「あ、一樹君。それって……」
講堂に戻ってステージ袖まで移動した僕は、花音さんが僕が持っている物を見て何かを悟ったのか声を上げているのをしり目に、ギターケースを置くと素早くチャックを開けようとした時だった。
『羽丘一年、朝日六花ですっ! ……ッ! ギターを弾きますッ!!!』
「ん?」
ステージのほうから聞こえてきた緊張で声を引きつらせながら言い放った朝日さんの言葉に、僕はその手を止めた。
そして聞えてきたのは、彼女のギターソロだった。
最初はゆっくりとしたテンポだったそれは、徐々にその速度を増していき、速弾きへと変わって行く。
ステージは今や朝日さんの独擅場のようなものだ。
(これは中々だ……やはり、あの時の少女で間違いないようだね)
彼女が手にしているギター……何よりも弾いている姿は、半年ほど前の一件で岐阜にいた時にギターを教えた少女と瓜二つ。
(まさかこのような場所で再会するとは……)
頭を抱えたくなる僕の心境をよそに、彼女の演奏は激しさを増し、タッピングなどの技術まで披露している。
「変態だ―」
モカがそう漏らすのも無理はない。
彼女の演奏のそれは、まさしく荒れ狂う猛獣がごとき勢い……熱を感じる。
色々と荒削りではあるが、練習次第ではいかようにも化けることのできる原石にもなりうる。
そんなことを考えている中、演奏が終わったのか、ギターの音を止め大きく飛び上がり、着地と同時にギターを鳴らして彼女のギターソロは幕を閉じた。
長い静寂の中、最後の音色が講堂内をゆっくりと浸透していき、それは大きな歓声へと変わった。
『アンコールっ、アンコールっ!』
そして始まるアンコールの声は、ある意味当然の流れだった。
そんなアンコールの声に、朝日さんは体をふるわせて固まっていた。
「……行ってくる」
「え、美竹先ぱ―――」
後ろからかけられる山吹さんの声を聴き流しながら、僕はギターを肩にかけてステージに上った。
「ステージの上に立ったら狼狽えるな、狼狽えるなら立つな」
「えッ?」
僕のかけた言葉に驚いた様子でこちらに顔を向ける朝日さんをしり目に、僕はアンプにリードを接続させて素早くセッティングを済ませるとマイクスタンドを手にしてこちらにマイクを近づける。
『同じく羽丘三年、美竹一樹。大人げないが少しばかり付き合ってもらうよッ』
(チューニングもしてないし、試し弾きもしてない……まあ、弾かないよりはましか)
正直、うまく弾ける自信などない。
だが、後輩が身を挺して演奏を披露したのだ。
先輩の僕が二の足を踏むわけにはいかない。
(僕の持てるすべての力を込めて)
僕は軽く深呼吸をして集中力を高める。
観客たちの期待に満ちた声も、何もかもが遠のいていく。
「ッ!」
そして、僕は演奏を始めた。
曲目は、『devil went down to georgia』
それは、かなり前……SMSでHPとして演奏した楽曲だ。
それのギターソロのパートの部分を僕は弾くことにしたのだ。
(ん? 何だ、これ)
最初の一音で、僕はギターの変化に気づいた。
それまで、このギターは教科書通りに弦を押さえても出したい音を出させてくれない、ひねくれた性格が特徴だった。
それが、さらにひねくれているのだ。
僕は、いつも通りに弾いたつもりだったが、音を盛大に外したのだ。
それは初めてギターに触れて以来、初めてのことだった。
だが……
(こっちのほうが、しっくりくる)
理由は分からない。
だが、そのひねくれは修理に出す前のひねくれとは違い、どこかストレートで素直な風に思えるのだ。
その感覚になじむのに、そう時間はかからなかった。
最初の簡単なフレーズの部分が終わり、速弾きのフレーズに入るころにはそのギターに順応することができるようになっていた。
荒れ狂う嵐がごとく弾いていくその感覚は、どこか懐かしい気持ちを抱かせ、いつもよりも熱が入る。
そしてそのまま、僕はソロパートを弾ききった。
(ぶっつけ本番にしては上出来……だが)
観客席のほうから上がる歓声に、僕は微かな手ごたえを感じているが、まだ二人が着た様子はない。
(こうなったら、一か八かでセッションをするしかないか)
とはいえ、セッションをするにもこの場にいるのはギターのみ。
朝日さんは隣で呆然としているので、心許ない。
僕一人でもできることには限度がある。
(さてどうしたものか……)
そんなことを考えていると、会場内の歓声が再び高まったのと同時に、後ろのほうからスネアを叩く音が聞こえてきた。
「ろっか、一樹さん。カッコよかったですよっ」
「あこちゃん……」
「ありがと」
ドラムのセッティングをしなら声を掛けてきたあこさんにお礼を言っていると、一緒にステージに上がっていたのか白金さんもキーボードのセッティングを始める。
さらに、それに続くようにステージ袖からリサさんがベースを手にステージに出てくる。
(これでボーカル以外が揃った!)
まさかここまで揃うとは思ってもいなかったが、これでセッションをすることはできる。
「で、どうすんの?」
「Poppin’Partyの皆さんがそろうまでつなげますっ」
リサさんの問いかけに、いつになく真剣な面持ちで答える白金さんの表情から、その気持ちの強さがうかがえる。
「りょーかい~☆」
「こっちも、いつでもいいよ」
やることはこの間の合同ライブと同じだ。
僕は手早く演奏の準備を整え、いつでも始められるようにする。
「勝手に始めないで頂戴」
そんな時、湊さんの注意の声とともに、さらに大きくなる歓声を受けながら湊さんと紗夜の二人がステージに上がってきた。
「Roselliaはいつでも完璧な演奏をしなければいけないのよ」
それは自分たちがライブを行うと言っているのと同じだった。
その言葉に、僕は無言で頷くとピックをしまい、ステージ袖に下がる準備を始めた。
「誰かギターを」
「おねーちゃん! これ使って!」
そんな中、こうなることを予想していたのか、もしくは僕と同じことを考えていたのかはわからないが、自分のギターを手にした日菜さんが、ギターを借りようとしていた紗夜に差し出す。
「……しょうがないわね」
そんな日菜に、一瞬柔らかい表情を浮かべながらそれを受け取る紗夜の姿は、少し前まではありえないものだった。
そんな感慨深い思いを抱きながらステージ袖に下がった僕に少しだけ遅れて朝日さんもステージ袖に下がった。
「いい演奏だった」
「あ、ありがとうございますっ」
ステージをつなごうとしたいわば戦友でもある朝日さんに労いの言葉をかけると、彼女は足を震わせながらも嬉しそうにお礼を言ってくる。
「……これで間に合えばいいんだけど」
「…………」
僕のつぶやきに、その場にいた朝日さんや市ヶ谷さん達は何も答えることはなかった。
そんな中、Roselliaの演奏が始まった。
(……これは負けてられないな。僕も)
会場全体がRoselliaの色に……世界に染められていくのを感じながら、僕は自分を奮い立たせる。
いつの日か、同じ頂からその景色を眺めるという、僕の野望を胸に、僕は彼女たちの演奏をステージ袖から見守るのであった。
『どうも、ありがとう』
そして、彼女たちのライブが終わり、会場内からは彼女たちへ惜しみない拍手が送られる中、湊さんの落ち着いた声がこのライブの終わりを意味していた。
僕は念のためにステージ袖をぐるりと見まわし、会場の様子に意識を傾ける。
「……これまでのようだな」
ステージ袖、会場内に目立った変化が見られないのを確認した僕は、静かにつぶやく。
「……ッ」
その息をのむ声は、誰のものなのかはわからない。
「………終了のアナウンスを」
トランシーバーで、記念ライブの終了を告げるアナウンスをするように指示を出す。
『文化祭記念ライブにお越しの皆様にご案内いたします。これを持ちまして、文化祭記念ライブは終了となります。お帰りの際は、お忘れ物のないようご注意ください。繰り返します――――』
それから間髪入れずに、会場内に終了を告げるアナウンスが流れ始める。
……戸山さんと花園さんは、間に合わなかった。
最初は一話にする予定でしたが、完成したときに少しだけ長かったこともあり、それを分割することとなりました。
二ヶ月以上もお待たせしてしまった分楽しんでいただければ幸いです。
そして、次回でこの章も終わり次の章に入ります。とはいえ、原作とあまり変わらないと思うので、かなり短めになると思いますが(汗)
それでは、また次回お会いしましょう。