第6話 交渉
「あ、一樹さん!」
「お、あこさんにみんな。ライブお疲れ」
galaxyの外で待っていると、中からあこさんたちが出てきたのでねぎらいの言葉をかける。
「私たちのライブ、どうだったかしら?」
湊さんの問いに、僕は少しだけ考えて結論を出した。
「何時ものように素晴らしいライブだった。合格かな」
「いぇーい! 一樹君の合格貰っちゃった☆」
(ものすごいはしゃぎようだ)
「宇田川さん、今井さん周りの迷惑ですよ」
「す、すみません」
そして紗夜に咎められるのも、いつものことだ。
「主催ライブの告知をした以上、これからは本格的に準備を進めないと。場所とかは候補とかあったりする?」
「ええ。話し合いで決めた人数に合うライブハウスは見つけられたわ。交渉はこれからよ」
「なるほど、見切り発車で言ったわけじゃないようで安心だよ」
これで見切り発車での告知だったら、僕は間違いなく頭を抱えていただろう。
……まあ、湊さんたちに限ってそれはないだろうけど
「それじゃ、明日からはライブの準備を……まずはライブハウスを抑えるとしましょうか」
こうして、僕たち……というよりはRoseliaのみんなは主催ライブに向けて準備を始めるのであった。
BanG Dream!~隣を歩むもの~ 第2章『主催ライブ』
数日後のある日、僕たちは渋谷を訪れていた。
その目的は、Roseliaの主催ライブを行う場所……ライブハウスとの交渉の付き添いだ。
「それでは、よろしくお願いします」
その交渉もうまくいき、ライブハウスを押さえることはできた。
「リサ姉すごい!」
「あはは、そんなに褒められると照れちゃうなー」
目を輝かせているあこさんに、リサさんは照れた様子で、自分の顔を手うちわしていた。
「ええ。今井さんの一歩も引かない交渉はさすがとしか言えないすね」
「そんな、紗夜まで~」
(確かにすごいけど……諸刃の剣だね、これ)
リサさんの交渉術は確かにすごかった。
それこそありとあらゆる手を使って、使用料を値切っていたのだから。
とはいえ、危惧しているのは条件の一つにしている『当日のライブのセッティングを自分たちで行う』というやつだ。
ただでさえ当日はかなりの忙しさが予想されるのに、ライブのセッティングまでできるものだろうかという疑問があるけど。
(まあ、基本的にフォローはしないようにしはしてるけど、やばくなったらするようにしようかな)
これは、彼女たちのレベルを大きく上げるためのもの。
僕が手を貸してしまってはその意味がなくなってしまうため、基本的には彼女たちの手で準備を進めてもらうのが僕の方針だ。
もちろん、雑用や一番手が掛かりそうな交渉事などは、必要があれば僕のほうでも動くようにはしている。
とはいえ、準備が進まずライブができないとなれば一番被害を被るのはこのライブを楽しみに来てくれるであろうオーディエンスの人たちだ。
それだけは何があっても回避しなければならない事態。
よって、このままだとライブができなくなる危険水域まで達した際には僕は手を出すようになるだろう。
(足手まといになるかもだけど)
もっとも、僕にできることなんてそれほどなかったりはするが、人手は多いに越したことはない。
次の週末、僕と紗夜は再び渋谷を訪れていた。
「一樹君、ここで間違いないのね?」
「うん。先方からはここを指定されてるよ」
先方から指定された待ち合わせ場所であるオープンカフェだった。
とりあえず喫茶店なのだから、何も頼まないのは失礼なので僕と紗夜は、コーヒーを注文して空いている席に腰かけると、相手が来るのを待つことにした。
「「……」」
コーヒーを口にしている僕たちに、会話らしい会話はない。
今日ここに来たのは、遊びではなくかなり真面目で、なおかつ神経を使うような内容が目的の物だ。
また、いつ相手が来るのかがわからない以上、気を抜くわけにはいかないのだ。
「失礼、貴方達があのRoseliaの方?」
そんな時、僕たちに女性が声をかけてくる。
その女性は短めの金髪でなんとなくではあるが、ボーイッシュな印象を感じる。
「はい。ギターの氷川紗夜と申します」
「私は、付き添いできた美竹一樹です」
紗夜に続いて、僕も席を立つと名前を伝えて一礼する。
「ご丁寧にどうも。ウチは『Magnolie』のボーカルのシェリーよ」
とりあえず悪い人ではなさそうなので、一安心といったところだろう。
今日の目的は、Roseliaの主催ライブのゲストバンドの出演交渉だ。
やはり、依頼するからにはRoseliaのレベルに見合うバンドのほうがいい。
そんなわけで、僕のほうでいろいろと下調べをして、いくつかの候補をピックアップを行ったのだ。
後は湊さんたちがその中からバンドを選び、本格的に出演の交渉を開始することになる。
(本当はリサさんと交渉にあたる予定だったんだけどね)
こういった交渉事は、リサさんのほうが適任であるのは、これまでの数々の場面からも立証されているので、今回も交渉をリサさんが行い僕はそれの付き添いをと思ったのだが、突然名乗りを上げたのが紗夜だった、
名乗りを上げたことにもだけど、それを認めた湊さんたちにも驚きだったのは記憶に新しい、
(でも、なんでリサさんは笑ってたんだろう?)
その疑問だけは、未だに不明のままだ。
「ところでさ、キミ」
シェリーと名乗った女性が席に着くのを確認して、僕たちも席に着くとシェリーさんはこちらの顔を興味深げにのぞき込む。
「はい、何でしょうか?」
若干後ろに引きながら、シェリーさんに用件を尋ねる。
「もしかして、ムングロの一樹?」
「え、ええ。そうです」
やはり、知っている人は知ってるんだなと思いながら、否定する必要もないので頷きながら応える。
「やっぱり! いやー、ウチキミのファンなのよ! 握手してよ」
「ど、どうも」
前のめりになって握手を求めるシェリーさんの高いテンションに、僕は圧されながらも握手に応じる。
活動停止中とはいえ、ファンは大事にしなければいけない。
むしろ、これが完全にプライベートで行われなくてよかったと喜ぶべきだ。
「ゴホン。そろそろいいでしょうか?」
「あー、ごめんごめん」
紗夜のやや大き目な咳払いに、シェリーさんは軽い口調で謝りながら手を放して姿勢を正した。
(なんか、怒ってない? 紗夜)
紗夜の全身からどことなく怒りのオーラが立ち込めているのを感じて、僕は違う意味で圧される。
「大丈夫よ、貴方の彼氏さんを奪うつもりはないから」
「ッ?! べ、別にそういうつもりでは」
軽く笑いながら言うシェリーさんに、紗夜は顔を真っ赤にしながら反論するが、説得力は皆無だった。
(やっぱり、嫉妬してたんだ)
そして、ようやく紗夜の怒りが嫉妬によるものだという確信を得ることができた。
「それにしても、二人が交際してるのってホントだったのね」
僕と紗夜との交際は、阿久津たちの一件で報道されているので、もはや世間に知れ渡っているといっても過言ではない。
「あの、本当にその話は……」
とはいえ、その話をされるというのもかなり僕たちにとっては恥ずかしかったりもするので、話を本題に変えることにした。
「ごめんごめん。で、あなた方のライブの出演の件だけど」
こうして、何とか本来の目的である出演交渉が始まるのであった。
それを僕は、ほっと胸をなでおろしながら、コーヒーを口にして交渉を見届けるのであった。