第21話になります。
白鷺さんに、ヒントを出してから数日が経過したある日の夜。
練習も終わり、自宅で予習を行っていると、携帯が鳴り響く。
(紗夜からかな)
この時間帯に電話をかけてくるのは大体が紗夜なので、今日も彼女だろうと思いながら、携帯の画面を見ると、発信者は月島さんだった。
「はい、美竹です」
『あ、夜遅くにごめんね』
「いえ、気にしないでください。ところで用件というのは、あれですか?」
月島さんから電話がかかってくる理由に察しがついている僕は、申し訳なさそうに謝ってくる単刀直入に聞いた。
『うん、それだね』
「今度はどこのライブですか?」
『ちょっと待っててね……』
このやり取りも随分となれたものだ。
それは僕が現在、サポートミュージシャンとして活動する際の窓口になっているのが、CiRCLEとなっているからだ。
本来は事務所側から連絡するはずだったのだが、月島さんからの連絡のほうが一応早いので、月島さんから連絡をしてもらうことで話はついている。
流れとしては、クライアントから依頼を受け付けるのがCiRCLEで、受け付けたCiRCLEから事務所のほうにその旨の連絡がいき、そして僕のところに連絡が入る形になっている。
これが実に回りくどい上に、ややこしい。
だが、これをしないと窓口が事務所になってしまうことになる。
事務所が窓口になると、身元が特定される可能性が非常に高まってしまう危険性があるのだ。
色々な事情があり、身元の特定はできる限り避けたい。
そのために、全く無関係な場所を窓口にする必要があったのだが、その時に白羽の矢が立ったのがCiRCLEだった。
以前、サポートギターをやっていたという経緯で、そうなったのだがあそこは僕が一方的に辞めたという引け目もあり、正直良い顔はしないと思っていたのだが、結果は予想外にも二つ返事でOKだった。
そんなこともあり、現在に至るのだ。
『で、このバンドのギターの人がけがをしたみたいだから、レコーディングの時と本番の時に代わりに入ってほしいんだって』
「レコーディングとライブですね。分かりました。それで日時のほうは?」
一通りの説明を受けた僕は、月島さんから日時と場所を確認して電話を切る。
「はぁ……何でも屋だな、これ」
不満を口にしても何も変わらないのは分かっているが、不満が口から洩れてしまう。
サポートというのはそういうものなので、当然と言われればそうなのだが、それでも自分が便利屋のように思えてしまって仕方がない。
(僕って、いったい何?)
最近の僕は、自分を見失いかけているような……そんな気がしたのだ。
月島さんから伝えられたサポートの日、田中君からお茶でもどうだという誘いがあり、ちょうど時間にも余裕があったので僕も参加することにした。
とは言っても、集まったのはCiRCLEのカフェテリアだけど。
「こうやってみんなで集まるのも久しぶりね」
「ああ、中々都合も合わねえしな」
集まって早々しみじみとした様子で口を開く森本さんに、田中君が相槌を打つ。
前に集まれたのは週末の練習の時以来なので、本当に何日ぶりだろう。
「でも、これに意味はあったぜ。俺は非常に大きな収穫を得ることができたしな」
「私も、かな」
「二人ともいいわね。私はぼちぼちよ」
みんなの報告を聞いて、僕は喜ぶべきなのか、それとも焦るべきなのか複雑な気持ちがまたぶり返してきた。
「一樹はどう?」
「……僕もあんまりかな。やっぱりこのメンバーでやりたいっていう気持ちが強くなるだけだよ」
サポートに入れば入るほど、その気持ちはどんどん高くなっていく。
「それは俺もだ。俺なんて、この間『狂犬2』なんて異名を付けられちまったぜ」
「あはは、聡志ってすぐにアドリブ入れるもんな」
「別にいーだろ。その方がカッコいいし、それにお前らだっていつもついてきてくれてんじゃねえか」
啓介の言葉に田中君は、口を尖らせながら言い返す。
「でも、最初は本当に大変だったよね」
「そうそう、ドラムは走るわ音は入れまくるわで、しょっちゅう一樹とけんかしてたじゃない」
「あー、そんなこともあったね」
森本さんの言葉に触発されるように、僕は当時のことを思い出していた。
バンド……HPを組んだ最初のころは練習をするたびに毎回喧嘩していた。
田中君はガンガンドラムをたたきまくりたいタイプだったし、僕は僕で自分が完璧に作り上げた(気になっている)曲をいじくられるのが気にくわないタイプだったりで、まずはここでもめた。
それはしばらくの間続いていたような気がする。
「あの時は、こんなふうにバンドを組んでいるなんて、思ってもいなかったもんね」
「それは俺のセリフだ」
当時のことを思い出すと、ついそんな言葉が出てきた。
「うんうん。一度一樹に殺されかけたし」
「う゛……そのことは本当に反省してるから、だからもう言わないで」
『あはは』
当時の罪悪感に駆られて懇願する僕の様子に、みんなで笑いあう。
今はこうして笑っていられるが、本当にあの時は洒落にはならない状態だった。
だからこそ、無限地獄は封印した練習方法だったりもするわけだけど。
そんななんて事のない話をしていると、時間はあっという間に過ぎていく。
「あ、そういえば」
啓介のその言葉が出るまでは。
「この間、俺たちをスカウトしに来た人が来たんだよ」
「ああ。何でも俺たちのことをプロデュースしたいんだってさ」
「またか……」
啓介と田中君の話を聞いて、僕は深いため息をついた。
Moonlight Gloryが活動停止になってからというもの、僕たちのもとにたくさんの事務所がスカウトをしに来た。
『私たちとなら、やれる』
『私のところに来れば、君の理想がかなう』
等々、耳障りの言いことを口にしていたが、それらすべてに対して僕はお断りの返事を出している。
(胡散臭いんだよね、どこもかしこも)
”僕たちを囲い込めば、お金儲けができる”
そんな魂胆ではないかと勘繰ってしまい、信用することができないのだ。
それ以外にも、僕たちが作曲した曲の著作権的な手続きもかなり面倒になるためだったりもするけど。
僕が回りくどいことをしてまで素性を隠すのは、このことが一番関係していたりする。
”サポートをやっているから、スカウトできる”
そう思われるのが嫌なのだ。
「もちろん、断ったんだよね?」
「ああ。だがかなりしつこくて何度も何度も来やがってな」
田中君が苛立ちを隠さずに言う姿を見て、僕はなんとなくその光景を思い浮かべてしまった。
スカウトをする人の中には、断っても中々引き下がろうとしない面倒な人がいるが、今回もそのパターンだろう。
「あの子、たぶん留学生か帰国子女か何かだね。所々で英語を混ぜてたし」
(帰国子女?)
森本さんが口にした単語が、僕の頭の中で引っ掛かった。
(まさか……いやいやいや、さすがにそんな偶然はないでしょ)
一瞬、チュチュという少女のことが頭に浮かんだが、同じ人物がこちらにもスカウトをするなどという偶然は、そうそうないのだ。
きっと、別人だろう。
「それで、俺がカッコよく”結構です”って英語で言ったんだけどよ、相手の子がものすごく怒りだしたんだよ」
「いや、言えてないから」
「……ん? どういうこと」
啓介の言葉に、呆れた口調で指摘する田中君に、僕は詳しく話を聞いてみることにした。
「こいつな、その子に向かってあろうことか最悪レベルの侮辱語を口にしたんだよ。だから、相手は激怒しちまったんだ」
「うん。ものすごい剣幕だったよ」
中井さんが当時のことを思い出したのか、注文した飲み物が入ったコップを震わせながら言うのだから、かなりの剣幕だったのは伝わってきた。
そんな二人の言葉に、僕はある単語が出てきた。
(いやいや、流石の啓介でもそこまでの馬鹿じゃないはず)
そんなことを思いながら、僕は中井さんに確認をしてみることにした。
「もしかして、それって二単語で最初が”F”で始まって、最後の単語がyouで終わる奴?」
「………うん」
答えはまさかの肯定だった。
思わず頭を抱え込みたくなってしまった。
「啓介、よく生きてられるよね」
「え? どゆこと?」
「海外だったら良くて袋叩き、最悪の場合は殺されてるよ」
僕の言葉にきょとんとしている啓介に、真実を伝えると今度は啓介の顔が一気に青ざめた。
啓介が口にしたのは、海外ではタブーと言われているクラスの侮辱の言葉だったのだ。
「もしかして、啓介が言おうとしたのって『No,thank you』だったりする?」
「おー! それだよそれそれ!」
(全然かすってもないし、合ってるの最後の”You”だけじゃん)
何をどうすれば侮辱の言葉と間違えるのかは知らない……というか知りたくもないけど、おそらく本人に悪気があって言ったのではなく、ただ単にカッコいいフレーズを格好つけて言った結果だろう。
「それで相手、何か言ってなかった?」
「あ、ああ。問題はなかったぜ」
「ふーん」
僕の疑問に、田中君が一瞬視線を泳がせる。
それが僕に、何かがあったことを伝えているようなものだった。
とはいえ、追及したところで言う可能性は低いので、僕はそれ以上聞くのをあきらめると、別の方向からアプローチをかけることにした。
「ところで、その相手の――――っと、ごめんそろそろ行かないと」
相手の名前を気候とした瞬間、ここを出ないといけいない時間を告げるアラームが鳴りだした。
「気を付けて行ってきな。会計は俺たちがやっておくから」
「ごめん。それじゃ!」
啓介の厚意に甘えて、僕は荷物を持つとそのままトモさんが待つ場所まで、駆けて行くのであった。
決して意味の分からない英語は使わないようにしましょう。
そして、次回はあの二人が登場します。