第42話です。
「あ、一樹先輩」
「羽沢さんに白金さんたちも……ちょっと遅れたみたいで申し訳ない」
クラスの出し物の当番が終わり、生徒会としての務めを果たすべく生徒会室を訪れると、そこには日菜さんとつぐの二人以外にも、花女の生徒会メンバーである市ヶ谷さんに白金さんの姿があった。
「だ、大丈夫……です。私たちも、いま来たばかり、ですので」
とりあえず、羽沢さんの隣の席に腰かけた僕は、生徒会に支給されたノートPCを使用して、報告書を作成していく。
「そう言えば、さっき日菜先輩から聞いたんですけど、トラブルに巻き込まれたんですよね?」
「あー。なんだか無断で生徒の写真を撮りまくっていたから注意したら逆上してね」
「うへぇ……面倒くさいですね」
思い出したように聞いてきたつぐに、あらましを説明すると、嫌悪感たっぷりに声を上げる市ヶ谷さんの反応が、僕のあの時の気持ちのすべてを物語っていた。
「まあ、たまたま来ていた男性客の一喝で事は収まったけど」
「……そう言えば、昨日紗夜さんが、風紀を乱す人に声を掛けようとしたら、そばにいた男性の人が、注意して追い出したって言ってましたよ。お礼を言おうとしたらいつの間にか、いなくなっていたと」
(なんだか偶然が続くなぁ)
なんというか、話を聞く限りだと今日の一件と同じ流れのような気もするし。
(……そういえば、マツさんに頼んでいたボディーガードもどき。今日は大丈夫だって言っておいたけど……まさか、ね)
あの大柄の男性の雰囲気が、どことなく花咲ヤンキースの団長に似ているような気がした僕は、その考えを頭の片隅に追いやることにした。
こういうのは、深く考えないのが身のためなのだ。
そんなわけで、僕を加えた五人でデスクワークを始めるのであった。
「はぁぁ……疲れたぁ」
それからしばらくして、作業のほうもひと段落着いたところで市ヶ谷さんが背もたれにもたれがかりながら大きなため息を漏らした。
「お疲れ様です、市ヶ谷さん」
「いやいや、燐子先輩と羽沢さん達のほうが大変そうだったので……」
「そうだとしても、大変だったのには変わりないんだから」
白金さんの労いの言葉に、背筋を正して言葉を返す市ヶ谷さんに、僕はそう言った。
例年どのくらいの作業量かは知らないが、今年はいつもより大変であるのは間違いなかったからだ。
(その発起人は……見なかったことにしよう)
我らが生徒会長のほうをちらっと見た僕は、すぐに視線を逸らす。
とてもではないが、常人の物とは思えないような速さで作業をしている彼女の姿から、現実逃避をするために。
「その……タイムスケジュールの件、ありがとうございました」
「別に構わないよ。早い段階で言ってくれたから、再構築しやすかったし」
(果たして、うまくいくかどうか)
こちら側としては、問題はないはずだ。
昨日と同じライブスケジュールであれば、ぎりぎり間に合う。
……だが、不安はある。
何が起こるのかがわからないのが、”ライブ”なのだから。
「気を悪くしたらごめん……本当に、大丈夫?」
「……はい。たぶんですけど」
だからこそ、僕が念を押すように聞くのもしょうがないと思う。
市ヶ谷さんの答えに、僕はそれ以上聞くことはなかった。
彼女が大丈夫と言っている以上、何かを言うのも野暮だと思ったからだ。
「よしっ」
少しだけ重い雰囲気に包まれようとしていた中、作業を終えたのかパソコンを閉じた日菜さんは、勢い良く立ち上がった。
「おねーちゃんのところに行こ―っと! 一君も一緒に」
「は? ちょっとま――「るるるるんっ♪」――うわぁぁ!?」
やっぱり、凄まじい速度で作業を進めていたのは紗夜のところに行くためだったのね、というツッコミもできぬまま、日菜さんは僕の腕をつかむと半ば強引に引っ張ってきた。
(この後見回りなんだけど……)
そんなことを言ったところで、今の日菜さんには通じないことくらい、もうわかっていた僕は心の中でため息を漏らしつつ日菜さんに引っ張られる形で花女へと向かうのであった。
「おねーちゃん、どこにいるかなー♪」
花女の校内に入った僕は、辺りをきょろきょろとっ見回しながら紗夜を探す日菜さんの隣を付き添うように歩いていた。
「……確か、クラスの出し物の担当をしてるって言ってたから、いると思うよ」
見回りのタイムスケジュールの確認の時に、紗夜がそう言っていたのを思い出した僕は、日菜さんにそれを伝えた。
「じゃあ、おねーちゃんの教室にしゅっぱーつ♪」
「はいはい」
何を言っても無駄だというのが分かっていることもあるが、正直なところ僕も紗夜の出し物を見たいなと思っていたので、僕は二つ返事で頷くと、紗夜達の教室に向かった。
「展示やってまーすっ! よかったら見て行ってくださ~いッ」
そんな中、来校者たちの声などでにぎやかな廊下に、聴きなれた人物の声が聞こえてきた。
「あ、花音ちゃんだっ」
「あ、一樹君に日菜ちゃん。二人とも見回り?」
「いや、ちょっと出し物を見てるところ……かな」
日菜さんに話しかけられた花音さんは首を軽く傾けながら聞いてくるので、僕はそれに頷きながら答えた。
正確には、連れまわされているようなものなのだが、それは言わぬが花だろう。
「おねーちゃんのクラスの出し物って何?」
「あ、うん。花女の歴史の展示をやってるんだけど……」
花音さんの手にある看板には『3-A 花女の歴史~街を見つめて~』と書かれた看板があった。
文化祭恒例の調べ物の展示のようだ。
とはいえ、どうも花音さんの声色が変で、そのことを聞こうとした時だった。
「ねーねー、おねーちゃんどこ?」
それまで何も言わなかった日菜さんが花音さんに紗夜の居場所を聞いたことで、それはかなわなかった。
「紗夜ちゃんは今中にいる――「一君行こーよ~♪」――ふぇぇ」
「あー、わかったから引っ張らないで」
居場所がわかるや否や僕の腕をつかんで教室内に行こうとする日菜を止めるすべなど持っているわけもなく、僕は花音さんに片手で謝るジェスチャーをしつつも教室内へと連れていかれた。
「あ! おねーちゃんに千聖ちゃんだっ」
「日菜ちゃん? それに美竹君まで」
中に足を踏み入れた僕たちを出迎えたのは、スクリーンと思わしき垂れ幕の前に立つ白鷺さんと、後ろの機材があるところで立っている紗夜の二人だった。
二人はここに来るのが意外だと言わんばかりに驚く者もいれば、静かにため息を漏らすものがいたりと、様々な反応が返ってきた。
(へぇ、かなり本格的に調べてるんだ)
ぐるりと教室内の壁に張り出された髪に書かれている内容を流し読みしながら、僕はその質の高さに舌を巻く。
「二人はここで何やってるの?」
「花女の歴史について説明したりしてるのよ」
こういった展示はあまり人員が必要でないイメージが強かったのだが、どうもそうではないらしい。
「おねーちゃん。説明聞いていってもいい?」
「はぁ……別にいいけど、静かに聞いて」
そんな僕と紗夜のやり取りに興味を引かれたのか、目を輝かせる日菜さんの言葉に、紗夜はどこかあきらめた様子で返すと、説明の準備を始めた。
「一君一君、ここに座ろ♪」
「あ、うん」
微かな違和感を感じながらも、僕は日菜さんに促されるまま日菜さんの隣に腰かけて、説明を聞くことにした。
『ここ、花咲川女子学園は―――』
やがて、教室内の明かりが消え、白鷺さんのナレーションによって始まった説明に、僕たちは耳を傾けていく。
そんな中で感じた違和感の正体もはっきりとわかってきた。
(人少なすぎじゃない?)
教室に足を踏み入れる人が誰もいないのだ。
ここは僕たち四人の貸し切り状態になっているのだ。
(まあ、内容がないようだからね……)
文化祭に来て、真面目な展示物を見ようと思う人は少ないことは想像に難くなく、こうなるのも必然ともいえる。
それに……
『それでは、ここでこの街に所縁のある偉人さんたちにスポットライトを当ててみましょう』
(ものすごく真面目……)
当たり前っちゃ当たり前だが、完全に硬い内容のそれがさらに足を遠のかせる結果になっていた。
真面目な性格の二人がそろえば、そうなるよねと思いながらも、僕は説明に耳を傾け続けるのであった。
あまり進んではいないですが、次回で少しだけ進展する……かもです。