「じゃ、あたし帰るねっ」
「はい、お疲れさまでした。日菜先輩」
日菜さんはこの後パスパレの仕事があるらしく、足早に生徒会室を後にした。
「それで、一樹先輩は帰らないんですか?」
「あ、うん。資料整理でもしようかなって」
今後またどの資料を使うかわからない以上、資料となりそうなもの(主に議事録など)は整理整頓しておいたほうがいい。
本当は時間に余裕のある日に行うべきだが、生憎とそのような日がないため、少しずつ進めているのだ。
「やっぱり一樹先輩ってすごいです」
「何? 急に」
突然褒めてきたつぐに、僕は資料整理の手を止めずに反応する。
「あの会議の時、私はどうすればいいかわからずにあたふたしてるだけだったのに、一樹先輩は落ち着いてまとめてたのを見て思ったんです。私は副会長としてまだまだだなって」
「……」
力なく笑みを浮かべる彼女のその姿は、劣等感のようなものを感じているようにも思えた。
「どうして副会長だからって、その場をまとめられなければいけないって思うの?」
「え? それは、副会長だから……」
僕の疑問に答えるつぐの言葉は、どんどんと尻すぼみになっていく。
「人には、向き不向きもある。僕はあの場をまとめるのに向いていて、つぐには向いていなかった。ただ、それだけのことだよ。それにもしかしたら、つぐには向いていて僕には向いていないことだってあるはず。だから、僕は自分にできる範囲でやっているだけ。役職なんて、それほど関係ないんだよ。僕にとってはね」
僕はたまたま風紀委員長になったが、そうなったからまとめられたのか、まとめられる適性があるから風紀委員になれたのかは誰だってわからないはずだ。
なので、この役職だからこうでなければいけないというのは、ナンセンスだと思うというのが僕の持論だったりする。
「それに、蛇足だけどつぐは十分副会長としてふさわしいと思うよ」
「本当ですか?」
「うん。そのうちわかると思うよ」
まだあまりぱっとしていない様子のつぐだが、きっと彼女がそのことに気づけるときは来るはずだ。
それがいつかは分からないけど。
(僕も頑張らないと)
風紀委員長になった理由は、紗夜に話したのもあるがもう一つの理由がある。
今後、日菜さんのような天才クラスの生徒がここに現れるかもしれない。
そうなった時、また反日菜グループのようなものができるかもしれない。
日菜さんの場合は、できたとしても彼女の友人もいるし、僕がそばで守ることだってできる。
でも、その人はどうだろうか?
そのようなことが起こらないように、風紀委員の活動を活性化させて、それを後輩に受け継いでもらう必要があるのだ。
なので、僕の最終目標は、それを実現することでもある。
僕はもう一度それを思い出しながら、資料整理を続けるのであった。
「ちょっと遅くなっちゃったかな」
あの後、終わるまで付き合うと言ってくれたつぐに、やんわりと帰るように促して資料整理を続けていたのだが、どうやらものすごく熱中してしまっていたようで、かなりの時間が経っており、当初予定していた時間より少し遅れてしまった。
それでも、あらかたの整理は終わったので、僕的には大満足だけど。
「あれ?」
廊下の窓に目をやると、木のそばにしゃがみ込む湊さんの姿が見えた。
(湊さんもまだ帰ってなかったんだ)
ちょうどいいので彼女と一緒にCiRCLEに向かおうと、昇降口に向かうと上履きから靴に履き替えて、先ほど湊さんがいたであろう中庭に足を進める。
(ん?)
中庭に移動した僕が見たのは、いつの間にか来ていたリサさんともう一人の見知らぬ女子生徒の姿があった。
青っぽい髪をシュシュのようなもので束ねている眼鏡をした彼女は、ここでは見たことがないので、おそらくは新入生だと思われる。
その女子生徒は、まるで二人から逃げるように”タタタ”と校舎の中に入っていく。
「二人して、こんなところで何してるの?」
「あ、一樹君じゃん。生徒会?」
「まあ、そんなところ」
どっちかというと生徒会活動が終わった後に資料整理をしていたのだが、そこまで言う必要もないので、言葉を濁した。
「ほら、昨日ポピパにちょっときつく言ったでしょ? 友希那が少し気にしてたんだよ」
「別に、私は……」
ある意味湊さんらしいとも言える内容だった。
「まあ、今は無理でもそのうち分かるはずだと思うけど。湊さんが言いたかったこと」
これで分からなければもれなく僕が出ていくことになるけど。
尤も、その時には湊さんよりも大きなダメージになることは間違いないだろう。
「……それ、さっきリサに言われたわ」
「あはは、アタシ達気が合うね~☆」
どうやらリサさんと同じ内容を僕は言ったらしく、ウインクしてくる彼女に、僕はどういうリアクションを取っていいものか悩んだ。
「そういえば」
そんな時、ふと先ほどの光景を思い出した僕は、二人に聞いてみることにした。
「さっき二人が話していた女子生徒って知り合い?」
「知り合い……というより」
「galaxyでバイトをしてた子だよ。この間の主催ライブにも来てたんだって」
どうやら、ライブハウスの方で知り合いになった人のようだ。
「何々? 早速浮気?」
「……美竹君そうなの?」
湊さんの視線が凄まじいくらいに鋭くなる。
「否! 断じて否! 違うから! ただ、ちょっとどこかで会ったような気がするだけ」
「あはは、そんなに必死になって否定しなくても、冗談だから大丈夫だよ。ごめんね☆」
「冗談にしても性質が悪すぎるって」
舌をちょこんと出して謝るリサさんに、僕はやや脱力感を感じながらいいかえs
これがもし紗夜の耳にでも入れば最悪、命が危なくなる。
リサさんは笑ってはいるが、こちらは全然笑えない。
「それより、どこで会ったの? やっぱりライブハウスとか?」
「いや、そもそもgalaxyなんて今まで一度も行ったことないし」
色々と頭をひねって考えてみる。
啓介たちの友人という可能性もないし、ファンとして会ったわけではない。
ただ、僕の勘が音楽関係で知り合っていると告げているのだ。
「美竹君、そろそろいいかしら? この後練習よ」
「あ、うん。ごめん」
あとちょっとで出てくる答えだったが、湊さんの言葉に中断せざるを得なかった。
(まあ、そのうち思い出すか)
おそらくこれ以上考えても出てくる可能性は低いのだから、一度考えることを止めるのも重要なことかもしれない。
そういう結論に達した僕は、湊さんたちと一緒にCiRCLEへと向かうことにした。
「美竹君、今日の練習だけど時間配分をこういう感じに組んでみたのだけど、どうかしら?」
「ちょっと、拝見」
その道中、湊さんから手帳を借りた僕は、この日の練習の配分に目を通す。
最初の小一時間ほどで通常通りの練習。
その後、いつもより大幅に短めの休憩の後に、CiRCLEのロビーを借りてフィードバックを行う。
そしてその後の練習では改善のための弱点克服をメインとした練習を行う。
それが、湊さんの手帳に書かれていた。
「うん、いいと思うよ。最初は通しで練習をして、後半で弱点をなくしていく感じにするほうが効率的だし」
文句のつけようもない完璧な配分に、太鼓判を押しつつ湊さんに手帳を返した。
「そう。それじゃ、今日はこの通り練習をするわ」
「ロビーを借りるって書いてあるけど、許可とかは取った?」
「もちろん☆ まりなさんがぜひって」
一つだけの懸念事項でもあるCiRCLEのロビーの使用だが、許可は取ってあるようなのでこれも一安心だろう。
こうして、僕たちはみんなが待っているであろうCiRCLEに向かっていくのであった。