【完結】転生せし音色~夢に縋る青年だった少女~ 作:詠符音黎
まず私は、昼食のために弦十郎さんと一緒に駅近くにある喫茶店へと入った。
おしゃれな内装がいい雰囲気を出している、最近出来たばっかりの喫茶店だ。
店に入ると、私と弦十郎さんは窓の近くの席に向かい合って座る。店内はそこそこに混んでおり、盛況と言った様子だった。
「いらっしゃいませ、二名様でしょうか」
席についた私達のところに店員さんがやってきて聞いてくる。それに代表して、私が答える。
『はい、二名です』
すると、一瞬店員さんは驚いたような表情を見せた。きっと、私の声に面食らったのだろう。
まあしょうがないことだ。この手の反応はもうずっとのことなので慣れている。
店員さんもプロなので、すぐさま表情を戻し、私達のテーブルに水とおしぼりを置くと「注文が決まりましたらお呼びください」と言い残し去っていった。
そこで、私はメニュー表を確認し始める。
『いろいろありますね……弦十郎さんは何がいいですか?』
「そうだな……このカレーライス、それにコーヒーにしようと思う」
『わかりました、私は……そうだな、このサンドイッチとオレンジジュースにします。じゃあ店員さん呼びますね』
「あ、その応対は俺がやろう」
と、私が店員さんを呼び止めようとしたところで弦十郎さんが言った。
『え? 別にいいですよ、今日誘ったのは私ですし』
「いや、しかし……」
そこで弦十郎さんは少しばかりだが思い悩むような表情を見せる。その顔を見て、私はピンと来た。
『ああ……もしかして、私の声で店の人が反応するのを、私が辛く思ってないか心配してくださってるんですか?』
「ん、まあな……いらぬ世話かもしれないが、なるべく俺がしたほうがいいかと思ってな……」
その弦十郎さんの言葉に私はたまらなく嬉しくなる。想い人に想われている、それがこんなに嬉しいことだなんて。
私はつい微笑んでしまう。
『大丈夫ですよ弦十郎さん、私、そういうのはすっかり慣れてますから。今更ですよ。気にしないでください』
「そうか……やはり、いらぬ心配だったか。すまないな、祭くん」
『いいえ、その気持ちだけで私は嬉しいですよ。さ、お昼を頼みましょう!』
私は本心を笑って言った。弦十郎さんも引きずることなく「ああ、そうだな」とすっぱり回答してくれたため、重たい空気は一切なく助かった。
やっぱり、弦十郎さんはそういうところが大人だなと、私は思った。そうして、その後私達はそれぞれ昼食を頼み、そして間もなくテーブルに頼んだサンドイッチとオレンジジュース、そしてカレーライスとコーヒーが運ばれてきた。
「おお、こいつはうまそうだな!」
『そうですね、それじゃ、食べますか』
弦十郎さんはバクバクとカレーライスを勢いよく食べる。そのたくましい姿に、思わず私は見惚れてしまう。
こうしたちょっとした動作でも素敵に思えてしまうのは、まさしく恋の病と言ったところなのか、私はそれがなんだかおかしくて苦笑いした。
「ん? どうした祭君? 食べないのか?」
そこで弦十郎さんに言われて、私はまだ自分のサンドイッチに一口二口しか口をつけていないことに気づいた。
いけないいけない、自然体でいかないと。
『あっ、いえ、食べます食べます! はむっ!』
私は置いてあるサンドイッチの一つ、たまごサンドイッチを口にする。うん、おいしい。ここの料理はよくできている。確かにこれは繁盛するわけだ。
そんなことを思いながら、私もサンドイッチを食べ進める。ただ、あまり粗雑な食べ方にならないよう気をつけながら、であるが。好きな人の前ではおしとやかな乙女でいたいのだ、私は。
と、そうやって私がゆっくり食べている間に、弦十郎さんはあっという間にカレーライスを食べきってしまっていた。さすが弦十郎さん、食の勢いも豪胆である。
しかし、あれだけで足りるのであろうか? 弦十郎さんの体はかなり大きい。だから、もしかしたら足りないかも……ふと、私の頭の中にそんな考えがよぎった。
どうしよう、ここは私のサンドイッチを一つ弦十郎さんに譲るべきかな……いやしかし、いきなりそんなことを言ったら失礼にならないだろうか……うう、こんなことならもっと他人と食事に行って対人スキルを上げておけばよかった……。私はそんな後悔をする。
「そういえば今更だが祭君。君は自分の呼び方を変えたのだな」
『え? ああ、はい』
そこで急に、弦十郎さんが私に言った。私はちょっとびっくりしながらも答える。
「何か理由があるのか? 差し支えなければ聞いても?」
『い、いえ。特に……ただ、可愛らしくなりたくて……』
さすがにあなたのために変えましたなんてのは言えない。
私がそう回答すると、弦十郎さんは「なるほど……」とつぶやいた後、にっこりと笑顔を見せてくれた。
「うむ、いいのではないか? 以前のままでもよかったとは思うが、君がそうやって自己を磨く努力を、俺は応援するぞ。それに、似合ってるしな」
『そ、そうですか!? ありがとうございますっ!』
弦十郎さんに褒められ、私は思わず舞い上がってしまう。一人称、変えてよかった……!
結局、私はその後も舞い上がったまま自分のサンドイッチを完食し、お互い頼んだドリンクを飲んで、店を出た。
ちなみに、お金は弦十郎さんが出してくれた。大人が子供にお金を払わせるわけにはいかないと、半ば勢いで押し切られてしまったのだ。
まあ、せっかくの好意を無下にしてはそれこそ失礼だし、ここはお言葉に甘えておこう、と私はおごられることにしたのだった。
「さて、腹も満たされたし……では行くか、映画!」
『はい!』
弦十郎さんが目を輝かせて言った言葉に、私は元気よく頷いた。
本当に弦十郎さんは映画が好きなのだなと、私はしみじみ感じ入る。
私達はその後徒歩で映画館へと向かった。向かったと言っても、今回行く映画館は駅の直ぐ側にあるため、それほど歩いたわけではなかったのだが。
でも、そんな短い距離の移動でも私は弦十郎さんの優しさを知った。と言うのも、歩道を歩くとき、弦十郎さんが車道側を自然と歩いて私をエスコートしてくれたのである。
私はそんな細かな気配りにも嬉しくなった。私、ちゃんと弦十郎さんに女の子として見てもらえているんだな……と、小さな事ではあったがとても嬉しくなったのだ。
それに歩幅も私の小さな歩幅に合わせてくれた。弦十郎さんは体が大きいから私に歩みを合わせるのは大変だろうに、一切苦にしていない様子で。
弦十郎さんのそんな小さな気配りに、私はさらに彼のことが好きになるのを感じた。
これも、恋の為す連鎖なのだろうか……と、私はそんなことを考えまたこっそりと苦笑いをした。
そうこうするうちにあっという間に映画館につく。鑑賞する映画は、結局事前には決められなかった。みんなといろいろ考えた結果、弦十郎さんと二人で見るものを決めるのがデートらしいかなと、そういう結論になったのだ。
『いろいろと公開してますね。弦十郎さん、何か見てみたいものとかありますか?』
「ん? 俺の嗜好でいいのか? 祭君こそ、見たいものを選んでいいのだぞ?」
『はは、それがお恥ずかしい事なんですが、私、最近の映画には疎くて……どれがどう面白いのか、ちょっとさっぱりなんですよ』
「そうか、なるほど……まあ、俺の好きなタイプの映画を選ぶとするなら、これだな」
弦十郎さんがそう言って選んだのは、やはりアクション映画だった。ハリウッドで作られた超大作映画らしい。ポスターには主演のかっこいい顔をしたアクション俳優がでかでかと写っている。
『なるほど、じゃあこれにしましょうか』
「お、即決か。祭君も結構アクション映画とかいける口かな?」
『ええまあ、人並み程度には』
私は笑って言った。思えば前世では、それほど映画を見てこなかった気がする。見るとしても、音楽が凄いとかそういう方面で興味を持ってだから、単純に映画を見に行くことはあまりなかったな。
それがこうして今は女の子として恋する男性の人と一緒に見に来ている。分からないものだ。
「ふふ、嬉しいことだな、それは。それではチケットを買うとするか。ところで祭君は映画のお供に飲み物やポップコーンを買うタイプかな?」
『んー私はあんまり……途中でお手洗いに行きたくなるかもしれませんし……』
「そうか。俺は映画館での映画のお供にはポップコーンは王道だと思っていてな。一度試してみるといいかもしれんぞ」
『わかりました。弦十郎さんがそう言うなら』
そうして俺達はチケットの他にも飲み物とポップコーンを購入し、シアターに入り映画を鑑賞した。
鑑賞の途中は、お互い映画を見入っていたために、よくある最中に手をつなぐといった王道シチュエーションは起こらなかった。
でも、それでいいと私は思った。だって、映画は弦十郎さんの大好きな趣味だもの。それを私の下心で邪魔するなんて、とんでもないじゃないか。
結局、映画の鑑賞中はお互いずっと画面に集中し続けたのだった。
『いやぁ、面白かったですね!』
そして見終わった後、私は素直な感想を弦十郎さんに述べた。
「おお、祭君もそう思ったか! ああ、とてもいい映画だった!」
『アクション凄かったですし、お話も見やすくて楽しかったです! 特に主人公が悪役を容赦なくやっつけるシーンは爽快でした!』
「ああ! あそこは見る限りスタントマンを使っていない生の演技だったから、俺もとても参考になったぞ! やはり、男の鍛錬に映画は必須だな!」
『ははは、弦十郎さんらしいですね』
私はその後もあれこれと弦十郎さんと映画の感想を語り合った。
こうして彼と同じ体験を共有し、それについて話し合う。それはとてもかけがえのない経験で、私はたまらなく嬉しくなった。
その後も、私は弦十郎さんとデートを楽しんだ。
映画館の後に行ったのはゲームセンターだった。
「俺はあまりこういうところに来たことがないのだが……」
と困惑していた弦十郎さん。だから、今度は私が弦十郎さんをエスコートした。
『これがUFOキャッチャーですよ弦十郎さん。タイミングをあわせてボタンを押して、景品を取るんです』
「なるほど、ではせっかくだ。チャレンジしてみるか」
『はい、頑張ってください!』
「よし……む……ここで……ここだ! う! 失敗だとぅ!? くぅ、これはなかなか難しいな……」
『ふふっ、頑張ってください』
初めてのゲームセンターに四苦八苦する弦十郎さんを、時には応援し、時には静かに見守り、楽しいひとときを過ごした。
その後は、二人で街の商店街を巡ってみた。
『あ、弦十郎さん! あそこにアイスクリン売っているみたいですよ! 食べてみましょう!』
「アイスクリンか、あまりそういう甘いものは食べたことがないが、美味しそうだな」
『今回は私もお金を出しますからね。これぐらいは出させてください』
「わかった、そうしよう」
『はい、すいません、アイスクリン二つ!』
そんなふうに、二人で商店街の美味しそうなものを食べ歩いたり、
『どうですか弦十郎さん。このサングラス、似合いますか?』
「んーなかなかおもしろいデザインだが、日常に使うには合わないんじゃないか?」
『ま、こういうのはジョークグッズとしての一面もありますから。弦十郎さんもそんな思い悩まずに、面白そうだからって理由で買い物しちゃいましょうよ』
「なるほど、そういうものか……」
一緒に、くだらないものを買い合ったりした。
そうして私達は、二人の時間を過ごした。それは、とても楽しい時間だった。
でも、そんな時間はあっという間に流れていく。気づけば、時間は夕方になっていた。
私達のデートも、終わりが近づく。
デートの最後に私達が訪れたのは、街全体が見渡せる展望台だった。夜景の綺麗なスポットで、他にも多くの観光客やカップルがいた。
その中を私達は二人で歩く。他の人達から見れば、私達はきっと親子のように見えているのだろう。
でも、私の覚悟は違った。私がここを最後の場所に選んだのは、この綺麗な夜景を見ながら、弦十郎さんに告白するためなのだ。
『……綺麗ですね、街』
私は弦十郎さんの一歩前を歩きながら夜景を眺め言う。
「ああ、君達が必死に守ってくれた街だ。その明るさは、人々の活気の証拠だ。いつもすまない」
輝く街の光を見ながら、弦十郎さんがしんみりと言う。
「ノイズに対して、俺達大人は何も出来ない。それだけじゃない。錬金術師相手にも、俺達は君達子供に頼り切りだった。正直、我が身が情けない。おかげで、君にそんな大怪我までさせてしまったからな……」
弦十郎さんの視線が私の手に向かっているのが分かった。私はその言葉に立ち止まり、振り返って、微笑んで首を横に振る。
『いいえ、弦十郎さんはベストを尽くしてくれたじゃないですか。だからこそ、私達は私達として頑張れたんです。それにこの手は私の油断が原因……弦十郎さんが気にすることじゃありませんよ』
「そうか……強いんだな、君は」
『いいえ、そんな……こうあれるのも、弦十郎さんや響達のおかげです』
みんなのおかげで、今私はこうして立っていられている。私はそう思っていた。
きっとみんながいなければ、私は夢をなくしたショックで、我を失い一姫のようになっていただろう。
そうなっていないのは――
『弦十郎さん……改めて、ありがとうございます。私が、私でいられるのは、みんなのおかげです』
「祭君……」
『弦十郎さん……』
私は弦十郎さんの顔を真剣な目で見る。
言うなら、今だ。
『好き、です』
「――――」
『あなたのことを、愛しています。どうか、私と恋人になってください』
私は言った。一世一代の告白を。私の気持ち全部を、短い一文に載せて。
待つ。私は、待つ。彼からの回答を。
その時間は永遠にすら思えた。しかし、本当に永遠なわけではない。やがて、答えは返ってくる。
「……祭君」
そうして、彼から返ってきた答えは――
「――すまない……」
否定の、言葉だった。
『…………』
「俺は君のことが嫌いなわけじゃない。むしろ、とても良い子だと好いている。だが、それは他の装者達にも抱いている感情で、言うなれば、子供を見守る親の感情に近いんだ。つまりその……俺は君のことを我が子のように思っているが、それ以上の感情を抱くことが、できない……」
『……………………そう、ですか』
私はなんとかその一言を絞り出した。
『……わかり、ました……ごめん、なさい……変なこと、言っちゃって……』
「いや、そんなことはない! 君の気持ちに変なところなんて、ない! ただ、受け止められない俺が悪いんだ……」
『そんなことないです、よ……弦十郎さんは、立派、です……大人として、立派な線引だと、思い、ます……』
ああ、視界が滲む。機械で作っているはずの声がかすれる。
辛い。もうこれ以上は、限界だ。
『ごめんなさい。今日はもう、一人で帰らせてください……』
「……ああ」
『本当に……ごめんなさい……!』
私はその場から走って去った。弦十郎さん一人を置いて、去った。
その後のことは覚えていない。ただ、一人展望台にあったトイレに駆け込んだことははっきりしている。
『うっ……うえええええっ……うわあああああっ……!』
そこで、私は泣いた。声を上げ、大声で泣いた。それだけは、しっかりと覚えている。
私の恋は、その日終わった。
淡く青い気持ちは、機械的な煩い鳴き声と共に、昏い夜空へと、溶けていったのだった……。
――コップからあふれるほどの愛が欲しい
それは私の心を満たさないけれども
樽いっぱいの愛が欲しい
それが私の心を満たさないのは知っているけれども
――山岡晃、Mary Elizabeth McGlynn『I Want Love (Studio Mix)』