「すー……」
学園内の二階の一室の前にたどり着いた僕は、軽く息を吸うと軽くノックをする。
「どーぞー」
中から返ってきた声で、僕は目的の人物がいるのを把握し、ドアを開けて中に入る。
対面がガラス張りされ、中央には6人が座れるデスクが置かれたそこが、この学園の生徒会室だ。
その奥側、木目調の机の席が、生徒会長の席となる。
「ここで何をしてるんだ? 日菜さん」
そこに腰かけていた、友人でもあり恋人である紗夜の妹にあたる人物でもある日菜さんに、僕は声をかける。
「ちょっと座り心地を確かめてたんだ。とってもるんってするね!」
生徒会長なのだから、もっとしっかりとしていると思われるかもしれないが、実際はこういう人物なのだ。
(ある意味、日菜さんが生徒会長になったことが、一番の衝撃的な事件だと僕は思うよ)
ある意味台風の目にもなりかねない彼女が、生徒会長になれたことは、驚かずにはいられない。
対立候補がいなかったからと思う人もいるかもしれないが、それでも信任投票は避けては通れない。
その信任投票で大多数の信任を得たことで、彼女は生徒会長に就任したのだ。
それは、紛れもなく日菜さんが生徒たちから信頼を得たということだ。
友人として、それは他人事であったとしても嬉しくないと言えばうそになる。
とはいえ、日菜さんが台風の目になりかねないのも事実なわけだけど。
「それはそうと、今日は何の日かわかってる?」
「え? 入学式でしょ? なんだかるるるんってするよねー」
(あー、これは浮かれてるな)
念のために聞いておいたのだが、楽しそうに答える日菜さんのその姿は、やはりというべきかかなり浮かれているようにも見えた。
「そう。新入生にとっては大事な始まりの日。生徒会長の日菜さんは、入学式で挨拶をするんだから、おふざけとかは一切なしで真面目にやるように。就任演説の時のようなことは絶ッッッ対に辞めてね」
「だって、あの時はみんなの挨拶が、全然るんってしなかったんだもん」
”絶対”の部分をこれでもかというほど強調して言うと、日菜さんからそんな反論が返ってくる。
それは、生徒会長に就任し、生徒会メンバーが確定したことを受けて全校生徒の前でメンバーの紹介と、挨拶を行う就任演説の時のことだ。
「生徒会、風紀委員長の美竹一樹です。全校生徒の皆さんが落ち着いて学園生活を送れるよう、生徒会としてできる限りのサポートを行います。お困りの際は生徒会風紀委員までお尋ねください」
僕を含めた生徒会役員の演説は、このような形で無難なものとなっていたのだ。
このまま静かに就任演説は終わるだろう。
最後のオオトリを務める彼女が来るまでは、その場にいる誰もがそう思って疑わなかった。
「えー、生徒会長の氷川日菜です! 私は、みんながるんってする学園生活になるように、頑張りまーす!」
何を思ったのか、日菜さんは彼女の代名詞にもあたる”るんっ”という言葉を大きな声で言いながら、原稿を上空に放り投げてしまったのだ。
(あーあ、紗夜と一緒に”るん”は使うなって言っておいたんだけどな……)
まず間違いなく、彼女の言う”るん”の意味は伝わりにくいと思い、演説などでは使わないように言い聞かせておいたのだが、最後の最後で使ってしまったのだ。
後に彼女は、『盛り上がっちゃったから使っちゃった♪』と言っていたけど。
「でも、あの時はみんな盛り上がって、るんっ♪てしたからいいじゃん」
「良くないよ。あの後怒られたの忘れてないでしょ」
日菜さんの言う通り、確かに生徒たちへの受けはよかった。
それは不幸中の幸いだろう。
ただ、このような型破りな演説をしてしまえば、当然お説教は免れないわけで、僕を含めて日菜さんの二人で理事長からのありがたいお言葉を頂くことになってしまった。
それは、少しずつ寒くなり始めようとしている秋のことだった。
「大丈夫だよ~。一君、まるでおねーちゃんみたい」
ぷーっと頬を膨らませてはいるが、こうでもしておかないと安心ができない。
「どういうわけか、僕は生徒会長の暴走を止めるブレーキみたいな役割をになっているみたいだし、風紀委員としてそれを乱すような行動は慎んでもらうからね」
「……むぅー」
理事長のありがたいお言葉の中で判明した、僕の生徒会における役割はある意味理にはかなっているが、勘弁してほしいというのが本音だ。
そんな僕の宣言がお気に召さないようで、日菜さんは不服そうに唸り声をあげていた。
「おにーちゃん厳しすぎ~」
「これでも、紗夜からすれば大甘らしいけど」
さっきは役割とか慎んでもらうとか言ってはいたが、さすがにそう何度もするつもりはない。
彼女のやることで、最終的には間違いだったということがそうそうないというのを、僕は知っている。
きっとそれは生徒会長になった今も変わらないと、僕は信じているのだ。
少しだけスケールは大きくなると思うけど、彼女のような存在が時にこの学園をよくしていくきっかけになることだって十分あるのだ。
なので、ブレーキ役を期待している教師陣には申し訳ないが、僕の基本的なスタンスとしては特に止めはしない形にするつもりだ。
止めるのは、あくまでも行き過ぎた場合のみ。
(まあ、振り回されるほうとしては考え物だけどね)
分かってはいても、振り回されるほうとしては勘弁願いたいけど。
「あと、学校とか人前で”おにーちゃん”はやめてって、言ったはずだよね?」
「え~、ここにはあたししかいないし、いーじゃん」
僕の中での困りごとと言えば、日菜さんの”おにーちゃん”呼びだ。
黙認はしているが、人前で言われたときの周囲の視線については、あまり思い出したくない。
「壁に耳あり障子に目ありともいうから、絶対にやめて」
「はーい」
本当に大丈夫なのだろうかと不安ではあるが、これ以上話していても何も変わらないので、話を切り上げることにした。
「さてと、僕は受付のほうに行ってくるから、日菜さんは準備の方進めておいて」
「うん、わかった」
時間的に、受付が混雑するタイミングなので、僕は日菜さんの返事を聞いて生徒会室を後にすると、受付にいるつぐのフォローに向かうのであった。
入学式も終わり、副会長であるつぐと共に、軽く生徒会室にある資料の整理をしていた。
今日は特にやることもないので、本当であればすぐに帰れるのだが……
「日菜先輩、戻ってきませんね」
「まあ、自業自得だけどね」
僕の言葉に、つぐが苦笑する。
今、生徒会長である日菜さんは、理事長たちに怒られている最中なのだ。
「釘は差しておいたんだけど、意味なかったみたい」
「あ、あはは……」
僕の言葉に、つぐは苦笑を浮かべるしかなかった。
それは、入学式での生徒会長からの挨拶でのことだ。
『えー、テステス』
壇上に上がった日菜さんは軽くマイクのチェックを行って、挨拶を始める。
『羽丘は勉強も大事だけど、生徒会長的には……るんっですよー!』
「ひ、日菜先輩!? げ、原稿!」
就任演説の時とほぼ同じことが目の前で繰り広げられたのだ。
それでも、新入生の受けはよく、沸き上がった歓声に日菜さんも手を振って応えていた。
その横で、日菜さんが放り投げた原稿を必死に回収しようとするつぐの姿に、僕は頭を抱えるしかなかった。
そんなことを行って、ただで済むはずもなく、日菜さんは挨拶を終えてすぐに先生たちに連れていかれた。
今頃は、みっちりと怒られているだろう。
「今年一年、お互い頑張ろう」
「そ、そうですね」
僕とつぐは顔を見合わせると苦笑しあう。
つぐもなんとなくではあるけど、悟っているのだ。
今後待ち受ける自分の運命を。
「ただいまー」
「あ、おかえりなさい日菜先輩」
「おー、その様子だとすさまじく絞られたみたいだね」
生徒会室に入ってきた日菜さんは、どこか疲れている様子だったこともあり、僕は先生のお説教がどれほどのものだったのかがすぐにわかった。
「今、お茶入れてきますね」
「ありがとー、つぐちゃん」
生徒会長の席に腰かける日菜さんを見て、つぐはお茶を入れに立ち上がる。
「これに懲りたら、もう少し真面目にやることだね」
「あたしは、いつだって真面目だよ」
(それであれになるのであれば、すごいを通り越すんだけど)
「どうぞ」
日菜さんの受け答えに、どう反応していいのか困惑していると、ちょうどお茶を入れてきたつぐが戻ってきて日菜さんの席に茶碗を置いた。
「はい、一樹先輩も」
「僕は別にいいんだけどね。ありがと」
頼んではいなかったが、せっかくつぐが入れてくれたのだから、僕はありがたくいただくことにした。
「……あたしって、生徒会長に向かないのかな?」
「えぇ!?」
茶碗を手にうつむいている日菜さんの口から出た弱音に、つぐが目を見開かせて驚きをあらわにする。
「何を急に」
「理事長先生に、今のあたしは生徒会長としてふさわしくないって言われて……」
どうやら、あの挨拶は理事長の逆鱗に触れてしまったようだ。
(しょうがない……少しフォローするか)
「……皆がここに楽しく通えるようにする」
「え?」
いきなり僕が口にした言葉に、日菜さんはがばっと顔を見上げる。
「これ、日菜さんの演説の時のセリフだよ。あえて抽象的な表現にしたのか、算段があってしたのかは知らないけど、あの時の言葉はこのくらいでへこたれるような軽い物なの?」
「そ、それは……」
「日菜さんはしょっちゅう周りを振り回している。それでも、最終的にはそれが悪い方向に行ったことなんてそんなにない。だったら、自分がやりたいと思うことをやってみればいい。僕もつぐも力を貸すから。だよね?」
「はい! 私で力になれるのでしたら頑張ります!」
僕の言葉に、つぐもガッツポーズをして答える。
(……つぐらないようにしないと。本当に)
あまりつぐに負担をかけると黙っていないのが数名ほどいる。
「つぐちゃん……一君。ありがとー!!」
僕たちの言葉がよほどうれしかったのか、日菜さんはぱぁっと表情を明るくすると僕とつぐを一緒に抱きしめてきた。
「きゃ!? ひ、日菜先輩苦しいですよ」
「ちょっと! 抱き着かないで!」
日菜さんとつぐに挟まれる形になった僕は、身動きも取れず日菜さんに離れるように言うことしかできなかった。
結局、日菜さんの抱擁が終わったのは、それから数分後のことであった。
ということで、本日二話目の投稿です。
本日、ガルパにRASが実装するのを受けて、自分でも何かキャンペーン的なものをやりたいなと思い、考えた結果がこれでした。
本日より、約10日ほど毎日2話投稿いたします。
投稿のタイミングは0時と12時です。
執筆状況によっては、10日よりも少ない日数で終わる可能性もございますので、予めご了承いただけると幸いです。