【完結】転生せし音色~夢に縋る青年だった少女~   作:詠符音黎

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Love Destiny

『…………』

 

 廊下を歩くだけで自分の手に様々な目が向けられているのを、俺は感じていた。

 その視線の色は彩り豊かだ。

 好奇心、憐憫、恐怖、嫌悪……一言では言い表せない感情の渦が、俺の手に向けられているのを、ありありと感じる。

 学校では、俺は大きな事故にあったということになっていた。

 シンフォギア及び外異物、そして錬金術師のことはトップシークレットだ。それも当然だ。

 それに、俺が人外の力を身にまとう、なんて情報が回っていたらさらに俺に向けられる視線はひどくなっただろうから、ある意味助かったと言えよう。

 そんな視線に耐えながら廊下を歩ききって教室に入ると、騒がしかった教室が急に静かになる。

 

『……はぁ』

 

 俺は軽くため息をつく。

 人が現れただけで急に態度を変えるのは、正直不快だ。

 言いたいことがあるなら何か言えばいい。はっきりと、気持ち悪いと口にすればいい。

 

「……ねぇ今……だよねぇ……」

 

 そんな中で、俺をチラチラ見ながら小声で何かを話しているグループがいた。

 俺は気づかないふりをして席に座る。

 実は、この手の視線や陰口は今回の手になってからのものではなかった。以前から、この機械の喉に奇異の目を向けられていたし、裏でいろいろと言われているのにも気づいていた。

 ただ、手と違って表立ってビジュアルとして目立つようなものではなかったし、俺が真面目に音楽に取り組んでいたからそういうことをしたり言ったりするのはやめよう、という風潮がどうにもあったらしかった。

 しかし、手がこうなり、俺が音楽に取り組めなくなると、その問題はどんどんと表出していった、というわけだ。

 今の俺はリディアンの温情により学校にいる。卒業の単位を取らせてもらうために在籍させてもらっているのだ。

 それを、面白がったり快く思わなかったりする連中は、それなりにいる、というわけなのだ。

 まったく、どうしてこうも人間の嫌な面ばかりこの手になってから見えてくるのか。

 これだから、人間というものは醜い――

 

『――!? っと、いけないいけない……』

 

 俺は小声で自分の思ったことを否定する。この手になってから、さらに言えば一姫の過去を夢で見るようになってから、どうにも俺は人、および世の中を侮蔑するようになってきてしまっているようだった。

 それが一姫の残した呪いなのか、単に俺がやさぐれているだけなのかは分からないが、自分でもあまりよくないことだとは自覚している。

 別に俺がこうなってしまったのは俺自身の不注意の結果だ。それを、世の中のせいにするなんて、的外れもいいところだ。

 

「……かな……うんうん……」

 

 相変わらず耳障りなさえずりが聞こえてくる。俺はそれを必死に我慢しながら、響と未来が教室に訪れるのを待った。彼女らが来ると、一応はそういうものが鳴りを潜めるからである。

 ゆえに俺は、必死に耐え続けた。今すぐにでもめちゃくちゃにしてやりたい、悪意から目を背けながら。

 

 

 学校が終わると俺は二課を訪れる。何か重要な理由があるというわけではない。ただ、まっすぐ寮の部屋に戻ると、自分の現状について思い悩んでしまいがちだから、少しでも気晴らしをしたいからだ。

 

「ん? あら、祭じゃない。いらっしゃい」

 

 二課の談話室にやってきたときに俺を向かえたのは、マリアさんだった。

 

『……どうも、こんにちは。マリアさん』

 

 俺は笑顔を作ってマリアさんに挨拶する。他のみんなに迷惑をかけないために、感情を偽ることにももう慣れた。

 みんなも分かってか分からずかは知らないが、俺の笑顔に付き合ってくれる。

 それでいいのだと思う。いつまでもうじうじするのは、一人のときだけでいい。他のみんなには、俺のことなんて気にせず生活をしていてほしい。

 

「何か飲む? 奢ってあげるわよ」

『本当ですか? じゃあ、カフェラテのホットお願いします』

「ええ、わかったわ」

 

 マリアさんは笑みを浮かべながら言ってくれると、談話室にある自販機のボタンを押し、缶のカフェラテを俺に渡してくれる。

 

「はい、温かいものどうぞ」

『はい、温かいものどうも』

 

 俺は二課のテンプレートになっているやり取りをしながら、カフェラテをゆっくり受け取る。まあ、今の俺の手だと温度なんてわからないのだが。

 

『ん……はぁ、あったまりますね』

 缶を開け、俺はぐいっとカフェラテを飲んだ後にマリアさんに言う。ちょうど外が寒かったからホットの缶の味が喉に染み渡るようだった。

 

「そうねー、最近すっかり寒くなって来たもの。日本の冬というのも、なかなか寒いのね」

『そうですね。……ところでマリアさん、マリアさん達はもうずっとこっちにいるんですか?』

 

 俺はふと気になっていたことを聞いてみようと思った。マリアさん達三人は俺が病院で鬱屈としている間ずっと日本で響達と共に戦っていた。そしてそれは、俺が復帰しても変わらなかった。

 

「そうね、一番の懸念事項だったドクターのことも完全にケリがついたし、これからはどうどうと二課のメンツとして協力していくつもりよ。今まで警護していたマム――あ、私達の育ての親みたいな人のことなんだけど――も、随分と前に病気で亡くなってしまったし、ね……」

『そうなんですか……』

 

 ナスターシャ教授が亡くなっていたことは初耳だった。しかも、口ぶりからするとだいぶ穏やかに亡くなったようだ。それが彼女達が今ここにいる理由の一つならば、合点もいくというものだ。

 

「あなたはどうするの? まだ、二課の一員として?」

 

 すると、今度はマリアさんから予想外の質問が飛んできた。でも、確かにそれは気になることなのだろうと、俺は思った。

 だから俺は、それについて嘘偽りなく答えることにした。

 

『……ええ、そうですね。手がこうなっても、別に外異物の力が無くなったわけじゃないですし、それに、今の俺にできることなんて、戦うことしかないですから。このまま、二課に就職していこうかなーって、ハハハ』

「……そう」

 

 マリアさんが俺の回答に少し陰りを見せる。

 むぅ、少しまずったかな……最後のは本音ではあるが、場が暗くならないように冗談めいた口調で言ったのだが……。

 

「あ、マリアと祭デース! やっほー! こんにちはデース!」

「……切ちゃん、ちょっとボリューム大きい……」

 

 と、そこに切歌ちゃんと調ちゃんもやって来た。

 よかった、空気が重たくなる前に、明るくしてくれそうな子達が来てくれて。

 

『ああ、二人共どうも! そうだ、こないだ貸したBDはもう見た?』

「うう……実はまだ見れてない。ホラーだからって、切ちゃんが怖がって……」

「そ、そうじゃないデース! ただみんなで一緒にみたいなーって思ってるから、クリス先輩とかを誘いたいだけで……」

『ははは、そっか。じゃあ今度みんなで鑑賞会だね』

 

 俺は二人にも笑顔を作って言う。大丈夫、今の俺はきっとちゃんと笑えているはずだと、そう思い込みながら。

 

「…………」

 

 俺がそうやって二人と話していると、マリアさんが何やら思いつめた顔で黙ってしまっていた。

 どうしたのだろうか。もしかして、俺に何かボロでもあったのだろうか……?

 

『……どうしたんですか、マリアさん?』

「……いいえ、なんでもないわ。気にしないで。それより、映画鑑賞会、楽しそうな話ね。ぜひとも私も誘って頂戴」

「おお! マリアがいれば百人力デース! 楽しみデース!」

「もう、切ちゃんったら……」

 

 マリアさんは何かを言いたげだったが、何も言わなかったため俺は追求しないことにした。楽しく生活するコツは、お互いの隠していることを黙って気づかないフリをし合うことだと、俺はこの手になってから学んだからだ。

 

「……やっぱり、力を借りないとダメよね」

『ん? マリアさん、何か言いました?』

「いいえ、何も言ってないわ。それより鑑賞会の日にち、決めるなら早くね」

 

 その後、俺達はこれから行うであろう鑑賞会についていろいろと話し合った。その間、俺はずっと笑顔を作っていたが、やはり心の中ではどこか虚しさを感じてしまっていたが、気づかれてなければいいな……。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

 そうして、自分も他人も欺く日々を、俺は送り続けていた。

 嘘で固めた生活は、思ったより苦しくなかった。嘘も続けていれば本当になる、というのは誰の言葉かは忘れたが、あながちそれ自体は嘘ではないような気もしてくる。

 とはいえ、俺の手と喉が帰ってくることはないので、現実は相変わらず厳しいのだが。

 それに……どうしても、俺は忘れられなかった。

 俺が今まで追いかけ続けていた、夢のことを。

 俺はミュージシャンになりたかった。昔は歌手に、この喉になってからはギターの演奏家に。

 でも、その夢は両手を失ったときに消えてしまった。義手での生活もだいぶ慣れたが、やはり細かい作業には無理があった。

 けれども、俺はやはり憧れを抱いてしまうのだ。音楽家という道に、テレビの向こうや大きなライブハウスに立つ彼らの姿に。

 その証拠に、俺は一度そういったものが収録されている音楽関係の映像ソフトやCDなどといったものをすべて処分しようとしたときがあった。

 でも、できなかった。まとめている最中にいろんな思い出が蘇ってきて、捨てるに捨てられなくなってしまったのだ。

 俺はなんて弱いんだろうと、そのとき自分で思ってしまった。その弱さを、今でも俺は捨てきれていない。

 

『…………』

 

 だって、今もこうして俺は自分のギターを置いてもらわせているリディアンの音楽室を訪れてしまっているのだから。

 

『……バカだな、俺は』

 

 そう自嘲する。だって、本当にバカだ。弾けないはずのギターを取り出し、椅子をひっぱりだして抱えて座るなんて、バカのすること以外に何があるというのか。

 

『……っ』

 

 ほら、こうして弾こうとしてもロクな音が出せない。ただ弦を跳ねているだけで、俺が今していることは楽器を演奏するといううことからは程遠い。

 バカバカしい。ああ、バカバカしい。俺はなんて間抜けで、哀れな女なんだ。

 自分の現状にイライラする。どうして、どうしてこんなことに……。

 

『……そうだ、こんなものがあるからいつまでも未練がましく過去にすがってしまうんだ』

 

 俺は自分のギターを見ながら言った。

 こんなもの、あるからいけないんだ。映像ソフトなどを捨てられなかったのも、こうして可能性を残しているからなんだ。

 ありえない可能性を残すなんて、現実が見えていない証拠なんだ。

 

『……こんなもの!』

 

 俺はギターを強くつかみ、過去と決別するためにそのままそれを床に投げつけ――

 

「止めろっ!!」

 

 ――られなかった。

 俺の腕を、大きな手が掴んで止めたのだ。

 その手と声の主は、すぐに分かった。弦十郎さんだ。弦十郎さんが、いつの間にかこの音楽室に現れ、俺を止めたのだ。

 

『……っ!? 弦十郎さん!? どうして……いや、そんなことより放してください! 俺は、もうこんなもの必要ないんです!』

「だからそれを止めろと言っているんだ! 確かに今の君には弾けないかもしれない! だが、過去を捨てることはないんだ! 過去も、大事な君の一部じゃないか!」

『……っ! でも……でも……!』

 

 こんなもの、あるだけで辛いんですよ、弦十郎さん……!

 

『どうせ、あなたには分からない……!』

「ああ、俺には分からないだろうさ! 失った本人の、苦しみを理解できるなんて出過ぎたことは言わん! だが、それを捨てさせるわけにはいかんのだ! そうすると、君は本当に君ではなくなってしまう! それを、俺は見過ごすわけにはいかん!」

 

 弦十郎さんが俺に熱い口調で言ってくれる。その表情は、真剣そのものだった。

 

『……俺が、俺で……』

「そうだ。これは君が君だったことを作っていた大切なものの一つだ。それはかけがえのないものだ。それを捨てるということは、人生の否定そのものだ! そんなこと、俺は君にして欲しくない……!」

 

 弦十郎さんはそこで、ギターを持った俺をゆっくりと抱きしめた。

 

『……弦十郎、さん……』

 

 彼のゴツゴツとした腕と手は、俺に温もりをくれた。硬いはずなのに、とても優しく、柔らかい抱かれ心地だった。

「もう一度同じ夢を見ろなんて、酷なことは言わない。だが、捨てて欲しくないんだ……君は君のまま、新しい道を見つけて欲しい。そのために、俺は出来得る限りのことをなんでもする。だから、うかつに過去を捨ててしまわないでくれ……」

 

『……あ、ああ……』

 

 その言葉を、その優しさを、俺は受け止める。そうしたとき、俺は自然と涙がこぼれているのに気づいた。

 本当に、この人は優しい人だ。俺のことをここまで親身に思ってくれるなんて、立派な大人だ。

 俺は、その気持ちがとても嬉しかった。できるなら、この人の気持ちに答えたい。そして、一緒にいたい――

 

『……あ』

 

 そのとき、俺は気づいた。

 ああ、そうか……そうなんだ。今やっと気づいた。俺は、好きなんだ。この人のことが。一人の女として、男性としてこの人のことを見ているんだ。

 ずっと一緒にいたいと、結ばれたいと、思っているんだ……。

 

『……弦十郎、さん……!』

 

 俺は泣きながら弦十郎さんを抱きしめ返す。

 ああ、気づくとなんて簡単で、心が満たされることなのだろう。

 このとき、初めて俺、弓弾祭は自覚した。

 俺自身の、恋心を。この眼の前の大きな大人を、愛するという気持ちを。

 恋に落ちる、音がした――。

 

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