【完結】転生せし音色~夢に縋る青年だった少女~   作:詠符音黎

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異端者の悲しみ

 ――貴様は風鳴の家には不要な人間よ。

 

 やめろ、やめてくれ……。

 

 ――待ってください、お父様! お父様!

 

 いかないでくれ、見捨てないでくれ……。

 

 ――私は一人なの……? 誰も、私に味方してくれないの……?

 

 寂しいよ……暗いよ……助けて……。

 

 ――私はこの世界には不要だった……風鳴の家だけじゃなく、世界からすらも異端児だった……。

 

 どうして、どうしてこんなことに……。

 

 ――憎い……憎いよ……すべてが憎い……!

 

 この世のすべてが……祝福されて生まれた命すべてが……!

 

 ――『憎いっ……!』

 

 

 

『…………ッ!?』

 

 俺は強烈な吐き気および不快感と共に、ベッドの上で飛び起きた。

 

『……はぁ、はぁ、また、あの夢……』

 

 何度と無く見たその夢。

 風鳴一姫の過去を見るその夢に、だんだんと俺の心は侵されていっていた。

 そして、その夢を見るたびに俺は思い出す。

 

『……うう……!』

 

 無くした手の、感覚を。

 無いはずの手の平から感じる、痛みを。

 

『……こんなものを、つけているっていうのにね……』

 

 俺は手があったはずの場所に視線を送る。

 そこにあるのは、機械とシリコンで出来た手のひら。

 いわゆる、義手という奴だった。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

 あのあと気を失った俺は、二課絡みの病院に運ばれていた。翼さんが絶唱の傷を負ったときに運ばれた病院と一緒だ。

 そこで俺は手術を受けたのだが、離れた俺の手はくっつくことはなかった。

 どうも外異物によって切断されたのが現代の科学では解明不能な症状を引き起こし、切断された手を結合させる邪魔をしたらしい。それにより、俺の手は元に戻らず、結局義手という選択肢を考慮させられることになった。

 もちろん、義手をつけるか否かは意識を取り戻した後の俺に相談された。

 と言っても、その提案を受けたのは意識が戻ってから少し後だったのだが……。

 なぜかと言うと、恥ずかしい話、自分の手がなくなったことに非情に取り乱してしまい、しばらくはまともに人と会話ができなかったのだ。

 それを話ができるまで落ち着くのを待ってくれた医師の先生方には、感謝しかない。

 とにかく、そうして俺は義手の提案を受け、それを受け入れた。無くしたモノはあまりに大きいが、少しでも以前に戻れるのならばそれに越したことはないからだ。

 義手の手術はうまくいった。下手したら外異物の力が義手にまで及ぶかもしれないと思ったが、さすがにそこまでのことはなかった。

 今の時代、二〇四〇年代の義手は大変高性能だった。細かく指を独自に動かすことができるし、握力の調整も自在にできる。ある程度の繊細な作業だってこなせてしまう。科学の進歩さまさまと言った感じだった。

 ただ……俺の日常の中で、義手では無理なことが一つだけあった。それは、楽器を演奏すること。

 義手での演奏ができないわけではない。だが、以前のように巧みにギターを弾くことはできなくなってしまったのだ。ピアノの演奏も難しい。

 音を出すこと自体はできる。ただ、音に人間らしい温かみがだせなくなったというか、細かな演奏がどうしてもできないというか。とにかく、俺が積み重ねてきた経験と技術がすべて無駄になってしまったのは確かだった。

 義手楽器というものもあるらしく、先生からそれを勧められて触れてはみたものの、俺の理想とする音は出せなかった。

 つまりは、断たれてしまったのだ。俺の、音楽家になるという夢が。

 その現実を突きつけられたとき、俺は一人泣いてしまった。そして、それからだった。夢で一姫の記憶を追体験するようになったのは。

 誰からも必要とされず、捨てられ、最後には世界からも異端者であることを突きつけられた彼女の苦悩と悲しみ、そして憎しみ。それが夢として俺の心を蝕むようになった。

 夢では一姫の苦しみが、起きている現実では消えた手が、俺を苛む。

 そんな日々の中で、見舞いに来てくれる者達もいた。

 響や翼さん達装者に、未来、弦十郎さん達二課のメンバー、そして、両親。

 二課絡みの人達は、まず事の顛末を教えてくれた。キャロルとウェルは捕まり竜宮の深淵に幽閉されていること。ノイズは未だ出没するが、装者のみんなが一丸となって対処してくれているために特に大きな被害はでなくなったということ。

 そうした説明の後、みんな思い思いに俺を励まそうとしてくれた。

 まず響と未来は、

 

「退院したら、いっぱい美味しいもの食べようね! フラワーのおばちゃんのところとかさ!」

 

 と言ってくれたし、翼さんやクリスは、

 

「私達が力になる。だから、共に歩んでいこう」

 

 なんて一緒に頑張ってくれるということを言ってくれた。

 まだ付き合いの浅いマリアさん達、元F.I.S.組の三人も、

 

「あなたは立派な戦士だった。その功績は、誰にも汚されるものじゃない」

 

 と俺を讃えてくれた。彼女らなりの励まし方だったのだろう。

 弦十郎さんは開口一番が謝罪だった。

 

「君を矢面に立たせたばかりにこんなことになり、本当に申し訳ない……。その後の君の人生のバックアップは、日本政府が全力でサポートする」

 

 それは、大人らしく責任を取るということなのだろう。ただ、その謝罪の横でフィーネが少し呆れた表情をしていたように思えた。実際、俺も何故かちょっと寂しさを感じてしまった。

 ただその後、病院で寂しくないようにとたくさんの映画のブルーレイディスクを持ってきてくれたのは弦十郎さんらしくて、ちょっと和んだけど。

 最後に両親には、秘密にしていたこれまでのすべてを話すことになった。

 両腕を切断する自体になったのだ。そうなるのはしょうがなかった。両親は俺と二課の人が話す真実に最初は面食らっていたが、それが嘘偽りではない事実だと知ると、ただ黙って噛み締めていた。

 そして、部屋が俺と両親だけになると、二人は俺を優しく抱いてくれた。そして言ってくれた。

 

「よく、頑張ったね」

 

 と。

 その腕は暖かく、心満たされるもののはずだった。

 でも、俺は思ってしまったのだ。

 もうここで、俺の頑張りは終わりなのだろうか、と。これからは、俺はもう努力すらできないのか、と。

 そんなある種捻くれたことを考えてしまい、俺は両親の前では泣くことができなかった。

 俺を見舞いに来てくれた人達はみんな優しく、俺のことを励まし、応援してくれた……のだと思う。

 でも、俺の暗澹とした気持ちは晴れることはなかった。

 だって、終わってしまったんだから。俺の夢は。

 そう思うと、俺は何もする気力が沸かなかった。結果、ある程度自由に動かせる手の状態にも関わらず、退院まで時間がかかり、四ヶ月ほどの時が流れてしまった。

 入学したばかりだったあの春から、枯葉が見え始める秋になってしまうほどの時間だった。

 手を……夢を失った俺は、もう前向きに生きていける活力が沸かない。

 でも、それでも俺は生きている。だから、俺は行くしかなかった。リディアン、そして、二課へと。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「おかえり、祭」

「おかえり」

 

 最初にそう言ってくれたのは……響、そして未来だった。

 二人の優しい笑みでの出迎え。親友としての温かさ。それに対し、俺は――

 

『……うん』

 

 と、暗く反応することしかできなかった。

 

「……祭」

「…………」

 

 ああ、二人までそんな顔をしないでくれ……俺が後ろ向きだからって、二人まで暗い顔をしないでくれ。

 元気が取り柄の響と、優しさに溢れた未来にそんな顔をさせるなんて、俺はなんて罪作りな奴なんだ……。

 

『……ごめん、ね』

「……どうして、祭が謝るの……?」

「そうだよ……祭が謝ることなんて、ないよ……謝るのはむしろ……」

 

 未来が何か言いかけ、そこで口をつぐむ。

 俺はそれで正解だと思った。だって、それを口にしたら、もうどうしようもなくなってしまうだろうから。

 

『……行こうか、学校!』

 

 だから俺は、笑顔を作る。

 無理をしてるのは分かってる。でも、こうして俺が笑わないと。みんなが笑顔になれないだろうから。だから俺は笑顔になる。俺のせいで、みんなが不幸になる必要はないから。

 うん、大丈夫。へいき、へっちゃらだ。

 

「……まつ、り……そうだね! いこっか! ね、響!」

「う、うん! 分かった! 行こう! 二人共! 今日もお昼ごはん楽しみー!」

 

 二人も無理して笑ってくれる。ああ、いい友人を持った。本当に。

 頑張らないと。この笑顔を守るために、俺が、無理をしないと。

 

『まったく、響ったら食べ物のことばっかりなんだから! ははっ!』

 

 ああ、俺は自然に笑えているだろうか。心で暴れている悲しみを、抑え込めているだろうか。

 ぜひ、そうであって欲しいな。

 そう思いながら、俺は三人で笑いながら通学路を歩く。

 俺の手に向けられる、奇異の視線に気づかないふりをしながら。

 

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