第43話になります。
花女の歴史についての説明を聞き終えた僕たちは、教室を後にして中庭のベンチ付近に立っていた。
「おねーちゃんまだかなー」
「気持ちは分かるけど、少し落ち着いて」
体を左右に揺らしながら紗夜が来るのを待つ日菜さんを落ち着かせつつも、僕は紗夜を待っていた。
説明を聞き終え、紗夜の当番が終わることを知った日菜さんが一緒に文化祭を回ろうと提案したからだ。
渋々といった様子だったが、内心はそうでもない様子の紗夜に待ち合わせ場所を伝えて教室を後にして今にいたる。
(それにしても、芸能人補正があっても駄目だったか……)
白鷺さんが芸能人で有名人であるのは言うまでもない。
そう言う人が催し物に出ているのであれば、ファンや彼女見たさに人が来るのではと思っていたのだが、さすがにそれはなかったようだ。
催し物に出ていることを秘密にしているか、もしくは内容が内容だけに人足を遠ざけているのかのどちらかだろう。
(まあ、どう考えても前者だよね)
白鷺さんのことだ、混乱を起こして周りに迷惑をかけないように、最大限の配慮をしているはずだ。
花音さんが集客をしていたのがその最たる例なのかもしれない。
(まあ、人が集まらない=失敗でもないしね)
何が成功で何が失敗なのかは、部外者の僕にはわからない。
(それは置いとくにしても……)
とりあえず、それ以上考えるのを辞めた僕は紗夜が来るのを待つことにした。
(最後の文化祭……できれば思い出の一つくらいは作っておきたいな)
紗夜と一緒に出し物を見て回れればよかったのだが、僕たちは生徒会の役員。
見回りなどでさすがにそれは難しく、文化祭での定番ともいえるカップルで出し物を巡るのはできそうもなかった。
「あ、おねーちゃん!」
そんな時、聞えてきた日菜さんの声に、僕は彼女の視線の先を追うように顔を向けると、こちらに駆け寄ってくる紗夜の姿があった。
「待たせて………ごめんなさい」
「ううん、そんなに待ってないから安心して」
軽く息を整えながら謝ってくる紗夜に返しながら、息が整うのを待つことにした。
「じゃあ、しゅっぱーつ♪」
そして、息が整ったのを見計らったように、日菜さんの号令がかけられ、僕たちは文化祭巡りを始めるのであった。
「う~ん。これすっごくるるるんっ♪ てするよ!」
「日菜、わかったから静かに食べなさい」
いくつか出し物を見て回り小腹がすいたので、出店で焼きそばなどの料理を購入した僕たちは、廊下の隅に立ってそれに舌鼓を打っていた。
ちなみに、日菜さんが食べているのは『納豆キムチパン』だった。
名前を聞いただけでもあれな予感しかしないのだが、日菜さんの様子を見ていると、どうも良さそうに思えてくる。
……食べないけど。
「日菜さん、それおいしい?」
「まずいッ! でもおもしろい味だよ」
(あ、やっぱり……)
目を輝かせながら即答する辺り、どれほどのレベルなのかがうかがえる。
「あたし、ちょっと手洗ってくる」
「ここで待ってるから」
そして、そのままどこかに(おそらくはトイレだろうけど)に向かう日菜さんの背中を見送りつつも、僕は焼きそばを口に入れる。
「まったく……だから言ったのに」
「あはは……まあ、日菜さんらしいけどね」
本日何度目かの深いため息を漏らす紗夜に、僕は苦笑交じりに相槌を打った。
日菜さんが納豆キムチパンを買おうとしているとき、本気で止めていただけに、そのため息の重さは計り知れなかった。
「……一樹君は、日菜の肩を持つのね」
「別にそう言うつもりじゃないんだけどね……ああいうのも、”個性”だし、それを押さえつけるのってあまりよくないと思うんだよね。まあ、それで周りに迷惑をかけるのはどうかと思うけど」
主に被害を被るのは、つぐ辺りなだけになおさらだ……。
「でも、ちょっと優し過ぎよ」
不機嫌な様子でなおも食い下がる紗夜の様子に、僕はもしやと思い直接確かめてみることにした。
「紗夜、もしかして……やきもち?」
「っ!? 別にそんなんじゃ……ただ私は、日菜が迷惑をかけないようにするために言ってるだけで――「あー、うん。分かったから、少し落ち着いて」――わ、わかればいいのよ」
紗夜の必死に否定する姿に苦笑するのをこらえながら宥めるが、どうやら顔に出ていたようで紗夜から恨めし気な視線が送られる。
「一樹君、絶対にからかってるわよね」
「……バレた?」
「はぁぁ……もう」
否定せずに肯定する僕に、呆れたような様子の紗夜に、僕は焼きそばを箸でつかむとそれを紗夜のほうに差し出す。
「はい、あーん」
「ち、ちょっと……人目があるのに」
周囲をきょろきょろと見まわしながら口を開く紗夜に、僕は
「大丈夫だって。誰も僕たちのこと見てないし、それに恋人らしいことの一つくらいしたっていいじゃん。たまにはね」
「それは………そうだけど」
僕の言葉に、紗夜は言葉を詰まらせる。
おそらくは恋人らしいことをしたいという思いと、風紀を乱してはいけないという思いとで拮抗しているのだろう。
……もしくは恥ずかしさとも言うが。
「……い、一回だけよ」
結局勝ったのは、前者のほうだったようで、頬を赤くしながら紗夜はそう言うと目を閉じて口を控えめに開ける。
「それじゃ……あーん」
「あー……はむ」
焼きそばを紗夜の口の中に入れると、紗夜はそれを味わうように咀嚼していく。
「おいしい……」
顔を赤くして静かに紡がれた言葉に、僕は思わず表情が緩んでしまうのを感じていた。
「……はい」
「えっと……紗夜さん?」
「私だけなんて不公平よ。私もするわ」
僕と同じように手に持っていたパックから、焼きそばを箸で一掴みして差し出してくる紗夜さんの行動に目を瞬かせていると、紗夜は挑戦的というべきかそれとも吹っ切れたともとれるような表情を浮かべながら僕に言ってきた。
「はい、あーん」
「あー……うん、おいしい。でも、ちょっと恥ずかしいね」
周囲を行き交う人は、こちらを気にした様子もないが、それでも人の多い場所でやるというのは少しだけ恥ずかしかった。
「……なんだか、恥ずかしいね」
「やる前に気づいて……でも、ちょっと嬉しかった」
紗夜の最後につぶやいた言葉は、聴かなかったことにしたほうがいいのかもしれない。
そう思った僕は、紗夜と一緒に焼きそばを食べながら日菜さんを待つのであった。
時刻は15時少し前。
生徒会の仕事に戻った僕と花女の生徒会長である白金さん、そして文化祭実行委員でもある朝日さんは、文化祭の記念ライブに参加する人たちの誘導をするために、講堂の舞台袖の通路にいた。
(合同記念バンドのほうは、盛況のようだ)
通路にいても聞えてくる観客たちの声援に、僕はほっと胸をなでおろしながら、それとは別の懸念事項のほうに意識を傾ける。
「合同記念バンドの演奏が終わるまで、ここで待機していてください」
白金さんの指示を聞き流してしまうほどに、深刻な状況だった。
そう、僕たちの前にいるステージ衣装に身を包んだPoppin’Partyに関しての懸念事項が。
「演奏が終了後――」
「ポピパ、準備できてるー?」
白金さんの言葉を遮るように講堂に続くドアを開いて顔をのぞかせた日菜さんの言葉に、彼女たちは表情を曇らせる。
「すみません。まだおたえが来てなくて……」
そう、この場にまだ来ていない花園さんが、僕にとっての一番の懸念事項でもあり、不安要素でもあったのだ。
「何やってんだよ……もう次だぞ」
「………」
市ヶ谷さんのつぶやきが、やけに大きく聞こえた。
(いやな予感がする)
そう。
例えば、先日のようにアンコールが出ていたら………。
気休めではあるが、終了時刻を早めにしてもらえるように、チュチュに掛け合っていた。
多少嫌味は言われたが、それでも花園さんが間に合わなくなるというリスクを減らせることができたのであれば、些末なことだろう。
だが、それでもアンコールが出てしまえばそれに応じることになるのは当然であり、そしてそれによってライブの終了時刻が圧していたとしたら……
時間が経過するにつれて大きくなってくるとめどなく募ってくる不安。
「ライブが押してるとか……もしかして事故!?」
「そんなっ、たえ先輩」
その不安に、心配そうに何かがあったのではないかと口にするりみさんの言葉に、その場はどよめく。
「大丈夫……大丈夫」
そんなどよめきを沈めるようにか、あるいは自分に言い聞かせるように口を開く戸山さんの表情に、いつもの明るさはなかった。
「あ、来たっ!」
そんな時、花園さんから連絡が来たのか戸山さんが声を上げながら手にしていた携帯の画面を確認する戸山さんに、僕は彼女の方に注目する。
「今こっちに向かってるって!」
やがて彼女からのメッセージを読み終えた戸山さんが、僕たちにその内容を口にする。
「今から!? 間に合わねえって」
(最悪だ……)
市ヶ谷さんの言う通り、ライブハウスdubからどんなに急いでも30分……タイミングが悪ければ1時間以上はかかる距離だ。
Poppin’Partyの順番まで残り10分程度。
到底、間に合うというレベルではない。
「会場の人に事情を話して待ってもらいますか?」
「え? どのくらいかかるかわからないのに?」
「駄目だっ」
そんな中出された白金さんの提案を、日菜さんと僕は却下する。
「この後、片付けだってある。ただでさえ時間的にギリギリの状態だ。これ以上の延長は不可能。出来ても10分か20分が限界だ」
正直、今の時点でも保護者からの苦情が出かねないほどに時間が圧している状態だ。
これ以上の延長は、さすがにまずい。
「うーん、じゃあパスパレが出るか――「事務所NGを忘れないで」――あ、そうか」
「っ!」
その場が混乱する中、いきなり戸山さんが出口に向かって走り出した。
「香澄!?」
「おたえを迎えに行ってくる」
突然の行動に名前を呼ぶ山吹さんに、戸山さんはそう言ってその場を後にした。
(これで、もう後はない)
さっきまでなら、花園さんの代わりに誰かをヘルプでいれるか、このままで強引にステージに出させるかの選択肢もあったが、戸山さんもいなくなった以上彼女たちの辿る結末は、間に合うか否かの二択でしかなくなった。
「僕は先生に延長するように掛け合うから、二人は今ステージに立っているみんなに時間稼ぎの要請。市ヶ谷さん達はすぐにステージに出られるようにスタンバイっ」
『はいっ(おーけー)!』
今できる限りの指示をその場にいる全員に飛ばした僕は、その場を後にしていく皆をしり目にトランシーバーを使って先生にコンタクトを取る。
『どうしました?』
「記念ライブに出場する団体で、一名来ていない生徒がいます。生徒が来るまで催しを延長したいのですが、できますか?」
『少し待ってください。確認します』
コンタクトを取った先生は、そう告げると通信を切った。
僕は、返答を静かに待つ。
返答は予想よりも早く来た。
『延長は大丈夫です。ただし20分が限界です』
「ありがとうございます」
とりあえず、何とか20分の猶予はもらえた。
だが、果たして待たせた観客たちは、Poppin’Partyのライブを楽しむことはできるのだろうか?
「………ったく。仕方ないな」
先輩面できるような性格ではないが、それでも後輩のピンチだ。
何もせずに見ているだけというのはできない相談だ。
僕は、速足でその場を後にすると控室として用意された教室に向かった。
そこには、今朝受け取った僕のギターが入ったケースが置いてあった。
僕はそれを手に取ると、来た道を速足で戻るのであった。
前半はやや甘く、最後の方で重い話に入っていきました。
この章ですが、後2話ほどで終了となります。
……このペースですと、今年中に2期が終わるのかが怪しくなってきました(汗)
次回も楽しみにしていただけると幸いです。