CiRCLEのカフェテリア。
「聡志」
一樹が去って行くのを確認してから、明美が口を開いた。
「本当に、
「ああ。言う必要はない」
真剣な様子の明美の言葉を、聡志は切り捨てる。
それは、スカウトしに来た人物に啓介が侮辱の言葉を言ってしまった時のこと。
『な、なんですって!!』
『す、すみません。こいつは俺がしばきますんで、では!!』
激昂する相手に、聡志は何が起こったのか理解していない様子の啓介の頭をつかんで何度も何度も無理やり下げさせながらマシンガンのごとく言うと、そのまま逃げるようにその場を後にしたのだ。
それは、最悪の場合命にかかわる危険な状況を回避するための行動だったのだが。その時に聞えた、『許さない』という相手の言葉が一番問題だったのだ。
「でも!」
「もしあいつに話せば、また何とかしようとする……自分のことなんて二の次にしてな」
「………」
険しい表情で言う聡志の言葉も、最後のほうに行くにつれて弱々しくなっていく。
「これは、俺たちの問題だ。俺達で解決するべきだ。違うか?」
「そう……よね」
「うん……私も、あの時の紗夜さんの姿……もう見たくない」
当時のことを思い出した全員の表情は、影が差し込んでいるように暗いものだった。
(まあ、一樹には勘付かれてるだろうけど)
そんな中、聡志だけはそう感じていた。
それは、幼馴染としての勘だった。
「にしても、何もんだ?」
そう言いながら、ポケットから財布を取り出すと、中から一枚の用紙を取り出す。
それは黒色の紙で、猫の形の名刺であり、
「この、チュチュってやつ」
名前の部分に『チュチュ』と記されていた。
★ ★ ★ ★ ★ ★
「はい、オーケーです! 本番もお願いします」
(よし、今日も無事に終了っと)
この日の仕事である、レコーディングは滞りなく終えることができた。
僕の場合は後日開かれるライブのヘルプにも出るわけだけど。
(にしても、バンド内にサポートが三人もいるなんて……こんな偶然もあるんだ)
今日のレコーディングでは、どういうわけかは知らないが、僕と同じサポートが三人もいるという状態だった。
サポートじゃないのはキーボードとボーカルくらいだし。
「じゃ、お先―」
素っ気なくスタジオを後にしていく人たち。
これもサポートで活動していて見慣れた光景だ。
(ほんと―――)
「ツレねえよな」
(え!?)
僕が心の中で言おうとした言葉を口にされたことに驚いた僕は、その人物のほうに、顔を向ける。
その人物は、金髪のショートヘアーの女性だった。
「三度の飯より、これだろ」
そう言いながら、スティックを手にするその人の言葉は、とてもかっこよかった。
……お腹を鳴らしながら言ってなければだけど。
「お腹を鳴らしながら言われても」
そう言って、控えめに言う黒髪の女性。
僕はこの人たちのことを知っている。
「まあいいや。せっかく残ってんだし、ちょっと一曲やろうぜ」
僕の思考を止めるように、金髪の女性はスティックを構え出した。
「いいですよ」
僕は気が付けば、金髪の女性にOKを出して演奏の準備を済ませていた。
この人が、僕の知る通りの人ならば……。
そんな期待が僕の胸の中にいっぱいになり、すぐに演奏を始めたくてうずうずしてくるのだ。
「そうこなくっちゃな。あんたも付き合ってくれよ。ちょっとばかし、食い足らなくてな」
そう言い切った瞬間だった。
ドラムの打音が響き渡ったのは。
(すごっ。この圧力っ)
それはもはや、力の暴力と言っても過言ではない。
息をつく間もなく押し寄せるその打音、その圧は彼女の背後にまるで虎がいるような錯覚を覚えるほどに強いものだった。
(すごいすごい! なんて暴力的な音なんだ!)
一瞬でも気を抜けば、飲み込まれかねないその打音に、僕は心を躍らせていた。
(だったら、こうだ!)
僕の手は自然に動いていた。
相手から投げられる暴力的な打音すべてを、僕は捌いて相手に返していく。
すると、また相手から倍になって返ってくる。
そこにベースの音も加わり、それぞれの音の応酬になっていた。
それは僕にはあっという間にも感じられた。
「「「はぁ……はぁ……」」」
終わった頃には、僕たちは息を切らしていた。
「合わせるだけで……精いっぱいだなんて」
話しができるほどには息が整ったのか、ベースの人が信じられないと言わんばかりに途切れ途切れに口を開く。
「和奏さん……だっけか? あんた、なかなかに熱いもん持ってんじゃねえか。あのアドリブについてこれるんだから、腕だってすげえと思う」
(彼女が、あの”和奏レイ”か)
サポートでベースやボーカルを担当しているベーシストの女性だ。
歌唱力、ベースの腕ともに高いことで有名な人だ。
どちらかというと仕事に徹しているという感じが少々気にはなるけども、それをどうでもよくするほどの実力者だ。
「求められる演奏をするのが、バックバンドの仕事のはずでしょ」
「……仕事のために音楽をやってんのか?」
「ッ!?」
ドラムの女性の言葉に、和奏さんが息をのむ。
でも、それは僕も同じ。
動揺はなんとか隠せたとは思うが、それでも彼女の言葉は僕の心に深く突き刺さった。
「あんただって、音楽が好きなんだろ? あったら、もっと自由にやったって罰は当たんねえはずだ!」
「………あなたが言うと、説得力があるわね」
立ち上がって和奏さんに語り掛ける彼女に対して、和奏さんはどこかはかなげな笑みを浮かべながら言うと、ブースを去っていった。
「やっちまった」
「そうでしょうか?」
ばつが悪そうに後悔している彼女に対して、僕はそう問いかける。
「少なくとも、あなたの言葉は悪意を持ってのものではない……和奏さんもそのことは知っていますし、むしろ見つめ直すきっかけにもなったはずです」
(そう、僕みたいにね)
彼女の言葉は、話しかけられていない自分にも響いてきたのだから。
「だといいけどな。お前たちとやるのめちゃくちゃ楽しかったからな」
そういって再び椅子に座る彼女は、こちらに顔を向ける。
「にしても、カメレオンさんだっけか? あんたなかなかにすげえ演奏するじゃねえか。うわさで聞いてたのとは違ったからびっくりしたぞ」
「あはは、ありがとうございます。そういうあなたも噂通り熱いドラムでしたよ」
一体僕がどんなふうに噂されていたのかはなんとなくは分かってはいるので、それを鑑みてもあの演奏は確かに第三者が見れば偽物だといわれてもおかしくない感じだった。
それとは一転して、目の前にいる女性のドラムは噂通りだった。
名前を佐藤ますき。
和奏さんと同じくらいに有名なドラマーだ。
これでもかという程にアドリブを入れていくほど音数が多いことで有名で、つけられた二つ名が『狂犬』だ。
田中君と同じタイプであり、『狂犬2』とつけられているのはそういった事情がある。
「っと、すみません。電話いいですか?」
「おう、いーぜ」
そんな時、僕の携帯(いつも使ってるのとは別のやつで、所謂ガラケーだ)が着信を告げるように鳴り響いたので、相手に了承をとって電話に出た。
『もう終了の時間は過ぎていますが、何かトラブルでも?』
(……あ)
つい時間を忘れてやっていたが、セッションをしたのだからかなりの時間が経過しているわけで、いつまでたっても出てこない僕を心配して、トモさんが電話をかけてきたようだ。
「すみません、ちょっとセッションをしてまして。すぐに向かいます」
『そ、そうですか。では例の場所で』
やはりかなり心配していたようで、ほっとしたようなともさんの口調に、僕はあとで謝ろうと思いつつも電話を切ると、佐藤さんのほうに向きなおる。
「佐藤さん、申し訳ないのですが、この後急用ができましたので、これで失礼します」
「ああ、気を付けて帰れよ」
「ありがとうございます……では、佐藤さん、またどこかでお会いしましょう」
僕は佐藤さんに一礼すると、ブースを後にするのであった。
ということで、今回は漫画の話となりました。
色々な媒体の原作を引っ張ると時系列が読み取れなくなるので、なかなか大変だったりします(汗)
次回で、アニメの6話の話が終わると思います。