「はぁ、疲れた」
家に帰って、夕飯を食べ終えてお風呂を済ませると、一気にそれまでの疲れが噴き出してきた。
僕はたまらずベッドの上に飛び込むように寝転がった。
軽く体がバウンドしながらも、寝転がると先ほど感じた疲れが体から解き放たれていくような感じがした。
(あー、このまま寝ちゃいそう)
疲れが抜ける気持ちよさにつけ入るようにして、ベッドの誘惑が僕を襲ってくるがまだ明日の準備をしていないので寝るわけにはいかないのだ。
(でも、1分だけなら)
「って、駄目だ駄目だっ」
誘惑に負けて目を閉じかけた僕は、慌てて目を開けるとベッドの誘惑を振り切るように起き上がると、ベッドから降りた。
「危ない……本当に寝るところだった」
「兄さん、ちょっといい」
ベッドの誘惑という強敵に勝利を収めた余韻に浸る僕のもとに、ノックと共に欄が部屋に入ってきた。
「聞く前に入ってるけど……どうしたの? そんな怖い顔して」
いつもなら僕の返事を待つはずが、機嫌が悪いのかそれともかなり重大な話なのか、返事を待たずにドアを開けて入ってきた蘭の表情はいつにもまして怖かった。
「……つぐに負担かけすぎじゃない?」
「あー……」
蘭の単刀直入に切り出した話に、僕は気の抜けた声を上げる。
「文化祭の準備にいろいろ連れまわしてるけど、去年のようになったらどう責任を取るわけ?」
「……蘭の言いたいことは分かった」
蘭の怒りは尤もだ。
確かに、僕達は(主に日菜さんだけど)つぐに文化祭の打ち合わせを色々と押し付けてしまっている一面もある。
去年……様々な要因が重なり、つぐが過労で倒れ救急車を呼ぶ事態に発展した時の繰り返しにもなりかねない。
蘭のその怒りの言葉に、僕は答えを告げる。
「命令権を握っているのは、生徒会長の日菜さんだ。僕からも注意はするけどそれで何とかなるようだった
ら苦労はしない。それとも一つ、これはそもそも学園行事の準備でもあって、生徒会役員がしなければいけないことだよ。それをどうにかしろというのは、少々無理があるんじゃないのかな?」
「そ、それは……」
僕の言葉に、蘭はそれ以上何も言うことはできなかった。
生徒会の仕事の指示を出すのは日菜さんであり、僕たちは与えられた役割を全うしているのだ。
しかも、それは私用ではなく学園行事でもある文化祭を成功させるための物。
それ故に、一概に何とかするというのは無理な話だった。
「とりあえず、僕からも日菜さんには注意はしておくし、つぐがそうならないようにこっちでフォローもす
る……今日のところはこれくらいで勘弁してもらってもいい?」
「……分かった」
渋々ではあったものの、頷いた蘭はそのまま部屋を立ち去る。
(これは明日にでも直談判しに来るかな)
それは予感というよりも確信に近いものだった。
果たして、直談判して何とかなるのかどうかは疑問だが。
「っと、紗夜からだ」
電話の着信音で紗夜からの電話であることが分かった僕は、疲れなどどこ吹く風と言わんばかりの速さで携帯を手にすると電話に出た。
「もしもし」
『一樹君。今、大丈夫かしら?』
「うん、全然」
3年になってから、紗夜は毎回電話口でこう聞いてくる。
生徒会に入ったということもあるけれど、それとは別に人生の一つの局面ともいえる時期を迎えているがための配慮だと思う。
「最近中々会えないね」
『仕方がないわよ。初めての合同での文化祭で、お互いに慌ただしいし』
紗夜と顔を会わせて話したのはいつだろうか。
「声は毎日聞いてるのに、会えないだけで寂しく感じるなんて不思議だね」
『は、恥ずかしいことを言わないでっ』
きっと電話先では、顔を赤くしているであろう紗夜の顔が脳裏に浮かびあがり自然とほおが緩んでいく。
『可笑しなことを考えてないでしょうね?』
「……もちろんだよ」
どうやら、僕のこともまた紗夜にはすべてお見通しなのかもしれない。
そんな僕にため息を一つ漏らした紗夜は、話題を変える。
『ところで、日菜が一樹君たちに迷惑をかけてない?』
「あー………うん。まあ、ね」
つい先ほど蘭から苦情が入った事や、今日一日のことを考えるとどう答えればいいのかに悩む。
嘘を吐くわけにもいかないし、されとて正直に全部話すのもどうかと思うし。
まさに四面楚歌のような状況だった。
『……日菜が迷惑をかけてごめんなさい』
そんな僕の返事で十分だったようで、紗夜が申し訳なさそうに謝ってきた。
ここは紗夜が謝ることではないというべきだが、あえて僕が紗夜に声をかけるのであれば、
「別に僕は迷惑だなんて思ってないよ」
この一つしかなかった。
「確かに、日菜さんはいつも嵐のように周りをひっかきまわしていくけど、結果からすれば間違っているこ
となんてそんなにないよ。それに、日菜さんがそういう性格なのは僕は分かったうえで生徒会に入ってる。もちろん羽沢さんも。だから、紗夜さんが謝る必要はないと思うよ」
『一樹君。……ふふ、ありがとう』
僕の気持ちが伝わったのか、紗夜は優しい声でお礼の言葉を口にする。
「でも、ちょっとだけうらやましいわね。一樹君日菜のことは何もかもわかってるんだもん」
『まあ、義理の兄だしね』
「それでも、ちょっと複雑よ」
紗夜のその口ぶりから、僕はある可能性を見出した。
「紗夜。もしかして……」
『はい?』
「嫉妬してる?」
なんとなくではあるけど、そういう風に感じられたのだ。
『なっ!? べ、別に嫉妬なんて………するに決まってるじゃない』
最初は慌てた口調で否定していたが、否定しても意味がないことは、既に紗夜もわかっているのか、小さな声ではあるが認めた。
「僕が心の底から好きなのは、紗夜だけだよ。僕の言葉、信じられない?」
『そう言うつもりじゃないわよ……私だって、その……あなたのことが誰よりも好きよ』
結局は、告白しあうことになる辺り、いつもの僕たちらしかった。
その後何気ない出来事を話しつつ、気が付けばもう寝る時間になっていた。
『それじゃ、また明日』
「うん。また明日」
きっと直接会うことはできないだろうけど、それでも電話でなら毎日話ができる。
だからこその、お別れの言葉だった。
(ふぅ………早く準備してねよ)
紗夜との電話を終えると、一瞬で強烈な眠気に襲われた僕は、それに抗いながら明日の学校の準備を進めていき、部屋の明かりを消してベッドに横になったところで僕の意識は途切れるのであった。
「それじゃ、適当な席に腰かけて」
「う、うん」
「りょーかい☆」
翌日の放課後、僕は丸山さんと花音さんを花女から羽丘の生徒会室まで案内すると、各々に席に着くように促していく。
こうして窓側にはリサさんと花音さんが。
そして向かい側には丸山さんが腰かけた。
「ということで! ベースはリサちー。ボーカルは彩ちゃん。ドラムが花音ちゃんで、キーボードがつぐちゃん」
全員がそろったところで、両手をわき腹にあてながら担当楽器と名前を言っていき
「そして、アドバイザーの一君とギター&プロデューサーの生徒会長!」
「僕、アドバイザーだったんだ」
一体何をアドバイスすればいいのかが不明だけど。
「も、もうメンバー集めちゃった」
「……もしかして、バンドですか?」
そして、やはりというべきか日菜さんから事情を聴いていなかったつぐは、あまりぱっとしない様子だった。
「彩ちゃんがどうしてもバンドやりたいって言うから、パパっと集めました」
「みんな、付き合ってくれてありがとう。短い間だけどよろしくお願いします」
日菜さんの言葉を受けて立ち上がった丸山さんは、僕たちにそう言って頭を下げる。
「うん」
「オーケー」
「こちらこそ」
そんなわけで、日菜さんを筆頭とした新バンドが結成されたのだが、突然激しいノックと共に勢いよく扉が開かれた。
「失礼します」
「Afterglowでーす」
(あー、やっぱり来たか)
現れたのは、怒り心頭な様子の蘭といつも通りの感じのモカさんたちAfterglowのメンバー全員だった。
「蘭ちゃんにひまりちゃん? どうしたの?」
「えっと……」
蘭達の登場に困惑した様子のつぐに、巴さんがバツが悪そうに頭に手を置いていると、蘭が一歩前に出て日菜さんの前に立った。
「日菜さんに話があってきました。これ以上つぐに負担をかけるのを止めてもらえませんか?」
どうやら、僕に行っただけでは意味がないと思い、おおもとの日菜さんに直談判するということになったのかもしれない。
「ち、ちょっと蘭ちゃん」
「文化祭の準備でもあちこちに連れまわして……私たちが黙ってると思ったら大間違い―――――」
そんな蘭の直談判を、つぐは必死に止めようとするが、それで止まるはずもなく、蘭が抗議の言葉を口にする。
対する日菜さんは、蘭の抗議に呆然と立っているだけだった。
(もしかして抗議の効果があった?)
蘭のいつになく起こっている表情や強い口調に、日菜さんも思うところがあったのかもしれない。
そんな僕の推測は
「それってあたしのことを手伝ってくれるってこと!? やったー! ありがとう、るんるるんっ♪」
蘭の両手をとって前のめりに聞きながら喜びのあまりにその場でステップを踏む日菜さんの様子で、外れだということを知った。
(そうだよね。あのくらいでどうにかなる人じゃなかったよね)
僕の読みもまだまだだなと思いながら、日菜さんの中で協力者となってしまった蘭は、日菜さんの勢いに押されるように後ずさる。
「日菜先輩半端ないっす~」
そんな日菜さんの勢いに感想を口にするモカさんの前に移動した日菜さんは
「それじゃ、モカちゃんはあたしと交代ね」
「およ?」
と言って、状況を理解できていない様子のモカさんの手を取って丸山さんの横に移動させると
「この五人で、文化祭の記念バンドをやってもらいまーす!」
と、声高々に宣言するのであった。
第6章、完
ということで、今回で本章は完結となりました。
次章は本章の後編となります。
話数はたぶん4~8ぐらいかなと思います。
そして、今回より投稿のタイミングを前作と同じ『日曜日の午前0時』に変更いたします。
完成してすぐ投稿という形式をとっておりましたが、改めて自分には合わないなということを実感いたしました。
そんなわけで、次章予告をば。
―――
合同文化祭準備もいよいよ佳境に差し掛かる中、一樹のもとに一本の電話が入る。
その電話はチュチュからの呼び出しの電話だった。
次回、第7章『合同文化祭~予兆編~』