「実は―――」
あれから若宮さんが正気を取り戻したことで話を聞くと、どうも白鷺さんが花園さんに山吹ベーカリーの紙袋を手渡しているのを見たらしい。
それを見て、若宮さんが賄賂だと勘違いしたというのが、事の経緯だった。
(しょうもないといえばそれまでだけど、白鷺さんだからな……)
なんとなく、彼女なら本当にそれをやりかねないと思ってしまう節がいくつもあるだけに、ばかばかしいと切り捨てるのはかなり難しい。
「だってよ。どうなの?」
とりあえず白鷺さんの言い分を聞かないことには何も始まらないので、僕は彼女に話を振る。
「あれは、人気のパンをあげただけよ。ちょっと買いすぎちゃったから」
白鷺さんの説明は、一応筋は通ってはいるけど、何か腑に落ちない
「ふーん。だって、彩ちゃん」
「……うん」
それは丸山さんも同じなのか、あまり浮かない表情をしていた。
「えっと……千聖さん今日は練習はできますよね?」
「ええ、追加の撮影があるから30分だけなら」
気まずい雰囲気を振り払うように、大和さんが白鷺さんに聞くが、空気は変わらない。
「あの! ゆらゆらをやりたいと思うのですが……どうでしょうか?」
「何で敬語?」
いつもは普通に話しているのに、なぜか敬語で話している丸山さんの姿は、かなり違和感を強く覚えた。
(ああ、なるほど)
それだけで、すべてを察した。
このような変な感じになったそのすべての理由を。
「……いいわよ」
「ありが――「でも、今はベースに集中したいからボーカル話でいいかしら?」――……うん」
一瞬表情が明るくなるも、白鷺さんの言葉で、また表情を曇らせてしまった。
「……僕も、見学させてもらうね。もちろん、良いよね?」
「………ええ」
僕も一応彼女たちの練習をたまにではあるけど教えていたりするので、練習風景を見る権利はあるはずだ。
……たぶんだけど。
白鷺さんは断ることはしなかったが、その表情は見てほしくはないといっているようなものだった。
それも、あの事の存在がかなり大きいのかもしれない。
そんな重い空気のまま、レッスンスタジオに移動しての練習が始まった。
演奏しているのはゆらゆら……『ゆら・ゆらRing-Dong-Dance』は僕が作曲した楽曲だ。
ただ、これにはある特徴があり、それがボーカルとベースによるツインボーカルだ。
丸山さんのふわふわした声色と、白鷺さんの凛とした歌声が醸し出すそれは、うまくハマれば至極の一曲になるようにできている。
そんなこの曲は、今までの没曲ではなく、僕がMoonlight Gloryの時と同じように一から作曲した楽曲なのだ。
当然、思い入れもかなり強い曲なのだ。
それなのに、ボーカルは丸山さんだけ。
そのせいで、この曲の良さが無へと化してしまっている。
「……」
それは、演奏している彼女たちだっていやというほどわかっているはずだ。
「うーん、なんだかるんってしないなー」
浮かない顔の日菜さんの言葉がすべてを物語っていた。
「……ごめ――「ごめん! 私、全然集中できてなかった」――……彩ちゃん」
白鷺さんの言葉を遮るようにして大きな声で謝る丸山さんに、白鷺さんは表情を曇らせた。
「もう一回いいかな? できれば本番のように二人で歌わない?」
「……それじゃ、練習にならないわ」
丸山さんのその提案に、白鷺さんは顔を背けて拒絶する。
それでも丸山さんはあきらめずに、白鷺さんにを説得していく。
だが、
「いやよ!」
「っ!?」
白鷺さんからこれまでの中で一番強い拒絶の言葉を投げかけられた丸山さんは、その場でうつむいてしまった。
「ご、ごめんなさい。そういうつもりじゃ――」
「わ、私ちょっと顔洗ってくるね!」
まるで逃げるように去って行く丸山さんの後を追うように、若宮さんと大和さんがレッスンスタジオを飛び出していった。
(丸山さんは二人に任せておいて十分だ。後は……)
「……撮影に行かないと」
「どうして歌わない?」
まるで逃げるように、撮影に行くと言い出す白鷺さんに、僕は声をかける。
「一君?」
「それだと練習にはならないから……よ」
「練習なのに練習をしないも同然の練習に何の意味がある? そもそも、これを練習と呼べるのか?」
白鷺さんの答えを、僕は切り捨てる。
そして、しばらく間を開けて
「……
「ッ!」
白鷺さんの反応から見ても、どうやら、図星だったようだ。
それは、今から半年ほど前のこと。
この日、Pastel*PalettesはシングルCDの収録を行うべく、事務所のレコーディングスタジオに集まっていた。
僕は収録風景を見学するために、スタッフの人たちのところで同席させてもらっていたのだ。
「では、お願いします」
『はい!』
スタッフに促されるまま、レコーディング用の部屋で収録予定の曲の演奏を始めた。
最初は『はなまる アンダンテ』
丸山さんいわく応援ソングのような感じの楽曲だ。
「はい、オーケーです!」
最初の曲は問題なく収録を終えることができた。
続いて、2曲目に上がったのが『ゆら・ゆらRing-Dong-Dance』だった。
それもまた普通に収録を終えることができた。
「はい、オーケーです! 以上で―「ちょっと待った!」――」
収録を終わりますというスタッフの言葉を遮るように、一人の人物が異論の声を上げたのだ。
「あんた達、今のが全力の演奏なのか?
レコーディングブースにいる彼女たちに声をかけたのが、僕だったのだ。、
『え?』
『どういう意味かしら? 美竹君』
困惑している丸山さんとは対称的に冷静だった白鷺さんが、僕に先を促す
「全然できてない。この状態でCDにされるのを僕には看過できないし、買う人にも失礼。だからこの曲をCDに収録するのは反対。以上」
『っ!』
この曲の本来待っているはずの魅力が、この演奏では出されていない。
そう思ったからこその待っただった。
『ちょっと、何がだめだったのかを具体的に言ってもらわないと、改善のしようがないわ』
なおも食い下がってくる白鷺さんに、僕は
「あんたが一番ダメだった」
と、静かに告げた。
『ッ!?』
「またいずれかのタイミングで、この曲の演奏を聞かせてもらう。そこで合格するまではこの曲の著作権は僕たち、Moonlight Gloryが保有する。演奏自体は自由にして構わないけど、CDへの収録は許可しないから」
その言葉に息をのむ彼女をしり目に、僕はそう言い捨てると、そのままレコーディングスタジオを後にしたのだ。
あれから、半年の時間を経ていた。
「このままじゃ、何年経っても不合格のまま……それでいいの?」
実際、これまで『ゆら・ゆらRing-Dong-Dance』を演奏しているステージはすべて見ていた。
でも、僕はすべてに不合格の結果を出し続けている。
どんなに観客の反応が良くても。
どんなにフルを聞きたいという声が上がっても。
「そんなの……みんなの貴重な時間を無駄にするなんて」
「無駄? 僕からすれば、今の練習方式そのものが無駄にも思えるんだけど」
普通のバンドならば個別に練習しても何の問題もない。
だが、彼女たちは別だ。
彼女たちがそれをやると、演奏を合わせた時に音がちぐはぐしているような感じになる可能性が高くなるのだ。
だからこそ、練習はできる限り全員で通しでやるべきなのだが、スケジュールの関係で、それはあまり現実的ではない。
(白鷺さんが答えを正しく導き出せればすべては変わるはず)
そういう意味で、この曲は彼女たちにとって一つのターニングポイントのような存在なのだ。
これを聞いて合格を出した時こそ、彼女たちPastel*Palettesがまた一つレベルアップした証になるのだから。
「だったら、どうすればいいのよ!」
彼女からすれば、やることなすことすべてを否定されているために、八方ふさがりの状態だ。
「それは、自分で考えるべきだ」
そんな白鷺さんの心からの悲鳴のようなその言葉を、僕は冷たく切り捨てる
「……一つだけ、ヒントを上げる」
「え?」
ことができなかった僕は、白鷺さんに背を向けたまま、言葉を続けた。
これを言えば、白鷺さんなら僕の望む答えを導いてしまう。
そのリスクを無視して、僕はその言葉を口にする。
「僕が”できてない”と言ったのは、白鷺さんのベースとボーカルの上手い下手を指してるんじゃない。指しているのは、この楽曲の特性の部分」
そこまで言って、僕は『それじゃ、当日を楽しみにしてる』と告げて、スタジオを後にした。
「ん? メールだ……って、日菜さんからだ」
少し歩いたところで、メールの受信を告げるように震えだす携帯を、足を止めて取り出して差出人を確認すると、相手は日菜さんからだった。
日菜さんからのメールを開くと、そこには
『おにーちゃんって、鬼のようで優しいよね。ツンデレ?』
と書かれていた。
(誰がツンデレだ。いい加減、CDに収録なりなんだリしないと曲が浮かばれないと思っただけだ)
心の中でツッコみを入れながらも、僕は事務所を後にするのであった。
次回はお祭りかもしくは別の話になる予定です。