタシ見てくるわ」
「あ、だったら私も行くデス!」
「私も……!」
クリスの言葉に、一緒についていこうとする切歌と調。そうして、その三人が響達の後を追ってシャトーの奥に進もうとした、そのときだった。
「ぐっ!?」
『がっ……!?』
突如、ドオォン! という轟音と共に響と祭が壁と共に部屋の中に吹き飛ばされてきたのだ。
「な、何だ何だ!?」
驚くクリス。しかし、彼女らの後を追って現れた“ソレ”を見た瞬間、それどころではない驚きをその場にいた一同全員がするのだった。
「グググググ……!」
二人が吹き飛び穴を開けた壁から現れたのは、全身を鱗で覆われた四足歩行の怪物。怪異物と化した、一姫だった。
「何だ……あれは!?」
翼が目を見開きながら言う。
その場にいた装者達全員、それが一姫だということに気づくことができなかった。
「あの姿……もしや、あいつ……!?」
一方で、地面に押さえつけられた状態ではあるが、キャロルは勘付いていた。その異形の化け物が、一姫の成れの果てであることに。
「ぐ……みんな、気をつけて……!」
そこで、ボロボロになりながらも立ち上がった響が周りの仲間達に警告するように言った。その姿と言葉を受けて、全員がやっと現実を悟り臨戦態勢を取る。
「おいバカ! なんだあれは!? 錬金術の代物か何かか!?」
「あれは……」
『あれは、風鳴一姫……だよ、クリス……』
そこで、同じく立ち上がり態勢を立て直した祭が言う。彼女のその言葉に、またも一同は驚く。
「え、ええっ!? どういうことデス!?」
「データだとこんな姿、知らされてない……」
「ああ、私も初めて見たぞ、やつはこんな奥の手を持っていたと言うのか……?」
「ガアアアアアアアアッ!」
動揺する一同を差し置いて、一姫だったものは恐ろしい速度で駆け、体当たりをしてくる。その目標は、相変わらず響と祭。
「くっ!?」
『ちっ!』
二人はその体当たりをギリギリのところで避ける。体当たりを避けられた一姫は、前足を強く床に擦ってその場でターンし、再び二人を牽制するように、触手のように伸びた頭の一つ目で睨みつけてくる。
他の装者達は、すぐさま祭達に近寄り、攻撃に備え構える。
「おい、あれが一姫ってどういうことだ! 何があったか手短に教えろ! あと未来達は大丈夫なんだろうな!?」
『……響が一姫を倒した。ウェルは捕まえて、未来も無事だ。でも、その後に外異物の力が暴走して、彼女を怪物に……怪異物に変えてしまった……!』
「はぁ!? なんだよそれ……人間が化け物になったって、そういうことかよ……!?」
「驚いている場合ではないぞ雪音! 来る!」
「ガアッ!」
一姫は装者達に話し合いの時間を与えない。
理性のない、しかし獰猛な動きで一姫は装者達に飛びかかる。
「ふんっ!」
「はっ!」
それを、翼とマリアがそれぞれ刃で押し留めた。
一姫の爪と、翼の剣、そしてマリアのナイフがそれぞれ拮抗し火花を放つ。ギリギリギリギリと、火花と音を散らしながら力比べが行われる。
「グググ……グアッ!!」
「がっ!?」
「きゃあっ!?」
そのあまりの力に、翼とマリアは鍔迫り合いに負け、横に薙ぎ飛ばされてしまった。
「クソがっ!」
それにとっさに反応したのはクリスだった。
クリスは二人を飛ばした一姫にいち早くガトリングガンの銃口を向ける。
【BILLION MAIDEN】
ガトリングガンの銃口から、無数の弾丸が飛ぶ。
その弾はすべて一姫へと向かい、その鱗の体に次々と当たっていく。
「グガッ!?」
ガトリングガンの猛攻を受け、一姫の体は吹き飛ばされる。それほど大きく飛ばされたわけでもないが、ダメージを与えていることは間違いなかった。
「よしっ! 案外なんとかなりそうな気がしてきたぞ……!」
「待って、クリスちゃん!」
汗を垂らしながらもニヤリと笑うクリスの前に、響が現れながら叫んだ。その突然の響の行為に、クリスは面食らう。
「なんだよ!? バカ、避けろ!」
「ダメだよクリスちゃん! ああなったとはいえ、一姫さんは人間なんだよ!? このまま倒しちゃったら、もしかしたら死んじゃうかも……!」
「バカ! そんなこと言ってたらアタシ達が死んじまうかもしれないんだぞ!? アレは手を抜ける相手じゃねぇ!」
「分かってる! でも、何か他に方法を……!」
『二人共、来るっ!』
言い争う響とクリスに、祭が叫ぶ。
一姫が態勢を立て直して、目にも留まらぬ速さで突撃してきたのだ。
「ちっ! 間に合わねぇ!」
その速さに、銃口を向けるのを諦め回避行動を取るクリス。
「くっ!」
「デェス!?」
それになんとかついていき、一緒に攻撃を避ける切歌と調。だが、
「きゃあっ!?」
「うわっ!?」
一姫の鋭利なしっぽが、しなるように調と切歌を襲い、二人を跳ね飛ばしたのだ。
二人はその攻撃を受け止めきれず、大きく吹き飛んで壁にぶつけられてしまう。
「調ちゃんっ! 切歌ちゃん!」
『ちっ、このっ!』
【Thrash Metal】
祭の腕から鞭が伸び、それが一姫の体を縛り付ける。その状態で、祭はなんとか一姫の体を拘束しようとその場で踏ん張る。
『――っ!?』
そのときだった。
祭は、一つの事実を悟ってしまった。一姫と鞭を介して繋がったことによって、外異物同士が反応しあい、ある情報が彼女の頭に流れ込んできたのだ。
――もう彼女は元には戻らない。命を奪わない限りは。
そんな、非情な真実を。
『そんな……!』
「どうしたの、祭っ!?」
『……響』
祭は一姫を縛り上げ拘束しながら思う。
――もはや、彼女を助けることはできない。怪異物として、その命を奪うことしかできない。でも、そんなことを……人殺しの罪を、彼女達に、背負わせたくない。ならば……。
『……なあ響、俺に一つ考えがある。今は、俺の言うことを聞いてくれないか』
「……うん! 祭がそう言うなら!」
響は笑顔で答える。彼女は思ったのだ。祭が、同じ外異物をまとう祭が、何か一姫を救う手立てを見つけたのだと。
その信頼の眼差しが、祭には痛く刺さった。
『やって欲しいことは唯一つ。今俺がしてるみたいに、一姫の動きを封じてくれ。殴って伸びさせるのでも、掴んで動きを止めるのでもなんでもいい。とにかく大きな隙を作って欲しいんだ。俺一人だと、自分で拘束するので精一杯で、やりたいことができないからね……』
「分かった! クリスちゃん!手伝って!」
「ったく、しょうがねぇなあ! 二人で抑え込むぞっ!」
「おっと、私達を忘れてもらっては困るな」
と、そこに現れたのは先程吹き飛ばされた翼とマリアだった。彼女らは、ボロボロになりながらも戦闘に復帰し、響とクリスの言葉に頷いた。
「二人より三人、三人より四人のほうが抑え込みやすいでしょ? 私達に、任せなさい……!」
「グアアアアアアアッ!」
と、そこで一姫の咆哮が響き渡る。それに、祭はまずい顔をする。
『まずい、限界だっ……!』
その祭の言葉と同時に、鞭が切れ、拘束が解かれる。そして、すぐさま一姫は五人目掛けて突進してくる。
「いくぞ! マリア、立花、雪音!」
「ええっ!」
「はいっ!」
「おうっ!」
翼の号令に、勢いよく答える三人。その第一陣として、まずマリアが突撃してくる一姫に向かって走った。
「ガアッ!」
「はっ!」
一姫の爪がマリア目掛けて襲いかかる。
だが、マリアはそれをすんでのところでジャンプして回避し、空中で蛇腹剣を伸ばし、一姫の首に刃を寝かせて巻きつけ着地した。
「グアッ!?」
それにより、まるで首輪をつけられたかのようになった一姫の足は、再び止まる。そして今度は翼、クリス、響が向かう。
「ふんっ!」
【影縫い】
一姫の動きを止めている状態で、今度は翼が【影縫い】を一姫の影目掛けて放つ。
それにより、一姫は二重に動きを封じられる。だが、それだけではない。
「はああああああっ!」
「だあああああああっ!」
響とクリスが、その状態の一姫を地面に押し付けたのだ。これにより、一姫は三重の拘束を受けていることになる。
状況は、完全に整えられた。
「今だよ、祭ッ!」
『ああ、ありがとう、響ッ!』
祭は響の言葉に頷き、すぐさま一姫に距離を詰める。そして、頭に右手を当てて――
『……ごめんなさい』
【sforzando】
謝罪の言葉と共に、強烈な破壊振動を一姫へと浴びせかけた。
「グッ、ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
それにより、内部から破壊され、姫が大きな悲鳴を上げる。
一姫はそのまま大きく暴れそうになりながらも動けず、そしてそのままゆっくりと動かなくなった。
そして、彼女の体が元の人間の体へと戻っていく。鱗が落ち、黒いタール状の闇が地面に染みるように彼女の体から溢れ出す。
結果、残ったのは外異物をまとった、うつ伏せに倒れた彼女の青ざめた体だけだった。
『……終わった、よ』
「……あれ? ……祭、これって……?」
一姫が元に戻ったことによって、その場に立ち尽くすことになった響が、驚きと疑問、そして困惑を表情に出しながら祭を見る。翼やクリス、マリアもまた困惑を隠しきれずに祭を見ていた。
「おい、祭。これ……もしかして、死んでねぇか……?」
「……弓弾、まさかお前、わざと……」
『……こうするしか、なかったんです。彼女はもう、元に戻ることはできなかった。だから、こうするしか……』
「……そんな、そんな……!」
響が脱力したようにその場に崩れ落ちる。
そんな響の肩に、翼が手を置く。
「……立花」
「祭……どうして……どうして、そうならそうって言ってくれなかったの? どうして、祭が手を汚そうなんて……」
『それは……みんなに、手を汚して欲しく、なかったから……』
「そんな……勝手だよ、祭……そんなの、勝手だよ……!」
響は泣く。両の手で顔を覆いながら泣く。それは、自分の大切な親友が自分のために手を汚す判断をしたことによる、後悔の涙だった。
一方で、翼とクリス、そしてマリアは真面目な面持ちで祭を見ていた。
その視線は決して彼女を責めるものではない。むしろ、大いに憐憫が混ざった視線であった。
『……ごめんな、響。でも、この罪は俺が背負っていく罪にしたかったんだ。命を奪うという、その罪を……』
そう言いながら、祭は一姫の亡骸へと歩み寄る。そしてそっと膝を折り、両の手で彼女の体を触ろうとした。
その刹那だった。
「――――ッ!!」
『……え?』
何か素早いものが、祭の眼前をかすめた。そして、急に襲いかかる謎の喪失感。
その喪失感は自分の腕から発せられていた。祭はその正体を確かめようと、自分の手を見る。
だが、そこには何もなかった。
あるはずの腕が、なかったのだ。
そして、目が合う。死んだはずの一姫と、祭は目があった。
祭はそこで気づく。
自分は、一姫に両腕を時間加速された手刀によって跳ね飛ばされたのだ、と。
『……あ、ああ……』
「私の……憎悪を……貴様が受け、継げ……」
悪意に満ちた視線の一姫はそう言い残し、今度こそ完全に絶命した。
残ったのは、消えた両手と、気づいたことにより襲いかかる、おぞましい激痛。そして――
『あっ……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?』
両手を失ったことによる、恐慌だった。
「祭っ!? 祭いいいいいいいいいいっ!」
「おい! 急いで救護班を呼べ! 早く!」
「分かってるよ! おいおっさん! おっさん!」
「気をしっかり持ちなさい! 祭! 弓弾祭!」
仲間達の声が耳に入ってくる。だがそれは耳に入ってくるだけで、頭には届かない。
『あああああああああああああああああっ!? ああああああああああああっ!?』
祭はただただ悲鳴を上げ、そして、そのまま意識を閉ざしていくのであった……。