「完全に意識失ってたわー」
「恥ずかしいところを見せたわね」
休み時間、リサさんを湊さんの席のところに呼ぶと、やってしまったと言わんばかりの表情を浮かべながら言うリサさんに続いて、湊さんはバツが悪そうに言ってくる。
「いや、それはいいんだけど、二人そろって居眠りなんて……何があった?」
「主催ライブの準備にちょっと手間取っちゃってね」
そこで、僕の嫌な予感は的中した。
「湊さん、進捗ノートを見せて」
主催ライブをやることが決まった最初のほうに、やるべきことをまとめた進捗ノートを作っておくことを勧めておき、実際に作ったのを見ているのを知っている僕は、ノートを持っているであろう湊さんにそれを見せるように要求した。
それを見れば僕が感じているこの予感の正体が、はっきりするのだ。
「どうぞ」
湊さんに受け取ったノートを開いて、進捗状況を確認する。
(マジか)
それを見て僕は思わず頭を抱えたくなってしまった。
現在の進捗状況は、僕の予想よりも大幅に遅れている状況であり、ライブの開催自体が不能状態になるギリギリのラインだった。
「皆のためと思って手を出さなかったけど、これはさすがにまずすぎる」
「……やっぱり?」
なんとなくリサさんたちも察していたようで、顔がこわばっている。
「微力ながら、僕も手を貸すけど、いい?」
「ぜひ、お願いするわ」
一応湊さんにも確認をとった僕は、OKをもらったことで主催ライブの準備に加わることとなった。
「―――ということで、今から僕も主催ライブの準備を手伝います」
「すみません」
放課後、CiRCLEに集まってすぐに、僕は現状がどれほどやばいのかを説明したうえで、フォローに入ることを宣言した。
反応は主に、申し訳なさそうにしている白金さんと紗夜の二人と
「やったぁー! 一樹さんが手伝ってくれるならもう怖いものなしですね!!」
と、素直に喜びをあらわにしているあこさんの二通りだった。
「宇田川さん、あまり喜べることではないですよ」
そんなあこさんに紗夜から檄が飛ぶ。
確かに、喜んでいい状況ではない。
「それじゃ、主催ライブの準備とライブの練習を始めよう!」
『おー!』
僕は士気を高めるべく、そう声高く号令をかけた。
「美竹君、それは私のセリフよ」
湊さんからのツッコミを受けながら。
これが、僕の睡眠時間3時間という極限状態の日々の始まりになるとも知らずに。
僕は真っ暗闇の中にいた。
音も何もない真っ暗なその空間は、どこか心地よささえも感じる。
「―――い! か―――――さい!」
そんな空間を侵略するように、誰かの声が聞こえてくる。
(一体、誰?)
僕は、その侵略者の正体を明かすべくあたりを確認する。
とはいえ、周囲は暗闇になのだから、見えるはずもないのだが、それすらも侵略者の狙いだったのかもしれない。
最初は声だけだったそれが、ついに空間自体にまで広がっていく。
白い光が暗闇に差し込みだしたのだ。
そして、その白い光は徐々に僕の意識を引っ張っていく。
「あ、一樹先輩起きたよ!」
「へ?」
引っ張られた先で見た光景は、誰かと話している戸山さんの姿だった。
(何で、家に戸山さんが?)
寝起きでぼんやりとした中で、僕の疑問は尽きない。
だが、徐々に意識がはっきりとしてくると、自分の置かれた状況が分かってきた。
(ここって……控室か)
最初は家だと思っていた場所が、今日Roseliaの主催ライブ会場となる『dub』の彼女たちの控室だったことに気づいた。
それに連なるようにして、色々なことを思い出していく。
ライブ当日を迎えたこの日、まだ終わっていなかったライブの準備を済ませるべく、早めにdubを訪れて準備をしていたのだが、どうやらいつの間にか眠ってしまったようだ。
(しかもみんな寝てるし)
辺りを見回すと、同じく眠ってしまったのであろう湊さんたちの姿が確認できた。
(とりあえず立つか)
このままだとまた寝てしまいかねないので、僕は席を立って眠気を振り払うことにしながら、挨拶に来ていたのであろう戸山さんたちが湊さんたちを起こす光景をぼんやりと見ているのであった。
……眠い。
あれから、みんなが起きだした頃には僕のほうもようやく寝ぼけた状態から脱することができた。
「やばい、完全に意識失ってたわ」
「……恥ずかしいところを見せたわね」
この間教室で聞いたのと全く同じ言葉を、聞くことになってしまった。
「もしかして、今日も寝てないんですか?」
心配そうな山吹さんの言葉から察すると、どうやら僕たちと同様のやり取りが花女のほうでもあったらしい。
「主催ライブだと、色々と準備のほうに時間がとられてしまって」
「当日のライブのセッティングも、こちらでするという約束で会場費を抑えていたので、しょうがないのですが……」
今になってリサさんの交渉の弊害が出てきてしまったわけだが、それを言ったところで何も変わらないし、言う時間があるなら一つでも進めておこうということにしていたが、こればかりは反省会で上げることにしよう。
僕は、心の中でそう結論付けた。
「でも、どうして一樹先輩も?」
「……フォローするつもりはなかったんだけど、進捗状況があまりにも悪かったから、僕のほうで手伝うことにしたんだよ」
願わくば、もっと早くに気が付いておくべきだった。
ちなみに、授業中に寝るという失態はしていない。
……休み時間で寝たけど。
「あ、あはは……」
りみさんが苦笑する中、リサさんの携帯の着信音が鳴った為、リサさんが電話に出た。
「はい……今日はお世話になります」
どうやら、相手は今日このライブにゲスト出演するバンドだったらしく、電話応対のため控室を後にしていった。
「ゲストの方が揃い次第、リハを始めます。リハの順番については、美竹君から伺ってください。宇田川さん、ケータリングの買い忘れはありませんか?」
「はい、ばっちりです!」
紗夜はスタッフへ今の内容を伝えるために、控室を後にしていく。
色々あったが、準備のほうは何とかなりそうだ。
ちなみに、紗夜の僕への呼び方は、真剣モードという解釈が適当かもしれない。
……ただ単純に恥ずかしいだけかもしれないけど。
「あの! 私たちも何か手伝えることはありますか?」
慌ただしく動く紗夜たちの姿を見た戸山さんが、準備の手伝いをすると申し出てくれた。
「これは、私たちがすること。あなた達はライブのことだけに集中して」
「それに、ここまでくれば彼女たちだけでも十分間に合うと思うから。気持ちだけ、受け取っておくよ」
睡眠時間3時間生活の甲斐もあり、何とか彼女たちだけで準備が間に合うところまで持っていくことができた。
もうこれで大丈夫だ。
そのことを僕は戸山さんたちに伝えたのだ。
「はい!」
そして、戸山さんは元気よく返事をするのであった。