「心配しましたよ、兄貴」
「すみません」
来る前に打ち合わせていた合流ポイントでトモさんが待つ車に乗り込んだ僕は、運転をしながら心配そうに話しかけてくるトモさんに謝った。
「セッションをやってたらしいですけど、もしや無理矢理……」
「いえいえいえ! そんなのではなく、お誘いいただいたのでやったんです」
ミラー越しに顔がすごんでいくのを見た僕は慌てて否定して事情を説明した。
下手するとトモさんが、討ち入りみたいなことをしかねないような雰囲気がしたのだ。
「……そうですか。ならいいんですけど」
何とかいつものトモさんに戻ってくれたので、僕はほっと胸を撫で下ろす。
なんだかんだで忘れているけど、トモさんも『花咲ヤンキース』のメンバーなのだ。
ちなみに、『花咲ヤンキース』だが、簡単に言えば花咲川を拠点にしている不良グループで、恐れられている人たちなのだ。
リーダー格の団長、情報屋のマツさんを筆頭に何十人のメンバーがいたらしい。
前に絡まれている花音さんを助けたところで目を付けられ、色々とされたが、どういうわけかグループを解散してからは僕を”兄貴”と呼び、色々と困っているときに助けてくれたりするようになった。
そう言った経緯で、今では心強い味方でもあるのだが、時々この人たちの恐ろしさを狭間見る時があるのが何とも言えない。
「にしても、今日はえらくご機嫌のようですけど何かあったんで?」
「ええ。久々にいいミュージシャンと出会いました」
どうやら、顔に出ていたようで、先ほどとは一転して柔らかい口調で聞いてくるトモさんに、僕もまた静かに答えを返す。
(久しぶりに、あんなに濃い演奏ができた)
それは、佐藤さん達とのセッションだ。
少々乱暴で、せっかちなところが玉に瑕だが、彼女のドラムの一音一音はとても重く、そして僕には心地よくもあった。
普通に叩けるようになって三流、リズム隊としてぶれることのないドラムができるようになって二流、真の一流はどのような曲でも対応することができる、テクを身に着け音数を増やすことだと僕は思っている。
その点で言えば、彼女はもう少し腕を上げれば十分に一流になれる可能性があるのだ。
田中君の場合は、良い感じの音を奏でるので僕もそれに反応して音を返すのだが、今回のセッションはまさにそんな感じだった。
大量に押し寄せる音を、僕はすべて打ち返していく。
言葉にはうまく言えないけれど、僕にとってはそういう演奏が好みなのだ。
お互いの音と音をぶつかり合わせる。
それこそが、僕の求めていた音楽であり、そして啓介たちとの演奏の形なのだ。
(少しだけ、我がままになろう)
『仕事のために音楽をやってんのか?』
佐藤さんが和奏さんに対して言った言葉は、僕の中にあった一つの迷いを断ち切らせてくれた。
もう僕は悩まない。
何せ、これからは僕は少しだけ我儘な演奏をするのだから。
(それに、あとちょっとでつかめそうだし)
僕の中で課題でもあった”あること”も、もう少しでその正体をつかめる。
そうすれば、僕は次のステップに進むことができるのだ。
それこそが、このサポートギターを行った理由なのだから。
(もう一度、あの人たちとやりたいな)
流れゆく外の景色を見ながら、僕はそう心の中でつぶやく。
その願いが、叶うことになるということも知らずに。
「兄さん、良い?」
夜、自室でのんびりしているところに、控えめなノックと共に欄の声が聞こえてきた。
「ん? 良いよ」
僕の返事に、蘭はドアを開けると中に入ってくる。
その表情は何かを決意したような感じがした。
「どうしたの?」
「兄さん、今週末に商店街で開かれるお祭り知ってるよね」
「ああ、あの『すこやかゴーゴー祭り』だよね」
最近、商店街に行くとよくお祭りの告知ポスターを目にするようになっていたので、すぐに名前が出てきた。
「あたしたち、そのお祭りでライブをすることになってるんだけど、兄さんに見てほしい」
「………」
蘭のまっすぐなその目は、どこか彼女の闘志に火がついているような雰囲気を感じさせる。
「わかった。ただ、ヘルプがあるからいけるかどうかはわからないけど、できる限り善処するよ」
「うん」
僕の返事で満足したのか、蘭はそのまま部屋を後にした。
(蘭のやつ、もしかして……)
蘭のライブを見に来るように言ってきた今の言動の理由が、僕の中で一つ導き出された。
だとすると、僕は彼女たちのライブを見に行く義務がある。
だが……
(時間的にかなり難しいんだけど……)
お祭り当日は、先週末にレコーディングを行ったバンドでのライブのサポートの日だ。
予定時間から、ギリギリ見れるかどうかの感じだが、蘭に言ってしまった手前、善処するしかない。
(なんだか、色々と抱え込んでるのは、気のせい?)
自業自得とはいえ、色々と予定が埋まってきているこの現状に、僕は首を傾げるのであった。
そして、ついに迎えた日曜日。
「よし、行こうか」
時間はお昼ちょっと前。
トモさんと合流するまであと1時間ほど余裕がある。
Afterglowのライブまではあと十数分。
何もかもがちょうどいい感じだ。
(そういえば、今日は夕方から雨の予報もあったし、傘でも持っていこうかな)
ギターリストにとって雨の日は最悪と言っても過言ではない、
雨に濡れれば楽器自体へのダメージは避けられないからだ。
そうでなくとも、湿気などでも楽器へのダメージを受けるというのに。
そんなわけで、傘を持って雨への備えを済ませた僕は、ライブ会場でもある商店街に向かうのであった。
(うん、色々とお祭りだね)
まったくもって意味不明なことを考えているが、このお祭り独特の空気はいくつになっても心が躍るというものだ。
今日がサポートの仕事の日でなければ、紗夜と来ていただけに非常に悔やまれるが、お祭りなんて一回だけじゃないのだから、またの機会に取っておくとしよう。
そんな風に思いながら、先ほど北沢さんの所で買ったコロッケを食べながらライブ会場となっている広場に向かう。
(コロッケタイムって一体……)
それはコロッケを渡す時に北沢さんが口にしていた言葉だけど、直訳すればコロッケの時間ということになるが、あの言葉に一体どのような意味があるのだろうか?
しかもその横でなぜか、弦巻さんが玉乗りをしていたりといつものハロハピのライブの雰囲気そのままだった。
(まあ、彼女たちのやることなんて、考えても理解するのは難しそうだし、やめとこ)
多分、日菜さんに聞けばわかる……訳はないな。
おそらくはごちゃ混ぜにされてさらに訳が分からなくなる感じだろう。
そうこうしているうちに、ついにライブ会場に到着した。
すでに席は満席で、立って見るしかなさそうだ。
もっとも、この後に予定がある身としては、それでも十分なのだが。
『Afterglowです!』
これまたタイミングよく蘭達がステージに上がった所で到着したようだ。
そんな時、一瞬蘭と目が合ったような気がした。
「ん?」
その時、蘭からなんとなく『ちゃんと聞いてて』というような言葉を言われたような気がした。
『まずは―――』
蘭が曲名を告げようとした時、ふと顔に冷たい物が触れたような気がした。
それは横からというよりも、空からだった。
(まさかッ!)
その正体が雨であることにいち早く気づいた僕は、慌てて傘を広げる。
それとほぼ同時に、それは勢いを増していき、ついに本降りになった。
雨が降り出したことで、観客たちも次々とその場を走り去って行き、瞬く間に誰もいなくなった。
(これは中止か、延期かな)
この雨の様子だと、前者になる可能性がかなり高い。
仮に延期になっても、こちらの予定の時間が変わることはない。
つまりは、Afterglowのライブを入れる可能性はなくなったに等しいということだった。
(蘭、すまない)
僕は心の中で蘭に謝罪の言葉を言うと、会場を後にして、トモさんとの待ち合わせ場所に向かうのであった。
お祭りって、独特な雰囲気があっていいですね!
屋台で売られている焼きそばはなぜか絶品だったりします。
……値段は高いですけど。