難産というよりも、執筆の時間が取れなかったため、かなり間が開いてしまいました。
それでは、本篇をどうぞ
放課後。
「ここか」
僕はチュチュからもらった名刺に書かれている住所にあるタワーマンションを訪れていた。
(にしても。こうして実際に見て見ると、本当に高いな)
下手すれば富士山の山頂をも超えるのではないかと思えるほどの高いマンションに、僕は圧倒されていた。
僕は、意を決して出入り口から中に入る。
そこはまるでホテルロビーのような感じの場所だった。
というより、噴水のようなものまであるし。
(えっと、確かチュチュがいる場所への行き方は……)
名刺の裏にチュチュ本人だろうか、彼女のいる場所への行き方が簡潔に記されていた。
(ロビー内奥のドアの横のインターホンで呼び出す……わかりやすい)
とりあえず、ロビーの奥にあるドアの前まで近づくと、その横にあるインターホンのような装置を操作する。
(この上部分がカメラなのかな?)
こういうところに来たことがないため(当然だけど)、勝手がわからずに画面をのぞき込んだ体制のまま固まっていると、それまでとっざされていたドアが開いた。
「……行くか」
とりあえずドアを通って中に入った僕は、ドアの奥にあるエレベーターを呼び出すボタンを押して待つ。
ほどなくして到着したエレベーターに乗り込んだ僕は、階層ボタンのほうに目を向ける。
普通はここでどの階層を押せばいいのだろうかと悩むところだがその必要はない。
なぜなら、『R』と『1』しかボタンがないからだ。
(屋上に直通かい)
思わず心の中でツッコみを入れるほどに、圧倒されていた。
(弦巻さんのですごいのは慣れていたはずなんだけど……)
身近なお嬢様でもある弦巻さんの家のスケールの大きさは、ある意味僕も何度も味わっており、もう何が来ても驚かないといえるだけの自信があった。
そう言っておいて毎回驚いている辺り、僕の自信が軟弱なのか、弦巻さんのスケールがすごいのか。
それは置いとくとして、僕はチュチュの待つ最上階に到着するのを待っていた。
「うわぁ……」
ほんの数秒程で目的の階である屋上に到着し、エレベーターのドアが開いたので外に出た僕はその光景に感嘆の声を上げる。
ガラス張りの通路の外には芝生があったりプールのようなものがあったりと、セレブという言葉で想像できるであろう光景が目の前に広がっていた。
そんな通路を歩いていき、最初の建物に足を踏み入れる。
(ここもここで広いな……)
その建物内はもはや部屋というよりは一軒家クラスの場所だった。
ソファーや置物が、さらにこの場所の高級感を醸し出している。
(早くチュチュの待つ場所に行こう)
ただただ広いその場所だが、誰の姿もないため静寂に包まれているのが、少しだけ不安な気持ちを抱かせたため、僕は逃げるようにさらに足を進めていく。
屋上に着いたら奥の建物まで来るというのもチュチュから知らされていたりするので、通路の終着点であるドーム状の建物の前までたどり着いた僕は、ドアを開けてさらに奥のドアを開けて中に入った。
「いらっしゃいませ~☆」
明るい声と共に出迎えたのは一人の少女だった。
スカートの端をつまんで軽く頭を下げる、カーテシ―という行為を行うその姿はどこかメイドのような印象を抱かせる。
(ん? この人どこかで……)
「今日オーディションを受けられる方ですか?」
「え、ええ」
考え事をしていたため、若干返事がどもってしまったが、どこで会ったのかと考えを巡らせていた僕は、彼女の独特なカラフルな髪の毛で思い出すことになった。
(もしかして、パスパレのファンの子じゃ……)
前にリリイベでも会ったがメンバーによって髪の色を変えてくる人。
その人にそっくりなのだ。
(名前は今度、誰かに聞いておくにしても、これは気を付けないと)
名前を聞いておけばよかったと思いつつも、さらに僕は警戒を強める。
何せ、彼女はパスパレのガチ勢だ。
パスパレの楽曲のほとんどが、僕たちムングロから提供されていることなど、当然彼女は知っているはずだ。
可能性は低いが、それつながりで僕たちのライブに来ていたとすれば、演奏の仕方で僕の正体ばれる可能性も捨てきれない。
流石に、そのようなところでほころびが出るのは、僕としても勘弁願いたい。
「来たわね」
そう結論付けたところで、少し奥にある色々な機材が置かれたテーブルの前のいかにも”ここのボス”と言わんばかりの黒椅子をこちらに回転させて、不敵の笑みを浮かべたチュチュが姿を現した。
本人は威厳を示しているつもりだろうが、僕からすれば小さな子供が大人の真似をしているような微笑ましい光景にしか見えなかった。
「改めてワタシがプロデューサーのチュチュよ。そっちがパレオ」
(パレオって、水着っていう意味だっけ?)
いくらなんでも、それが本名なはずもないのでおそらくは芸名のようなものだろう。
それだけに、そういう意味でパレオという名前をつけたのかが気になるが、とりあえずそれは置いておこう。
「後二人メンバーがいるけど、今はまだ来てないわ。早速だけど、あなたの演奏を聞かせてもらうわ」
(二人……どの楽器か気になるけど、今はテストに集中しよう)
「ワタシの聞きたい音じゃなかったら帰ってもらうわ。レディ?」
(これって、用意はいいかっていう意味だよね)
下からこちらを伺うような仕草で聞いてくるチュチュの言葉に、普通はここで”イエス”と返すべきだろうが、それだとつまらないなと感じた僕は一瞬ボケてみようかと思ったが
「オーケー。それで演奏はどこで?」
真面目に答えることにした。
下手にボケて滑ったら目も当てられないことになるのは、啓介を見ていてよく知っている。
たとえつまらないとしても、これが無難だ。
「そこのブースの中でやって頂戴」
チュチュが手で示した先にはガラス張りになっている一室があった。
中にはドラムやらキーボードなどが置かれており、そこが演奏スペースなのだろう。
「それじゃ、失礼するよ」
とりあえず、チュチュに言われた通り、ブースに入った僕は手早く演奏の準備に取り掛かる。
(あの曲なら、大体こんなものか)
軽くギターを鳴らして音を確認した僕は、この曲に最適なチューニングができたことを確かめることができた。
(そう言えば、ここの音って向こうに聞こえてるのかな?)
普通であれば聞えてるかもしれないが、ここは高級タワーマンションの最上階。
防音設備が完備されていてもおかしくはない。
そうとなると、ここの音は聞こえないのではと思うが、おそらくはどこかにマイクか何かかあってそれを通して向こう側に聞こえているのだろうと、僕はあたりをつけた。
「失礼します~☆」
「……よろしく」
人当たりのよさそうな笑みを浮かべながら入ってきたパレオさんに、僕は彼女も一緒に演奏するのだと理解し、返事をする。
どうやらパレオさんの担当はキーボードのようで、シンセサイザーの前に立つと準備を始めた。
『それじゃ、かけるわよ』
それから間もなくしてパレオさんも準備を済ませたようで、外でこちらを見ているチュチュの声が聞こえてきた。
その直後、出だしであるパレオさんが演奏を始めたことで、『R・I・O・T』の演奏が幕を開けた。
(とりあえず、周りに合わせるか)
今流れている音源とキーボードの音に合わせて演奏するいつものスタイルで僕は挑むことにした。
最初の歌いだしの部分は我ながら良い感じだったと思う。
初めてあった人と一緒に演奏をしているとは思えないほど合わせていたと思う。
だが、イントロの演奏を終えたところで、チュチュのほうを見て見ると、あまりいい顔はしていなかった。
その顔からは不満の色がにじみ出ている。
それは、僕の演奏に問題があるということでもある。
(なんだか違うんだよね)
同時に僕も、違和感を感じていた。
僕の今の演奏が、この曲の理想形……チュチュが聴きたい”音”から、大きくそれているような気がしてならないのだ。
この解決策は簡単だ。
僕がムングロでやっている時と同じ演奏をすればいいだけのこと。
(とはいえ、”僕”のやり方で行くわけにもいかないし)
素性がばれるという理由以外にも、パレオさんの存在もある。
彼女の力量が不明な分、下手にパワーを上げるのはかなり危険な賭けだろう。
だとすると、僕のするべきことは一つしかなかった。
(僕のやりたいような演奏をしつつも、彼女のパワーに合わせる)
言葉では簡単だが、実際は難しいことこの上ない。
この曲の理想とする形で演奏するのは簡単だ。
だが、それをしつつも一緒に演奏をする人のパワーに合わせるのはかなり難易度が上がる。
尤も、これはサポートという領域をはるかに超えて”バンドメンバー”としてのやり方になるのだが。
そうとなれば、即座に行動に移した。
ちょうどAメロに入るという区切りの良い個所だったのも幸いした。
おかげで演奏のタッチをスムーズに変更することができた。
後は自分の金お向くままに音を奏でるだけだ。
(しかし、こうして演奏してみるとより一層この曲のすばらしさが伝わってくる)
このような曲を作り上げた目の前の少女には、驚かされる。
そして、曲の演奏は何とか終わらせることができた。
(キーボードのみが生演奏で、あとが音源なのにこのクオリティ……全員がそろって演奏したら一体どんな風になるんだろう)
それを考えるだけでも自然と口元が緩んでくる。
認めよう。
僕は今、打算なしでこのバンドで演奏をしたいと思っている。
『PERFECT! 素晴らしい演奏だったわ! 今日からあなたは、ワタシの最強のバンドのギターリストよ!』
そんな僕にかけられた少女の判定は、文句なしの合格だった。