【完結】転生せし音色~夢に縋る青年だった少女~ 作:詠符音黎
「師匠! 祭の居場所はまだつかめないんですか!?」
祭が突如失踪してから一週間、響は二課本部で弦十郎を問い詰めていた。
祭は消えて以降、ノイズの出現場所に現れては消えるという行動パターンを繰り返していた。これに装者は対応するも、ノイズ出現の報告を受けては現場に到着しても、いつもすでにノイズは倒され祭は消えているという状況の繰り返しだった。
この事の繰り返しで、響は祭がおかしくなって消えてしまったことに対しどんどんとストレスを溜めてしまっていた。
「ああ、すまん……こちらも全力で探してはいるのだが……」
「でも、二課は情報収集とかが本来のお仕事だって、前に……!」
「響、落ち着いて。二課の人たちも必死で頑張ってるのは響だってわかってるでしょ? それに、私達だって祭が現れた場所に急いでいってもいつもノイズは倒された後でいなくなっているじゃない」
「う、うん……それはわかってるけど……」
興奮気味の響を、未来がなだめる。その未来の言葉で、響はなんとか平静を保っているようだった。
「私だって辛いよ……祭が、一番苦しんでたときに、気づいてあげられなかったのが……」
ただ、未来も未来でとても辛そうな表情をしており、彼女の精神もまた追い詰められているのが見て取れた。
一方で、弦十郎もまた未だ申し訳無さそうな顔を響達にしている。
「すまない……俺が不甲斐ないばかりに、こんなことに……」
「別にあなたのせいじゃないでしょ」
そこで弦十郎の背後から現れた者がいた。フィーネだった。
フィーネは軽く呆れたような表情で弦十郎を見ている。
「彼女の告白を受け入れられないといったあなたの気持ちに嘘はなかったのだし、むしろ嘘で受け入れたほうがもっと面倒なことになってたと思うわ。そして今彼女の居場所を割り出せないのもあなたに責任があるわけじゃない。二課全体の捜査能力を持ってしても割り出せないのは、恐らくこちらの想像以上の技術によって隠遁している可能性が高い。だから、あなたが気に病む必要はないのよ」
そう言ってフィーネは弦十郎の肩を軽く叩き、響達の前に出る。そして、弦十郎と同じく暗い顔をしている響と未来の前に出て、言った。
「いい二人共。これはあくまで私の仮説なのだけれど、今彼女は別の空間にいる可能性が高いわ」
「別の、空間……?」
「ええ。異次元、とでも言えば分かりやすいかしらね。こちらの観測、そしてあなた達が見た空間を割る彼女の姿から考察するに彼女の外異物の真の力は音を操る力ではなく、空間を操る力。そしてその力を自由に行使できるとするならばこちらの三次元領域とは違う別の空間にいる、という仮説を立てることができる。だから普通の捜索方法では彼女を捕まえることはできないわ」
「そんな、それじゃあどうやって……」
さらに表情に陰りを作る響。
一方で、フィーネは余裕を持った顔で、ふっと笑った。
「大丈夫よ、その結論に行き着いた時点で、私達はすでにアプローチの方法を変えたわ。平時の弓弾祭を捕まえられないのならば、こちらに現れる予兆を彼女より先に察知すればいいのよ」
「予兆を先に……つまり、ノイズの出現を事前に察知する、ってことですか?」
未来がフィーネの言葉に応える。
それに、フィーネはコクリと頷いた。
「ええ、その通りよ。今まで私達は、ノイズの出現に対して出現した後からの事後対応しかできていなかった。でも、弓弾祭の外異物のデータを今一度研究し直すことによって、ある程度空間における異端技術の干渉をより仔細にデータ化することに成功した。さらにこれに、現在私が厳重保管しているノイズを召喚できる聖遺物、ソロモンの杖のデータを合わせることによって、ついにノイズの出現を事前に予測することを可能としたのよ」
「じゃあ、それを使えば……!」
「ええ、弓弾祭が現れるのに対応することができる。本当はソロモンの杖の力でこちらから彼女を呼び寄せたいところなのだけれど、試したところどうにも彼女は自然発生したノイズじゃないと対応してくれないみたいなのよね」
「なるほど……だったら、早く出現予測を!」
「落ち着きなさい」
はやる響のおでこを、フィーネはピンと立てた指を乗せて抑える。そして、その指を軽く押して響の体をくらりと後ろに倒した。
「うわっ!」
「そうやって事を急くんじゃないの。予測計はすでに稼働してあるわ。でも、実際にノイズが現れようとしない限りには彼女も現れない。それに、あなた達装者の出撃準備ができて最善の状態じゃないと彼女に追いつかないかもしれない。あなたたち、ずっと二課に缶詰する気はある?」
フィーネは腰を曲げ、ぐいと響達に顔を近づけ意思を確かめる。それに対し、響と未来は、
「はい! もちろんです! 大切な親友のためです、缶詰くらいなんですか!」
「私も! 親友を取り戻すためなら、なんだって!」
とすぐさま答えた。さらにそれだけではなかった。
「その話、私達も乗ろう!」
部屋の奥、司令室の扉の方から、凛とした声が飛んできたのだ。そこにいたのは、翼、クリス、マリア、切歌、調の五人だった。
「翼さん! みんな……!」
「弓弾は私にとっても大切な仲間の一人だ。見捨てはおけん!」
「アタシの仕事はもとからあいつの警護だからな。警護対象にどっかいかれると困るんだよ」
「私はまだ彼女と出会って日が浅いけど……でも、今の彼女を見過ごすことができないわ」
「そうデース! 祭先輩は私達の大切な先輩デスからね!」
「響さん達が守りたいものは、私達にとっても守りたいもの……」
五人がそれぞれ、響と未来に自分の祭を助けたいという気持ちをぶつける。彼女らの言葉に対し、響は「みんな……」と一言呟き、感極ってすすっと涙を流した。
「みんな、ありがとう……!」
「はい、本当に、ありがとうございます……!」
涙を流しながら感謝する響、そして、涙は流さなかったものの、今にも表情を崩しそうな顔で大きく頭を下げる未来。
全員が、祭を説得したい、助けたい、という気持ちで一丸になっていた。
対して、そんな少女達を見ながら、弦十郎は自分の手のひらをギュッと握っていた。
「俺は、結局なんにも彼女達の力にはなれていないな……ダメな大人だ、まったく……」
「あら、そんなことないわよ」
そこに、彼の横にすっとフィーネが立ち、言う。
「少なくとも、私はあなたの言葉があったからこうして横にいる。そして、私があの子達のために頑張ろうと思ったのも、あなたのおかげみたいなところがある」
「俺の……?」
「ええ。あなたがどこまでもバカ真摯にやってるものだから、つい手助けしたくなっちゃうのよ。まったく、世話のかかる子ほどなんとやらってやつなのかしらね」
「了子君……」
「……と、話しすぎたわね。それじゃ、頑張りなさい。私は徹夜する気はないから、あとはあなた達の仕事よ」
そう言ってフィーネは弦十郎の近くから離れ、司令室の自分の席に深く腰をつけた。
弦十郎はその姿とお互いに言葉を掛け合う装者達を見て、ようやく表情を柔らかくしたのだった。
こうして、装者達が二課に住み込みノイズ出現を待つ日々が始まった。さすがに全員でずっと張り付いているのは効率が悪いため、それぞれがローテーションを決めての生活を二課で送った。
弦十郎も、できるだけそれに付き合った。できるだけ装者に合わせて起きながらも、ちゃんとフィーネやオペレーター達と交代し休憩を取っていた。
このようにノイズ出現を待ち続けて十日ほどが経った。そんなときだった。
「ノイズ出現の予兆、感知しました! X地区の六六ポイントです!」
あおいの声が、二課全体に放送されたのだ。
「X地区……そこって、祭の実家があるところだ……! わかりました! 大至急向かいます!」
それに答えたのは、響だった。そばには、未来と翼もいる。ちょうど、その三人がローテーションで起きていたところだった。
「よし! みんな、任せたぞ! 祭君を捕まえ引っ張って来てくれ!」
弦十郎が三人に激を飛ばす。その言葉に、三人は、
「「「了解!」」」
と声を揃えて答えた。
そしてノイズ出現予測を受けてからまもなく、三人は出撃した。
計算によれば、三人が目的地に到着するのは十分後。そして、ノイズが現れるのは九分後であり、ギリギリノイズの出現には間に合わないことになる。
だが、その一分の間に祭がノイズを倒しきれるかは分からず、祭が駆除しきれない数のノイズが現れることを祈るばかりだった。
そのことの説明を受けたとき、翼は普段あれほどに敵として憎んでいたノイズの出現を数多く願うことに皮肉めいたものを感じ、軽く自嘲した。
一方で響と未来は、祭のことで頭がいっぱいになっていた。
「ねぇ響、次のX地区って、祭の家があるところだよね。おじさんとおばさん、大丈夫かな……」
「大丈夫だよ、きっと逃げられてる。ノイズ出現の予測と一緒に警報を鳴らしたって言うし、きっと逃げてるよ」
「そうだね。今の祭、おじさんとおばさんが見ないといいね……」
「……うん」
それぞれがそれぞれの想いを胸に秘めながら、ついにノイズ出現場所へと到達する。だが、そこで三人を向かえた光景は、想像とは違ったものだった。
「……え?」
響はその光景に、思わず声を漏らす。
三人が見たもの、それは、祭が逃げ遅れた人々を手にかける姿だった。
「弓弾……何をやって……弓弾っ!!」
翼が祭に向かって叫ぶ。だが、祭は人々の虐殺を止めない。まるでノイズを駆逐するかのように、祭は笑いながら、狂った瞳で音で人々の体を裂いていた。
「……う……そ……」
あまりの光景に、絶望した顔をする未来。
一方で、響は――
「――っ!!」
祭目掛けて、素早く駆けていた。
「祭ッ――!!」
そして響は、その手で祭の顔を思い切り殴り飛ばした。
『う……ひ、響……?』
その一撃で、祭の目に理性の光が灯る。何がなんだか分からない。そんな顔をしていた。
『何をするんだ響……私は、ただノイズを倒していただけだよ……?』
「祭……祭……!」
響は泣く。泣きながら、祭を見る。そして理解する。祭が、人とノイズの区別がつかなくなっていたことを。
『響、どうしたの……?』
「祭……祭には……“その人達”が、ノイズに見えているんだね……」
『…………え?』
そして、祭もまた気づく。響の言葉で、自分が今まで何をしていかたということを。
『あ……ああ……う、そ……』
人を、殺していたという現実を。
『わた、し……なんて……ことを……』
「……これは、一体……櫻井女史ッ!!」
翼はいち早く頭を冷やし――と言っても困惑しているのには変わりないが――本部へと連絡を取る。
『……おそらく、外異物の影響が彼女の脳にまで出たのだと考えられるわ。彼女のずっと音を奏でていたいという意志、それを正当化するために、あらゆるものを敵であるノイズと認識させていた、というのが一番の仮説かしら』
翼に自らの考えを語るフィーネ。その内容は、翼だけにでなく未来、そして響にも伝わっていた。
「そんな……そんなことが……!」
『ごめんなさい、こちらも外異物の事に関してはデータが少なすぎて予測ができてなかったわ。それより気をつけて、外異物が彼女の脳、つまりは感情に左右されているのだとしたら、大きな感情の変動はさらなる変化を引き起こす可能性がある。くれぐれも現状以上に彼女に刺激を与えないで』
「そんなこと言われても……! くっ……了解しました……! 立花、分かっているな……!」
翼は唇を噛みながらも頭をコクリと動かし、響へと叫ぶ。
「……はい、分かってます、翼さん……!」
それに泣きながら頷く響。そして響は、涙を拭って、頑張って笑みを作って祭に近づく。
「……祭、帰ろう? 一緒に、二課へ」
『私……人、殺して……! 私、こんなつもりじゃ……!』
一方で祭は、頭を抱え、目を見開き、わなわなと震えていた。そんな彼女を、刺激しないよう、優しい言葉をかける響。
「大丈夫、分かってるから……! 祭がそんなことを望んでするような子じゃないって、みんな、わかってるから……!」
『あ、ああ……響……私……私……!』
「大丈夫だよ祭、さあ、私の手を握って」
『ひび、き……』
響が手を伸ばす。その手に、祭もまた手を伸ばす。そのときだった。
『……あ』
祭は、何かを踏んでしまったことに気づく。そして、その踏んでしまったものを見る。
そこにあったのは二つの死体だった。初老あたりの二人の男女の死体だった。その死体の上半身と下半身はちぎれており、祭の音によって引きちぎられたようだった。
そこまでは他の死体と一緒だった。だが、その死体が他と決定的に違う点が一つだけあった。
祭は知っていたのだ。その死体が誰かを。それは、よく見知った顔で、自分が人生で一番お世話になった、愛する人達の顔で――
『あ……お父さん……お母さん……?』
そこに転がっていたのは、祭の両親の死体だった。今まで彼女を甲斐甲斐しく育てて、困ったときにはいつでも話し相手になってくれた……愛してくれた、かけがえのない家族の、死体だった。
そんな両親が、今彼女の目の前で溢れんばかりの血を流しながら倒れている。祭自身の手にかけられて、倒れている。
『私が……お父さんと、お母さんを……? 私、が……!? あっ、あああああああ、ああああああああああああああっ!?!?』
『ッ!! まずい!! 立花響!! 今すぐ彼女の意識を奪ってこちらに連れてきなさい! 早くっ!!』
フィーネの通信が響の耳に鳴り響く。
だが、既に遅かった。
『うわあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!!!!』
祭は叫んだ。機械の喉でありながら、あまりにも悲痛な声で。作られた喉が壊れんばかりの勢いで。機械の手を握りつぶすほどの力を込めて。
「祭ッ! 落ち着いて! 祭ッ!」
響が近くで叫ぶ。だが次の瞬間、祭の体から大きな衝撃波が飛んできて、響は吹き飛ばされてしまった。
「うわっ!?」
「響!」
「大丈夫か、立花!」
「私は大丈夫です……それより、祭が……!」
起き上がった響は再び祭を見る。すると、そこには以前にも見たことのある光景があった。
祭が、体に闇をまとっていたのだ。粘着質の、ベタベタとした闇を。
やがてその闇が祭の体全体を覆い隠す。かと思いきや、その闇にヒビが入り始める。
響はそれを知っていた。同じだったのだ。風鳴一姫が、怪異物へと姿を変貌させた、そのときと。
そして次の瞬間、その闇がボロボロと崩れ落ち、中からそれが現れる。
木と金属が混沌とした形で入り混じさせ、いたるところに音を奏でるための弦やヘルを生やした、人の形をした怪物。手足だけで普通の人の身長ほどありそうな長さをさせた異形。耳元まで裂けた口から牙をギラつかせ、長い舌からよだれをベタベタと垂らしている、目のない相貌の化け物。
怪異物となった弓弾祭が、そこにいた。