「おーい! 香澄……って、美竹先輩!?」
羽丘の校門前までたどり着くと、戸山さんを待っていた市ヶ谷さんに山吹さんにりみさんたちの姿が見えるが、僕の姿を見た瞬間三人の顔が引きつった。
「な、なんで美竹先輩が荷物持ってんだよ」
「えーっと、なんだか持ってくれるっていうから、つい」
頭を掻きながら苦笑いを浮かべる戸山さんだが、こればかりは誰も悪くはない。
「すみません、段ボール持ってもらっちゃって」
「いやいや。同じ場所に向かっているのに、知らん顔はできなかった僕が勝手にやったことだから気にしないで」
戸山さんの目的地も羽丘で、僕の目的地も羽丘ならば、同じ方向に向かっているということになり、途中で彼女に追いついた僕は戸山さんから段ボールを二つほど分けてもらったのだ。
「ん?」
そんな時、全校放送を告げるチャイムが鳴り響いた。
『皆―ッ! 合同文化祭記念バンドの公開リハをやるよー!』
僕たち全員の視線が校舎のほうに向けられる中聞えてきたのは、我らが生徒会長、日菜さんの声だった。
『会場まではお・か・し、だよ! 押さない! 駆けない! 知らない人にはついていかないっ』
「……は?」
なんだかいろいろとツッコミどころが満載だが、一つだけ聞き捨てならない単語を聞いたような気がした。
「市ヶ谷さん」
「は、はい!」
僕の声色に何かを感じたのか、市ヶ谷さんの声が何時になく裏返っていた。
「今の放送、最初のほうなんて言ってた?」
「えっと、合同文化祭記念バンドの公開リハをやると」
市ヶ谷さんに確認したので、これも僕の聞き間違えではない。
「あの野郎、また勝手に……ごめん、ちょっと急用ができたからこれで失礼するよ。あ、段ボールここに置いておくね」
僕は校門の端に段ボールを置くと、彼女たちの返事を待たずに校内に向かって駆けていく。
生徒会長に小言を言うために。
「リハをやるとは聞いていたけど、公開リハをやる予定はなかったはずなんですけどね、生徒会長さんや」
「えー、どうせリハをやるんだったら公開でやったほうがるんっ♪ てしない?」
ちょうど生徒会室前にいた日菜さんを捕まえた僕の追及に、日菜さんはしれっと答えてきた。
今日は、合同文化祭記念バンドのリハをやる日だったのだ。
楽曲のほうも完成し、各々が忙しい合間で自主練を行ってくれたおかげで、良い仕上がりになっていると思う。
後は、本番のように通しでやって大丈夫そうならこれで文化祭当日を迎えることができる。
そんな重要な役割があるこの日のリハを、後悔にするとはさすがの僕も想像できなかった。
「そう言う問題じゃないの。そもそもの予定の内容を勝手に書き換えるなって言ってんの……まあ、どうせリハをやるんだったら観客とかがいたほうがいいのは確かだけどね」
そう言う意味では、日菜さんの行動は良いのかもしれないが……。
「とりあえず、僕たちも会場に移動するよ。もう丸山さん達はスタンバイしてるはずだから」
「うん、わかった」
予定を話したときには、リハをやる時間になったら講堂に向かってステージのチェックを行いつつリハを始めるようにと打ち合わせは済んでいる。
結局僕も同罪だなと思いながら、僕達は講堂に向かって歩き出すのであった。
日菜さんの全校放送の影響で、講堂の出入り口前は生徒たちでごった返していた。
そんな中、裏口から入った僕達は
『勝手に予定を変更しないように』
という、先生たちからのありがたいお言葉を頂いて、講堂内に足を踏み入れた。
「怒られちゃったね」
「まあ、お小言だけで済んでラッキーだと思うよ」
突然のリハの公開という変更は、先生方のほうにも影響を与え、急遽講堂前の誘導を行う必要が出たのだから、お小言だけで済んでよかったというのが正直な感想だ。
『あー、あー。ゴホン。今日は、高校生活最後の思い出を―――』
そんなやり取りを行動に入ったところでしていると、リハが始まったのか丸山さんのMCが始まった。
(噛むなよー)
MCも出だしは順調。
あと少しで完ぺきな場所だが、丸山さんはそういうところで噛むところがあるので、気が抜けない。
「頑張れーっ!」
「ちゅくりまちた! あう~~~っ」
日菜さんが片手を大きく振って応援するもむなしく、盛大に丸山さんは噛んだ。
「あちゃーっ」
「あーあ」
やっちゃったと言わんばかりに額に手をやる日菜さんの横で、僕は案の定と思いながら見ていた。
『それじゃ―、いくよー!』
丸山さんにフォローなどをかけつつ、今井さんが流れを変えるように口を開いた。
『聞いてください。バイトをしている人たちへの応援ソングですっ』
生徒たちの歓声とともに、彼女たちの演奏は始まった。
明るいポップな曲調のそれは、バイトをして頑張る人たちに向けた応援ソングというだけあって、元気が湧いて来るような感じに仕上がっていた。
(うん。まあ、演奏とかも問題はなさそうだね)
丸山さんも音程をずらさずに歌えているので、このままいけば問題なく本番を迎えられるはずだ。
何より、見ている生徒たちのほうも楽しんでいる様子なので、それだけでも上々だろう。
最後の丸山さんのジャンプのタイミングもうまく決まって、演奏は無事に終わった。
そして、講堂内にあふれかえる歓声が、このリハが成功していることを証明していた。
「うーん! やっぱり、るんっ♪て、する! ね、一君」
「そうだね」
(この調子で、うまくいってくれればいいんだけど)
横ではしゃいでいる日菜さんに相槌を打ちながら、僕は心の中でこの文化祭が無事に終わってくれることを祈った。
だが、その時の僕は、知らなかったのだ。
この日のリハーサルの裏で、事が進んでいるということに。
何より、それが彼女たちのバンドを揺さぶる大事件に発展するということを。
★ ★ ★ ★ ★ ★
同時刻、木漏れ日工房で一人の大男、
「おう、久しぶりだな健太」
『ああ、いつ以来だ?』
「お前さんが、楽隠居するとか言いやがった時以来だから、十数年前だろうな」
増田と電話先の”健太”と呼ばれた男は懐かしむようで、それでいて挑発をし合うような口調でやり取りをしていく。
「で、何のようだ?」
『彼、お前のもとに来ただろ?』
「おう、来たぞ! ものすごく懐かしいギターを持ってなっ」
増田は健太の威勢よく答えながら、カウンターを離れると、工房の作業台の上に置かれていた一台のギターの前に立つ。
『どんな感じだ?』
「ギターの状態で言うのであれば、上々だな。俺が最後に見た時と何一つ変わってねえ。大事に扱ってるのは手に取るようにわかる。さすがは、あいつの息子だ」
そのギターを見る増田の表情は、まるで懐かしい思い出に触れているような、儚さがあった。
『素質はどうだ?』
「わからねえな」
そんな増田の感慨を吹き飛ばすように問いかける健太に、増田は投げやりな感じで答えた。
『おいおい。楽器を見れば、そいつがどこまで行けるか、その才を見ることができるお前の言葉とは思えないぞ』
「言ってろ。そもそも、俺は、超能力者じゃねえ。俺はあくまでも楽器から発せられるオーラを見て行ってるまでだ」
『オーラ、か?』
吐き捨てるように言う増田の言葉に、興味を抱いたのか健太が単語を口にする。
「才があり、できるやつにはオーラが出る。そのオーラの濃淡で、そいつはまだ上に行けるかがわかる。こいつの元の持ち主はかなり濃かったが、彼の濃さはあいつのと比べられねえくらいに濃かった。あのギターのリミットが無くなれば、あれは世界一の腕前にまでなるだろうな」
『そうか……ただものではないとは感じてはいたが、やはり、遺伝というのは恐ろしいものだな』
健太の言葉に、増田は”全くだ”と相槌を打つ。
『そんで、解除したリミットに関して、彼には説明はするのか?』
「しないに決まってんだろ」
健太の問いかけに、男は鼻で笑いながら否定する。
「こういうのは口で言うよりも、感覚でつかんだほうが手っ取り早い。きっと驚くだろうな。このギターの音を鳴らしたら」
そう口にする増田の口元は微かに笑みを浮かべていた。
『ほんと、お前は楽器馬鹿だな』
「るせえ」
『そうだ。俺もそろそろ社長の座に復帰することになった』
そんなやり取りをしていた時、思い出したように健太が増田に告げた。
「おー、これでお前も隠居じゃねえってか」
『岡田が俺に泣きついてきてな。十分休んだし、ここらが潮時だと思ったのさ』
「ははっ。また面白くなりそうだな。お前のとこの事務所、チェリーレーベルは……っと、今は何て名前だった?」
事務所の名称を言いかけた増田は、自身が間違えていることに気づき、言葉を止めると健太に問いかける。
『いい加減覚えろ。俺の事務所の名は』
健太はそこで言葉を区切ると
『”Purely Promotion”だ』
と告げるのであった。
第7章、完
ということで、第7章はこれにて完結です。
次回は、いよいよ文化祭編です。
ということで、いつもの次回予告をば。
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ついに迎えた合同文化祭。
その文化祭でライブをすることになったPoppin'Partyだが、たえがサポートで入っているRASのライブと被ってしまう。
タイムスケジュールを変更して、対応をしていくのだが……
次回、第8章『合同文化祭』