【完結】転生せし音色~夢に縋る青年だった少女~ 作:詠符音黎
リハビリで体を元通りに動かせるようになった響を待っていたのは、世間のバッシングだった。
彼女が帰る前までは普通だった立花家は、響が帰宅したと分かるとすぐさま口汚い言葉が描かれた張り紙や落書きで覆い尽くされた。
さらには投石や罵詈雑言の投げかけなど、上げればきりがない嫌がらせに見舞われた。
そんな過酷な環境に、響達一家はみるみると衰弱していっているのが、俺から見ても分かった。
そんな彼女らの姿を見て、俺と未来は、できることをしようと、心に決めた。
まず、響のケアは未来に任せた。
学校ではいじめに合わないよう常に三人一緒にいたが、大切なときは俺よりも響のことを理解している未来に頼んでいる。
響の心を癒やすことができるのは彼女において他はないだろう。
一方、俺はというと……
「祭ちゃん、もういいのに……」
「いいえ、やらせてください。これは俺のせいみたいなものなんですから」
響のお父さん――立花洸さんが心配する一方で、俺は響の家に貼られた張り紙を剥がし、汚された壁を掃除していた。
家がこんな状態ではどんどんと心が参って当然だ。
なら、少しでも綺麗にしてやるのが、俺のできることだと、そう思ったのだ。
「祭ちゃんのせいなんかじゃないよ……悪いのは、世の中とノイズだ。どうして、助かった響をあそこまで言うんだ……」
「……そうですね、後半部分には同意です。でも、やっぱり責任の一部は俺にあるんです」
俺が響をライブ会場から引き離せなかったから。
あのとき、無理にでも引き離しておけばよかったんだ。
そうすれば、響の家族は今まで通り幸せでいられたのに。
自分の不甲斐なさに苛ついて、壁を拭く雑巾を持つ手に力が入る。
「それってどういう……」
「……分からなくていいです。俺が勝手に思ってることですから。それよりも、響のお父さん」
俺は一度壁を拭く手を止めて、洸さんと向き合った。
「とても辛いのは見ていてもよく分かります。でも……逃げるなんてことだけは、絶対にしないでください」
「えっ!?」
彼はとても驚いた表情をする。
それはそうだろう。恐らく、今彼の心の中に渦巻いている感情を、娘と同い年の女子が言い当てたのだから。
洸さんはこの世間からの悪意に耐えられず出ていくのを、俺は知っていた。
それが、シンフォギアのアニメの展開であったことだから。そんな父親と再会していろいろと苦しみ、そしてそれを乗り越えるのがシンフォギアの三期であるGXの話の一つだった。
でも、響の友達になった以上、それを見過ごすことはできない。
響に辛い思いなんてこれ以上させちゃいけないんだ。
「……は、ははは……俺がそんなことするはずないじゃないか……」
洸さんは笑ってごまかそうとしている。
でも、俺はそれでなあなあになんてしない。
俺は彼に駆け寄って、腕をぎゅっと掴んだ。
「嘘です、洸さんは心の中で今すぐにでも逃げ出したいと思ってるはずです。でも、それだけは絶対にやめてください。娘の一番辛いときに、親が一緒にいてやらないでどうするんですか! お願いです、俺にできることならなんでもします。だから、響を見捨てないでください……!」
「……祭ちゃん」
不審がられたって構わない。
さかしい子供だと思われても構わない。
俺は俺にできることを全部するんだって。
もう後悔しないように行動するんだって、そう決めたんだ。
「……すごいね、君は」
と、そこで洸さんが俺に笑いかけた。
「いやぁね、確かにそういうこと、ちょっとだけ思ってたんだ。もう耐えられない、逃げ出したいって……でも、今の君の言葉で俺は目が覚めたよ。うん、そうだね。響が頑張ってるんだ。俺も頑張らないでどうする。大丈夫、この程度の嫌がらせ、へいきへっちゃらさ!」
響の口癖、それは父親である彼の口癖でもあった。
それを口にする彼の姿は、とてもたくましく見えた。
「……よかった」
もう、大丈夫な気がする。
俺はなんとなくだがそう思った。
もちろん逃げ出さないように目は光らせるつもりだが、少なくとも勝手にいなくなるなんてことはないだろうと、そう彼の姿は俺には見えた。
「あっ、祭!」
と、そこで聞き慣れた声が俺の耳に入ってきた。
響だ。外に出ていたらしい彼女が帰宅してきたのだ。
「祭、いつもありがとうね……いっつもうちの掃除を手伝ってもらっちゃって」
「ううん、いいんだ。だって、大事な友達のためなんだから」
「祭……そうだ、今日はうちでご飯を食べていきなよ! ねぇ父さん!」
「そうだな! 祭ちゃんにうちの手料理をたんと振る舞おう! 最近は夜中に警察さんが見回ってくれているから、晩ごはんぐらいなら落ち着いて食べられるしな!」
「……ありがとうございます。お言葉に甘えます」
俺はそう言って、家に連絡した後に彼らと一緒に食事をすることにした。
響と一緒に食べるご飯は、とても温かい味がした。
「ふぅ……いっぱい食べたな」
その夜、帰路についていた俺は自分のお腹をさすった。
立花家の晩ごはんの量はとても多く、俺はお腹がいっぱいいっぱいになるまで食べることとなった。
「今度いただくときは、もうちょっと遠慮しないとな……」
俺はそんなことを言いながら苦笑する。
このまま頑張っていけば、辛い状況なのは変わらなくとも少しは響を癒やしてやれる気がする。そんな、漠然とした未来が見える気がした。
「おい、お前」
そんなときだった。
粗野な声が、俺の背後から聞こえてきた。
「はい……?」
俺は振り返る。そこには、見た目が汚らしい、筋肉質な男が立っていた。
「お前、あの家の掃除毎日してるな。しかも、今日はあそこから出てきた。お前、あの家族とどういう関係なんだ」
その言葉で俺はすぐに察した。
こいつは、響の家に嫌がらせをしている一人なのだと。
「……別に、見ての通りですけど」
だから俺は、不快感を隠さずに言う。
こんな相手に礼儀正しくできるほど、俺は人間ができちゃいない。
「お前分かってるのか? あの家の娘のせいでたくさんの人間が死んだんだぞ!」
「そんなの勝手な責任のなすりつけじゃないですか! 響は悪くない! 悪いのは突如現れたノイズでしょうが!」
「うるせぇ! あの事件で死んだ人間はノイズの被害よりも逃げようとしたパニックで死んだやつのほうが多いって話じゃねぇか! どうせあの娘だってそうやって他人の命を無視して逃げたに決まってるんだ!」
「何をふざけたことをッ!!」
俺はあまりに勝手な言葉に頭に血が昇り、その男に怒鳴った。
怒鳴らずにはいられなかった。
「そんな馬鹿げた話あるものか! たった一人の子がたくさんの人を殺すなんて、響がそんなことをするなんてありえないっ! 第一彼女はれっきとした被害者なんだぞ!? それを何も知らないのに勝手なことを……ッ!」
「うるせぇ! 俺の息子もあの会場にいたんだ! そして、避難の波に飲まれて死んじまったんだ! てめぇみたいなガキに子を失った親の気持ちは分かるわけねぇだろうが!」
「だとしても! それを響になすりつけてあんな馬鹿げた嫌がらせをするなんて、最低だッ!」
俺はいつしかその男に掴みかかっていた。
男も俺を掴み返す。俺と彼は取っ組み合いの状態になっていた。
「てめぇ……知ったような口をぉ!」
男は明らかに怒り心頭な状態で言うと、懐からとあるものを取り出して俺に向けた。
それは、包丁だった。
「っ!?」
「今すぐあの家に関わるのをやめろ! でないと、タダじゃすまさねぇぞ!」
「う、うるさい……! そんなもの、怖いもんか……! 誰がやめるか……!」
「わからねぇガキがッ!」
男は包丁を持った状態のまま俺の襟首を掴み持ち上げる。
「かっ……!?」
俺はそれで苦しくなりもがき、足をバタバタとさせる。
そんなときだった。
「ぐっ!?」
俺がばたつかせた足が、男の腹部を蹴り飛ばしてしまったのだ。
「このガキィ……!」
男は完全に怒り、そして、俺を地面に突き飛ばし、包丁を振りかぶり――
「ああああああああああああああっ!」
俺の喉に、包丁を突き刺した。
「かっ――!?」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!!!!!!????
「――ッ!? ――!?」
激しい激痛が俺を襲う。
俺の視界はすぐさまぼやけていく。
――ああ、俺はまた、死ぬのか……。
そう思っていく俺が恐らく最後に見るだろう光景は、夜空に浮かぶ月だった。
俺は、血が抜け凍える体でその月の輪郭があやふやになっていくのをただぼおっと見ていた……。