生徒会の仕事も終わり、紗夜と合流するべく花女の校門前で彼女が来るのを待つ。
「うーん、彩ちゃんいないかなー」
いつも、何かと僕が早く学校が終わることもあり、紗夜を校門前で待つのは僕の日課と呼ぶのにふさわしい状態になっていた。
「ねえねえ一君。あの子、彩ちゃんみたいだよ!」
(まあ、今年はどうなるかはわからないけどね)
僕も新米ではあるが生徒会に所属する風紀委員長だ。
「ちょっと声をかけてみようかな?」
そうなると、今度は紗夜が羽丘の校門前で待つことになるのだろうか?
(いや、紗夜のことだから、ここで待っていそうな気がするな)
「あたし、声をかけてくるね!」
目の前には、新入生が校門から出てきており、僕たちに視線を向けられている。
「ね―――「って、ちょっと待てい!!」あう……何!?」
「何をしようとしてるんだ、君は!」
今にも飛び出していきそうな彼女の襟首をつかんで、何とか行動を阻止することができた。
「何って、彩ちゃんみたいな子がいたから声をかけようかなーって」
「辞めなさい。変なトラウマを投稿初日に植え付けない!」
いきなり見たことがない人から質問攻めにあうのは、一歩間違えればトラウマコース直行だ。
「えー。だって、さっきから話しかけてるのにおにーちゃんが無視するんだもん」
「だから、人前で――「あなた達、一体何をしてるのよ」――……あ」
これまた何度目かの注意をしようとしたところで、声をかけてきたのは僕たちが待っていた相手だった。
「一樹君……それに日菜まで。いったい何をしてるのかしら?」
「おねーちゃんと一緒に帰りたいなーって思ったから、一君と一緒に待ってたんだ!」
「で、ここの生徒にちょっかいを出そうとしたから止めたとこ」
日菜に続くように、僕は状況説明をする。
「はぁ……」
そんな僕たちに、紗夜は鋭い視線から一転して、深いため息を漏らした。
「とにかく、ここにいたら他の人の迷惑になるから、離れるわよ」
「はーい!」
「そうだね」
紗夜に促されるようにして、僕たちはその場を後にした。
僕が道路側で、紗夜と日菜の順に並んで歩いている。
もちろん、ほかの歩行者の迷惑にならないように。
「日菜が来るなんて聞いてないわよ」
「だって、さっき思いついたんだもん」
紗夜が漏らした言葉に、日菜さんは笑みを浮かべながら相槌を打つ。
「二人はこの後どうするの?」
「今日はバンドの練習よ」
「で、僕はそれのコーチ」
「残念、一緒につぐちゃんのとこに行こうかなって思ってたんだけどなー」
どうやら日菜さんの中では、僕と紗夜と一緒につぐの両親が経営する喫茶店の『羽沢珈琲店』に向かうことになっていたようだが、さすがにこういう日に練習を入れないわけがない。
尤も、練習の開始時刻は色々な事情があって午後からだけど。
「あ、でも行こうといけばいつでも行けるね。一君も用事とかない――「っ! 日菜っ!」――あ……ご、ごめんなさい」
日菜さんの言葉を遮るように、紗夜が声を荒げると日菜は思い出したように、それまで笑顔だった表情を曇らせて謝ってくる。
(ん? どうしたんだろう……あー、そういうことか)
「大丈夫だよ。別に地雷でも何でもないから」
二人の様子からきっと今のが地雷に触れたのだと思ってしまったのだと考えた僕は、それが地雷でないと手を振りながら笑みを浮かべて答える。
「一樹君……無理はしてない?」
「全然。だって、終わったわけではないんだから」
紗夜が心配そうにしていることの理由は、今から二か月ほど前に起こったあの騒動だろう。
それは、年末に僕が海外でのライブツアーを行ったことが発端となった。
簡単に言えば、最後の国でのライブで、暴漢に襲われたのだ。
その暴漢は、僕をはじめとした啓介や森本さんといった幼馴染五人で結成したバンド『Moonlight Glory』の所謂”やらかし”と呼ばれるファン(と呼んでいいのかどうかはあれだけど)によるものだった。
幸いなことに、僕たちに大した怪我もなかったのだが、弦の張り替えのために、僕がギターを持っていたのが災いして、ギターに大きなダメージを与えてしまったのだ。
弦を張り替えて、残りの曲の演奏を続けたのだが、張り替えたはずの弦が次々に切れていき、それでも何とか気合で全楽曲を弾ききることができた。
……ギターのネックが折れるという代償と引き換えに。
もちろん、ギターが壊れたことはショックだったが、壊れたら直せばいい。
そのことを僕は理解していたので、それほど尾を引くことはなかった。
だが、現実とは残酷なもので、どの修理会社からも断られ続けた。
理由は、僕のギターが他のギターとは作りが違うという感じのもので、直すことはできても元の音色が出せる保証がないというものだった。
僕個人でいろいろと調べた結果、中井さんの伝手で何とか引き受けてくれる業者と出会うことができた。
直せばまた弾けるようになる。
その希望の光が見えた矢先に、さらなる問題が発生した。
それが、僕たちが襲われた事件の脅迫状が事務所に届けられており、それを隠ぺいしたというニュースだった。
そのニュースは事実であり、簡単に話すと僕たち宛ての脅迫状が事務所に届いた際に、ムングロのスタッフである相原さんに渡すと言って受け取った人物が、それを怠ったのだ。
そして、これを起こしたのがPastel*Palettesのスタッフで、倉田派の人間だったのだ。
この倉田派と言うのは、パスパレのデビューライブの一件を引き起こした元凶で、僕がつぶした人物の残党たちだった。
その結果、彼らから恨みを買っていた僕たちは彼らの報復を受けたという格好になったのだ。
当然、このようなことが世間が許すはずもなく、大炎上となった。
事務所に対しての抗議の電話やメールが殺到し一時的に業務が停止状態になりかけたらしい。
その状況を逆手に取ったのか、倉田派の残党の一人である『新田』という人物が僕たちに対して無期限の活動停止処分を要求してきたのだ。
通常であれば、認められるはずのない要求だが、幹部たちも倉田派の仲間だったこともあり、あっさりと処分が下ってしまった。
そのことが、また報道機関に取り上げられこの大炎上は、もはや収束不能にまで陥ってしまったのだ。
そんな中で、とばっちりを受けたのがPastel*Palettesのメンバーたちだ。
ネット上やメールなどで、彼女たちへの誹謗中傷が相次いだのだ。
そして、とうとう最悪の事態に発展していく。
それが、彼女達に対する殺害予告だ。
イベントに出ればただでは済まさないという脅迫状を、色々なイベントの運営会社などに送り付けたらしく、予定されていたイベントはすべてキャンセルされてしまったのだ。
その結果、彼女たちは仕事が、なくなってしまう事態にまで陥ってしまったのだ。
そんな中で、何とか開かれたリリイベに、僕たちは彼女たちを守るために変装して潜入した。
それによって、彼女たちは特にケガなどなく無事にイベントを終わらせることができた。
……という一連の流れは、実は社長が仕組んでいたものであり、倉田派の残党を一掃するためのものだったらしい。
社長でも、ここまでの事態になるとは想像すらしていなかったらしく、頭を抱えていたのは記憶に新しい。
(うん。思い出すだけでもかなりすさまじいな。これ)
ざっと事件のことを振り返っていたが、もはや『これで一つのドラマでもできるのでは?』と思うほどの濃厚さだった。
ちなみに、この事件の続きだが、社長の目的も成就したのだが、炎上がまだ続いている状態であり、この状態で復帰しても、僕たちにとってかなり危険な状況であるという判断から、ほとぼりが冷めるまでこのまま休止状態にさせておくこととなった。
その期間、僕たちはスタジオミュージシャンとして活動することで、レベルアップした状態で、みんなで集まりステージに立とうと決意を新たにしたのだ。
(とはいえ、まだまだ先は長いなぁ)
先日、ネットで丸山さん直伝のエゴサをしたのだが、未だに炎上は収まる気配がない。
事務所に対する批判が5割、パスパレに対する誹謗中傷・それに対するパスパレファンからの反撃等が4割、そして僕たちへの批判が1割と言った感じだった。
僕たちに対しては誰かが言っていたように、海外ライブを行うのが悪いというものが大半だったが、その批判はごくごくわずかな意見だ。
そんなわけで、まだ再開するのは無理だというのが相原さんの結論で、いつになるのかも検討がつかないらしい。
(この充電期間、一体いつになったら終わるんだ?)
活動停止期間ではなく、”充電期間”と呼んでいるのだが、一体いつまで続くのか……終わりのないそれに、僕は静かにため息を漏らすのであった。
今回はある意味の説明かいとなりました。
この内容は前作の『Episode.0』の内容となります。